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image1746.png公開年:2010年
公開国:アメリカ
時 間:108分
監 督:ダーレン・アロノフスキー
出 演:ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル、ミラ・クニス、バーバラ・ハーシー、ウィノナ・ライダー、バンジャマン・ミルピエ、クセニア・ソロ、クリスティーナ・アナパウ、ジャネット・モンゴメリー、セバスチャン・スタン、トビー・ヘミングウェイ 他
受 賞:【2010年/第83回アカデミー賞】主演女優賞(ナタリー・ポートマン)
【2010年/第67回ヴェネチア国際映画祭】マルチェロ・マストロヤンニ賞[新人俳優賞](ミラ・クニス)
【2010年/第77回NY批評家協会賞】撮影賞(マシュー・リバティーク)
【2010年/第36回LA批評家協会賞】撮影賞(マシュー・リバティーク)
【2010年/第68回ゴールデン・グローブ】女優賞[ドラマ](ナタリー・ポートマン)
【2010年/第64回英国アカデミー賞】主演女優賞(ナタリー・ポートマン)
【2010年/第26回インディペンデント・スピリット賞】作品賞、監督賞(ダーレン・アロノフスキー)、主演女優賞(ナタリー・ポートマン)、撮影賞(マシュー・リバティーク)
【2010年/第16回放送映画批評家協会賞】主演女優賞(ナタリー・ポートマン)
コピー:純白の野心は、やがて漆黒の狂気に変わる…

ニューヨークのバレエ団に所属するニナは、自分が果たせなかった夢を託す母親の期待を背負い、過酷な練習を繰り返す日々を送っていた。バレエ団では、長年プリマだったベスが引退することになり、その後のプリマを決めることに。演目は“白鳥の湖”。ニナを含め複数の者が候補者に挙がったが、生真面目でおとなしいニナは、ホワイト・スワン役に向いていたが、魔性のブラック・スワンを表現することができないため、監督のトマスは別の団員を主役に選ぼうとする。それを知ったニナは、考え直すようにトマスに詰め寄るが、トマスは突然ニナにキスをする。驚いたニナは彼の唇に噛み付いてしまうが、彼女に意外な気の強さがあることに気づいたトマスは、ニナを主役に据えることに。めでたくニナは新しいスターとして歩みはじめるはずだったのだが…というストーリー。

『レスラー』のダーレン・アロノフスキー監督。そこそこ実力がある人が、なんらかの理由で力を発揮できずにもがくお話…っていう流れは、『レスラー』も本作も同じ。薬でちょっとやられちゃうところも同じ。

母親の過保護・執着が漂わせる不安。自分の失敗を補わせようとしているように見せかけて、同じように失敗させて自分の過去を正当化しようとしているのか。または、壊れていく娘を献身的にフォローしているようにみせかけるために、娘を壊れる状況に追い詰めているミュンヒハウゼン症候群的な行動なのか。
また、最近はやりのちょいとカエル顔ミラ・クニス演じる、割り込みライバルのリリーのエグさも、ニナを追い詰める。

まあ、日本には『ガラスの仮面』という漫画があってだな…(本作には紫のバラの人も月影先生もいないけど)、狂ったように演技に命をかける様子は、さほど珍しくない。だけど、冒頭からニナの精神が病みぎみで、明確に薬の影響を受けたあたりから、まるでホラー映画のようになっていく。

だけど、ストーリーテリングに巧みさは感じなかったし(案外シンプルな脚本だった…という意味で)、実のところ、あまり興味のあるテーマではなく、趣味も合わなかったようで、途中から飽きてしまった。ぐいぐい差し込まれるエロシーンも必要なんだかどうだか微妙に感じたし、エロなんだけどやっぱりホラーシーンに見える。ナタリー・ポートマンの演技で、なんとか最後まで観れたってところかな。
#彼女の鬼気迫る演技自体には、何の不満もない。

やたら撮影賞の受賞が多いんだけど、たしかに撮影テクニックはすばらしい。ただ、映像にはちょっと不満が。
最後のステージは、ナタリー・ポートマンのバストアップショットが多すぎ。彼女が実際にポワント(つま先立ち)してるショットが少なすぎ…というか、そんなことしながら演技できないから、足元を見せるのを避けているように感じられて、不自然。黒鳥になるCGは綺麗につくれるんだから、足もとからナメるショットとか、もっと作れるはず。
というか、バレエってこんなにつまらんものなのか(ちがうんじゃないかな)。最後のステージは、本当に舞台を見ているがごとく感動させてほしかったのだが。

これは好みが大きく分かれる作品かな。個人的には破滅型のお話は大好きなんだけど、是非観るべき!と薦める気にはならない。ちょっと女性向きな気もする。

#アメリカって日本みたいな爪切りないのか?




負けるな日本

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image1835.png公開年:2010年
公開国:アメリカ
時 間:116分
監 督:マット・リーヴス
出 演:コディ・スミット=マクフィー、クロエ・グレース・モレッツ、イライアス・コティーズ、リチャード・ジェンキンス、カーラ・ブオノ、サーシャ・バレス、ディラン・ケニン、クリス・ブラウニング、リッチー・コスター、ディラン・ミネット 他
ノミネート:【2010年/第16回放送映画批評家協会賞】若手俳優賞(コディ・スミット=マクフィー、クロエ・グレース・モレッツ)
コピー:最も切なくて、最も怖ろしい、イノセントスリラー

母親と二人暮しの少年オーウェン。学校でいじめにあっている彼は、それを母親に相談することもできず、夜になると一人でアパートの中庭で悔しさを噛み締めていた。ある日、隣の部屋に、父親と娘と思しき二人が引っ越してくる。しかし、その少女は雪が積もる屋外で、何故か裸足。やがて、二人は中庭で会話するようになるが、彼女は学校にも通っておらず、世間のこともイマイチ判っていない様子。そんな調子でも、徐々に打ちとけていき、お互いの部屋の壁越しにモールス信号で連絡を取り合うくらい親密になる。その頃、町では連続猟奇殺人事件が発生し、住民を恐れさせていた…というストーリー。

近年のヴァンパイア映画としては最高峰と私が評価した『ぼくのエリ』をハリウッドがリメイク。ほぼ完璧な作品なのに無謀なことを…と思ったが、主演にクロエたんを持ってくるとなると、ちょっと話は変わってくる。一応、製作側としては最善は尽くしていると言えるかな。あとは監督の力量次第。監督は『クローバーフィールド/HAKAISHA』の人ね。はたして、あの耽美具合とか純愛とも偏愛ともつかない不思議な感情とか、あの雰囲気がハリウッド映画で出せるのか。
#ニューメキシコって雪降るんか?って思うでしょ。降るらしいねー、アルバカーキの山とか。普通にスキー場とかあるんだって。勉強になったわ。

いきなり結論だけど、多少ブラッシュアップはされているが、愚直といっていいくらいストーリー展開はそのまま。凍った湖上でのできごと(殴った直後に“キャー”)とか、タイミングまでまったく一緒。これリメイクの意味あるんか?と思うくらい一緒。最後のプールの名シーン(っていっていいのかな)までも一緒。これって、オリジナルが優れている証拠だよね。オリジナルを猛烈に押している私としては、してやったりなんだけど。
#逆にレイティングの関係なのか、エグいところは薄くなってるな。

ちょっとクロエたんは、女の子っぽすぎるし、人間っぽすぎるな。オリジナルには、中性的なところにも若干意味があったしな。アメリカと北欧でヴァンパイアのイメージが違うのかな。

アビーが、今の同居人が歳取って使い物にならなくなってきたから、次の使用人を捜すために人たらししてるように見える(いや、そういう解釈がいけないわけじゃないんだけど、そうするなら、思いっきりそっちに倒せばいいんだよね)。なんで、アビーがオーウェンに親しみを感じるのか。オーウェンに強くなって欲しいと思うのか。そこが描ききれていない。自然に惹かれていく。そんな“存在”と出会っちゃたらやむを得ないかな…って感じがないんだな。
#タイトルの“モールス”…焦点を当てるような部分でもないんだよなぁ(ダメ邦題かな、こりゃ)。

まあ、ブラッシュアップはされてるけど、その分、展開が読めやすくなった気がする(オリジナルを観たからじゃないと思うよ)。あんまりスッキリさせちゃうと、もっとウマい方法で血を調達する方法考えりゃいいんじゃねーの?とか、そっちに気がいっちゃうんだよね。

悪くは無いんだけど、やっぱり、オリジナルの『ぼくのエリ』をお薦めしちゃうな。同居人の正体がわかった時のゾクゾク。もっと幼い少年が、自分もその道を選択するゾクゾク。ちょっと薄まっちゃったね。
クロエたんが見たくて見たくてしょうがない人だけ見ればよろし。

オリジナルをご覧になっていない方には、私が何を言ってるのかよくわからないと思うけど、とにかく『ぼくのエリ』は観るべき名作ってこと。以上。
#顔の傷の血の匂いには、もっと反応してほしいかったなぁ。




負けるな日本

 

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image1834.png公開年:2011年
公開国:日本
時 間:100分
監 督:三池崇史
出 演:加藤清史郎、林遼威、木村風太、平幹二朗、寺島進、三浦貴大、山本耕史、古田新太、杏、中村玉緒、柄本明、石橋蓮司、 山本裕典、石垣佑磨、白石隼也、溝口琢矢、三津谷亮、竹中直人、中村獅童、檀れい、谷原章介、鹿賀丈史、松方弘樹 他
コピー: 仲間といっしょなら、勇気200%!!



エリート忍者を目指して意気揚々忍術学園に入学した乱太郎。しかし、乱太郎が編入した一年は組”は、食いしん坊で居眠りばかりのしんべヱや、金儲けにしか興味がないきり丸など、愉快だけれど成績はイマイチのオチこぼればかりのクラス。ある日、4年は組の生徒・斉藤タカ丸と父親・幸隆が何者かに暗殺されそうになる事件が発生。実は、幸隆の父・幸丸が、髪結いの姿でスパイ活動をしていたのに、自分の正体を明かさずに死去したため、幸隆は自分が忍者の家系であることを知らずに生活していた。そのため“抜け忍”の扱いとなっており、命を狙われたということだった。忍術学園はその暗殺者たちの動きを察知し、彼らを守ろうと奔走するが…というストーリー。

元のアニメが長すぎて、年代によっては知ってるキャラ/エピソードが違ったりする。よっぽど長く観ていないと、よくわからないことだらけな気がする。今回のストーリーは、忍術学園VSウスタケ忍者がメイン。ドクタケ忍者とか、なんで出てるのか良くわからないと思う。忍たまをよく知らない人は、敵なんだか味方なんだか、混乱するだろうし、実際ストーリー上は全然重要じゃないからいなくて良いレベル。稗田八方斎の大笑いで起き上がれないっていうお約束をやりたいだけ。

最近の原作あり映画作品は、“似ている”ということに注力しているけれど、似ていることは必要条件であって十分条件ではないことが判っていない監督が多い。簡単にいえば、似ていることは、単なる掴みでしかないってこと。似てるかどうかなんか監督が気にすることじゃない。
それどころか、ウマく似せて「わあ、すんごい似てるじゃ~ん」なんて思わせたら、逆にハードルが上がりまくってしまって、その後の展開も観客の脳内の原作の通りすすまないと、すべて違和感になって映画に集中できない。むしろ、何が同じで何が違うのか、はっきり判らせて、早々に次のステップに進ませるのが正しいあり方だと思う。
で、本作はどうかというと、キャスティングには監督は関わっていないと思われる。すべてスタッフまかせ。おそらく、監督は原作の忍たま乱太郎を見たことすらないんだと思う。なぜそう思うかというと、アニメのキャラとあまりにも演技が違う…というか、アニメを見たことがある人なら、そんな引っかかる演技はさせないと思うから。スタッフはメイクや衣装については似せる権限はあったろうけど、監督に演技の云々を言う勇気はなかっただろう。私が特に違和感を感じたキャラクターは、しんべヱと山田先生。しんべヱは中途半端に似せようとしてるけど、それは無いわ…ってレベル。山田先生は逆に似せるつもりが皆無。寺島進以外の何者でもない。古田新太の食堂のおばちゃんくらい別物なら、逆に納得なんだけど中途半端なんだわ。
きり丸も軽さが大事なんだけど何か重いキャラだし。その他の子供も含めて演技に非は無いんだけど、これで良しとした大人たちが悪いんだと思う。ある意味、児童虐待のレベル。

監督の興味も、原作の雰囲気がどうのこうのとかいうところに向いてなくて、映画の表現方法として攻める方向(今なら試していんじゃないか?的な方向)に走っているみたい。『ヤッターマン』がCG表現に偏り過ぎていたのに対して、今回は舞台のようなアナログ的表現の実験を。最後のレースでの舞台の動きなんか、劇団四季か!って感じ(エンドロールでメイキングを流したい気持ちはわかる)。まあ、その作品作品で、なんだかんだ製作のモチベーションを維持できる三池監督は、ある意味スゴイ人なんだろう。
で、ワーナーは、忍者モノだし、NARUTOみたいなのも流行ってるし、もしかして海外でもウケたりして!?みたいな打算もあって配給に名乗りをあげちゃってる感じ。そういう大人たちの計算が入り混じった子供向け作品。そりゃ、ピュアな気持ちで愉しめないわな。

これ満足して映画館を出た人っているのかな。家族で観終わった後に、家族でレストランに入っても、映画の話は触れず終いで、家に帰るレベル。予告編以上のおどろきも感動もない作品なので、無理して観る必要はない。

#戸部先生は評価する(笑)。




負けるな日本

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image0539.png公開年:2005年
公開国:フランス、グルジア
時 間:93分
監 督:ゲラ・バブルアニ
出 演:ギオルギ・バブルアニ、パスカル・ボンガール、オーレリアン・ルコワン、フィリップ・パッソン、オルガ・ルグラン、フレッド・ユリス、ニコラス・ピグノン、ヴァニア・ヴィレール、クリストフ・ヴァンデヴェルデ、オーグスタン・ルグラン、ジョー・プレスティア、ジャック・ラフォリー、セルジュ・シャンボン、ディディエ・フェラーリ、ゲラ・バブルアニ 他
受 賞:【2005年/第62回ヴェネチア国際映画祭】新人監督賞(ゲラ・バブルアニ)
【2006年/第19回ヨーロッパ映画賞】ディスカバリー賞(ゲラ・バブルアニ)
コピー: 13人のロシアン・ルーレット──それは、運命を狂わせる邪悪なゲーム。

グルジア系移民のセバスチャンは、屋根修理で雇われた家にて、家主が大金を手に入れる仕事があると話しているのを聞いてしまう。その仕事の依頼は手紙で伝えられ、それはもうすぐ届くという。しかし、薬物依存症の家主は、浴槽で絶命。屋根修理の代金が支払われないと知ったセバスチャンは、家主宛の手紙を代金代わりに盗んでしまう。封筒の中にあった、パリ行きの乗車券に従って移動するセバスチャンは、途中で何者かに誘導され、森の奥にある屋敷へ。そこでは、複数のプレーヤーが、一斉に引き金を引く集団ロシアン・ルーレットによる狂気のギャンブルが開催されていたのだった…というストーリー。

2010年に『ロシアン・ルーレット』って名前でリメイクされている(日本では2011年6月に公開)。でも、当たったって聞かないね。そりゃそうだろう。いかにもハリウッドが目を付けて、リメイク権を買いそうな内容だって思うだろうけど、実際はそうじゃない。だってオリジナルの本作は、ある意味完璧なんだもの。

悪趣味なゲームではあるけれど、卑しい人を集めて殺し合わせるという方式が確立されたら、それを繰り返す。純粋にギャンブルをしているのであって、『カイジ』や『ソウ』のように、殺し方のバリエーションで遊びすぎていないのがよい。そのほうが、かえって道具として扱われている感じや、足を踏み込んでしまったセバスチャンの絶望感がアップする。

リメイクすればよい…と思われるもう一つの理由は、展開が淡白するぎるからだろう。貧しい青年が思わず足を踏み込んでしまったのは、下劣なギャンブル。あくまでドッグレースの犬として、闘鶏のチャボとして扱われ、断ることはできない。究極的に生活に困窮しているわけではないから、断れるものなら断りたいんだけど、足を踏む込まざるを得ないという、さじ加減がよい。それ以外のおかずはあえて添えていないことが、シンプル故の緊迫感を産むことに繋がっている。

おそらくリメイク版では、この点は変えるだろう。また、別の参加者のバックボーンにもスポットを当ててくるだろう。なんでこういうゲームの参加しているのかとか、過去映像を指しこんで説明しちゃったりとか。本作は、あくまでセバスチャンに何がおこったかを追っているからいいのであって、そんなのがさしこまれたら途端に興ざめするだろう。どういうバックボーンの人が自分を殺すかもしれない、自分は殺してしまうかもしれないという、“判らなさ”が良いのだから。

改めて言うが、こねくりまわさずに、必要最低限なプロットのみを綴っているからこそ、この味が出ている。いや、そこだけに観客の興味を集中させたいが故に、白黒なんだし、むやみに煽ったりしない適度なBGMがチョイスされているのだから。私なら、リメイクする勇気はない。ハードでありながら、詩的ですらある。だから内容がわかっていても愉しめる。
この作品で、物足りないと思ったひとは、ハリウッド感覚に慣らされちゃって、なんか麻痺してるんだと思う。一回、心の洗濯をしたほうがよい。

主人公はいかにもグルジア人ってお顔。特につながり眉毛。移民問題が産んだ(というと語弊があるかな)良作。特殊な映像技術を用いているわけでもないし、おそらく低予算だろう。もし、自分が一本目にに本作のような作品をつくれたら、ものすごく幸せだろうと思う。お薦め。

#リメイク版を観て、ディスってやりたい気分になってきた(性格ワル…)。




負けるな日本

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image1832.png公開年:2011年
公開国:アメリカ
時 間:110分
監 督:D・J・カルーソー
出 演:アレックス・ペティファー、ティモシー・オリファント、テリーサ・パーマー、ダイアナ・アグロン、カラン・マッコーリフ、ジェイク・アベル、ケヴィン・デュランド 他
コピー:ナンバー4、覚醒――その“力”に、集結せよ。


モドガリアンと呼ばれる異星人に侵略された惑星ロリアン。彼らに対抗するために産み落とされた9人の子供たちは、成長して超能力が覚醒するまで、ガーディアンの庇護の下、地球で育てられることに。しかし、成長する前にロリアンは滅亡してしまう。その後、モドリアンたちは9人の子供たちを追って地球にやってきて、ナンバー1から3まで3人を殺害する。追手の影を感じたナンバー4とガーディアンのヘンリーは、オハイオ州に非難。ナンバー4はジョン・スミスと名を変え高校生として静かに暮らすことに。彼は、サラという女の子と出会い恋に落ちるが、それと同時に、能力が覚醒を始める。そして、いよいよモドガリアンの魔の手が迫るが、ジョンは逃亡ではなく闘うことを選択し…というストーリー。

「中2か!」っていいたくなるようなレベルの設定で、いくらディズニーでも子供すぎやしないか?と心配したのだが、杞憂だった。いくら稚拙な設定でも、照れずに、奇を衒わずに、手を抜かずに、愚直に作れば良くまとまるのだな…と実に関心させられた。
なので、子供向けかというと、まったくそんなことはない。謎解き要素、アクション要素、ヒロイックファンタジー要素、SF要素と非常にバランスがよくて、飛び抜けたホメ所こそ無いが、素直に引き込まれる出来映えだ。

最近のディズニーのティーン向け作品ではお約束の青春&恋愛ネタ。まるで『トワイライト』のように展開するが、そこはディズニー。エグい恋愛にはならない安心っぷり。でも、充分に女性の鑑賞にも堪えるポイントは多いと思う。

9人の子供が宇宙人にとって危機的存在だから、殺しにきていると考えるのが自然なのだが、9人を次々殺して廻っているところを見ると、別に9人が揃わないとモドガリアンを倒せないというわけではなさそう。誰か一人でも脅威なのか?と思ったが、敵の宇宙人が欲しいものをナンバー4が持っているようなセリフも。じゃあ、ナンバー1~3のなんらかの能力も既にモドガリアンに奪われているのかしら。いずれにせよ、ナンバー4が持っていてモドガリアンが欲しい能力ってのが何かは、結局わからなかった。
いやいや、それ以前にナンバー4と6の能力も、詳細はよくわかんないし(まあ、守護者は両方とも死んじゃってるし、ナンバー4も6自身も自分のことは判っていないんだろうから、設定としても自然だな)。大体にして親が残した箱の正体なんか触れていないに等しいわ、UFOオタクのお父さんの件も、そういう人がいました以上の内容はない。とにかく、わかったようで判らないことが満載なのだが、これは、続編と作る気マンマンっていう顕れ。

でも、原作アリの作品みたいなので、闇雲に伏線の種だけバラ撒いているわけではないと思う。
続編想定で、尻切れトンボみたいな内容になっちゃってるんじゃない?と思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。正直、『グリーン・ランタン』の3倍は愉しめた。是非、とっとと続編をつくっていただきたい。気軽に見れる快作。お薦め。



負けるな日本

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image1756.png公開年:2009年
公開国:アメリカ
時 間:105分
監 督:ジム・シェリダン
出 演:トビー・マグワイア、ジェイク・ギレンホール、ナタリー・ポートマン、サム・シェパード、クリフトン・コリンズ・Jr、メア・ウィニンガム、テイラー・ギア、ベイリー・マディソン、キャリー・マリガン、パトリック・フリューガー、ジェニー・ウェイド、オミッド・アブタヒ、ナヴィド・ネガーバン、イーサン・サプリー、アーロン・シヴァー、レイ・プルーイット 他
ノミネート:【2009年/第67回ゴールデン・グローブ】男優賞[ドラマ](トビー・マグワイア)、歌曲賞(ボノ/U2“Winter”)
【2009年/第15回放送映画批評家協会賞】若手俳優賞(ベイリー・マディソン)
コピー:世界の果てをみた兄に、まだ声は届くだろうか。

海兵隊に所属するサムは、妻と2人の娘と幸せな暮らしをおくっていた。しかし、サムの弟のトミーは、銀行強盗をやって捕まり服役しており、家族はそんな彼を嫌っていた。トミーが仮出所となった直後、サムは入れ替わるようにアフガニスタンへの出動を命じられる。しかし、無事帰還を祈る家族の思いも空しく、サムの訃報が届く。葬儀を終えても悲しみに暮れるグレースと娘たちを見て、これまで問題ばかりおこしていたトミーも、彼女たちの支えになりたいと思い始め、徐々にグレースたちのも打ち解けていくのだった。そんな時、死んだと思われていたサムが生きていると連絡が入り…というストーリ。

冒頭の日常生活の場面から、ずっと重~~い雰囲気。そのままず~っと思い雰囲気で、1秒たりとも息を抜けることがない。普通はもうすこし緩急があってもいいはずなんだけど、ただただ、重苦しい。でも、かといって、ラース・フォン・トリアーみたいに、意図的にこれでもかこれでもか…ってやってる感じではない。
ちょっと心が病んでる人が、シナリオを書いたんじゃないかと思うほど。

観ているほうは、サムが死んでないのも判ってるから、立ち直ろうとしている残された人たちの様子が痛々しく感じるけど、どうせ戻ってきてモメるんだろうな…と思うと空々しくも感じてしまう。おまけに、アフガンで捕まってる間が長すぎるから、その空々しい時間の長いこと長いこと。

トビー・マグワイア、ジェイク・ギレンホール、ナタリー・ポートマン、各々の演技には何の不満もなかった。メインの3人以外もみんなお上手だった。でも、これだけメジャーな役者揃いなのに、重苦しい空気にかき消されてしまうほど。

デンマーク映画がオリジナルらしいんだけど、舞台がアメリカになったのが、敗因かな…とも思う。薄っぺらなリベラル思想による反戦メッセージが鼻に付くって感じ。
苦痛で壊れてく兄、つらい思いをしている人たちの痛みを身近に感じて人間らしくなっていく弟、なんとか立ち直ろうとする妻と家族。本当は撒き戻されるはずのないネジが撒き戻され、そんな3者が改めて交わるけれど、同じようになれるはずもなく…。弟がいい人になっていく過程がちょっと薄い気もするんだよなぁ。だから、トミーとグレースの間がそれほど縮まったように見えないし。

元の『ある愛の風景』って反戦映画なのかな?本当は、もう少し、このすったもんだの先に生きる希望が見える内容なんじゃないのかな(捜して観てみようかな)。とりあえず、微塵のカタルシスも希望の光もないので、お薦めしたくない。



負けるな日本

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image0990.png公開年:2007年
公開国:日本
時 間:137分
監 督:井口奈己
出 演:永作博美、松山ケンイチ、蒼井優、忍成修吾、あがた森魚、温水洋一、市川実和子 他
コピー:恋におちる。世界がかわる。19歳のボクと39歳のユリのいかれた冬の物語。




地方の美術学校に通う磯貝みるめ。その学校に非常勤講師としてやってきたユリ。彼女のことが気になり、彼女の教室を訪れるようになったみるめは、ユリから絵のモデルを頼まれる。しかし、彼女のアトリエで2人は関係を持ってしまう。ユリにすっかりはまってしまたみるめは、夢見心地の日々。彼に秘かに恋をしていた同級生えんちゃんは、みるめとユリが付き合っていることを知り、衝撃を受けてしまう…というストーリー。

まあ、よく言えば、ヨーロッパ映画のように“空気”重視。大して内容もなさそうなのに137分もあるのかよ…と思ったけど、雰囲気を壊さないことに注力すれば、こんな感じなるのも納得。
ダラダラと簡単に撮っているようにみえるかもしれないけど、この間を持たせつつ興味も失わせないのは、なかなかテクニックとセンスがいると思う。長廻しも多かったので、演者側も大変だったんじゃないだろうか。
ロングショットも多用していて、はじめ松ケンも忍成修吾も認識できなかった(忍成修吾はARATAかと思ったよ)。

だけど、純粋に映画を観たい…ってだけの人、映像表現の手法とかシナリオのデキ云々なんか考えながら観たくないよ!って人には、煩わしく感じるのかもしれない。

ストーリー自体は、性に奔放な人妻が学生と不倫する様子をダラダラと綴るだけ。“だけ”っていっていいのか悩むところだけど、ドラスティックな展開もないし、それほど現実の世界でありえない話でもなかったりするし、退屈に感じた人はたくさんいるだろな。

間と空気感を一生懸命つくっているのはよくわかるんだけど、対して、細かいディテールには、さほど気を使っていなかったりして、逆に面白かった。

作品を見ているだけだと、舞台の地がどこなのかわかんない…とか(途中でユリが東京にいくっていうセリフがあって、初めて田舎なんだな…って気づいた)。松ケン演じるみるめが、気を抜くと青森弁になっちゃうのとか、それでいいのか?って感じ。そういう部分よりも、演技の流れを重視したってことなんだろうけど(私はそういう姿勢が嫌いじゃないけど、気になるひとは気になるだろうね)。

「会えなければ終わるなんて、そんなもんじゃないだろう」っていうラストのセリフ。一般的にそんなことが言われているわけもないのに、否定してきやがって、まるで告白もしてないのにフられた感じ。まあ、本作を貫くそういう理不尽さというか奔放さを象徴した表現なんだろうね。

こんなゆるゆるな作品なのに、玄人好みっていうめずらしい作品だと思う。これおもしろいよ…と薦めても、ピンとこない人には「はあぁ?こんなの薦めてアホなんじゃね?」といわれそうで、薦めるのは怖い作品。
根本的に、誰一人として他人のセックスのことを笑ったりしない。なんとなく、なんとなく。本作自体がなんとなくの塊なんだろうな。


負けるな日本

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image1204.png公開年:2008年
公開国:アメリカ
時 間:101分
監 督:グレゴリー・ホブリット
出 演:ダイアン・レイン、ビリー・バーク、コリン・ハンクス、ジョセフ・クロス、ビリー・バーク、メアリー・ベス・ハート、ピーター・ルイス、タイロン・ジョルダーノ、パーラ・ヘイニー=ジャーディン、ティム・デザーン、クリス・カズンズ 他
コピー:FBIサイバー捜査官を追い詰める、66億人の好奇心。



ジェニファーは、サイバー犯罪専門のFBI特別捜査官。夫とは死別し、母親と娘と共に生活している。ある日killwithme.comというサイトへの通報が入る。そのサイトでは、拘束された猫が衰弱していく様子をライブ中継したが、封鎖してもIPアドレスを巧妙に変更してサイトにようる中継をし続けた。その後、動物ではなく縛られて薬物を投与された男が映し出される。薬物の投与量はアクセス数にによって増える仕掛けとなっていたが、ジェニファーたちの必死の捜査も虚しく、アクセス数は増える一方で、やがて男性は絶命してしまう…というストーリー。

サイトで行われる犯人の所業はなかなかエグくて、目を背けたくなるほどなのだが、『ソウ』シリーズに比べればかわいいもので、公開当時は物足りなく思われたかもしれない。
あまり評判がいい作品ではないようなのだが、私はそこそこ評価をしたい。シナリオ自体はなかなかウマいと思うので。

子供がいるシーンを強調したり、家にアタックをしかけられたりしたので、おそらく子供がさらわれたりするピンチがあるんだろうなーと思わせておいてスカす…とか、犯人はいったい誰なのか?そこを軸にストーリー展開させていくのかと思いきや、中盤ですっかり犯人を明してしまうとか、「お、そう来るか…」と裏をかくような展開が巧みだと思う。
また、こういう連続殺人鬼モノは、変に犯人を巨悪にしたり、救いようのない怪物にしたりと大風呂敷を広げたりパターンが多いけど、本作の犯人のような小物との闘いに、逆に新鮮さを感じてしまった。

『CSI:科学捜査班』なんかを見慣れた人は、画像解析でもっと場所の特定とはできるんじゃねーの?とか考えるかもしれないけど、むしろCSIのほうが都合が良すぎるわけで、このくらい手間取るくらいが自然だと思う。
最後のFBIのバッチのところは、お前らも加害者みたいなもんだぞ!とアピールしているのであって、格好つけたわけでもないし、もちろん笑いどころでもない。あそこでスパっと終わらせたのは悪くはなかった。
また、これ以上、上司のグダグダぶりにイライラさせられたり、身の回りで何かが起こったりすると、逆にウンザリしてしまっただろう。さらっと流したところに抜きどころのウマさがみえる。小気味良いテンポと、適度なスリルを味あわせてくれた、快作だと思う。
#褒めたけど、本作の脚本家さんたち、あまり他の仕事やってないんだよなぁ…。

ディテールの甘いところで、どうにかしたほうが良かったんじゃないかと思うのは2点。IPアドレスが頻繁に変えられるというのはわかるけど、人命がかかっているのだから、諦めずに愚直にサイトのブロックをし続ければ、すこしでもアクセス数は減らせるのにな…とか思った所。もう一つは、橋の上でFBIに電話をした後、車に戻ったところ。いくらライトが点いたからってからって、雨で寒いからって、犯人に細工された車に戻らんよ。そんなところか。まあ、目くじらをたてるほどでもない。軽くお薦め。




負けるな日本

 

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image1831.png公開年:2011年
公開国:アメリカ
時 間:114分
監 督:マーティン・キャンベル
出 演:ライアン・レイノルズ、ブレイク・ライヴリー、マーク・ストロング、ピーター・サースガード、ジェイ・O・サンダース、テムエラ・モリソン、タイカ・ワイティティ、アンジェラ・バセット、ティム・ロビンス、マイク・ドイル、ガトリン・グリフィス、ジェナ・クレイグ、ジョン・テニー、ジェフ・ウルフ 他
コピー:彼らの“光(リング)”が宇宙の“闇”を照らす!


太古の昔、宇宙最強の力を手に入れた不死身の種族が創設した宇宙警察機構“グリーン・ランタン”。彼らは、万能武器“パワーリング”の意思により様々な星から選抜され、その戦士たちが宇宙の均衡を守っていた。しかし、戦士アビン・サーによって封じ込められていた悪の存在パララックスが力を取り戻す。その復讐によって深手を負ったアビン・サーは、自らの意思と能力を引き継ぐ後継者を捜すために旅立つ。そして瀕死のアビン・サーが到達したのは地球。パワーリングが後継者として選んだのは、腕前は一流だが自信過剰で我侭な戦闘機テスト・パイロット、ハル・ジョーダン。後継者に役目を託した後、アビン・サーは息を引き取り、その能力はハルに引き継がれるのだったが…というストーリー。

『アイアン マン』とか『キャプテン・アメリカ』さんたちが所属するマーヴェル・コミックのアベンジャーズとは違う、DCコミックの“ジャスティス・リーグ”のヒーローさん。別の出版社で、同じようなヒーロー大集合みたいなことをやって競ってるんだね。正直、さほどおもしろいとは感じないけど。歴代仮面ライダーとかウルトラマンが大集合って、しょっちゅうやられても飽きるでしょ。

で、マーヴェルがアベンジャーズ大集合で壮大に盛り上げようとしているときに、わざわざ本作をぶつけてくるくらいなので、よほど面白くする自信があるんだろうな…と思ったのだが、拍子抜け。

根本的に、グリーン・ランタンという宇宙を守っている組織自体が、あまり魅力的に見えない。彼らが日々、何千人もガンクビ揃えて、何と戦っているのかもよくわからないし、地球人を散々馬鹿にする割には、ハルの仲間(というか訓練役とか案内役)のメンバーが、人格的にも能力的にも優れているようには見えない。挙句の果てには、ちょっとしたことをするだけで躊躇して、ポっと出の地球人に咎められる始末。その一歩踏み出す気持ちこそ、パワーリングが選んだ理由…とかいわれても、既存のメンバーが融通が利かないだけじゃん…としか思えない。だから、ハルが成長した伸びしろも小さくて、主人公の成長・変化があまりないというヒーローものとしては致命的な面も。

グリーン・ランタンたちに等しく与えられる能力が、イマジネーションを実体化する能力なのだが、あんな風に構造物を事細かに想像できるとは思えず、リアリティを感じない。人間のイメージなんてもっとぼんやりしたものだと思う。ましてややんちゃなテストパイロットさんが、瞬時に詳細な兵器の設計図を思い出せるとは思えないので、もっとぼんやりした具現化に留めておいたほうがリアリティがあったと思うの。
どうしても、そういう細かいことをさせたかったら、テストパイロットもやっているけど、同時に開発の能力もあって普段から設計図を描いてる…とか、そういうディテールが必要だったかも。

そういう細かい部分だけでなく、グリーン・ランタンに対峙する敵を無理やり作って、ハルが組織の中で苦労して…という流れも、強引な印象がある。グリーン・ランタンというヒーロー云々は無関係に、主人公のテストパイロットの生い立ちや葛藤がなかなか面白くて、むしろ、そのまま話を進めたほうがよかったんじゃないかとすら思うほど。グリーン・ランタンというヒーロー自体には、さほど魅力はないのを、脚本家4人が、一生懸命鑑賞に堪えうるストーリーになんとか仕上げたという感じがする。アベンジャーズさんたちと比較すると、ピリっとしない作品。

#エンドロールの途中で、ベジータハゲの先輩メンバーが、悪の力に手を出した…みたいなシーンが挟まれており、続編を作る気満々らしい。でも、このままだと難しいんじゃないかなと…。



負けるな日本

 

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image1790.png公開年:2008年
公開国:イギリス
時 間:131分
監 督:シャロン・マグアイア
出 演:ミシェル・ウィリアムズ、ユアン・マクレガー、マシュー・マクファディン、ニコラス・グリーヴス、シドニー・ジョンストン、サーシャ・ベアール、エドワード・ヒューズ 他





ロンドンのイーストエンドで夫と4歳の息子と暮らす若い母親。警察の爆弾処理班に勤務する夫は、常に緊張状態を強いられており、家に帰ってきても疲れ切って妻を顧みない。夫婦関係は冷え切っており、妻は息子だけを心の支えにして生きていた。ある日妻は、パブで声をかけてきた新聞記者ジャスパーと一夜の過ちを犯してしまう。その後、夫と息子がサッカー観戦に向かうのを見送った時に、ジャスパーと再会。良くないとは思いつつも再び情事を楽しんでしまう。しかし、その最中に、夫と息子が向かったスタジアムで大規模な自爆テロが発生したニュースが。夫も息子も犠牲になってしまい、彼女は大きな罪悪感に襲われ、心を閉ざしてしまう。一方ジャスパーは、情報をひた隠しにする警察を不審に感じ、真相を突き止めようと独自に調査をはじめる…というストーリー。

何の予備知識も無しに観たので、夫に不満がある奥さんがフラフラと不倫しちゃって悩んじゃう的なお話かよ…、そんな緩い話どうでもいいや…と思って、一回観るのを止めたほど。だって、テロがおこって話が動き始めるまで、、結構長かったんだもん。

テロの発生と家族の危機を知るシチュエーションが、かなり特異というか作り手の悪意があって、そりゃ奥さんの精神は壊れちゃうわ…って感じ。そのインパクトと事件の重大性が相まって、痛みからの復活・癒しの話になるのか、事件を追ったサスペンスになるのか、はたまた移民問題に焦点が当たるのか、どこに話が転ぶのかわからないという効果が生じている。

だけど、恋敵の警官とかが出てくるわ、恋敵同士で行動の暴きあいを始めちゃうわ、なんだかごちゃごちゃして収集がつかなくなってくる。で、いつまでもどういう話になるのかな?のまま引っ張るわけにはいかないので、だんだん話を集約しなくてはいけないわけだけど、集約した結果、壊れたんだか希望を見出したんだかよくわからない状態でおしまい。
最後は、手塚治虫の『火の鳥』ばりの生命の強さを感じさせてくれる展開なんだけど、私はそれ以上に“女って怖ぇ…”ってゾっとしちゃった。
で、結局、最後のは誰の子なわけ?よくわかんないや。

テロ被害者の気球なんか上げるか?何百人もいるのに?とか、テロ犯と思しき人物の関係者とはいえ子供に発砲するか?とか、ディテールが雑。

すでに、オサマ・ビン・ラディンが死んでしまったからということとは無関係に、オサマに手紙を書くようにカウンセラーから勧められたりなんてことがあるのか非常に疑問だった。効果があるとも思えないし、「テロをするにもきっと理由があるんでしょ、大国に不満があるんでしょ?」みたいな解釈を、テロで子供を亡くした人間が言うことに違和感を感じる。
ヨーロッパの移民問題を喧嘩両成敗にでもしようとする安易さも感じるし、テロと移民問題は別、それはそれ、これはこれでしょ?という苛立ちも覚える。作り手側が、自分の言いたいことを整理できていない印象。観ても、受け手側が何をいいたいのかな?と一生懸命解釈しようという興味を抱かせることがない、いまいちな演出。特段に悪いポイントがあるわけではないんだけど、お薦めするポイントもない作品。






負けるな日本

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image1129.png公開年:2003年
公開国:アメリカ
時 間:131分
監 督:リドリー・スコット
出 演:ニコラス・ケイジ、サム・ロックウェル、アリソン・ローマン、ブルース・マッギル、ブルース・アルトマン、スティーヴ・イースティン、ベス・グラント、メローラ・ウォルターズ、ナイジェル・ギブス 他
コピー:その男、潔癖症の詐欺師。



詐欺師のロイは、自らを芸術家と呼ぶほど、見事な腕前の持ち主。しかし、強迫神経症による極度の潔癖症。オフィスや家を毎日病的なまでに掃除・消毒し、衣服や日用品もきれいに整頓されていないと落ち着かない。汚れ物が出るのを嫌い、食事も毎日ツナ缶で、屋外で空気を吸うのも苦痛なほど。ある日、常用している薬を誤って処分してしまい、薬を貰おうとかかりつけの医者に電話をするが、なんと夜逃げした後。家からも出られず症状がひどくなったロイに、詐欺の相棒のフランクは、精神分析医のクレインを紹介する。その後クレインは、何度か診断した後、ロイの症状が遠い昔に離婚した経験が原因かもしれないと告げる。ロイは元妻と話すことがどうしてもできず、クレインに元妻とコンタクトをとってもらうように依頼。すると、別れた当時妊娠していた妻が娘を出産していたことを知り…というストーリー。

ロイの詐欺の手口や、強迫神経症の症状、病的なまでの潔癖さなど、彼の行動のディテールが実に緻密に表現されている。なので、立派な悪人であっても、どこか興味を惹かれる所があるし、ちょっと応援したくなってしまう。破滅に向かっているであろう彼が、今後どうなってしまうのか、画面から目が離せなくなる。

し・か・し、だ。おそらく観客の6割くらいは、頭によぎったはずだ。
(以下ネタバレ注意)

あれ?もしかして、ロイってば逆に騙されないか???と。まともな映画なら、いやそうじゃないかも…と思わせる、仕掛けもあると思うのだが、本作はそれが弱い。そして、もし、騙しているならば“彼”が首謀者なんじゃないのか?と、すぐにピンときてしまう。そうすると、そっちの彼も彼女もグルってことだよな…と、芋づる式に見えてきてしまうのだ。主人公のディテールはよく描けているのに、肝心のストーリーの仕掛けが見え見えという、実に残念な内容。

(さらにネタバレ)

紹介した医者もグルだった…のは良いだろう。でも、薬が無くなったのは偶然だし、かかりつけの医者が夜逃げしたのは仕込みじゃないだろう。じゃあ、診察を受けたのちにグルになったってことになる(クレインが本物の医者なのか仕込みなのかもわからんけど)。
ロイが妻に電話したて、話せなかったのも医者にとってはたまたまだろう。だって、その電話でしっかり話をしたら子供がいないことはわかってしまう。あくまで医者に電話をしてもらえるように依頼をしたからこそ、あの仕掛けが始まるわけだし。そこから、娘の仕込みをはじめたわけだ。でも、ロイが車を降りない、元妻と会わないという前提がないと、すべてがパーだよね。よくうまくいったよね。
さらに、そこから、デカい詐欺の話を絡めたわけだ。それはいつから仕込まれていたのかなぁ。昔から?いつロイがその気になるかわからないのに?ってことはやっぱりロイがやる気になってから、グルになるやつを見繕ったんだよね。ずいぶん臨機応変にうまいことやったもんだな。そんなにフランクって賢くて、多くの人間を使えるタイプかな?

ん~~~。なんか、フランクの騙しの流れに無理がありすぎじゃねえか?ずいぶん稚拙で穴だらけだし、「やられた!」なんてとても思えないだけど…。

それにさ、観ている側としては、少しはロイを応援するスタンスになってるわけ。で、ああ、これからロイの反撃が始まるんだろうな。フランクたち汚ねぇな!って、こっちは拳を振り上げてるわけだ。きっとすっきりさせてくれるんだろうと。
ところが、ロイは反撃しないんだ。アンジェラともそれなりに和解しちゃうし、足も洗ってる。それどころか、幸せな生活を掴んじゃってる。
そうするとさ、こちとら振り上げた拳は「……、ん…。うん…」ってな感じで、ゆっくり下ろすしかないじゃない。犯罪者なんか応援しちゃって、俺って何を言ってるんだか…みたいな感じで、ちょっとはずかしさすら覚えるよね。なんで、こっちがそんな気分にさせられなきゃいけないのよ。
いや、たしかにそのオチは“正しい”んだろうさ。でも、すっきりしないし、微妙な空気になるし、そりゃ評価されないよ。演者も映像もいいんだよ。キャラはものすごく立ってるし、ストーリーだってプロットまでは物凄くいいんだよ。なのに、ストーリー運びかたがクソで詰めが甘いんだ。なんか、“惜しい”“もったいない”という言葉しか浮かばないわ。


負けるな日本

 

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image0167.png公開年:2002年
公開国:アメリカ
時 間:128分
監 督:ジョン・リー・ハンコック
出 演:デニス・クエイド、レイチェル・グリフィス、ジェイ・ヘルナンデス、ブライアン・コックス、ベス・グラント、アンガス・T・ジョーンズ、リック・ゴンザレス、チャド・リンドバーグ、アンジェロ・スピッツィリ、ロイス・D・アップルゲイト、ラッセル・リチャードソン、レイノール・シェイン、デヴィッド・ブラックウェル 他
ノミネート:【2002年/第8回放送映画批評家協会賞】ファミリー映画賞:実写
コピー:ひとりで夢を追うほど、強くなれない──そんな僕の背中を押してくれたのは、《家族》という名の奇跡だった…。

メジャーリーガーを目指すジム・モリスは、ブルワーズに入団するも肩を故障し、夢は絶たれることに。その後、テキサスの高校で教師兼野球部コーチとなり、35歳となった今、妻と子供に囲まれて幸せな日々をおくっている。そんなある日、ジムがバッティングピッチャーとして投げた球が、思いも拠らぬ球威だったことに周囲も自分も驚く。彼の肩は治っていたのだった。ジムはやる気のないプレーをする部員を叱ると、部員たちは「自分たちが地区優勝したら先生はプロテストを受けること」という提案をする。ハッパをかけるつもりでその約束を承諾すると、野球部は快進撃をはじめ…というストーリー。

そんなに昔の話じゃない実話なのに、日本じゃそんなに有名じゃない人。2年プレーした後、引退してるけど、すぐに映画化されている。教師だから身ギレイだろうし、いかにもディズニーが扱いそうなネタだもんね。

実話だからあたりまえかもしれないけど、展開は自然。まあ、事実じゃない細かい演出はもちろん色々あるだろうけど(映画だもん)。あんな万年ポンコツ野球部が、はっぱかけられたくらいで急に強くなるか?という疑問は湧いたけれど、州大会に出て一回戦で負ける程度なら、まあ無くはないだろう(事実なのかどうか確認できん)。プロテストのくだりから、マイナー→メジャーの流れも、いくら100マイル近い球速だからといって、それほどトントン拍子じゃないのはあたりまえで、不自然さはない。

ベタベタだけど、メジャーに呼ばれるシーンや、最後に街の人が押し寄せてるシーンは、感動するさ。この映画自体は“夢あるね~”以外の何者でもない。この映画だけを観ると、こんないい作品は2・3年に一回くらいは地上派で放送すべきだ!くらいに思えるんだけど。夢見たことが今やれている人なんかそうそういないだろうし、だけど皆、どこかに何か引っかかっているはずだからね。観ていて沸き立つものを感じる人は多いだろう。

ただ、映画だと、ものすごく活躍したように見えるけど、実際は2年で15イニングくらいしか投げていないし、先発なしの勝ち負けなしで、セーブもホールドもなく、防御率も5点近い。大抵、こういう実話映画の場合、エンドロール前にその後の活躍っぷりなんかを紹介するものだけど、「メジャーで二年間プレーして引退して、今でもテキサスに住んでいる」としか言わないのも納得。この成績を紹介されたら「ダメじゃん!」ってなるもの。
映画自体は最高にゾワっとできるのに、本人の活躍がいまいちなせいで、あんまり評価されない。そんな側面もあるかもね。

それに、復活できたのは努力じゃなくって、元々の天賦の才能…ってのも、盛り上がる気持ちを阻害しているね。私らにはその才能すらない…って気付くと一気に共感できなくなるものなぁ(う…)。でも、そんな穿った観方をしなければ、素直に感動できる良作だと思う。元気が出るのは事実。

#この映画を観れば、日本の野球選手が、チャンスがあればメジャーに行こうと思うのは、そんなに変じゃない…と思える作品。野球に対する無垢な愛がそこにあるように見えるものな(実際は知らんけど)。




負けるな日本

 

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image0243.png公開年:1998年
公開国:フランス
時 間:75分
監 督:ミッシェル・オスロ
出 演:ドドゥ・ゲイエチャ セヌザー、マイモウナ・エヌジャイエ ロベール・リンソル、マリー=オーギュスティーヌ・ディエッタ、ウィリアム・ナディラン=ヨツンダ、セバスチャン・エブラン 他
コピー:なぜ?どうして?小さな男の子の大きな好奇心が世界を変えた。



アフリカのとある村で、母親の胎内から男の子が自力で生まれ、自らキリクと名乗る。彼が生まれた村は、魔女カラバによって財宝が奪われ、呪いで泉も枯らされてしまっていた。村の男達はカラバに戦いを挑んだものの、皆喰われてしまい、キリクの叔父が最後の男となる始末。キリクは、カラバとの対決に向かったう叔父に付いていく。そして、持ち前の知恵と行動力で叔父のピンチを救い、なんとか死なずに村に帰ることができた。その後もカラバによる攻撃から村人を救い続けたキリクは、何故カラバが意地悪なのかという疑問を解くために、自分の祖父でもある“お山の賢者”のもとに向かうのだったが…というストーリー。

もう、3回以上観たかな。

(比較する必要はないんだけど、ジブリライブラリからDVDが発売されているので)ジブリ作品と比較してみると、『千と千尋の神隠し』より後の作品よりは、まちがいなくデキの良い作品だと思う。フランス製アニメは、たまにこういう名作があるからこまる(いい意味で)。少なくとも、『崖の上のポニョ』の6倍は面白いと感じた。

勇気と機知に溢れる子供(というか赤ん坊)が、冒険を繰り広げる物語が、童話のようなテイストで繰り広げられる内容。初期のジブリ作品にあって、今は失われてしまったそれが、本作にはある。
且つ、寓意が溢れる作品でありながら、カラバが何故魔女になってしまったのか…という部分や、魔女ではなくなったカラバを罵倒する村の女たちのセリフなど、現在のアフリカ女性が直面する問題を隠喩してもいる。
そういうつらい体験をしたであろう女性の投影であるカラバは、背中の刺を抜くときに、さらなる苦痛を経験することに。トラウマを負った人がそこから脱却するためには、再度苦痛の山を越えねばならないという、心理学的な視点もなかなか深いものがあると思う。
キリクの成長と嫁とりのところは、世界中の童話に同様に見られるちょっと性的な要素である。

アクの強い映像や、寓話のような内容に、面食らってしまって、「古くさい、稚拙なストーリーだ」と判断する人は、自分の中にある“アニメ”という先入観で目が曇っている馬鹿者だと思う。そういう批判に惑わされず、是非とも観て欲しいと私は思う。強くお薦めしたい。

美術に関しては、アフリカが舞台で彩り溢れているのだが、どことなく南欧というかスペインの風を感じる。非常に私好みだった。

#浅野温子の吹き替えはなかなか良かったんだけど、その後、声優の仕事してないね。



負けるな日本

 
 

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image1826.png公開年:2011年
公開国:日本
時 間:103分
監 督:松本人志
出 演:野見隆明、熊田聖亜、板尾創路、柄本時生、りょう、ROLLY、腹筋善之介、清水柊馬、竹原和生、長谷川公彦、鳥木元博、吉中六、重村佳伸、安藤彰則、中村直太郎、寺十吾、石井英明、松本匠、岡田謙、京町歌耶、野口寛、伊武雅刀、國村隼 他
コピー:鞘しか持たない侍とその娘、30日間の戦い──。



脱藩した武士・野見勘十郎は、さやだけの刀を持ち、一人娘のたえを連れて、お尋ね者として各地を逃げ回る日々。しかしついに多幸藩の追っ手に捕らえられ、殿の御前に。しかし、多幸藩には奇妙な“三十日の業”という刑があった。それは、母君を亡くして以来、笑うことができなくなった若君を、一日一芸で30日の間に笑わせられたら無罪放免、できなければ切腹という刑。これまでに成功した罪人は一人もいなかったが、勘十郎はその業に挑むことを決め…というストーリー。

基本的なプロットはものすごく良いデキだと思う。ダメ侍が“三十日の業”を課せられ、トホホっぷりをみせつつも、周囲がそれに協力していく。登場人物の心に変化が生じていくというのは、シナリオのセオリーの鉄則・常道である。本作は、主要な登場人物だけでなく、町の人々まですべての人の“心”に変化が生じる。松本人志のシナリオテクニックが向上したと思いたいのだが、今回は、高須光聖以外にも、数人が脚本協力としてクレジットされているので、その辺りに基本が判っている人がいるのかも(案外、板尾創路だったりして)。松本人志は原案のみに留まって、脚本はおまかせし、他人が書いた脚本で監督をやるという体制が、今後は良い結果を生んでいくかもしれない。

ただ、プロットの良さと松本人志のこだわりに齟齬が生じているかな?という点と、ディテールの甘さ…というか、その甘さを観客に気付かせてしまう点に、問題があるかもしれない。

映画ははじめの10分間での掴みが重要。その掴みで何をやっているかというと、三人の刺客に襲われて、致命傷と思しき傷を負ったにも関わらず、なぜか軽症で生き残っているという姿。薬草が伏線ということは理解するが、あの過剰なヴィジュアル表現に効果があったか否か。これは本作の掴みとして正しいのだろうか。本作の全体の雰囲気を表せてるわけでもないし、スカしにもなっていないように思える。

また、1日であの装置が作れるか?ということが頭をよぎる。それはおかしいという野暮なことをつもりはない。逆に、それを観て「ああ、この作品はファンタジーのつもりでつくっているんだな…」と感じた。でも、ファンタジーなら、それが気にならないような演出や雰囲気作りを、もっと前からすべきだったかと(もしかして、冒頭の暗殺シーンは、これは荒唐無稽なノリの作品ですよ!ってことを前置きするためだったのか?だとしても、失敗してるよな。ならブラックバックにすべきじゃない)。

まさか30日のネタをすべて見せるつもりなのか????まさかな…と思わせておいて、本当に毎日見せ始めたところは、良いと思う。しかし、その割りには、最後の5日間にやったことを端折ってしまうってのが理解できなかったりする(ここは貫くべきなのでは?)。

根本的な部分だが、なんでさやだけなのかって説明が浅い。戦うことを捨てたのはいいが、何で竹光でもなく、丸ごと刀を捨てるでもなく、さやだけを持って歩くのか。そこに至る心情とか過程はものすごく大事なはず。
#まあ、実際のところ、“さや侍”ていう単語が思いついて、まずそれを使いたくなった…ってのと、刀のさやに切腹したドスを収めるイメージが思いついて、それをやりたかったんでしょう。

彼は三十日の業をやろうとする。つまり死にたくはない。すべてを投げ出したくなっているけど死にたくない。単なる臆病者とうことか?現代社会で疲れたおっさんの投影か?(その割に、共感できないのはなぜか)
妻が死んだことで、落胆しきっちゃったのか?でも、娘が彼に問いかけ続けていた“なんで生きているのか?”という問いかけのアンサーがあるようで無い気がする。最後の坊さんが読む手紙の中にも、その答えは無いようにも思える。

まあ、いろいろ文句は書いたけど、前の二作から比べれば、格段に“映画”らしくて、及第点は充分に超えていると思う。最後の“歌”は、評価の分かれるところだと思うが、私はOK。実際に歌ったのか、歌ったように思えるような脳内表現なのか、それこそ受け手の自由であり、立派な映画表現だ。

蛇足だけど、私なら、最後のたえと若君が遊ぶシーンは、たえ一人が蝶二匹と戯れるシーンにする。野見勘十郎だけでなく若君も死んじゃってるのか、もしかして?っていう、クセのある一撃をスパ!っとカマしたい。

#野見さんについては特にコメントなし。案外きちんと演技していた。




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クボタカユキ
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出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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