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公開年:2006年
公開国:アメリカ
時 間:135分
監 督:ナンシー・マイヤーズ
出 演:キャメロン・ディアス、ケイト・ウィンスレット、ジュード・ロウ、ジャック・ブラック、イーライ・ウォーラック 他
ノミネート:【2007年/第16回MTVムービー・アワード】キス・シーン賞(キャメロン・ディアス、ジュード・ロウ)
コピー:人生に一度だけ、誰にでも運命の休暇がある
ロンドンの新聞社に勤めるアイリスは、別れた後も思わせぶりに接触してくる元恋人の行動に翻弄され続けている。さらにその元恋人が、社内の別の女性と突然の婚約宣言し、心の動揺はピークに。一方、ロスで映画予告編製作会社を経営するアマンダは、同棲相手の浮気が原因で別れることに。そんな2人は、インターネット住居交換サイトで出会い、休暇中だけ互いの家を交換することに。二人は普段の生活とまったく違う環境で2週間のクリスマス休暇をおくることに…というストーリー。
ロマンス系なので、鑑賞を後回しにして今に至ったのだが、もっと早く観れば良かったと思った。またまた、なんでこんなに評価されていないのか、実に不思議な作品。とてつもなくレベルの高い作品だと思うのだが…。先日、『P.S.アイラヴユー』を高く評価したけれど、あっさり超えた。1.5割増くらいの満足度。
とにかく、シナリオとして非常に優秀で、ある意味、基本に忠実というか教科書的とまで言えると思う(箇条書きにしちゃう)。
・別のシナリオが徐々に絡み合う(→交換サイトで出会い。まったく違う環境に置かれる。各々の住居の周辺での出会いで、ほとんどお互いを知らないながらもつながりができていく)。
・自然な伏線のセットアップと、忘れたころに的確に回収。
・魅力ある登場人物(アイリスの兄、脚本家のじいさん、そしてグラハムとマイルズ)。
・各々の問題を自分の変化で克服していく(恋愛感の変化というよりも人間観の変化といっていいくらい)。
アマンダ側に映画関係の登場人物が多いのだが、その中でも脚本家のじいさんアーサーと、映画音楽家のマイルズのキャラに注目。
劇中で脚本家のじいさんに、「月曜日に興行成績のランキングがニュースで発表されるような業界でいい作品ができるか!」と言わせ、さらにいいシナリオについて端々で語る。ここまで言わせておいて、この作品自体のシナリオがポンコツではお笑い種。自分でどんどんハードルを上げて、それを超えるようなシナリオをつくってやるぞ!という気概を感じる。そして実際に超えることができていると思う。
#まるで、シナリオ学校の生徒に「先生、いつもエラそうなこといってますけど、そんあ立派なシナリオかけるんすかぁ~?」とか言われて「何コラ。クソ。じゃあ、書いてやろうじゃねーか!」って感じで、セオリーに忠実に気合いれて書き上げたような。
音楽のほうも、劇中でマイルズがいい映画音楽はこうあるべき論を展開するのだが、そちらもその“べき論”に沿った音楽が、本作が当てられている。エンドロールの音楽を抵抗もなく聞く気になったのは久しぶりかも。
最後、ロンドンの大晦日でなんとなく大団円的な感じになるんだけど、決して諸々の問題が解決したわけではない、手放しの大団円じゃないところが、個人的には好き。毎回言うけど、ロマンス系の映画は好みじゃない。でも本作はラブロマンスの枠を超えて、立派な大人の成長物語にまで昇華していると思う。後半はかなりのシーンで、鳥肌が立つことが多かった。135分が短く感じるくらい、もうちょっと観ていたい気分になるほど。強く強く強くお薦めする。
#いくらお薦めしても、いまいち伝わらない作品だったりするんだけどね…
あ、いい忘れたけど、キャメロン・ディアスはものすごくキュートだし、ケイト・ウィンスレットがモサっとした感じをよく演じきれている。ステキ。
負けるな日本
公開年:2006年
公開国:フランス
時 間:105分
監 督:ピエール・サルヴァドーリ
出 演:オドレイ・トトゥ、ガド・エルマレ、マリー=クリスティーヌ・アダム、ヴァーノン・ドブチェフ、ジャック・スピエセル、アネリーズ・エスム 他
コピー:お金じゃ買えない恋がある。
ホテルのウェイターをしているジャンは、他の客がいないホテルのバーで美女イレーヌと出会う。彼女はなぜかジャンを億万長者だと思い込み一夜を共にしてしまうが、ほどなく正体がバレてあっさりとお別れする。彼女は、その美しさを武器に金持ちばかりをターゲットに玉の輿を狙う女だったのだ。1年後、ジャンはホテルのレストランで偶然に彼女を発見。ずっとイレーヌのことが忘れられなかったジャンは、彼女を追ってニースへ。二度とイレーヌを離すまいと、必至で貢ぎ続けたが即座に破産。再びお払い箱に。もう諦めて元の生活に戻ろうとした時、ジャンは裕福な未亡人マドレーヌに見初められ、彼女のジゴロとなり、ニースに滞在し続けることに…というストーリー。
まあ、とにかくこの邦題はクソだね。ここまで、映画の良い部分と乖離しているのもめずらしい。そして、その邦題が客引きにもなっていないという、極めてトホホな例。
他の映画ではそれほどキレイとは感じなかったオドレイ・トトゥだけど、本作の彼女はキレイかもしれない。でも、ゴージャスの皮の内側からキュートが溢れてるって印象で、やっぱり女性から観てキレイっ感じなのかなあ。男性から観て無条件にキレイってタイプとはちょっと違うかも。
もうはじめっから、フランス映画で色恋の話ですよ~ってことがわかった上で観る分には、期待通りなんだろうけど、あまりフランス映画を観ないわたしは、このノリに少し面食らってしまったかな。
こりゃあ“THE フランス”だなーって感じで、ハリウッド系の恋愛映画とは地平が違う感じなのはいいんだけど、この話に登場する主なキャラクターの下半身が全員ユルユルで、なんか、それがあたりまえみたいなノリで貫かれてる。それが、全然うらやましくもなければ、共感もできないのが、どうもいけない。ロマンス映画で、繰り広げられている恋愛模様が一切うらやましくないのって、致命的。
そういう、目線なものだから、ジャンがジゴロになっちゃうのも、ただのご都合主義的な展開にしか映らなくって。
だから、途中から、ウマく生きられない不器用な人たち、それも大人のグローイングアップ映画だ!と思って観ることにした。いや~私もそんな風にズルズルとダメな方向にいっちゃうんだよね~って、思えればよかったんだけど、残念ながそんな感じにもならなかった。うじうじうじうじと、小さいヘビがからみあってるみたいで、なんか気持ち悪かったかな。
おそらく、世の男性の75%は受付けないと思う。すまん。趣味じゃないの。こういうの。
負けるな日本
公開年:2007年
公開国:アメリカ
時 間:126分
監 督:リチャード・ラグラヴェネーズ
出 演:ヒラリー・スワンク、ジェラルド・バトラー、リサ・クドロー、ハリー・コニック・Jr、ジーナ・ガーション、ジェフリー・ディーン・モーガン、キャシー・ベイツ 他
コピー:まだ“さよなら”は言えないんだ。
ニューヨーク。アーチスト志望だったが現在は不動産屋に勤務するホリーは、リムジンの運転手をやっている陽気なアイルランド人の夫ジェリーと二人暮し。より生活を向上させようと努力はしているが、つつましい生活が続き、貯えができるまでは子供を作るのもしばらくおあずけ状態。しかし、ジェリーは脳腫瘍を患って死んでしまう。それから3週間、ホリーは悲しみのあまり部屋から出ず、電話にも一切出ず、引きこもり状態に。そんな彼女を心配して、彼女の家族や友人達が、ホリーの30歳の誕生日に押しかけると、そこに突然バースデーケーキとテープレコーダーが贈り物として届く。何とその差出人は、死んだジェリーだった…というストーリー。
え?受賞歴が無い?嘘でしょ?何でこんなに評価が低いのか。世の中の人たち、どうかしちゃってるんじゃないの?
昨日の『ショーシャンクの空に』の伏線の張り方とその回収が、いいジャブ・ジャブと見せておいて右フック パーンみたいな効果的なコンビネーションならば、本作のシナリオは、ノーモーション・ブローを連続でスパーンとキメる感じ。
パートナーが死んでどん底に落ち込んで、しばらくすると死んだ彼から手紙が…、いいアイデアだと思うけど、それだけで技アリ!ってほどでもない(その点は『ショーシャンクの空に』と同じだね)。
冒頭の痴話喧嘩からのいちゃいちゃシーンが長くて長くてウンザリしかけたところで、オープニングを越えたらいきなりお亡くなりになってる。こういうノリで、伏線のセットアップというのをわざとやっていない。男女間の出来事なので、それらをただ見せれば、何があったかは大体想像つくよね…ってスタンス。この演出のおかげで、観ている側もホリーと一緒になって苦しんで乗り越えていくが思い出す…という形式で統一されている。これでまとめるのって、案外高等テクニックだと思うんだけどな。脚本家はなかなかのいいセンス
安易にバーの男とくっつかないのもいいし、最後のアイルランドでのシーンの先々の匂わせ方もいい感じ。私の中では、恋愛映画としては『月の輝く夜に』に次ぐくらい評価している。
恋愛映画なんてジャンルとしてそれほど好きじゃない私がここまで褒めるんだから、おもしろいんだよ。信じて観てほしい。お薦め
#キャシー・ベイツが結構キレイなおばちゃんになってて、ちょっとびっくり。
負けるな日本
公開年:2000年
公開国:アメリカ
時 間:121分
監 督:ラッセ・ハルストレ
出 演:ジュリエット・ビノシュ、ヴィクトワール・ティヴィソル、ジョニー・デップ、アルフレッド・モリナ、ヒュー・オコナー、レナ・オリン、ピーター・ストーメア、ジュディ・デンチ、キャリー=アン・モス、レスリー・キャロン、ジョン・ウッド 他
ノミネート:【2000年/第73回アカデミー賞】作品賞、主演女優賞(ジュリエット・ビノシュ)、助演女優賞(ジュディ・デンチ)、脚色賞(ロバート・ネルソン・ジェイコブス)、作曲賞(レイチェル・ポートマン)
【2000年/第58回ゴールデン・グローブ】作品賞[コメディ/ミュージカル]、女優賞[コメディ/ミュージカル](ジュリエット・ビノシュ)、助演女優賞(ジュディ・デンチ)、音楽賞(レイチェル・ポートマン)
【2000年/第54回英国アカデミー賞】助演女優賞(ジュディ・デンチ、レナ・オリン)、脚色賞(ロバート・ネルソン・ジェイコブス)、撮影賞(ロジャー・プラット)、プロダクションデザイン賞、衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアー賞
コピー:おいしい幸せ、召し上がれ
カトリックの因習が根付くフランス郊外の小さな村に、ある日突然、母娘がやってくる。母ヴィアンヌは空き店舗を借り、チョコレート・ショップを開店する。一切の娯楽を堕落と見なす村長は、チョコレート・ショップを良しとしなかったが、ヴィアンヌの作るチェコの魔法のような味わいに、村人たちは虜になってしまう。徐々にヴィアンヌに心を開く村人も現れ、村の雰囲気も和らぎはじめたのだが…というストーリー。
どうしてもチョコが食べたくなって、ムハムハ頬張りながら見た。吹き出物が出そう。
ハルストレム監督といえば、『ギルバート・グレイプ』『サイダーハウス・ルール』『シッピング・ニュース』と、イタかったりエグかったりする展開が多い。それに比べれば、本作は、病死する人こそあれど無碍に殺されたりレイプされたりする人は登場しなくて、それだけで、まるで童話のように思える。
革新者というか、まさに新しい風を吹かせる人間には、苦悩が付き物だ…という作品。風のように街から街へ渡り歩くDNA。その設定がおもしろくて、リアルとファンタジーの狭間をうまく演出していると思う。
カトリックをピンポイント攻撃してしまうとアレだけど、もっともらしいことを言って権力を振りかざすだけで、人に手を差し伸べる本質を忘れてしまった者が、どこの誰を救えるか!弊害しかないだろ!というメッセージを私は受け取った。それについてはいたく同意する。
なんてことのない普通の映画と評価する人も多いのだが、私はそうは思わない。人間のコミュニケーションの目的は、各々の心に変化がおこること。いまいちつまらないという人は、人が人と関わることによって引き起こされる内面の変化を、元々あまりおもしろいと感じない人かもしれない。ここまで、評価の差が生じるということは、素養の差が影響しているのだと思う。ある意味、人間の本質に響く作品なのかな…と。
本作に登場する様々な人の心がどう変化するか(またはしないのか)が一様ではないのが、またおもしろい。実は、観るのは二度目なのだが(10年近く前に観たので、ほぼ内容は忘れていた)、前回よりも味わい深く観ることができたと思う。それもこれも、観ている私の側に変化があったからだと思う。
本作は、先々まで観続けられる映画で、後年になればなるほど評価が上がっていくだろう。ジョニー・デップが浮いているとか、そういうところに目がいっているうちは、本作は愉しめないと思うので、そういう人は一旦観るのをやめて、4年後くらいに観直すといい。過去に観て低評価だった人に、もう一回観ることをあえてお薦め。
#唯一、フランスが舞台という点には違和感があるけどね。
公開年:1994年
公開国:アメリカ
時 間:96分
監 督:フレッド・スケピシ
出 演:メグ・ライアン、ティム・ロビンス、ウォルター・マッソー、ルー・ジャコビ、ジーン・サックス、ジョセフ・メイハー、スティーヴン・フライ、トニー・シャルーブ、フランク・ホエーリー、チャールズ・ダーニング 他
自動車修理工のエドは、車の修理に偶然立ち寄ったキャサリンに一目惚してしまう。彼女はプリンストン大学の数学者で、実験心理学の教授の婚約者もいるのだが、いてもたってもいられなくなった彼は、彼女が工場に忘れていった懐中時計を返しに行くことを口実に、彼女の住所を訪ねるのだった。彼女の家のチャイムを鳴らすと、現れたのは何と物理学者のアインシュタイン博士。彼女はアインシュタインの姪だった…というストーリー。
ボーアと相性の悪いアインシュタインが、量子力学についてペラペラ喋っているのには違和感バリバリだし、登場する実在の人物の年齢とか設定とか(根本的に姪なんかいない)かなり微妙なんだけど、そういう所は脇に置いて、アインシュタインがキューピッドになるっている創作上の着眼点を楽しむべきなんだろうね。恋愛とか他人の心の機微に敏感なアインシュタインなんて、実際のイメージからはほど遠いものね。
とはいえ、素人が科学理論を発表して、諸々のプロセスをドタバタで乗り切るっていっても、限度がある。アイゼンハワーが大統領で、アインシュタインを天才のアイコンとして崇めていた時代とはいえ、いくらなんでも興醒めする。やはりシナリオの稚拙さは否めず、特にラストのありきたりさは不満。演技はともかく、出てさえいればラブロマンスが成立していたころのメグ・ライアンと、ティム・ロビンスの演技に救われた感じである。
せめて、学問上の成果が、本人の意図とは違った方向に使われる苦しさを、もうちょっと強調してくれば良かったのだが。原爆開発国としては、これが限界かもしれんけど、あまりもサラっとしているのは非常に不満。決して悪いデキではないと思うのだが、ラブロマンスとしてもコメディとしても、どちらの面でも物足りないのでお薦めしない。
ウォルター・マッソーのアインシュタインがそっくりという評価が多いけれど、私の部屋にはアインシュタインの写真が飾ってあって、どうしても見比べてしまうことになるのだが、実は言うほど似ていなかったりする(もちろん演技に問題はないんだけどれど)。
公開年:2009年
公開国:アメリカ
時 間:120分
監 督:ナンシー・マイヤーズ
出 演:メリル・ストリープ、スティーヴ・マーティン、アレック・ボールドウィン、ジョン・クラシンスキー、ケイトリン・フィッツジェラルド、ゾーイ・カザン、ハンター・パリッシュ、レイク・ベル、メアリー・ケイ・プレイス、リタ・ウィルソン、アレクサンドラ・ウェントワース、ノーラ・ダン、ロバート・カーティス・ブラウン、ジェームズ・パトリック・スチュワート、ピーター・マッケンジー、パット・フィン、ヘイター・ペレイラ、ラミン・ジャヴァディ、ライランド・アリソン 他
ノミネート:【2009年/第67回ゴールデン・グローブ】作品賞[コメディ/ミュージカル]、女優賞[コメディ/ミュージカル](メリル・ストリープ)、脚本賞(ナンシー・マイヤーズ)
【2009年/第63回英国アカデミー賞】助演男優賞(アレック・ボールドウィン)
【2009年/第15回放送映画批評家協会賞】コメディ映画賞
コピー:失敗の数だけ、きっと最後は、おいしい人生が焼きあがる。
ジェーンは、10年前に敏腕弁護士の夫と離婚し、長年の夢だったベーカリーを経営しながら3人の子供を育ててきた。子どもたちは立派に成長し、ベーカリーの評判も順調で、何の問題もないはずなのだが、何か物足りない日々。そんな時、息子の卒業式のためにニューヨークにやって来たジェーンは、ホテルのバーで元夫と鉢合わせ。彼はすでに若い女性と再婚しているのだが、熱烈に言い寄ってきて、酒の力もあって再び関係を持ってしまい…というストーリー。
確かに、主人公はベーカリーを経営している。そして恋愛感情も抱いている。よって邦題にウソはないのだが、タイトルを見ればベーカリーで巻き起こる恋愛ストーリーだと思うのが普通だろう。しかし、ベーカリーはストーリー上、特に重要ではなく、別に他の職業であっても影響なし。この邦題は、客寄せのための雰囲気だけである。ちなみに、画面上のパンはそれほどおいしそうには見えない。
昨今は『セックス・アンド・ザ・シティ』のように、高年齢の恋愛模様を扱うものがはやりのようだし、本作は監督も脚本も女性のようだし、いけないテーマではないと思う。しかし、はたしてこれをおもしろいと感じる男性はいるのだろうか。女性がそういう感情を抱くのは理解できるのだが、男性はどういう目線でこれを見ればいいのか?登場する男性キャラの目線で?ん~、リアリティが感じられないし、共感もできないので、一切入り込めない。このような中年同士の関係は、女性からみるとリアリティがあるように写るのか?それともリアリティは感じないが魅力的に見えるのか?さっぱりわからない。
いくらなんでも、不倫の末に若い女と結婚した経緯があって、それが思ったとおりじゃないからって元妻に言い寄る男に、共感しろといわれても無理である。色恋はいいから仕事しろや!としか思えない。おまけに若い妻は、夫の心を読み取って距離置くという、ご都合主義な展開。
私も同じ年齢になれば理解できるのか?それはわからないが、今の私にはまったくもってつまらない。それ以外のなにものでもない。
まあ、メリル・ストリープについては、『マンマ・ミーア!』で、まだまだ現役ってところを表現できたので、さらに一歩踏み込んで実践モードで…ということで、役者としての能力の高さは否が応でも感じさせられ、がんばったで賞はあげたいと思うが、それ以上でも以下でもない。
とりあえず、何の琴線にも触れなかった。男性は観るだけ無駄な気がするのだが。もしかすると、主人公とそこそこ近い年齢の女性はおもしろく観ることができるのかも。
公開年:1998年
公開国:アメリカ
時 間:114分
監 督:ブラッド・シルバーリング
出 演:ニコラス・ケイジ、メグ・ライアン、デニス・フランツ、アンドレ・ブラウアー、コルム・フィオール、ロビン・バートレット、ジェイ・パターソン、ブライアン・マーキンソン 他
ノミネート:【1998年/第56回ゴールデン・グローブ】歌曲賞(アラニス・モリセット“Uninvited”)
【1999年/第8回MTVムービー・アワード】歌曲賞(グー・グー・ドールズ)、コンビ賞(ニコラス・ケイジ、メグ・ライアン)
コピー:かつて地上に存在したことのない、ピュアな恋。
天使たちは死者の魂を天国に導く役割を担っていた。天使の一人であるセスは、ある日、外科医のマギーに出会い恋に落ちる。彼女は、自ら執刀した手術で患者を死なせてしまい、落ち込んでいたが、天使には人間のような五感がないため、そんな彼女に手を差し伸べることすらできない。思い悩む中、セスは、天使の存在を知っている入院患者と出会う。その男は、実は元天使で、永遠の命を放棄して天使から人間になったことを知る。そして、セスも同じ選択をしようと決心するのだが…というストーリー。
昨日の『ベルリン 天使の詩』に続いて、連続して鑑賞。
基本的な流れはかっちり守りつつも、違いはやはり多い。多くの人に観てもらうために修正しなければいけない部分を重点的にテコ入れしている感じ。まあ、眠くなるような独りよがりな演出を、愚直に排除する作業をしたともいえる。もっと、悪い言い方をすれば、『ベルリン 天使の詩』は人様に観てもらおうという意思に欠けていたので、その辺の仕事をしっかりして、お金を取っても失礼じゃないものにしましたよ…ということである。ただ、ちょっと勇み足なんじゃないかなと部分もあり、微妙な気持ちではあるのだが。
違いと通して色々と感想を…。
まず、天使の役割が明確に死神役になっている。元の天使は、その存在意義がいささか不明確というか、神の創造物として人知では理解しえない存在という、ある意味絶妙な設定だったのだが、本作の天使は悪くいえば明確な職務をになったただの見えない人であり、存在自体の深みが薄れた。これはドイツ人とアメリカ人の価値観の違いというところか。元作のほうに軍配があがる。
天使時代の画像が、元作では白黒だったのだが、本作ではカラー。元の演出も必ずしもいいとはいえないが、CGを使わずに五感がないことを表現するためには、許される演出ではあると思う。本作では、それを説明的セリフと特撮で乗り切った。この点については、どちらの表現も好きではないが、私なら、天使目線の映像の彩度を下げるとか、折衷案をとると思う。
私が前作で一番気になっていた、元天使だった人間がいると判明するタイミングは、大きく変わった。元作では後半でそれも人間になってから判明したのだが、本作では接触したタイミングですぐに判明する。この点については明らかに本作のほうが正しく、ストーリーの軸がしっかりして、観ている側が注視すべきポイントに明確に誘導することにつながっている。
そして、近しい仲間の天使が黒人であること。これも本作のほうが正しい。似たような服で似たような行動パターンで、判別が判りにくかったものを、ラクダっぽい泥棒ひげのうすらハゲと、坊主頭の黒人という、はっきりとしたコントラストをつけてくれた。
…と、まあ、やはりこのリメイクは、“修正”という意味合いが強いと思うわけである。
しかし、観た人が一番、“これはどうなの?”というのは、メグ・ライアンの結末だろう。ネタバレになるので書かないけれど、これについては、元作のほうがよかったんじゃないかと思うのだが、皆さんはどうだろう。元作は、最終的に紆余曲折がありながらも生きていることって素晴らしいと表現していると思うのだが、本作の場合は、そのメッセージは伝わってこないんだけど。
生きてるだけで丸もうけ…っていうか、誰しも折り合いをつけて生きてるんだよ…っていう、あきらめのメッセージが聞こえてくるようで、なんかつまらない。このつまらなさは、監督なのか脚本家なのかわからないけど、きっとつまらない人間が手がけたからに違いない、そう思える。
でも、元作と本作のどちらを他人様のお薦めする?と聞かれれば、やはり本作である。催眠映画をお奨めするわけには行かない。まあ、リメイクしたことで、欠けた部分のあるけれど、良作レベルであるのは事実。
公開年:2008年
公開国:アメリカ
時 間:93分
監 督:ジョエル・ホプキンス
出 演:ダスティン・ホフマン、エマ・トンプソン、アイリーン・アトキンス、ジェームズ・ブローリン、キャシー・ベイカー、リチャード・シフ、リアーヌ・バラバン、ブロナー・ギャラガー、ジェレミー・シェフィールド、ダニエル・ラパイン、パトリック・バラディ、アダム・ジェームズ、マイケル・ランデ 他
ノミネート:【2008年/第66回ゴールデン・グローブ】女優賞[コメディ/ミュージカル](エマ・トンプソン)
コピー:人生の曲がり角の先には、きっと── 素晴らしい冒険が待っている。
離婚後、ニューヨークでCM作曲家をして気ままなに暮らしいるハーヴェイは、イギリスで生活をしている一人娘が結婚式を挙げることになりロンドンを訪れる。会場を訪れたものの、疎遠だった親族の中では疎外感を味わうばかりだし、仕事の電話が頻繁に掛かってきて落ち着くこともできない。さらに、娘からバージンロードは義父と歩くと言われ、最悪の気持ちに。一方、性格に難があり手間のかかる母親のせいで、うんざりした日々を過ごし、もう人生に期待しないことに決めた女性、ケイト。そんな二人が、空港のバーで出会うのだったが…というストーリー。
二人のわびしさみたいのを見て、「あ~、わかるわぁ~」ってなるかならないかで、この映画を愉しめるかどうか決まる。それに、これに共感できるのは、40歳近くになってからじゃないのかな。20代そこそこで、これに共感できたら、よっぽど生活に疲れているに違いない。
ダスティン・ホフマンの実年齢は70を超えているけれど、役では60歳そこそこなのかな。原題にあるように“LAST CHANCE(最後の恋)”ってことなんで、まさに中高年の恋。映画だからってわけじゃなくって、最近は年がいってても見た目が若い人は多いから、それほど現実離れした感じはない。
とはいえ、はっきりいってしまうと、二人の境遇に共感するまでがMAXで、その後に展開されるロマンスは、さほどワクワクもドキドキもしない。ありきたりに展開して、地味に着地する。よく言えば、安心して観られるってことだが、悪く言えば刺激はない。まあ、韓国ドラマみたいな展開にはうんざりしている人は、ちょうどいいのかも。ワタシは飽きずに最後まで観られた。ジェットコースターロマンスみたいなのは食傷気味だから。雨の日に、チーズかなんかをつまみにスパークリングワインでものみながら、ふわーっと観るのがお薦めかも。
#邦題は、配給会社の新人社員が先輩に怒られないように無難につけたみたいな、何の味もないモノ。
公開年:2009年
公開国:アメリカ
時 間:96分
監 督:マーク・ウェブ
出 演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ゾーイ・デシャネル、ジェフリー・エアンド、マシュー・グレイ・ガブラー、クロエ・グレース・モレッツ、クラーク・グレッグ、レイチェル・ボストン、ミンカ・ケリー、パトリシア・ベルチャー、イアン・リード・ケスラー、オリヴィア・ハワード・バッグ、イヴェット・ニコール・ブラウン、リチャード・マゴナグル 他
受 賞:【2009年/第25回インディペンデント・スピリット賞】脚本賞(スコット・ノイスタッター、マイケル・H・ウェバー)
コピー:運命の恋なんて、あるに決まってる。
グリーティングカード製作の会社に勤務するトムは、秘書として入社してきたサマーに一目惚れする。それから4日目に、エレベーターで音楽の話をしたことをきっかけに会話を交わすようになり、28日目にサマーに彼氏がいないことを知るが、彼女が、男性と恋人関係になることを望まない、愛を信じない女性であることを知る。友達として付き合い始めるが、34日目に、真剣につきあう気はない言うサマーに対しトムは気軽な関係で構わないことを告げると、2人の距離はどんどん縮まっていった。この関係は続いていくと思われたが…というストーリー。
とりあえず、まちがいなく本年度中に初見だった作品の中でベスト1である。恋愛映画は基本的に好みのジャンルではないけれど、男目線の映画だったので、かなり入り込んで観れた。男性ならば、「いや~、それあるある~」って思うシーンが1つや2つ必ずあるはず。そう考えると、完全な男目線の恋愛映画って、めずらしいかもね。
押しつげがましい演出がなく、適度にスタイリッシュ。トムの心に中にサマーが居座り続けた500日間を、行ったり戻ったりしながら繰り広げられるのだが、似たような出来事を心情の差による違いで表現したり、期待と現実をニ分割画面で表現したり、ヘタな監督がやれば実験映画か?と思われそうな内容を、綺麗にスッキリとまとめあげている。とても初監督作品とは思えないデキで、すでにスパイク・ジョーンズに匹敵しているのではないかと感じたほど。
わたしは、ラストに向うにつれて、顔が自然に笑みでほころんでいったくらい。電車内で観ていたから、表情を押さえるのに苦労しちゃったよ。
日本では、都市部で単館上映された程度だったと思うが、いくらたいして美男美女じゃないマイナーなキャストだからといって、こんなプロモーションしかできないとは、日本の配給会社もなさけない。こういう作品を広く売ることこそ、配給会社の使命じゃないのかねえ。
簡単にいってしまえば、ちょっとタチの悪い女にひっかかった男のハナシ、ってそれだけなのに、ここまで面白く仕上げられちゃ、お薦めしないわけがない。特に男性に強く強く強くお薦めする。
#最後はご愛嬌。
公開年:1987年
公開国:アメリカ
時 間:102分
監 督:ノーマン・ジュイソン
出 演:シェール、ニコラス・ケイジ、オリンピア・デュカキス、ヴィンセント・ガーディニア、ジュリー・ボヴァッソ、ジョン・マホーニー、ダニー・アイエロ、アニタ・ジレット 他
受 賞:【1987年/第60回アカデミー賞】主演女優賞(シェール)、助演女優賞(オリンピア・デュカキス)、脚本賞(ジョン・パトリック・シャンレー)
【1988年/第38回ベルリン国際映画祭】監督賞(ノーマン・ジュイソン)
【1987年/第13回LA批評家協会賞】助演女優賞(オリンピア・デュカキス)
【1987年/第45回ゴールデン・グローブ】女優賞[コメディ/ミュージカル](シェール)、助演女優賞(オリンピア・デュカキス)
【1988年/第42回英国アカデミー賞】助演女優賞(オリンピア・デュカキス)
7年前に夫を事故で失ったロレッタは37歳の今まで独身を通してきたが、友人のジョニーからプロポーズされ、受け入れる。ジョニーは危篤の母に結婚の報告すべく故郷のシシリーへと帰郷するが、ロレッタに絶交中の弟ロニーに結婚式に出席してもらえるように頼んでいった。ロレッタはロニーを訪ねるが、彼は義手の片手を見せて、かつてジョニーとの会話に気をとられていてこうなったと、不仲の理由を告げる。同情したロレッタは、ロニーのアパートに行き食事を作ってやるが、お互いの主張をぶつけ合ううちに、激しい恋の炎に火がついてしまい…というストーリー。
学生のころ劇場で観たが、同時上映だった別の映画が目的だったと思う。でも、今となってはその同時上映が何だったか記憶に残っていない。当時は、恋愛モノになんて興味がなかったけれど、かなり衝撃を受けて、思わずパンフレットを買ったほど。
一度、抜群にうまいウナギを食べてしまうと、その後、ヘタなウナギなんか食べる気がおこらないのと同じで、その後、どんな恋愛映画を観てもピンとこない。未だに本作を超えるラブコメディにお目にかかっていない。本作を比べたら『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』なんてゴマ粒みたいなものだと思う。
また、ケラケラ笑えたりニヤリとしてしまうのがコメディじゃないんだ…と気づかせてくれたのも本作。だって本作をみてケラケラ笑う人はいないでしょ。でも、みんなコメディだと思っているよね。もう、究極に近い上質のコメディなんだと思う。
夫を失くしてしばらくたつ女性が、しっくりこないながらもプロポーズを受ける。しかしその弟と恋に落ちてしまい…というプロットを与えられたとしても、ここまで巧みな脚本を書けるだろうか。どのくらい巧みかというと、銀行の入金を忘れるくだりで、見ている側が「ああ、入金を忘れて、すったもんだあるんだろうな。ちょっと鬱陶しいかも…」を一瞬思うんだけど、ロレッタが入金を忘れていくのと同じように、観ている側もそのことをすぅ~っと忘れてしまうくらいである。
#ちなみに、『ダウト ~あるカトリック学校で~』の脚本も同じ人。近いうちに観る予定。
今観てもシェールは全然好みじゃないので、女性としてピンとこないんだけど(途中で髪を整えても、「いい女だなあ…」なんて全然共感できないんだよね)、でもそのおかげで客観的な目線になれて楽しめてるのかも。
この作品がつまらないという人は、わたしとは価値観の合わないですな…と思うほど名作。強くお薦め。
#ちなみに、劇中にオペラ「ラ・ボエーム」は、“ボヘミアン(社会の規範にとらわれず、自由で放浪的な生活をする人)”って意味で、登場人物にかかってるんだよね。そういうところも実に巧み。
公開年:2004年
公開国:アメリカ
時 間:107分
監 督:ミシェル・ゴンドリー
出 演:ジム・キャリー、ケイト・ウィンスレット、キルスティン・ダンスト、マーク ラファロ、イライジャ・ウッド、トム・ウィルキンソン、ジェリー・ロバート・バーン、トーマス・ジェイ・ライアン、ジェーン・アダムス、デヴィッド・クロス 他
受 賞:【2004年/第77回アカデミー賞】脚本賞(チャーリー・カウフマン、ミシェル・ゴンドリー、ピエール・ビスマス)
【2004年/第58回英国アカデミー賞】オリジナル脚本賞(チャーリー・カウフマン)、編集賞(ヴァルディス・オスカードゥティル)
コピー:“さよなら”の代わりに 記憶を消した――
ジョエルは恋人クレメンタインとケンカ別れしたが、そんな彼の元に、クレメンタインがジョエルについての記憶を消去したので、今後彼女に触れないように…というお願い通知が届く。彼女と仲直りしようと思っていたジョエルは納得できず、記憶の消去を行ったラクーナ社を訪れる。そこでは、一晩で特定の記憶だけを消去する施術を行なっており、ジョエルも彼女のことを記憶に留めておくことがつらくなり…というストーリー。
連日のロマンス物で、私らしくないとは思うが、連日、ただのロマンス物ではない。
(ネタバレ注意)
上質な大人の恋愛ドラマだと、私は思う。ただ甘いだけの好きだ嫌いだ言うだけのラブストーリーなんてクソ喰らえって思っているので、こういうSF要素とか哲学的要素をさらっと料理してくれると、こんな私でもすんなりの受け入れられる。記憶を消すビジネスっていうのは監督の原案らしいけれど、その着想自体は、特筆するほど目新しいものではない。やはり脚本の構成と味付けの妙。
はじめの出会いは、本当の出会いじゃない…。そんな仕掛けも随所にあって、さすがチャーリー・カウフマン。
お互いが記憶を消してしまったことを把握したあと、あそこで、“くりかえても同じだから…”となってしまわないところが非常によろしい。
ただ、一度恋に落ちた二人だから記憶をなくしたとしてもまた惹かれ合うのさ…みたいな解釈をしている感想をよく読むのだが、私はそうは思わない。だいたいにして、その“どうせ”みたいな解釈が気に喰わない。
だって、カセットテープで聞いた彼らの告白を聞けば、理屈から言えば、また付き合ってもうまくいかないと思うだろう。だけど、確かに自分の声なんだけど、本当のところ実感はない。理屈ではそうだろうけど、実感が伴わないことに対して、納得して生きていくことなんてことは、人間にはなかなかできはしない。そして、なんだかんだ言っても、人間は前に進まないと生きられない。
失敗しようがどうなろうが、その傷口にできたかさぶたの上にさらにかさぶたをつくって人間なんか出来上がっているんだ。臆せず前向きに生きろよ!私はそういうメッセージだと受け取ったよ。
ほうら、“どうせ…”みたいなニヒリズム主義とは真逆の解釈になったでしょ。この観る側の微妙た立ち位置で、解釈がガラっと変わる…っていうところが名作の証なの。
未見の人には、是非是非お薦め。普段はロマンス物なんか観ないよという、おっさんにも強くお薦め。
公開年:2002年
公開国:アメリカ
時 間:95分
監 督:ポール・トーマス・アンダーソン
出 演:アダム・サンドラー、エミリー・ワトソン、ルイス・ガスマン、フィリップ・シーモア・ホフマン、メアリー・リン・ライスカブ、ジェイソン・アンドリュース、ドン・マクマナス 他
受 賞:【2002年/第55回カンヌ国際映画祭】監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン)
コピー:それは目が眩むほど、パンチのきいたラブ・ストーリー やがて衝撃は、陶酔にかわる
ロサンゼルス。バリー・イーガンは、トイレの詰まりを取るための吸盤器具を販売する会社を経営しているが、精神的に不安定で、突然キレたり泣き出したり。そんな彼の最近の関心事は、食品会社のマイレージキャンペーンを利用してマイルを貯め込み、好きなだけ飛行機で旅行すること。ある早朝、会社の隣の修理工場に車を預けに女性がやってくる。実は彼女はバリーの姉の同僚リナ。バリーの写真を見て一目惚れしてしまい、車の修理を口実に顔を見に来たのだった。やがて2人の仲は親密になっていくのだが…というストーリー。
『マグノリア』のように性的にいささか倒錯したキャラもいるし、突飛な出来事も(CGを使って)次々発生するなど、これまでのPTA作品との共通点はもちろんある。けれど、決定的に群像劇色が薄い。
『マグノリア』公開前に父上を亡くされているらしいが、その影響だろうか。本作はいささか精神に問題を抱えて悩む青年を軸に展開する。次作の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』も強烈な個性ながらもアンバランスな人物を扱っていた。何やら興味の対象というか意識の向きどころが、俯瞰目線から個(もしくは自分の内面)に変わったのかもしれない。
主人公バリーのイライラは観ている側に伝染してくる。7人の姉をはじめカチンとくる登場人物たちの行動に、こっちもイライラしてくるのだが、それは監督の演出の妙技のおかげで、すっかり共感してしまっているということに違いない。
『ブギーナイツ』や『マグノリア』もこのように異常な状況が展開され、それらは時間が進むにつれて増幅していったが、本作でも同様に膨らんで膨らんで最後にパチンとはじけてくれるのかと予測していたのだが、趣が違った。
不思議なことに、時間が経つにつれ、異常な人物たちや理不尽な状況が、ちょっと考えてみたら現実社会もこんなもんだよな…って思いはじめて、むしろリアル社会の投影に思えてくるという、不思議な感覚に。往々にして、むちゃくちゃな状況の中で、ある一つのことだけは死守しようと、そんな生き方をしてる場合って多いよなぁ…、みたいな変な共感が。
“パンチドランク・ラブ”っていうのは、強烈な一目ぼれ状態を指していると思うが、バリー→リナのことなのかリナ→バリーなのか、はたまた両方のことなのか良く判らず。プリンのマイレージのくだりだって、別にストーリーの主要素じゃない。そんなふわっふわしたものの寄せ集めなんだけど、そのふわふわが渦を形成するような稀有な映画である。
フィリップ・シーモア・ホフマンはもちろん主演のアダム・サンドラーも、他作品とは様子の違う感じ。ぼーっとみ別人と思う人がいてもおかしくないくらい。役者の中の別面を引き出すのがうまいのもPTAの妙技。
でも、通ぶるわけじゃないけれど、おそらく6割くらいの人は、いまいちだと思うだろうね。万人ウケは絶対にしない作品。これがカンヌ作品?って。繰り返し見ようとは思わないけど、脳の片隅に焼きつく作品ではある。もやっと頭に霧がかかったような時に鑑賞してみてはいかがか。ますます霧は濃くなるけど、何か別のものに見えてくる。そんな感じ。妙作としてお薦め。
公開年:2004年
公開国:アメリカ
時 間:123分
監 督:ニック・カサヴェテス
出 演:ライアン・ゴズリング、レイチェル・マクアダムス、ジーナ・ローランズ、ジェームズ・ガーナー、ジョーン・アレン、ジェームズ・マースデン、サム・シェパード、ヘザー・ウォールクィスト、ケヴィン・コナリー、デヴィッド・ソーントン、ジェイミー・ブラウン、スターレッタ・デュポワ 他
受 賞:【2005年/第14回MTVムービー・アワード】キス・シーン賞(レイチェル・マクアダムス、ライアン・ゴズリング)
コピー:誰にでも、帰りたい夏がある。
とある療養施設に独り暮らす老女。彼女は認知症により想い出を全て失っていた。そんな彼女のもとへデュークと名乗る老人が定期的に通い、ある物語を読み聞かせていた。それは、1940年のアメリカ南部のひと夏からはじまる、ある男女の恋物語だった…というストーリー。
まず、冒頭の水面の上を飛ぶ白鳥の群れの映像で、ガツンとやられた。実に素敵。私は、夕陽が沈む時のオレンジと濃紺のグラデーションも大好きなので、さらにシビれた。
しかし、その美しかった映像とは裏腹に、老人が語る恋物語の部分の映像にまったく魅力がない。音だけ聞いていれば内容は追える感じで、ラジオドラマでよかったくらい。もっと老人が朗読している演出を増やしてもよかったかも。
さらに、あれだけ箱入り娘状態だったのに、従軍看護婦になるのはOKなんだなぁ…とか、ちょっとご都合主義な展開にもひっかかりはじめる。同性としては、恋愛において、株取引でいうところの“損切り”ができないっていう部分は、共感しなくもないけど、そんな姿は別に見たくないなぁ…とも思い始める。
受賞歴をみたとおり、世間の評価通りなのかなぁと中盤であきらめかけたところで、“この朗読している老人は物語に出てくる誰なんだ?”という謎解き要素が加わってきて、ここから、ぐいぐい面白くなってくる。一気に中だるみ解消。
さらに、またもや、白いアヒルの群れの中をボートを漕ぐシーン(どうやって逃げないようにしたのかな)。これまた素敵。ちょくちょくシビれる映像を挟んでくる。実ににくい。
これ以上はネタバレなので言わない。
人間ってやっぱり記憶の連続性があってこそ人間なんだな…と、そういうせつなさも感じつつ、突然遠くの世界に行ってしまって彼を突き放し、それに咽び泣く彼の様子には、涙が出てしまった。まあ、最後のラストは別に好きじゃない人はいるかもしれないけど、オマケだと思えば。
一度観た後は、なかなかもう一度観ようとは思わない一期一会的作品かもしれないが、とても素敵な内容だったので、お薦めする。
#ここ数日、当たり作品が、続くねぇ。めずらしい。
公開年:1998年
公開国:アメリカ
時 間:124分
監 督:ジョン・マッデン
出 演:グウィネス・パルトロー、ジョセフ・ファインズ、ジェフリー・ラッシュ、コリン・ファース、ベン・アフレック、ジュディ・デンチ、トム・ウィルキンソン、サイモン・キャロウ、ジム・カーター、マーティン・クルーンズ、イメルダ・スタウントン、ルパート・エヴェレット 他
受 賞:【1998年/第71回アカデミー賞】作品賞、主演女優賞(グウィネス・パルトロー)、助演女優賞(ジュディ・デンチ)、脚本賞(マーク・ノーマン、トム・ストッパード)、音楽賞[オリジナル・ミュージカル/コメディ](スティーヴン・ウォーベック)、美術賞(マーティン・チャイルズ、ジル・クォーティアー)、衣裳デザイン賞(サンディ・パウエル)
【1999年/第49回ベルリン国際映画祭】功労賞(マーク・ノーマン、トム・ストッパード)
【1998年/第33回全米批評家協会賞】助演女優賞(ジュディ・デンチ)
【1998年/第65回NY批評家協会賞】脚本賞(マーク・ノーマン、トム・ストッパード)
【1998年/第56回ゴールデン・グローブ】作品賞[コメディ/ミュージカル]、女優賞[コメディ/ミュージカル](グウィネス・パルトロー)、脚本賞(マーク・ノーマン、トム・ストッパード)
【1998年/第52回英国アカデミー賞】作品賞、助演女優賞(ジュディ・デンチ)、編集賞
【1998年/第4回放送映画批評家協会賞】オリジナル脚本賞(マーク・ノーマン、トム・ストッパード)
【1999年/第8回MTVムービー・アワード】キス・シーン賞(ジョセフ・ファインズ、グウィネス・パルトロー)
16世紀末のロンドン。ここのところ当りがない劇作家シェイクスピアは、オーディションにやって来た一人の役者トマス・ケントの演技に惚れ込み、逃げる彼を追ってある屋敷。しかし、そこにいたのは、女性ヴァイオラ。シェイクスピアと彼の作品を信奉するヴァイオラはたちまち恋におちる。その恋心が創作意欲を刺激して台本は急ピッチに仕上がり、トマス・ケント主演の舞台稽古は順調に進んでいた。そんな折、ヴォイオラから別れの手紙が突然送られ、納得のいかないシェイクスピアは再びトマスの後を追うと、トマスがヴァイオラが男装した姿だった事を知る…というストーリー。
当時、米アカデミー賞を総ナメの勢いで受賞したのを見て、まったくノーマーク(根本的にラブロマンスは眼中の外)だった私は、驚いてしまい、DVD発売と同時に購入(『エリザベス』は元々購入予定だったので、エリザベスⅠ世繋がりで買ったというのが本当のところかも)。グウィネスはそんなに好みのタイプではなかったし、やっぱりラブロマンスは生理的に受け付けなくて、実は、購入時に一回見て、それっきり本棚に封印状態だった。しかし、なにげに目に入って、視聴。
以下、ネタバレ。
本作は、大きく3パートに別れるかな。①ヴァイオラの男装はみんなにばれちゃうか?②男装の秘密を知ったシャイクスピアとヴァイオラの秘め事③みんなにばれちゃってどうなるの?
①②については、まったく趣味に合わない。韓国恋愛ドラマを楽しめる方々ならば、同様に楽しめるかもしれないが、私にとっては退屈極まりなかった。そうなってくると難点ばっかり目についてくるもので、そんなに濃厚なセックスシーンは不必要だと思うし(乳を出す必然性がまったくわからない)、ジョセフ・ファインズのラテン系バリバリな顔立ちのシェイクスピアってどうなのよ?とか。本気で、あからさまなベッドシーンは不要だと思う。これがなければ、中学生に見せても十分楽しめる作品なのに、なんで?って感じである。
ところがどっこい③になってからは飛躍的に面白くなる。ベタベタかもしれないけれど、ノリのいい上質なコメディに仕上がっている。エリザベス女王が大岡越前しちゃうのも馬鹿馬鹿しくて楽しい。ただ、女王が「十二夜」に芝居を上演しろっていった意味とかがわからず、シェイクスピアに詳しいともっとニヤリとできたのかな?(本気でわからないので、意味のわかる人、お教え願う)。ベッドシーンの是非は別として、基本的にお上品なコメディに仕上がっている。ここでいうお上品というのは、まったく毒がないということ。毒というのは、政治的・社会的メッセージのこと。こんなに毒が無いのに、成立している作品というのも珍しいと思う。
なので、エンドロールの新大陸のイメージが、全体の作風に合っていない。女性の自立のイメージか何かだろうか。これこそ蛇足。
良作だけど、男の子向けではないな。10年に一回くらい見てみると、毒抜きになる不思議な作品。
出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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