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公開年:2010年
公開国:アメリカ
時 間:95分
監 督:サミュエル・ベイヤー
出 演:ジャッキー・アール・ヘイリー、カイル・ガルナー、ルーニー・マーラ、ケイティ・キャシディ、トーマス・デッカー、ケラン・ラッツ、クランシー・ブラウン、コニー・ブリットン、リア・モーテンセン、クリスチャン・ストールティ 他
コピー: ようこそ、新たなる“悪夢”へ
高校生のナンシーは、ナイフのような爪を付け、セーターを着た不気味な男に襲われる夢を見る。友人達も同じ夢に悩まされていたが、ある日、悪夢は現実となり、友人の一人であるティナが無惨な死を遂げる。眠らないようにするしか生き延びる方法はないと悟った彼らは、睡魔と戦いながら、夢に出てくる男の正体を探ろうとする。やがて、フレディ・クルーガーという男と、彼らの親たちが深く関わっていた過去が浮かび上がり…というストーリー。
大昔、高校の学校祭で何故か『エルム街の悪夢(オリジナル)』を上映していて、誰も観ていなくてスッカスカだったことを思い出した。別に観たけりゃビデオで観りゃあいいわけで、いまだになんであれを上映していたのか意味不明。
閑話休題。
一作目の恐ろしさを忠実に再現しようというアプローチは理解できる。その点は失敗はしていないと思う。しかし、このイマイチ感は何か。その理由を3点挙げてみよう。
①数々の過激な映画を観て慣れてしまったせいか、この程度の演出ではピンとこなくなってしまった。
②CGがいかにもCGで興醒めしてしまう箇所がある。こんな感じになるならローテクで表現したほうがマシ。
③フレディの性格というか位置付けが変わってしまった気がする。
そう、やはり一番大きいのは③だと思う。
夢の中の住人であるフレディ。そのルーツが実在の人間とはいえ、実体があるのか霊体なのか、はたまた殺すことができる存在なのか否か。彼は負のファンタージーの住人であり、ホラー界随一の稀有なキャラクターである。
その存在は、人間が持っている罪悪感の投影ともいえ、特に街の人たちが共有している巨大な罪悪感が生んだ負の妖精とも言える。その、集団ノイローゼが生んだ妄想みたいな要素が、とても良いと私は思うのだが、リメイクした本作では、変質的な犯罪者の逆恨みが怨霊と化しただけに見える。オリジナルのエルム街の悪夢の続編で徐々に明らかにされていったフレディの生い立ちが、製作陣の頭に強くあったのだろうか、その影響が強く表れてしまっていて、それがマイナス効果に。
また、親子が友達みたいな関係になることが多い時代のせいなのか、オリジナルにあった親世代と子世代の間にある溝みたいなものも失われた。これも不安感を煽る重要な役割をしていたんだけどね。
ありきたりな感想になってしまうが、映像が綺麗になった分だけ味が失われたという印象。わざわざ観る必要はない作品。お薦めはしない。
#フレディを演じる役者も変わったけれど、それ以上に特殊メイクのフレディの顔が、味の無いものになってしまったのも残念。よりリアルに火傷した感じを表現したのかもしれないけど、なにか変。
負けるな日本
公開年:2006年
公開国:アメリカ
時 間:101分
監 督:ニール・ラビュート
出 演:ニコラス・ケイジ、エレン・バースティン、ケイト・ビーハン、フランセス・コンロイ、モリー・パーカー、リーリー・ソビエスキー、ダイアン・デラーノ、マイケル・ワイズマン、エリカ=シェイ・ゲイアー、エミリー・ホームズ、アーロン・エッカート、ジェームズ・フランコ、ジェイソン・リッター 他
ノミネート:【2006年/第27回ラジー賞】ワースト作品賞、ワースト主演男優賞(ニコラス・ケイジ)、ワースト脚本賞(ニール・ラビュート)、ワースト・スクリーン・カップル賞(ニコラス・ケイジと彼のクマの着ぐるみ)、ワースト・リメイク・盗作賞
コピー:運命を見とどけよ
行方不明の娘を救うため、孤島を訪れた男。真実へ辿りつく時、衝撃のラストが襲いかかる──。
ある日、警官のメイラスのもとに、8年前に突然失踪した婚約者ウィローから手紙が届く。その手紙には、別れた後、故郷であるサマーズアイル島に戻り、そこで娘を産んだのだが、その娘が行方不明になってしまったので探す協力をして欲しいと書かれていた。メイラスは単身乗り込んだものの、私有地であるその島は、シスター・サマーズアイルを頂点に女性が支配する奇妙な共同体を営んでおり、誰一人よそ者メイラスに協力する者はおらず、捜査は難航を極め…というストーリー。
1973年に製作された同名作品のリメイクらしいが、それは未見。『ヴィレッジ』と『シャッター アイランド』を足したような雰囲気の作品で、アメリカにはこういうコミューンは実際にたくさんあるので、我々日本人が思う以上にアメリカ人はリアルに感じているのかもしれない。しかし、元の作品ではどうだったかしらないが、少なくとも本作には決定的な穴がある。
(若干ネタバレ)
まず、行方不明になった娘が二人の実子であることを隠しておく理由が無い。別れた女の産んだ子であるというだけよりも、あなたの子が行方不明だといったほうが、間違いなく島にやってくる確率は高いはず。
いや、それを先に言っちゃうと他の捜査官も連れてきて大騒ぎになっちゃうから!というのならば、その点はもうちょっと巧みな仕掛けをしないといけないだろう。
また、単にメイラスを生贄にしたいのならば、なんであんな回りくどいことをするのか?島にさえ来てしまえば、後は多勢に無勢なのだから、捕まえてしまうなり、食事に睡眠薬を入れるなりどうとでもなると思うのだが。
それに、冒頭の母子は結局なんだったのか?どう思い返してもどこにも繋がらない。
この映画の評価が低い一番の理由は、ニコラス・ケイジを起用していながら、一矢報いるどころか爪あと一つ残さずにまんまと策にはまってお仕舞いという、“期待はずれ”な思いを観ている側にさせた点。彼をキャスティングしたなら、最後になにかヒロイックな展開があると予測してしまうだろう。切れ切れの電波の中、友人と携帯で話をしたりして、もしかして助けが来るのでは?と感じさせるなど、それなりの伏線のセットアップがあって、その上で“スカし”をしたつもりなのかもしれないけど、消化不良も甚だしい。
画質が妙にキレイなせいもあって、恐怖感もないしスプラッター要素にも欠ける。リメイクされるほどの作品なのだから、絶対何かがある作品に違いないのだが、本作に限ってはとてもとてもお薦めできない。駄作といってもいいと思う。
#リメイク元を探して観てみようと思う(あるかな?)
負けるな日本
公開年:2004年
公開国:アメリカ
時 間:114分
監 督:レニー・ハーリン
出 演:ステラン・スカルスガルド、ジェームズ・ダーシー、イザベラ・スコルプコ、レミー・スウィーニー、アンドリュー・フレンチ、ジュリアン・ワダム、ラルフ・ブラウン、ベン・クロス、デヴィッド・ブラッドリー、アントニー・カメルリング 他
ノミネート:【2004年/第25回ラジー賞】ワースト監督賞(レニー・ハーリン、あるいはポール・シュレイダー)、ワースト・リメイク・続編賞
コピー:「エクソシスト」の25年前──全ての恐怖はここから始まった。
第二次大戦末期。メリン神父は、任地のオランダでナチスの残虐行為を目の当たりにしたことで信仰を失い、神父を辞めてしまう。その後、古代史研究家として世界各地を旅していたが、やがてアフリカに流れ着く。そこで、古美術収集家を名乗る男から、教会遺跡の発掘に参加して、とある遺物を手に入れることを依頼される。発掘現場では、理想に燃える若き神父フランシス、女医のサラ、村の少年ジョセフと親交を深めていくが、やがてジョセフの周囲で奇怪な事件が発生しはじめ…というストーリー。
タイトルのとおり、『エクソシスト』の前日譚である。DVDレンタルが始まった当時にレンタルして観たのだが、お恥ずかしい話だが、その時は1作目の『エクソシスト』を観ていなかったという始末。ビギニングってことは発端が語られるんだろうから、そっから観ても問題ないでしょ?みたいなノリで。そのせいで、何が何やらよくわからず、つまらないと断定してしまていたのだが(すまん)、先日『エクソシスト』を観たので、改めて鑑賞したというわけ。
造型やメイクが安っぽいという人もいるのだが、逆に『エクソシスト』のレベルから乖離して変にリアルなのもどうかと思うので、私はこれでアリだと思う。1作目は超えられないな…なんてもっともらしく解説している人がいるけど、そんなのあたりまえじゃないか。1作目を超えるほうがレアでしょ(『T2』くらいでしょ、そんなの)。このシリーズには元々、怖いんだけどどこか笑えちゃう要素があったわけで、そういう意味では正統なシリーズ物といえるかと。
個人的に気になるのは、ナチスの扱い。こういう表現をしちゃうと彼らの行為は悪魔の影響のせいだ!って解釈が成り立っちゃうけど、それが気に喰わない。仏教的には、人間は仏の性質も邪悪な性質も、どちらも元々兼ね備えているのであって、それが発現するのもしないのも、個々またはその集団の責任であって、他人(悪魔)のせいにしちゃいけない。罪を憎んで人を憎まず的な結論になるかもしれないけど、そこにいたる思想的経過があまりにも異なる。
大体にして、ナチスとカトリックはかなり昵懇だったわけだし、誤解を恐れずに言えは、反ユダヤの御旗はナチスが考え出したように思われているけど元々はカトリックの思想だし、ヒトラー自体も経験なクリスチャン。こういうオカルト映画で簡単に触れていいレベルの話なのか?カトリック社会はそこを問題にしないのか?カトリック社会は、ナチスの所業は“悪魔の所業”で“人のせい”ではないと思っているのか?逆にそっちのほうが怖いよ。
神父に戻らないと1作目に繋がらないので、仕方がないんだけど、この程度のことで神父に戻れるか?私なら戻れない。ラストが、シャマラン監督の『サイン』そのまま同じだったんだけど、『サイン』では、単なる宗教レベルを超えた大いなる力を実感した故の復職であったのと比べると、かなり違いがあると感じる。やっぱり戻る理由がいまいちピンとこない。だから私は、ナチスのような社会的フィーバーじゃなくって、もうちょっと小さ目の架空の事件を扱った方がよかったのかな…と思う。
悪魔祓いというのはカトリックの風習なのであたりまえなんだけど、父なる神・イエス・精霊を称える三位一体“呪文”、これには他の宗派やムスリムの人は、半笑いになっちゃうよね。いくら布教の過程で土俗宗教を取り込んだといっても、カトリックは一神教の宗教ではなくなっていて、逆に土俗宗教化してしまっている。共産主義のほうが、よっぽど一神教に近いと思う。
閑話休題。
未見の人は1作目と連続して本作を観ることをお薦めする。世の評価はいまいちだけど、私はアリだと思う。シリーズ物としては佳作。
負けるな日本
公開年:1980年
公開国:イギリス
時 間:119分
監 督:スタンリー・キューブリック
出 演:ジャック・ニコルソン、シェリー・デュヴァル、ダニー・ロイド、スキャットマン・クローザース、バリー・ネルソン、フィリップ・ストーン、ジョー・ターケル、アン・ジャクソン 他
ノミネート:【1980年/第1回ラジー賞】ワースト主演女優賞(シェリー・デュヴァル)、ワースト監督賞(スタンリー・キューブリック)
コロラド州のロッキー山脈にあるオーバールック・ホテルの冬季管理人の求人に応募した、小説家志望のジャック・トランス一家。支配人は、過去に冬季管理人が家族を惨殺した過去があることを語ったが、ジャックは気にも留めなかった。いよいよホテルが閉鎖される日、キッチン担当のハロランは、妻のウェンディと息子のダニーにホテル設備の説明をするが、その時に、ダニーが自分と同じ超常的な能力の持ち主であることに気付き、「このホテルには何かが存在する」と警告するのだった。かくして、豪雪により隔離されたホテルでの家族3人の暮らしが始まるのだったが…というストーリー。
原作者のキングがキューブリックへ批判を繰り返したのは有名。後に、本作に文句は言わないからってことで、自らドラマ版を作成した…という経緯らしいのだが、実は私、そのTVドラマは観ていたが、キューブリックの映画版を観ていないという状況。
はっきりいってキング版は、ダラダラと長くてあくびが出るほどつまらないし、何をどう表現したかったのかさっぱりわからず、次は映画版を観ようと決めていた心が萎えるほどつまらなかったのだ。
モダン・ホラーという言葉はよく使われるが、私はモダン・ホラーの定義がよくわからん。でも、本作はものすごくおもしろいじゃないか。
やっぱりキングが自ら自作品を映像化すると、びっくりするぐらいつまらない。餅は餅屋。文章で読んだら秀逸でもそのまま映像化したら陳腐…なんてことはざらにあることで、別に不思議でもなけりゃ恥ずかしいことでもない。なんでそんなことに躍起になるのかさっぱりわからない。邪悪な存在に超能力、キングがこだわる部分は、読んで想像するから生きるのであって、はっきりと目や耳からはいってくると途端に興醒めしちゃうんだよ。分をわきまえて余計なことしなきゃいいのにね。
なんとも表現しにくいのだが、ものすごく“空気”の存在を感じざるを得ない画質。でも、そこに間違いなく気体が存在するという感覚。夢の中で走ろうとしても泥の中を歩くようにうまく進めないあの感覚に近い。これってどこから生じているのか。黒澤明が、いろんな角度を計算して照明を当て影を消したのとは逆で、自然光によってできた影がはっきり映りこんでいるからかな。
ある程度の方向性にリードするだけで、あとは「これってなんだろう…?って考えさせる」、人の想像力を喚起することで怖さを演出するセンスは、白眉だと思う。
『ツイン・ピークス』を彷彿とさせるカット割や編集が多い気がする。最後の写真が示唆する、闇の存在に取り込まれちゃった的な感じもそれだよね。
これだけ商業的にも成功し、世界最高のホラーという人までいる作品なのに、受賞歴がさみしいのは何故か。最高のホラーを評価されることもある本作が、受賞歴がなくてラジー賞にノミネートされるだけだったということに、ちょっぴり驚き。そして、この作品をノミネートするという、レベルの低さを第1回目から露呈してしまったラジー賞(やっぱり、他人の作品をけなすだけの能力が無い、存在価値のない賞なんじゃないのかな)。
そうか、この様式美みたいなものがモダンホラーなんだな。いいものを観た。お薦め。
#“APOLLO USA”のセーターがものすごくカワイイ。
公開年:2010年
公開国:アメリカ
時 間:90分
監 督:ケヴィン・グルタート
出 演:トビン・ベル、ケイリー・エルウィズ、コスタス・マンディロア、ベッツィ・ラッセル、ショーン・パトリック・フラナリー、ジーナ・ホールデン、チャド・ドネッラ、ローレンス・アンソニー、ディーン・アームストロング、ナオミ・スニッカス、ジェームズ・ヴァン・パタン 他
ノミネート:【2010年/第31回ラジー賞】ワースト3D作品賞
コピー:ゲームの終焉
これまで何度も繰り広げられたジグソウによるゲーム。何とか生還した数少ない生存者は、心におった深い傷に苦しみながら生きていた。そんな中、自分も生還者だというボビー・デイゲンという男が現れ、マスコミの寵児に。体験を基にした書籍やTV出演などで成功した彼は、彼のもとには救済を求める生還者たちが集めて、ジグソウ被害者の会を開くのだった。一方、ジグソウの妻ジルが仕掛けた罠を切り抜けたホフマン刑事は、真の後継者争いにケリをつけるため、ジルを執拗に迫うのだった…というストーリー。
きちんと物語を終わらせる気がないというスタンスが、映画の見えるところ見えないところ、端々にすべてにわたるユルさを生んでいる。ホラーから緊迫を取ったらグロさしか残らない。特に前半は、まるで回想シーンを繋げたなつかしムービーになっちゃうのでは?という、別の意味の恐怖を感じてしまう始末。
冒頭ではじめてパブリックスペースで展開するのだが、これは初めての試みで、これまで頑なにやっていなかったことである。おそらくものすごい意味があるんだろうと思ったが、びっくりするほどなにもない。今回の製作陣は、あまり深く物事を考えていないことがよくわかる。おまけに群集の反応があまりにも違和感があるし、スプラッタ表現が長けているかというと、腸は羊の腸みたいだし。はじめの7,8分で、これはダメかもと思わせてくれる。
何かの伏線なのかな?という部分は、ほとんどが伏線ではない。というか、あまりそういうことを考えていないような…(レベル低っ)。
腰で吊ってるのが丸判りとか、技術的なレベルも低い。素直に胸筋にフックを刺さないといけない理由なんかなく、中学生での「はぁ?」って思うようなシナリオ上の詰めも甘い。
気付いて欲しいのだが、英題に“FINAL”は冠されていない。“3D"なのだ。これは輝かしい(かどうかはわからないが)ソウの歴史を締めくくろうという作品ではないのかもしれない(完全にジグソウの思想から乖離しちゃっていて、微塵の残滓すら感じられない)。ソウという21世紀に特異な輝きを発揮した作品をモチーフにした、3Dアトラクションである。
ちょっとネタバレになってしまうが、彼が真の後継者だ!という点だけが、唯一ファイナルたる所以だと思うのだが、これをオチとするだけで、1本の映画にするのは如何せん厳しすぎる。今、以下考えれば、このオチも含めて6作目で大団円とすべきだったと思う。
で、私は今、3DではないDVDを観ているわけで、ただのソウもどきを観ているようなもの。早送りで音声が聞けるタイプのDVDプレイヤーなら、早送りで鑑賞して充分。劇場公開の時は600円なら許す。DVDレンタルは200円なら許す。そんなレベル。
#なんか、震災を経てしまったら、この手の作品をを真剣に観る気が失せてしまったような気がする…。
負けるな日本
公開年:2010年
公開国:アメリカ
時 間:93分
監 督:アダム・グリーン
出 演:ケヴィン・ゼガーズ、ショーン・アシュモア、エマ・ベル、エド・アッカーマン、ケイン・ホッダー、ライリア・ヴァンダービルト 他
受 賞:【2008年/第75回NY批評家協会賞】新人監督賞(コートニー・ハント)
【2008年/第24回インディペンデント・スピリット賞】主演女優賞(メリッサ・レオ)
冬休みにスキー場で楽しむダン、ジョー、パーカーの三人。最後にもう一滑りだけしようと閑散としはじめた夜のスキー場に繰り出す。もうクローズするというリフト係を説き伏せて無理やり乗り込む3人。その後、交代した係員は、彼ら3人がまだ乗っていることに気付かずリフトを停止。地上15メートルの所に取り残されてしまう。さらにスキー場全体がクローズしてしまい、オープンするのは1週間後。はじめはなんとかなると考えていた3人だったが、気温がどんどん低下していき…というストーリー。
似たようなタイトルの作品を連日で。
あらすじ以上のものがあるかと聞かれれば、“無い”としか答えようが無い。よくもこのプロットだけで90分もの長さに膨らませられたものだと、逆に感心してしまう。ある意味、職人仕事かも。でも、ただ、それだけ。
『オープンウォーター』を同じテイストの作品で、取り残されモノ。明らかに二匹目のどじょうを狙った作品なだが(いや、三匹目か?それ以上か?)、はたしてこんな作品を観に行った人が、どれだけいたのか。「これはきっとおもしろい作品に違いない!」と思った人なんかいるのか。
これでもかこれでもか…とリフトの上で考えられることを重ねていくのだが、あまりにも行動エリアが狭すぎるのがアダに。いくらスキー場が大自然の中だからといって、そんなに簡単に狼の群れがやてくるのもどうかと思うし、簡単にリフトのボルトが外れるのも都合が良すぎるかと。
ボードを落とした時点で、地面の雪の固さはわかったのに、降りようとするのも、腑に落ちず。
ペトっと触った皮膚が、凍った金属にくっつくのは理解できるけれど、握り続けていた金属に手がくっつくというのは考えにくいし、むりやりはずそうとする行動も理解不能。死人じゃないんだから、ちょっとすればもっと穏便に離れるだろう。
満腹だったので助かりました…ってのもなぁ。
極限の状態で知恵をつかって乗り越えました。でも、それ以上の困難が訪れました。それを何度か繰り返したけれど、もうがんばりも限界です。もうだめです。あ~~。ってそういう流れを作らないとダメじゃないかねぇ。基本じゃない?
薄々感づいてはいたが、やはり稚拙な映画である。リフトが停止して5分くらいで、私は読書をし始めてしまった。それでも特に問題なくストーリーを把握できた。その程度の内容。旧作レンタル料金でも、ちょっと惜しいくらい。観たあとに何も残らない作品。
負けるな日本
公開年:2009年
公開国:アメリカ
時 間:89分
監 督:マーカス・ダンスタン
出 演:ジョシュ・スチュワート、マイケル・ライリー・バーク、ダニエラ・アロンソ、アンドレア・ロス、マデリーン・ジーマ、カーリー・スコット・コリンズ、ロバート・ウィズダム、ファン・フェルナンデス 他
金庫破りの前科を持つアーキンは、宝石ブローカを営む家庭にて防犯設備を取り付ける作業をしていた。そんな中、元妻が借金の返済ができなくなり追い詰められていることを知り、再び犯罪に手を染めることを決める。作業中に見た金庫を目当てに、再び家に侵入し、いよいよ金庫を開けようというときに、旅行に出ているはずの家の中で物音が。何者かがいると判断し、一旦家の外に出ようとするが、何故か鍵がかかっており出られない。すると家のどこかから、人のうめき声がする。さらに家中には残虐なトラップがあちこちに仕掛けられていて…というストーリー。
『ソウ』という映画が、2000年代の映画業界に一番影響を与えた作品なのかもしれないな…と、考えさせられる。
様々な仕掛けによって、猟奇的な惨劇が繰り広げられる…という基本線は『ソウ』のそれと一緒。二番煎じというか同様のテイストならば、独自の味付け(+α)が必要なのだが、それが本作にあるか否か。
確かに『ソウ』は特異な仕掛けによって繰り広げられる残虐シーンで有名だが、それを繰り広げている“ジグソウ”の、独善的ながらも観ている側が理解できなくもない“義憤”というものがあったと思う。その両輪こそが、シリーズを重ねることができた原動力だと思う。
では、本作の犯人さんには何があるのか。原題は“THE COLLECTOR”というくらいなので、何かを収集しているのだろう。どうやらなんらかのルールで人をコレクションしているらしい。しかし、どういうルールなのかもわからないし、そこまで人を苦しめる理由もわからないし、コレクションする動機もわからない。それにコレクターっていうくらいだから、複数のものを集めてしかるべきだし、カラスの収集だって“光る物”っていう共通点があるのに、この犯人の行動からはそれがまったく見えない。
簡単に言ってしまうと、なんだかわからないのだ。そのくせ、最後はまるでシリーズ物ですよ!続きをお楽しみ!と言わんばかりの終わり方をする。ふざけるなよ…といいたくなる。
途中で銃を使い始める統一感の無さにもがっかり。猟奇シーンこそ、たしかに痛々しくておふざけは無い。そういうグロ趣味の人だけが見ればよろしい。まったくお薦めしない。日本未公開なのも、さもありなん。
公開年:2005年
公開国:アメリカ
時 間:101分
監 督:ジェフリー・サックス
出 演:マイケル・キートン、チャンドラ・ウェスト、デボラ・カーラ・アンガー、イアン・マクニース、サラ・ストレンジ、アンバー・ロスウェル、コナー・トレイシー、アーロン・ダグラス 他
コピー:聞かなければ 殺される
全米1000万人が震撼!! 超自然(スーパーナチュラル)サウンドスリラー誕生
建築家のジョナサンは有名作家のアンナと再婚し、前妻の子マイケルとの幸せな生活を送っていた。ある日、アンナが帰宅せず、そのまま行方不明になってしまう。有名作家の失踪事件はマスコミを賑わせ、警察による大々的な捜索が行われるも一行に手掛かりはつかめなかった。失意に暮れるジョナサンの前に、レイモンドという不振な男が現れる。彼は、アンナは既に死んでおり、EVPという装置でアンナの声を聞いたという。最初は相手にしなかったジョナサンだったが、事故死したアンナの遺体が発見され、その後不可思議な現象が次々と発生したため、レイモンドの話を聞こうと彼の元を訪れ…というストーリー。
EVPといえば、晩年のエジソンが研究してたとかしてないとかいうアレですな。非常の面白い題材を見つけたと思う。
『コーリング』『シックス・センス』『ラブリー・ボーン』etc…と、霊からの声という題材の作品は実はけっこう多い。さらに『悪魔を憐れむ歌』『エクソシスト』『コンスタンティン』etc…と、悪霊が我々の生活に影響を及ぼしている…という作品もたくさん存在する。なので、題材としては見慣れた感も大きくて、陳腐に思われても仕方が無いのだけれど、このEVPというツールの目新しさが救ってくれた気がする。
また、いくら妻を亡くした喪失感に打ちひしがれたからって始めはそんな荒唐無稽な話に耳を傾けない主人公が、信じ始めるどころかどっぷりはまっていくのは、いささか都合のよい展開では???と思うかもしれない。しかし、マイケル・キートンの目ヂカラ演技が、そんな思いを無理やりねじ伏せて、成立させてくれる。彼は難しい役をうまく演じきったと思う。
簡単に言ってしまえば“力技”なんだけど、それを感じさせない空気感というかノリがあって、なかなか愉しめ傑作の予感すらして、「なんでこの作品はこんなに評価されていないの?」と思ったほど。でも、その理由は後半になると明らかに。
途中から未来の様子が…っていう要素入ってきてきてグダグダになるのだ。単なる霊からのメッセージとはあまりにも方向性の異なるため、話の土台が崩れてしまったと思う。そのギミックを持ち込まないでなんとかならなかったものか。
さらに致命的なのは、なぜ霊たちはメッセージを送ってくるのか、悪霊の目的はなんなのか、という肝心の謎解きがなされたとは言い難い点。無念を晴らして欲しいという『シックス・センス』的な目的なのか、現世の人を助けたいと思う『ラブリー・ボーン』的な話なのか。結局、どういう話にしたかったのか。
モニターに映るノイズのような映像と声だけで、『コンスタンティン』並の“あの世”の世界観をしっかり表現できているわけで、ものすごくレベルの高いことが実現できている。それは驚嘆するほどすごいことだと思うのだが、ミステリー面での作り手の腹が決まっていなかったために、こんなありさまに。絶対に傑作にできたと思うので、残念でならない。
別の観点。
音声っていうのは、振動が電気信号に変換されただけなので、音声があっちの世界から飛んできても、周波数を合わせるだけで受信できるのは何となく腑に落ちる。でも映像が飛んでくるのは滑稽に感じてしまう。映像っていうのは、NTSCだPALだSECAMだと信号の形式があるわけで、アナログであっても極めてデジタル的な変換過程が必要。
アメリカと日本はNTSC形式だから劇中の映像は受け取れるけど、他のヨーロッパ・中東・南米・アジア圏はPALやSECAM形式なので、信号を映像化できない。それら地域の霊たちは別の映像変換装置を持っている?それともEVPというのは日米限定?とか色々考えると、何か滑稽に思えてしまう。ああ、技術者の悲しい性か。無理やりでもいいから、霊による念の力でなんとかなるという、もっともらしい説明があるとうれしかった。
結論をいうとお薦めしない。しっくりこないだろうしカタルシスもない。途中で、話をまとめることに腐心して、映画が“娯楽”であることを忘れてしまった感すらある。でも、きちんとリメイクしてほしい作品ではある。ただ、ひたすら惜しいとだけ感じる作品。
公開年:2004年
公開国:アメリカ
時 間:100分
監 督:ザック・スナイダー
出 演:サラ・ポーリー、ヴィング・レイムス、ジェイク・ウェバー、メキー・ファイファー、タイ・バーレル、マイケル・ケリー、ケヴィン・ゼガーズ、リンディ・ブース、ジェイン・イーストウッド、ボイド・バンクス、インナ・コロブキナ、R・D・レイド、キム・ポイリアー、マット・フルーワー、ジャスティン・ルイス、ハンナ・ロックナー、スコット・H・ライニガー、トム・サヴィーニ、ケン・フォリー 他
コピー:それは、8歳の少女から始まった。
感染するまで、終わらない──。
看護婦のアナは愛する夫との二人暮し。ある日、彼女たちの寝室のドアが静かに開くと、何故かそこには隣に住む少女ヴィヴィアンが立っていた。少女は突然、とてつもないスピードで襲い掛かってきてルイスの首筋に噛み付く。何とか部屋の外にヴィヴィアンを撃退するも、夫ルイスは絶命。しかし、息絶えたはずのルイスは息を吹き返し、今度はアナに向かって襲い掛かるのだった。必死に屋外へ脱出すると、町には同じような状態の人々がたくさんおり…というストーリー。
オリジナルのロメロ版に比べると、悲惨な感じや虚脱しちゃう感じは無くなった気はするのだが、とはいえオリジナルの細かいディテールの記憶も薄くなっているので、それほど気にはならなかった。とはいえ、さすがににゾンビが“走る”という決定的な違いには気付く。元気元気。
おかげで、スピード感が出て効果的…と言いたいところだけれど、2002年製作の『28日後…』の影響を受けているのは明らかで、そう考えると手放しで評価できないかも。二番煎じと思われちゃあね。私なら、ノロいままにして、別の要素を加えたかもしれない。
いや、もしかすると、走らせることは、案外別の意図があったかもしれない。
ロメロ版では、ゾンビとは大衆消費社会の投影だといわれている。2005年のロメロ本人による『ランド・オブ・ザ・デッド』では、資本家と労働者という社会構造の、労働者側をゾンビにしちゃうという、いまいち時代錯誤な投影をしていたりするのだが、とにかくロメロがゾンビに何らかの社会事象を投影しているのは確か。1991年製のウェス・クレイブンによる『壁の中に誰かがいる』でも階級闘争を表現していたり、ゾンビ物というのは往々にして、そういう社会問題の代弁者だったりするものなのだ。
さて本作のゾンビは、現代社会の何の投影なのか。大衆消費社会における消費行動がすばやくなったから走らせて見たのだろうか?ネット社会の大衆の反応やレスポンスの速さを投影している?じゃあ、ネットショッピングができるような時代になったから、モールからは脱出しちゃうんだよ~とか?(オリジナルは脱出しない)
ん~、残念ながら、私にはピンとくるものは無かったが、観た人はどう感じただろうか。もしかすると、製作側はその辺を明確に定義せずに、作り進めてしまったのかもしれないね。
そういう肝心な点が呆けているにもかかわず、ザック・スナイダーはこのリメイク版をきれいにしっかりと仕上げた。これが初監督作品だったのだが、やはりすばらしい能力だと思う。彼の映像センス、私は好みだ。造形物のエッジがくっきりした映像がいいのかもしれない。おかげで、“走るゾンビ”が二番煎じだということに、ひっかかることなく楽しめたのだと思う。そして、ゾンビ映画という食人モノであるにもかかわらず、あまりスプラッターな感じがしないのも同様の理由だろう。
製作側の企画意図がいささか打算的でぼんやりしていたにもかかわらず、それを補って余りある能力で成立させた、まさに出世作。チャンスを物にするとはこういうことだ…という作品。いまどきのホラーとしては、おとなしめですらあるが、逆にホラー嫌いでも許容できる範囲かと。そういう意味で軽くお薦め。
公開年:1996年
公開国:アメリカ
時 間:111分
監 督:ウェス・クレイヴン
出 演:ドリュー・バリモア、ネーヴ・キャンベル、スキート・ウールリッチ、ローズ・マッゴーワン、コートニー・コックス、デヴィッド・アークエット、ジェイミー・ケネディ、マシュー・リラード、ケヴィン・パトリック・ウォールズ、W・アール・ブラウン、ヘンリー・ウィンクラー、リーヴ・シュレイバー、リンダ・ブレア、ウェス・クレイヴン 他
受 賞:【1997年/第6回MTVムービー・アワード】作品賞
カリフォルニアの田舎町で、女子高校生ケイシーが不気味な電話を受け取った後、その恋人と共に惨殺。過去にも同様の事件が発生しており、町は恐怖に包まれる。その後、被害者と同級生のシドニーもその電話を受け取り、マスクを被った人物に襲われたが、偶然やってきた恋人ビリーに助けられる。しかし、ビリーは犯人として疑われ逮捕。ところが、またもやシドニーに犯人から電話がかかってきて…というストーリー。
それこそ、ひと時代を築いたヒット作なんだけど、初見。
正直、ヒドいデキで、なんでこれがヒットしたのか不思議な気分になる。観終わって、一番記憶に残っているのが冒頭のドリュー・バリモアってのもね。
すごく奇妙に映ったのは、カメラワークがすべてコメディーのそれである点。また、映画オタクのキャラが語る“法則”が特徴的で、この“メタ”な視点が、本作の全てを貫いているといってもよい。達観しているがごときこの視線は、他にはないノリといえる。
メタ化してるってことは客観的な冷めた視点ともいえるわけで、観客が我にかえってもおかしくないハズなのだが、なんだかんだいって最後まで飽きずに観せているのは、ものすごい事件だと思う。ちょっと衝撃といってよいかも。
他の要素は本当にダメダメ。肝心の犯人も陳腐極まりなくて、消去法で考えると、けっこう絞れてくるし。それに、刺しあいして工作する件も意味不明。他の工作を終えてから、自分たちは最後でしょ。普通ならポンコツ映画だって評価しておしまいなのに、そうならないこの勢いって何なんだろう。サム・ライミとはちょっと毛色の違う、不思議なこだわりの成せる業なのか。
純粋な作品としてはまったく評価できないのだが、観終わった後の頭がおかしくなってしまいそうなこの奇妙な感覚、なんだろう。混乱しつつも、軽くお薦めしておきたい作品。
公開年:1979年
公開国:アメリカ
時 間:118分
監 督:スチュアート・ローゼンバーグ
出 演:ジェームズ・ブローリン、マーゴット・キダー、ロッド・スタイガー、ドン・ストラウド、マーレイ・ハミルトン、マイケル・サックス、ヘレン・シェイヴァー、ジョン・ラーチ、エイミー・ライト、ジェームズ・トルカン、ナターシャ・ライアン、エディ・バース、ミーノ・ペルス、エルサ・レイヴン 他
受 賞:【1979年/第62回アカデミー賞】作曲賞(ラロ・シフリン)
ニューヨーク州ロングアイランド。ジョージとキャシーのラッツ夫妻は、キャシーの連れ子3人との5人家族だが、子供をのびのび育てるために新しい家を探している。ある日、新聞広告に載っていた大邸宅を訪れたが、そこは1年前、長男が就寝中の両親と4人の弟妹たちをライフルで次々と射殺したといういわく曰くつきの家。案内した不動産屋はこの家で起こった1年前の事件について説明したが、夫妻は価格の安さに惹かれ購入を決める。ほどなく引っ越しをするが、その夜からジョージは体調を壊し…というストーリー。
一昨日の『パラノーマル・アクティビティ』を『エクソシスト』的な展開といったが、間違いだった。何日目…という演出や、霊の権威が退散したり、建物の感じはもちろん、最後にナレーションで終わる所など、『パラノーマル・アクティビティ』は、まるで本作のパロディムービーだといってもいい。
まあ、ホラー映画の定石っていえば定石なんだけど、残念なことに色んな点で至らない。まず、悪魔の仕業らしき家族への攻撃が地味。ラストの逃げるときの“階段から血”とか“井戸に落ちる”とかも、一切怖く感じられないし、神父は悪魔と一切闘わずやられっぱなし(まあ、それをやったら『エクソシスト』と同じになっちゃうんだけど)。蝿が出てるのでベルゼバブクラスの悪魔なのかと思ったが、結局正体はわからないし、仕舞いにはネイティブアメリカンがどうしたこうしたって、わけのわからない方向に発散しはじめる始末。
さらに、ストーリー構成にも問題がある。冒頭、水辺の小屋について触れていたので何かの伏線なのかと思ったが、何にも使われないし。娘が友達になった霊も、それ以上の展開はないし。ここまでくると、反則ぎみでも子供への攻撃をエスカレートするしかないんだけど、窓に手をはさんだだけでおしまいだし。犬を置いていくのか?ってところが一番ドキドキしちゃうという、そんなお粗末なレベル。
当時の世相を反映してるって感じでもなさそうだし、単にオカルトブームに乗っかっただけかも。実話ベースだっていうんだけど、何か打算的な作為の臭いがプンプンする作品。多分、創作部分がほとんどなんだと思う。凡作中の凡作。あえて観る必要はない。お薦めしない。
#まあ、顔みたいなデザインの家で、始めっからイヤな予感はしてたんだけどさ…。
公開年:2007年
公開国:アメリカ
時 間:86分
監 督:オーレン・ペリ
出 演:ケイティー・フェザーストン、ミカ・スロート、マーク・フレドリックス、アンバー・アームストロング、アシュリー・パーマー 他
ノミネート:【2009年/第25回インディペンデント・スピリット賞】新人作品賞
【2010年/第19回MTVムービー・アワード】恐怖演技賞(ケイティー・フェザーストン)
大学生のケイティーは、毎夜発生する奇怪な物音に悩ませれていた。彼氏のミカは、その物音の正体を確かめようと高性能ハンディーカメラを購入し部屋の中に設置。家の中の様子を昼夜を通して撮影することにした。すると、不思議な現象の数々が記録され、それは夜を重ねるごとにエスカレートしていき…というストーリー。
昨日の『9<ナイン>~9番目の奇妙な人形~』に続いて、実験的要素が強く、上映時間が短めの作品。
公開時には、低予算で作られたにもかかわらず興収が1億ドルを突破したと、コストパフォーマンスばかりがクローズアップされていた。コメンテーターや映画関係者までもが“この手があったか”的なコメントばかり(別に、本人たちは、低予算を逆手にとったつもりはないと思うので、失礼なコメントだと思うんだが)。肝心の内容がイマイチ伝わってこなかったところをみると、そのレベルの作品なんだろうな…と、当時はもちろん食指は動かなかった。まあ、今回はレンタル80円だったので借りてみたわけだ。
まあ、観る前から何がおこるか大体判ってるっていうのがミソで、そういう状況だと逆に、画面の色んなところを注視してしまうという効果があることに気づく。さらに、他のアメリカンホラーではまあ有り得ないような超常現象の小出っぷりで、それがハラハラ感やリアリティに繋がっていると思う。まあ、リアルさの半分は、主演女優のいまいち締りのない油断したボディのおかげな気はするけど(笑)。
しかし残念ながら、そういう興味も25分くらいで途切れる。もっと簡単にいうと飽きる。公開時の料金がいくらだったかは知らないが、もし1800円で観たとすると、相当腹が立っただろうと思う。アメリカでは大ヒット…。アメリカ人はアホなのか?と一瞬思ったが、おそらく500円とか700円とかその程度で観れるんでしょ?みんなでワーワーいいながらビールとつまみ片手に観る。それなら全然アリだと思うちょっとした夜店の出し物だもの。
ちなみに、ビデオで撮影したって設定なので、案外、劇場スクリーンで観るよりも、小さい家のモニターで観るほうが雰囲気出るかもよ。
以下、ネタバレ。
『エクソシスト』的な展開になるのをみて、日本人とアメリカ人の差を感じてしまった。たとえば、自分の家で毎晩得体の知れない物音が鳴ってすごく怖い状況です。霊能力者に来てもらってみてもらうと、次のようなことを言われました。さて、あなたは①と②、どっちが怖いですか?
①昔、この近くで事故にあった女性の霊が、とり憑いています。
②悪魔がとり憑いています。
①の方を怖がるのが日本人、②の方を怖がるのがアメリカ人だと思う。なにか決定的な民族的な違いを見せられた気がしたのは私だけだろうか。
100円以下でレンタルするならまあまあお薦め。250円だと、ちょっとせつなくなるかも。
#その後、アメリカや日本で続編が作られた(る)ようだが、付き合う気は、さらさら無い。
公開年:2009年
公開国:アメリカ
時 間:97分
監 督:マーカス・ニスペル
出 演:ジャレッド・パダレッキ、ダニエル・パナベイカー、アマンダ・リゲッティ、トラヴィス・ヴァン・ウィンクル、アーロン・ヨー、アーレン・エスカーペタ、デレク・ミアーズ、ジョナサン・サドウスキー、ジュリアンナ・ギル、ベン・フェルドマン、ライアン・ハンセン、ウィラ・フォード、ニック・メネル、アメリカ・オリーヴォ、カイル・デイヴィス 他
クリスタル・レイクはかつては人気のあるキャンプ場だったが、一人の少年が湖で溺死するという事故が起きて閉鎖された。それから数十年後、キャンプ場が再開され、ほどなく訪れた若者の一行が行方不明になってしまう。そんな事態を知らずに、ジェナたち大学生のグループがキャンプ場にやって来る。一方、はじめに行方不明となった一行の一人だった妹ホイットニーを探すためにクリスタル・レイクを訪れた青年クレイ。現地でジェナと知り合い、協力して妹の捜索を開始する。そんな中、ホッケーマスクを被った一人の大男が森の中で彼らの様子を覗っていた…というストーリー。
学生の時、友達がタダ券を持っていて、4人くらいで一緒に観にいった思い出が。PART何だったかも内容すらも覚えていないよ。結構広い劇場だったのに、ガラッガラで自分たち以外に1人か2人しかいなくって、色々ツッこんでゲラゲラ笑いながら観た。友達は俺がうるさいのイヤがってたっけなぁ(でも、こういうのってワイワイやりながら観るのが正しいんじゃないのかね)。たぶん『13日の金曜日・完結編』だったと思う。
実は、ジェイソンのキャラクター以外は『13日の金曜日』の内容をよく知らない。PART1の犯人がジェイソンじゃなくって母親だっていうトリビア的なことくらいかな。
以下ネタバレ。
リメイクってことだけど、1作目のリメイクじゃない。冒頭で1の母親の件を説明するところからスタート。さすがにジェイソンを出さないと成立しないよ…って判断はよくわかる。だからPART2のリメイクって言ったほうが近いんじゃないかな。
エロ表現が遠慮なくて、始めっから子供を相手にしていないのはわかるが、その割には、母親のペンダントの伏線とか演出が稚拙すぎる。こういう古臭さは払拭していかないと、画だけが妙にキレイでかえって陳腐に見える。スタッフを見るとショーン・S・カニンガムがいる。オリジナルの『13日の金曜日』の監督だ。こんな人がリメイク版に絡んじゃだめだよ。おそらく元のイメージを逸脱しないように、口出ししたんだろう(自分は続編でむちゃくちゃやってたくせにね)。これが古臭さの一因かもよ。
昨今のホラームービーに慣れっこになってしまっているせいか、本作でのジェイソンの殺しのシーンで、ビックリさせられるところが皆無(本当のラストのところだけビクっとしたけど)。Jホラーの10分の1もドキっとしない。ホラーなのに致命的だよ。それに、テンポが悪いというか、プツプツ流れが切れるというか、ダレてきて眠くなるポイントがたくさんある。これは監督の力不足のせいかなぁ。
もしかしてマイケル・ベイってホラーは苦手?いや、その後、『エルム街の悪夢』はリメイクしてるし、『ホースメン』やら『テキサス・チェーンソー ビギニング』やら『魔の棲む家』のリメイクだって製作している。あれ、全部製作だ。ホラーには思い入れは強いけど自分は監督しないってポリシーなのかな?なんでだろう。っていうか、彼が製作にクレジットされてる作品って、全部イマイチじゃない?
とにかく肝心のジェイソンの所業に大した驚きを感じないという、このレベルは大問題。くだらなくても旧シリーズを観たほうが絶対によい。非常に残念な出来映えの作品。お薦めしない。
#なんか、ここの所、ハズレばっか観てる気がする。ツラくなってきた。
公開年:2007年
公開国:アメリカ
時 間:104分
監 督:スティーヴン・ホプキンス
出 演:ジョン・キューザック、サミュエル・L・ジャクソン、メアリー・マコーマック、トニー・シャルーブ、ジャスミン・ジェシカ・アンソニー 他
コピー:この部屋はあなたのココロを破壊す
オカルト作家のマイク・エンズリンは、心霊現象や怪奇現象が噂される場所へ赴き、その体験を書籍にしているが、本人はそういった超常現象を一切信じていない。ある日、“1408号室には入るな”と書かれたニューヨークにあるドルフィン・ホテルの葉書が届く。エンズリンはその部屋を取材しようとするが、ホテル側は拒絶。支配人は、過去に1時間以上耐えられた人間がいないことや、犠牲者が56人もいることを明かし、宿泊をやめるように説得するが、ますます興味をそそられたエンズリンは、押し切って1408号室に足を踏み入れる…というストーリー。
ホテルのお部屋が取り憑かれているとえば、『シャイニング』みたいだよなぁって思ってたら、本作もスティーブン・キングの原作だった(観終わってから気付いた)。確かに、“超常現象+キング”の映画といえばこうだ!っていうノリだけど、元々かなり短編な原作(らしい)のせいか、お部屋による怖がらせの波状攻撃が同じパンチ力で続く続く。別に、アイデアが陳腐とか質が悪いわけではないのだが、頭を小突かれ続けると、だんだん慣れて飽きてくる。
結局、何であの部屋が呪われちゃったのかもわからないし、娘の霊とはどういう関係があるのかわからないし(マイクが獲物だったから娘が使われたのか、娘があの世にいたからマイクが呼ばれたのか)、支配人の本当の意図もよくわからない。最後に、あの世は本当にあるんだよ…って演出だけど、それってなんか展開し続けた主筋と関係ない方向な気もするし。やっぱり、小ネタをむりやり広げた感が拭えない。
で、一番の見所は、サミエル・L・ジャクソンとキューザックの駆け引きの演技だったりする。かといって、ホラー映画として失格とかそういうことでもなく、『テッセラクト』なんかよりは、全然おもしろい。凡作+αって感じ。お薦めはしないけれど、ヒマつぶしにはなる作品。
出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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