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公開年:2014年
公開国:アメリカ
時 間:117分
監 督:ジョゼ・パヂーリャ
出 演:ジョエル・キナマン、ゲイリー・オールドマン、マイケル・キートン、アビー・コーニッシュ、ジャッキー・アール・ヘイリー、マイケル・K・ウィリアムズ、ジェニファー・イーリー、ジェイ・バルシェル、サミュエル・L・ジャクソン 他
コピー:半分人間、半分ロボット 最強の警官誕生。
2028年。ロボット・テクノロジーの分野で支配的な地位を占める巨大企業オムニコープ社は、軍事用ロボットを世界各国で販売し、巨大な利益を得ていたが、アメリカ国内での配備は、法律で禁止されていた。事業拡大を目指すオムニコープ社は、その法案を廃止するために、積極的に議員たちへの働きかけたり、TV番組を使って世論誘導を試みるも、ことごとく阻まれていた。アメリカ国民は心の無いロボットを配備することに懸念を抱いていると分析したCEOのレイモンド・セラーズは、機械のボディに人間の頭脳を融合させたサイボーグならば、受け入れられると判断。サイボーグ技術の権威であるデネット・ノートン博士を抜擢し、『ロボコップ』計画を立ち上げるのだった。被験者に選ばれたのは、デトロイトの警官アレックス・マーフィ。彼は、自宅前に停めていた車に仕掛けられた爆弾により、体の多くの部分を欠損するほどの重傷を負っていた。彼の妻の同意を得たノートン博士は、アレックスの身体のほとんどを機械に改造し、ロボコップとして蘇らせるのだが、元の体がほとんど残っていないことにショックを受け、死を望むアレックス。妻子のためにも生き続けろというノートン博士に説得され、アレックスはロボコップとして生きることを受け入れたものの…というストーリー。
1作目の監督であるポール・ヴァーホーヴェンが『トリック』内で述べていたように、同じ毛色の作品を続けて作ることに意味あるの?2とかクソだったでしょ?(意訳)と発言していたが、さて、完全に1作目のリメイクある本作はいかがなものか。
1作目の音楽を使用しているのだが、それを聞くと何故か1作目を汚されているような気分に。やはりヴァーホーヴェンの言っていることが正しいのか?と思えてくる。
障碍者用ロボットが実用化されつつある今の時代、それほどSF的な感じもしない。さらに、話がロボットとの反応速度の違いとか、議会の理解を得るために“人間らしさ”が必要とか、ロボコップ計画が始まるまでの展開がまわりくどい。
1作目の、社内派閥の対立っていう構図が判りやすかったし、企業の都合と権力を持った一社員によってグイグイとプロジェクトが進む展開に、そら恐ろしさを感じたものだが、本作では企業のトップと現場の科学者との軋轢と、それに翻弄されるマーフィーという構図になっている。
世界各地で軍事用ロボットが使用されているが、アメリカ国内では使用を禁じられている…という設定については、世界中で使用されているのに、アメリカが使わないなんてことがあるか?と一瞬思うが、現在でも国際関係においてアメリカは国内外でダブルスタンダードな違う対応をしているし、意外と聖書ファンダメンタリストによる非科学的な教育がまかり通ったり、アーミッシュみたいなのが存在するわけで、この二面性は現実的である。そして企業が世論操作のためにメディアを利用している点についても。でもそれは、現実的であるということではあるが、SF的というか未来を予見しているわけではない。つまり、舞台設定に夢はない(明るい・暗いは別にして)。“暗い社会”という意味ではゴッサムシティに近いかもしれないが、“何でもアリ”な舞台設定でもないのでワクワクしたりはしない。
また1作目と大きく異なるのは、マーフィーの妻の扱い。1作目では彼はただただ死んだ扱いになっており、“疎遠”になるだけだった。後で会いにいくこともできたんじゃねーの?という僅かな疑問を残したりしたものだ。本作では、ロボコップになることも把握しており、妻も子も夫の“帰還”を待っているという設定。この違いは大きくて、話の大きな軸になっている。いや、むしろこの一点で1作目とは別の話になっているともいえる。
劇場公開時のCMやキャンペーンでは、新作ロボコップの“黒いボディ”が殊更強調され、旧作ファンから強い批判と失望の声があがった。確かにCMなどで紹介されていた黒いボディにはロボコップらしさは皆無だった。“そんなのロボコップじゃねえ”本作がヒットに至らなかった大きな理由の一つであろう。
しかし、実際本編を観てみると、それほど違和感を感じない。あの頭部のシェードのデザインがロボコップらしさを削いでいるのだ。それ以外のデザインは悪くない。さらに、黒いボディ自体が、“人間の心を喪失した姿”の象徴でもある(プロトタイプ時点や、一段落したラスト付近では、元の銀のボディだったりする)。その姿だけをプロモーションで強調したのが良くない。
また、あまりにスピーディすぎて重厚感皆無であることも指摘されていたが、その点も、あまり違和感を感じなかった。“ライバル”となるロボットたちや犯罪者たちのスピード感、そして彼らが保持する重火器の威力を考えると、ノッシノッシ動いていたらただただ的になるだけだし、全部の攻撃を受けきれってしまったら、それはそれでリアリティに欠けてしまっただろう。
結論を言えば、黒いボディではなく、その前後のシーンをCMに使えばよかった。ただそれだけのこと。あとのストーリー展開は悪くない。十分に愉しめた。
ただ観終った後、ふと思い出したのは、“なぜ片手を生身で残したのか?”銃を撃つシーンの為だとすれば、逆に何の効果も生んでいない。残った片手に子供との思い出を蘇らせる何かがあるとか、息子が生身の手に触れて父親との絆を感じるとか、そういうシーンはなかった。前半に無駄に夫婦のエロシーンを入れたせいで、片手を残したことで下衆な勘繰りをさせる余地を与えたのは、失敗かも(そんな勘繰りをする奴はいないって?いや、それなら逆に手を残す演出上の意味がない)。
出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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