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公開年:2010年
公開国:フランス
時 間:97分
監 督:エマニュエル・ローラン
出 演:イジルド・ル・ベスコ、フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール、ジャン=ピエール・レオ 他
コピー:これは、世界を変えた男たちの軌跡
1959年5月にフランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』がカンヌ国際映画祭で上映されてから50周年を記念して製作されたドキュメンタリー。カンヌでトリュフォーは監督賞を受賞。その直後、ジャン=リュック・ゴダールが『勝手にしやがれ』を発表し、“ヌーヴェルヴァーグ”の潮流は確固たるものとなっていく。両名は同志として強い友情で結ばれていたが、1968年の5月革命を境にして、ゴダールは政治活動に傾倒して商業映画から距離を置くようになり、トリュフォーはあくまで映画職人の道を歩み続け、政治観の違いが2人の間を切り裂いていく。また、『大人は判ってくれない』で主演したジャン=ピエール・レオは、2人の監督の間で翻弄されていく…というストーリー。
『勝手にしやがれ』を観たつもりでいたんだけど、本作で紹介された場面を見てもどうにも記憶がない。どうやら観たつもりになっていただけの模様。早々に借りてこねば。
ゴダールとトリュフォーが若くして第一線の映画監督になっただけでなく、並行して映画批評家としてズバズバと他人の作品をブッた切っていたという事実に驚いた。今、こんなことやったらフルボッコになるだろうけど、新進気鋭の作家というポジションと、当時のフランス映画界というか芸術界自体が、ものすごく閉塞していて、このような“揺れ”を待望していたと思われる。ただ闇雲に批判するのではなく、フランス映画界に必要なスキルをもった海外の監督(ヒチコックなど)をリスペクトして冷静に分析するという、前向きな態度に貫かれていた点も重要だ。
ヌーヴェルヴァーグ”といえば映画史上の重要な基点であり、劇的なパラダイムシフトという捉え方をしていたのだが(編集方法など、ヌーヴェルヴァーグ前後の違い本作では解説してくれている)、このムーブメントが半年ちょっとしか盛り上がっていなかったという事実にもまた驚愕(期間に関しては諸説あるが)。
やはりフランスというお国柄だが、政治ムーブメントに強い影響を受けてしまう。1968年には五月革命でカンヌ国際映画祭が中止に。日本の学生運動も同じだが、反体制という旗印を掲げるものの政治的主張の本質はいまいちボヤけている。なぜか“フリーセックス”などの主張も入り混じってきて、一部はセクト化して自滅の方向へ、その他はしれっと転向という、雨散霧消で終わってしまう。結局は暴れたかっただけじゃね?という気がしないでもないが、そういう時代だった。
で、ゴダールは、カンヌ中止を訴える側になったが、トリュフォーは関わらなかったというわけ。
個人的には同年代を生きていた、サルトルとかの関わりなんかが語られることを期待したのだが、同じ左派寄りでも思想のパラダイムが全く異なるのかもね。
まあ、なるほどなぁ…と映画史のお勉強になった作品。
出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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