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公開年:2010年
公開国:日本
時 間:127分
監 督:原恵一
出 演:冨澤風斗、宮崎あおい、南明奈、まいける、入江甚儀、藤原啓治、中尾明慶、麻生久美子、高橋克実 他
受 賞:【2010年/第20回日本映画プロフェッショナル大賞】ベスト10(第10位)
コピー:ただいま、サヨナラした世界。
死んだはずの“ぼく”は、「抽選に当たりました」と、あの世で声をかけられる。“ぼく”は生前に大きな過ちを犯したが、再挑戦のチャンスが与えられたという。“ぼく”は自殺したばかりの中学生・小林真の体に入り、“ぼく”が犯した罪を思い出すため下界で修行することに。しかし、家庭は不和状態だし、学校の友達もいない上、密かに恋心を抱いていたひろかが援助交際をしていたりと、真を取り巻く環境は悲惨な状況。“ぼく”はこれまでの真の都合はお構いなしに、思うように振る舞い始めるのだが…というストーリー。
『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』『嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』『河童のクゥと夏休み』と独特の輝きを放ち続ける原恵一。
本人の人柄なのか、訴えているメッセージはとても素直というか、悪く言えば青臭い。これまでの作品の味は、彼が伝えたいそのメッセージを、その内容とはギャップのあるキャラクター(幼稚園児や河童)が体現することで、生まれてきた。でも、原監督の良さってその現実と非現実のギャップがないと生まれないものなのか?訴えたい内容にみあった等身大のキャラでは、その味は生じないのか?直球勝負では商売にならないのか?いや、原恵一ならできるはず!と思っていたので、本作には期待していた(期待していたなら、劇場に足を運べよというツッコミはあると思うが)。
オチ前までは、かなりよいデキだと思う。“ぼく”は誰なのか?という軸と、真はなぜ死んだのか?という軸。そして、“ぼく”の魂と真の環境が合わさることによって生じる変化。この3本がうまく生きたシナリオになっていると思う。
しかし、原作アリの作品なのでオチについて原恵一のセンスを問うつもりは無いのだが、正直、私のセンスとは合わなかった。私なら、どういうオチにしただろう。必ずしも魂の時間軸と、修行している時間軸が、同列である必要はないわけで、真の体に入った魂が、実は母親の魂で、母親(自分)はその後に自殺する…なんて感じとかね。母親じゃなくてひろかや兄でもいいかも。どっちにそろちょっと救いがないけど。少なくとも、真の体に入った魂は誰なのか?って部分は、ストーリーの大きな軸のはずなので、あんなだれにでも予想のつくオチにだけはしない。
#まあ、“ぼく”が犯した罪を思い出すことと、真として生活することを“修行”としてリンクさせるためには、あのオチしかないので、半ば諦めてはいたんだけどね…。
等身大のメッセージだといっても、母親の浮気の話や、売春している女子中学生の話を子供に見せるのもどうかと思う。じゃあ、本作のターゲットはかつて中学生だった大人ということなのか。だとすると、ちょっと青臭すぎやしないか?
原監督が“かつて中学生だった大人”を明確に意識してこれを作ったとするならば、やはり原恵一という人が、ピュアすぎるのかもしれない。
大抵の大人はもっと粗雑で無慈悲で汚いし、こういう思いをした後に、もう一枚くらい壁を越えて大人になっていると思う(客観的な視点を持つこと。受動的な超自我から能動的な超自我の獲得って感じかな)。だから、本作程度の踏み込み方くらいでは、“心が大きく揺れる”まではいかないと思うのだ。はっきりいって刺激が少ない。悪く言えばヌルいと思う。せめて星新一程度の毒は放り込んでもらえないものだろうか。
とりあえず、次は“大人の直球”を観せて欲しい。それがうまく作れないようだったら一旦、クレヨンしんちゃんのレベルに立ち返って欲しいかな(やっぱり、ギャップの中でしか原恵一の良さは光らないのかなぁ)。
お薦めもしないが非難もしない。
#玉電の跡を歩くくだりはブラタモリで見たのと同じだったね。しっかり取材はしていたと思うんだけど、電車の動画の線をCGでつくってしまったのは、味が無かったね。
負けるな日本
公開年:2006年
公開国:日本
時 間:115分
監 督:宮崎吾朗
出 演:岡田准一、手嶌葵、菅原文太、田中裕子、香川照之、風吹ジュン、内藤剛志、倍賞美津子、夏川結衣、小林薫 他
ノミネート: 【2006年/第30回日本アカデミー賞】アニメーション作品賞
コピー:見えぬものこそ
世界の均衡が崩れつつあることを感じとった大賢人ゲドは、その原因を探る旅に出る。道中、心に闇を持つ少年アレンを助け一緒に旅を続け、その後、昔なじみのテナーの家に身を寄せる。そこには親に捨てられた少女テルーも住んでいたが、彼女は、アレンのことを激しく嫌悪するのだった…というストーリー。
元のゲド戦記を読んだことが無いので、映画化として納得できるものなのかどうか、よくわからない(上に書いたように、内容自体は非常に薄い)。また、原案に 『シュナの旅』(宮崎駿 徳間書店刊)とあるのだが、なにがどう原案だと?こちらもさっぱり理解できない。
ジブリアニメのどこかでみたようなカットのオンパレード。キャラクター、服装、風景、町並み、アイテムと、似せ方が露骨であまりにセンスがない。駿が死んでもジブリは同じテイストのものを作り続けられますよ!っていうアピールだろうか(それに意味があるのかどうかわからないけど)。なんで、せっかく監督になるチャンスを与えられたのに、だただ模倣をする?なんで微かなオリジナリティも見えてこないのか。世には監督をたくさんやりたいけど侭ならない人がたくさんいる。そういう人たちは自分の作品を作りたくてがんばっている。そういう人を尻目に監督になったのに、こんな模倣をするかね。何か監督という職業自体に失礼だとすら思うのだが、みんなはどう思うね。
じゃあ、その模倣も、納得できるくらいの模倣かっていうと、そんなこともない。まず、ちょっとカメラマンさん一歩さがってくれませんかねぇ…っていいたくなるカットが多い。要するに、絵コンテが悪い。多分、淡々と平板に展開している印象を持った人が多いと思う。空間の切り取り方に魅力がないのだ。これは、絵コンテの段階で、何度も推敲されるべき。なんかイマイチだな…という気付きがないから、こういう結果になっちゃってるんだろうな…と思うと、救いようがなくてむなしくなる。
動画としての面白みもない。駿独特の浮揚感がないのは良いとしても、根本的に躍動感がなく、まるで重力が小さい空間のよう。駿監督の製作現場のドキュメント番組なんかを見ると、動きの自然さにしつこいくらいの執着とダメ出しをしてるけど、どうかんがえてもそれをやっていない。
シナリオも吾郎監督が書いているのだが(共作みたいだけど)、ピンとこないところが多い。
例えば、主題歌を歌うテルーのシーンが不自然。アレンが近づいていくと、待っていたかのように歌が始まり、すっかり2コーラス歌ってからアレンに気付く(手嶌葵のプロモビデオだって言われていたのがよく理解できる)。そのあと、あっさり仲良くなるのも、理屈が全然わからない。自分の歌に涙してくれたから?ちっぽけなわだかまりだったんだね。数センチ地面に埋まっただけの柵に縛って時間稼ぎができると思うのが不自然(あんな杭はすぐ抜けるだろう。なんであんな時間がかかるかね)。テナーの家とクモのあまりの近さも不自然。「テルーを殺すな!」ふつう戦闘中にそんな言い回しはしない。ところどころ出現するドラゴンの意味(というか存在の必然性)もよくわからない。
#もう挙げていったらキリがない。
現代の若者がキレやすいとか、そういう社会問題の一面を端々に盛り込んで、命の大切さを訴えようっておもっているのかもしれないけれど、示している答えが浅はかでイヤになる。命に限りがあるから命は尊い?限りがあろうが無かろうが尊いだろうが。意味わかんね(限りがあるから尊さに気付くことができるっていうんならわかるけど)。
何が一番不快かって、浅い哲学を押し付けられ続けること。アホな教師がもっともらしいことを言って生徒に同調を求めてるのと同じレベル。みんなそうやって教師を嫌っていくもんだけどね。駿はそういう教師に反発してた側だと思うけど、吾郎は教師側の人だ。この差は大きいぞ。
また、出てくる食事がぜんぜんおいしそうに見えなかったり、ヒロインに可愛げが一切感じられないのは、吾郎監督にバイタリティや人生経験が不足している証拠。そういう含蓄のない人に、命の云々をしたり顔で語られるのが、とにかく不快。はっきりいって、一発アウトでしょう、この作品は。こんなこと言いたくないけれど、金払ってレンタルしたんだから言ってもいいよね。吾郎監督は、介護の現場で1年くらい働くとか、マグロ漁船に乗ってみるとか、ちょっと違う世界で人間修行して、深みを身につけないとダメだと思うよ。お薦めしない。ジブリライブラリーの中で、無かったことにしたい作品。
#アレンと吾朗監督をダブらせて、偉大なものとの関わり方云々という視点で解説している人もいるけれど、他人の親子関係なんか知ったこっちゃない。おもしろくなければ、無駄な言い訳でしかない。
負けるな日本
公開年:1983年
公開国:日本
時 間:90分
監 督:富野由悠季
出 演:小滝進、横尾まり、島津冴子、古川登志夫、山下啓介、TARAKO、広森信吾、塩沢兼人、森功至、銀河万丈、二又一成、西村知道、緒方賢一、戸谷公次、龍田直樹、能村弘子 他
遠い未来の地球。今はゾラと呼ばれるその星は、一部の支配階級イノセントが支配する世界で、どんな罪を犯しても3日間逃げ切れば時効が成立する法律。だが、両親を殺されたジロンは、その法を無視して、殺し屋ティンプを追い続ける…というストーリー。
実は、TV版を観たかったのだが近所のレンタルショップには置いてなくて、仕方なく本作を観た次第。しかしながら、有り得ない珍作だった。何が珍作かというと、普通TVシリーズの劇場化となると、それなりにストーリーをまとめて一つの映画っぽく仕上げるものだが、まったくそのつもりが無いというところ。
まるで最終回の手前で、いままでの流れをおさらいしてみましょう…的なノリでつくられたダイジェスト放送みたいな感じ。だから、全然ストーリーと繋がりのないどころか、わざわざ劇場でみせる意味があるのか疑問に思うようなセクションが散見されている。だから、当時TV放送をみていなかった人には、皆目見当も付かないようなシーンのオンパレード。キャラクターの説明も繋がりも全然なし。
お祭り騒ぎもいいところで、4割くらいはふざけた感じ。おそらく、間に合わせの同時上映作品として、急造したことのだろう(確か、同時上映はダグラムで、そっちはきちんとストーリー仕立てでまとめていた記憶がある)。
はじめに言っておくけれど、これは映画とは呼べないので、知らない人は興味本位で観ないほうが良かろう。
本作は別として、ザブングルという作品自体の底辺に流れるテーマは、風の谷のナウシカの原作と一緒。汚染された地球を、生体テクノロジーで復活させるSF的なギミック。何か、日本人だけ海草を消化できる酵素を持っており、他の人種よりもヨウ素を摂取しやすくなっていて、そんな民族が何故か核がらみでの災難に遭い続ける歴史の不思議と、妙にダブってしまい本作を思い出したのかもしれない。だから、きちんと編集すれば、かなり良い作品になったはずなんだけどね。
もう、かなり昔の作品だが、『ザブングル』→『ダンバイン』→『エルガイム』という3年間連続のTV作品は、今考えるとちょっと神懸ったレベルで、20年くら時代を先取りしていたと思う。なんといっても、1年の間に主役ロボットが交代するとか、リアルロボットという概念は、このザブングルがパイオニアだからね。ここ10年くらいの日本アニメは、この勢いの10分の1もないだろう。
という、思い出だけが喚起された作品。もう一度言うが、見るならTV版DVDを観よう。
負けるな日本
公開年:2006年
公開国:日本、アメリカ
時 間:112分
監 督:木崎文智
出 演:サミュエル・L.ジャクソン、ケリー・フー、ロン・パールマン、ジェフ・ベネット、セヴン・J・ブラム、S・スコット・ブロック、TC・カーソン、グレイ・デリスル、ジョン・ディマジオ、グレッグ・イーグルス、ジョン・カッサー、フィル・ラマール 他
コピー:すべては復讐フクシュウのため
公開年:2009年
公開国:日本、アメリカ
時 間:100分
監 督:木崎文智
出 演:サミュエル・L・ジャクソン、ルーシー・リュー、マーク・ハミル 他
前作で父の仇を遂げ、“一番”のハチマキを得たアフロサムライ。しかし、そんな彼の前に、倒したはずの兄弟子・仁之助と謎の女シヲが現われ、アフロへの復讐として闘いを挑んできた。さらに強化された仁之助の前に破れハチマキを奪われてしまうアフロだったが…というストーリー。
劇場公開ではなく、アメリカのケーブルTV局(なのかな?)で製作されたアニメ(前作は一応劇場公開もされたみたいだけど)。観ればわかるが、レイティングをかけて有料放送にもしない限り、普通には放送されることはない。仮にド深夜だとしても、今後、地上派放送される可能性は低い(日本ではWOWOWで放送されたらしいけど、放送できるギリギリの線かな…と)。まあ、いかにもタランティーノとかが好きそうで、漢字のタトゥーをいれちゃうような層にピンとくるジャパンテイスト具合だといえば、伝わるだろう。
前作から間が空いてしまったので、思い出せるのか疑問だったのだが、案の定、基本設定がさっぱり思い出せず。というか、“一番”“二番”の基本設定が、いきなり無視されていたので、なんか変じゃない?と思い、結局一作目から観直してしまった。せっかく昨日の『カントリー・ベアーズ』で心が癒されたのに、3分と空かずに血まみれシーンで、すっかり台無しである(笑)。
前作で一番のハチマキを勝ち取ったアフロが、権力を行使しなかったために混乱状態になったため…っていう設定なのはわかるんだけど、もうすこしディテールの説明が欲しかったかも。
アメリカ人は日本をこんな感じでみているのかなーっていう部分を逆手にとっていて、そういう着眼点はなかなか白眉だと思う。そして、前作の、プロモビデオみたいな若干うるさい演出は押さえ気味になっていて、シネマとしてのデキはよくなっている。私がアメリカ人だったら、本作を観て、「一度は日本に行きたい!」って思うかもしれない。日本のトラディショナルな要素をどれだけオシャレに興味深く挿入するかって点に、ものすごく注力していて、結果として成功している。
まあ、タランティーノ作品が許容範囲なら、本作も大丈夫だろう。そうじゃなきゃ避けたほうがいい。でも、こんなバイオレンス映画だけど、コリアでもチャイナでも無く、まぎれもなくニッポンだぜ!って言える作品で、東アジア十把一からげのハリウッド映画なんかより、ましなニッポンがそこにあると思う。
とはいえ、実写化の話があるようだが、6,7年前ならいざ知らず、いまさらこのノリの映画をつくっても、そうそうウケないだろう。と、日本の製作会社によるアニメだからこそ、味が出ていると思し、『キル・ビル』以上のものに仕上げられるか、そして受け入れられるかは、極めて微妙。
公開年:2008年
公開国:日本
時 間:85分
監 督:押井守
出 演:田中敦子、大塚明夫、山寺宏一、仲野裕、大木民夫、玄田哲章、生木政壽、山内雅人、小川真司、宮本充、山路和弘、千葉繁、家中宏、松尾銀三、松山鷹志、小高三良、佐藤政道、林田篤子、上田祐司、亀山俊樹、後藤敦、坂本真綾、榊原良子 他
第三次核大戦、第四次非核大戦を経て、大きく変化した世界。高度に進歩した科学は、電脳を介して脳神経をネットに接続する技術を確立。脳の外に外部記憶を置くことを可能にした。対犯罪組織・公安9課、通称“攻殻機動隊”に属する草薙素子は、国際指名手配をされているテロリスト“人形使い”が日本に現れるという情報を得て、捜査を開始するのだが…というストーリー。
多少手が加わったということで“2.0”というわけ。新作でレンタルするほどの価値があるか、私の鼻が“多分損するぞ”と嗅ぎ分けていたので旧作扱いになるまで放置。この度、鑑賞に至る。
まず、いきなりの光学迷彩の素子がフルCGに。昨今の作品で、妙にフルCGにこだわりを見せる押尾監督。この手のCGには、もう、口が酸っぱくなるくらい同じことを繰り返しているのだが、全体の画調から浮くようなら使わないほうがいい。いや、使うべきではない。世界観ブチ壊しである。
どうも解せないのだ。「このCG、すんごいでしょ!」ってなくらい、ものすごいデキなら理解できなくもないが、どうかんがえてもPCゲームレベル。技術の進歩に伴う、このような改修自体はアリだと思うのだが、このCGに関しては技術力の誇示にはなっていない。
差し込んだ意味がまったく不明というか、ちょっとはずかしくはなかろうか。ヘンテコなフルCGを入れるくらいなら、あと10分くらいカットを足したほうが、意味のある“2.0”になったと思う(もう、削るところも足すところもないなんてことは、言わせないゾ)。
いきなりゲンナリさせられてしまったのだが、その後は、快調。見比べたわけではないので、かすかな記憶との比較だが、全体的な雰囲気が違う気がする。昔は青っぽい冷たいイメージだったが、本作はたそがれた感じ。より刑事ドラマ臭がする。音楽も、オシャレというかシブいというか、大人なイメージに変わったような。
その他、おそらく“人形使い”の声が変わっているね(……確認した。正解)。こっちは、なんとなく、シンクロして判然としなくなるプロセスが、自然に理解できるので、効果的かもしれない。
さて、2.0のほうを見れば元は不必要なのか?といわれると、ちょっと微妙だと思う。『ブレードランナー』のディレクターズカット版とは意味が違うし、いわゆる完全版とも違う。こんな中途半端な改修は、ある意味、罪作りだと思う。画調と音楽で+1ポイントづつ。オープニングのフルCGで-2ポイントで、プラマイゼロ。まあ、とにかく、特別ファンじゃない人はわざわざ見る必要はないと思う。
#結局、なんで製作されたのかよく理解できず、モヤモヤする作品である。
公開年:1987年
公開国:日本
時 間:120分
監 督:山賀博之
出 演:森本レオ、弥生みつき、村田彩、曽我部和恭、平野正人、鈴置洋孝、伊沢弘、戸谷公次、安原義人、島田敏、安西正弘、大塚周夫、内田稔、飯塚昭三、徳光和夫 他
有人宇宙飛行をめざして設立された王立宇宙軍だったが、実験は失敗続きで、その存続すら危うい組織。宇宙軍の士官であるシロツグ達すら、本当に宇宙にいけるとは考えておらず、安い給料でも不況の中で職さがしをするよりは良いと、怠惰な日々を送っていた。そんな中、いよいよ宇宙軍の廃止が検討されはじめたため、長官は最後の勝負に、独自のコネクションで資金を集め、有人飛行実験を強行することに。そして、偶然に街で出会った少女リイクニに刺激を受けたシロツグは、そのパイロットに志願するのだが…というストーリー。
『AKIRA』がジャパニメーションの事始だと前に書いたが、海外から見ての“THE ジャパニメーション”的な位置づけではないかもしれないが、アニメとか実写とか、そういう枠をとっぱらって、純粋に素晴らしい日本映画だと思う。ナレータに森本レオをもってきたこと、音楽に坂本龍一をもってきたこと、いまでこそあたりまえのプロデュース手法かもしれないけど、本作がパイオニアだといってよい。
ストーリーが凡庸だとか、いまさら有人宇宙飛行をテーマにしたアニメに何の意味があるのだ?とか、そういうことを言うバカがいたのだが、そういうやつはとっとと退散すればよい。じゃあ、『ライトスタッフ』や『アポロ13』はくだらないとでも?個人が抗うことのできない世の流れの中で、目的を果たそうとする姿がくだらない?逆にこの良さがわからない人の神経が私にわかりませんけどね。
まあ、逆にいえば、“アニメファン”の嗅覚の埒外に存在するという証明だし、純粋に素晴らしい日本映画という私の評価の裏づけでもあるんだけど。
絵柄がアクが強いとか、前半の森本レオがヘタクソだとか難点は色々あるのだが、まあ、当時の原画マンの線の調子とか影のつけ方はあんなかんじなのでしょうがないし、いまでこそナレーションで有名な森本レオだが、これがアフレコ初仕事らしいし。
しかし、それらを補って余りあるサブカルチャーをとことん突き詰めたディティール。これこそ、この映画の厚みであり、世に長く愛される映画の重要なファクターでもある。“文化”っていうのは、学術的に列挙される特色以上に、実際はサブカルチャーといわれるものが形作っているのだから。
これになんの賞もあたえられなかった、日本映画界ってどうなんでしょうねぇ。
かなり昔に観たけれど、その時はどおってことなかったなぁ…って人は、騙されたと思って観直していただきたい。年齢を重ねるごとに、益々、味を感じることができる、スルメみたいな作品なので、お薦めする。
#このサントラCDをもっていたんだけど、紛失してしまったなぁ。
公開年:1988年
公開国:日本
時 間:124分
監 督:大友克洋
出 演:岩田光央、佐々木望、小山茉美、石田太郎、玄田哲章、大竹宏、伊藤福恵、中村龍彦、神藤一弘、北村弘一、池水通洋、渕崎ゆり子、大倉正章、荒川太郎、草尾毅 他
第三次世界大戦から31年後の2019年。東京湾上に建設された人口都市ネオ東京から郊外へ続くハイウェイでは、日々、暴走族同士の抗争が繰り広げられていた。金田率いるチームのメンバーの一人・鉄雄は、暴走の途中で白髪の少年と接触し重傷を負う。その少年は、政府の秘密機関から、反政府ゲリラによって連れ出された超能力者タカシだったが、捜索していた研究機関によって見つかり、鉄雄も一緒に収容されてしまう。兄貴分の金田は、鉄雄救出のため研究所に潜入するが、鉄雄は研究機関によって実験台にされており…というストーリー。
すでに22年も前の作品でありながら、現在の日本アニメとなんら遜色のないクオリティという奇跡の作品。海外から評価される日本アニメといえば色々なタイトルが挙がると思うが、本作こそ、ジャパニメーション事始の作品と言えるだろう。
今、改めて見ると、その奇跡ポイントは多々ある。
まず、原作者の大友克洋自身が監督であること。原作漫画がアニメ化決定時には未完であった点や、原作とは違った展開(どころか完全にオチやテイストが異なる点)など、『風の谷のナウシカ』と共通点は多々あると思う。しかし、なんといっても10億円とも言われる制作費が、いくらバブル期といえども特異である。
「え?これで10億?」と思うかも知れないが、背景の書き込みの細かさや、リアルな動作やバイクの疾走感はすばらしい。さらに、アニメとしてはパイオニアといってもよいプレスコという手法を用いている点(音を先に録って、後から絵を作る手法)。これから観る人は是非注目してほしい。後から絵を当てているので、台詞と口のリンクがハンパなくシンクロしている。リミテッドアニメを批判する宮崎作品よりもよく動く動く。ヱヴァの劇場版でも用いられているようだが、アニメにおいて見ている側がリアルに感じる効果としては、ヘタなCGよりもこっちのほうが大きいと思われる。で、これがセル画アニメで実現できているのだからとにかく驚きなのだ。
CG全盛時代になっても、アニメ製作はタイトな厳しいスケジュールなんだとは思うが、よりクオリティを上げて一般映画と同じレベルまでもっていくためには、仮声録音→声に合わせながら動画作成→最後に改めて録音…というプロセスを確立しないといけないような気がする。
当時、原作のファンが、複雑で重厚な原作とは異なる映画版の内容について、(あの原作を2時間にまとめられるはずもないのに)無いものねだりな文句を言っていたのを思い出す。まあ、肝心のAKIRAの扱いがぞんざいだった点など、不満を感じるのはわからなくもないけれど、それは仕方の無いことだ。でも、まるで大友克洋本人が、全部の原画を書いているのかと思うほど、原作のイメージは踏襲できており、それだけで奇跡だと私は思うのだがね。
アニメなんか普段ほとんど観ないから…という人こそ、あえて是非観てほしい作品である。アニメのくせに(というのも変なのだが)結構、容赦ない無慈悲な描写も多く、ある意味大人向けの作品と言える。
いずれにせよ、その後、大友克洋が直接手を掛けた作品(実写、アニメを問わず)は、すべて残念な内容であるという点からも、奇跡の作品といえるのではなかろうか(ちょっとイヤミが過ぎるか?笑)。まあ、いずれにせよ、このレベルに達するアニメ作品はなかなか現れないだろう。
公開年:2009年
公開国:日本
時 間:99分
監 督:橋本昌和
出 演:大泉洋、堀北真希、水樹奈々、渡部篤郎、相武紗季 他
コピー:このナゾを解いた者には、永遠の命が贈られる。
ある日、レイトンのもとにかつての教え子で有名なオペラ歌手のジェニスからナゾトキ依頼の手紙が届く。そこには、行方不明だった友人ミリーナが7歳の少女になって現われ、“永遠の命を手に入れた”と言っていると書かれていた。さっそく調査に乗り出したレイトンは、ルークと助手のレミを伴い、オペラが上演される会場へとやって来るのだったが…。
ゲーム版“魔神の笛”直後のエピソードらしいけど、ゲームは3本目までしかやってない。でも、知らなくても全然大丈夫だった。
名探偵コナンやクレヨンしんちゃんの映画の惰性感には、もうウンザリなので、新たな大人の鑑賞にも耐えうる子供映画が待望されるわけだが、まさにレイトン教授はぴったり。なんとかシリーズ化してほしいので、ポケモンのようにマンネリ化は避けてほしいのだが、渡部篤郎にヤマちゃんが声優って、もうイヤな予感がする。
違和感のある3DCGを挟んでみたりとか、ある意味ゲームの雰囲気に忠実なんだけど(別に、書いても労力は変わらなそうだし、味も出そうなのに、なんでCGを挟むのかよくわからんけど)、とにかくゲームと同じ質感がキープできているのは評価できる。そりゃあゲーム内にもアニメは挿入されているので、厳密に言えば初めてのことじゃないんだけど。。
対して、ストーリー面では課題は多い。
・王国とやらに何なにがあるんだかさっぱりわからない(カリオストロよりもその存在価値がわからん)。
・大ロボットも以前にでてきたし、小さい飛行機で対応するのにも既視感が。すでにマンネリ化がはじまっているという頼りなさ。
・さりげなくグロいラインに向きがちなレイトン(実は、人造人間だったりとかね)。今回も人格コピーという冷静に考えるとちょっとエグいネタ。この線じゃないストーリーは考えられないものか。シリーズ化したいなら、オカルトテイストを弱めないとだめだと思う。
とにかく、違う脚本家を試すことはお薦めしたい。
#最後、金田一耕助シリーズみたいにするのかとおもったけどちがった。「しまった!」っていうのかと(笑)。
とりあえずゲームで満足した人なら充分楽しめる内容なのでお薦めするが、そうでない人は微妙だろう。本作を観てゲームもやってみたくなるような内容またはプロモーションにしたいところだったと思うが、それもいまいち。わたしなら、映画館でDSにダウンロードできるゲームをつくり、その内容は映画本編ではいまいち足りない謎解き要素を補完するように、映画のストーリのところどころで実はもっと出題されているのよ…的な内容に(ヘリコプターは、もうちょとアイテムをあつめてからじゃないとね)。
そして10ヶ月くらいたった後で、数量限定でソフト化すればよいのだ。メディアミックスの具合が中途半端なんだよね。ワタシならもっといいアイデア出せるよ。実にもったいない。
#やっぱりシルヴァン・ショメなんだよなぁ…(女の子の顔以外は…)。
公開年:1993年
公開国:日本
時 間:72分
監 督:望月智充
出 演:飛田展男、坂本洋子、関俊彦、荒木香恵、緑川光、天野由梨、渡部猛、徳丸完、有本欽隆、金丸淳一、さとうあい、鈴木れい子、関智一 他
コピー:高知・夏・17歳
高知県。高校生・杜崎拓は、東京から転校してきた武藤里伽子のことが気になる。美人で文武両道だが周囲にまるで馴染もうとしない彼女に拓の親友・松野は恋しているらしい。しかし、ひょんなことから、里伽子と拓は東京へ二人旅をすることになる。そこで拓は里伽子の家庭の事情を知ることとなり、それ以降二人の距離は縮まるかと思われたが…というストーリー。
『借りぐらしのアリエッティ』で盛り上がり中のジブリ。ファンタジー要素は強そうだが、テイスト的には『耳をすませば』のラインかと思われるので、私のストライクゾーンからはずれていそう。病弱な男の子が『ゲド戦記』を連想させ、なにやらイヤな感じすら漂う(杞憂とは思うが)。おそらく観にいくことはないかなと。それどころか、以前も書いたが、『千と千尋の神隠し』で私のなかのジブリは終わってしまっていて、それより後の作品をきちんと鑑賞していなかったりするんだけど…。最近、『千と千尋の神隠し』より後の作品では、動画に“グルーヴ感”がないことに気付いた。“グルーヴ感”っていうと判りにくいかもしれないけど、ちょっとテンポがモタりぎみになる感じといえばいいか。近頃の作品はリズムマシンで刻んだように、すたすた動きすぎるのだ。昔はモタり感とか浮揚感とかがあったと思うのだ。皆さんは、そう思わない?
閑話休題。
特に強いきっかけがあったわけではないが、『千と千尋の神隠し』以前のジブリ作品でも、観ていないのは本作だけだったな、と思い出し鑑賞。テレビムービーだったし青春恋愛モノってことで、まあ、手にとることはなかった。龍馬ブームってことで高知が舞台の本作を(ウソ)。作画監督は近藤喜文さんと思い込んでいたけれど、近藤勝也さんだった。『おもひでぽろぽろ』とおんなじだもの、そりゃそうか。それに、過剰な高知弁を地元の人はどう思っているのか不明だけれど、方言指導が島本須美ってのはおもしろいですな。
話が動き始めるまでは、退屈でしかたがなかったが、東京へ旅をするあたりから徐々に、いい感じに。17年も前の作品だが、悪くない。でも、この妙な青臭さは、これを遠い過去に感じられるからこそ正視できるのであって、近しい年代の頃なら厳しかったかもしれない。実写でやると俳優の生々しさで目を背けたくなる内容だと思う。アニメでちょうどよかった作品なのかも。まあ、私、同窓会とか行く気にならない人間なので、大抵の人は多かれ少なかれ自分の青春時代と重ねたりできるんだろうけど、私にとっては異世界ファンタジーと同レベルなんだけどね。
一番気になるのは、女子グループのリーダーっぽい落ち着いた感じの人なんだけど、それ以上展開・発散させなかったのも、いいセンスだと思う。
また、実在の商品や乗り物や構造物にものすごくノスタルジーを感じる。案外、時間が経過して再評価される作品かもしれないし、たった17年でこういう味の作品が無くなってしまった(作れなくなってしまった もしくは、成立しなくなってしまた)、日本アニメ界に、若干不安を感じるところではある。未見の人で、特に青春なんて遠い昔って感じの方に、軽くお薦め。
公開年:2009年
公開国:日本
時 間:111分
監 督:摩砂雪、鶴巻和哉
出 演:緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾、三石琴乃、山口由里子、山寺宏一、石田彰、立木文彦、清川元夢、長沢美樹、子安武人、 優希比呂、関智一、岩永哲哉、岩男潤子、麦人、丸山詠二、西村知道、宇垣秀成、中博史、佐久間レイ、山崎和佳奈、野田順子、大原さやか、世戸さおり、大川透、小野塚貴志、滝知史、室園丈裕、杉崎亮、茂木たかまさ、山村響、藤本たかひろ、金丸淳一、MAI、入江崇史、ベーテ・有理・黒崎、島田知美、トマス・ヘルサス、ジェーニア・ダブビューク、バロン山崎、ジョシュ・ケラー、兼光ダニエル真 他
第3使徒がネルフ北極施設に出現。真希波・マリ・イラストリアス搭乗したエヴァ仮設5号機が迎撃するも大破消失。一方、日本では、第7使徒が出現。こちらは式波・アスカ・ラングレー搭乗の2号機が殲滅する。アスカはシンジたちの中学校に転入し、ミサトのマンションに同居することに。そして、ネルフ本部へ直接落下する第8使徒が襲来。零号機、初号機、2号機は連係して、それを殲滅。こうした戦いと学園生活を通じて、距離感のあった3人の心の距離は縮まっていく。しかし、続く第9、第10使徒との戦闘は、彼らにより過酷な運命背負わせる…というストーリー。
私、エヴァンゲリオンのTVシリーズを観たのは、ほんの数年前。世の中でやいのやいの流行っていた時は、まったくもって無視していた。私は、こういうブームには、一線を置くことが多いですな。観るものもないし小難しいものは観たくないなっていう時に、全部レンタルして一気に観たんだけど、特に良いとも悪いとも…。そんな感じ。『序』も大して期待していたわけでもなく、たまたまレンタル空きがあっただけのこと。
第1作はマイナーチェンジ程度の変更はあれど、ほぼオリジナルのまま。正直なところ、なぜこの程度の内容でわざわざ映画にしなくてはいけないのか。今頃やるなら思い切り内容もテーマも変えてしまえばいいのに…と思ったものだ。そして、なんでこれが大ヒットしているのか…。自分と世の中の乖離具合に、若干不安を覚えるほどで。
私の思いが通じたのか(そんなことはない)、第2作は一転、キャラの役割も扱いも、ストーリーの方向性も、TV版とはかなり違う。やっと映画にする意味が出てきた。そんな感じ。エヴァファンでは無く思いいれもないので、キャラの扱い(アスカとか新キャラとか)には特になんの感慨もおどろきもなし。昨今の“萌え”キャラを前面に出してくる、アニメにはうんざりしているので、逆にアニメ映画らしく仕上がっているのかも。
ストーリーの方向性が明確になっているためなのか、非常に分かりやすくなって、観やすい。TV版の無意味に思える迷走や思わせぶり感はまったくなし。これをよしとするか否かは趣味の分かれるところだろう。
ストーリー的には、まだ途中の作品なので、これ以上は言わないが、私には製作側の宗教観とか社会科学観が、TV版を作っていたときとは大きく変化しているように感じる。次作は、よりはみだして、問題作に仕上げてくるかも。今回は、日本アニメに対する苦言、次は日本映画に対する苦言って感じになるのかな。
技術的に文句を一つ。ほぼ、立体構造物は3DCGを元に原画を興しているようだが、昔のような不自然さはほぼ無くなっていて、非常に好感がもてる。ただし、大きな航空機(輸送機)のシーンだけが、異様に不自然。これは、原画の線の太さに問題があるから。原画をCGでおこす際に、引きの絵(遠くにある物体に表現に)する時に、線まで細くしているから。こういうときは線はあまり細くしすぎないほうがよい。アニメ作品の中で、「あ、CG」って興醒めするのは、往々にしてこの場合である。
あまりエヴァファンでなければ、わざわざ観なくてもよいとは思う。もしくは数年後に全部揃ってからでも遅くないかも。
公開年:1981年
公開国:日本
時 間:140分
監 督:富野由悠季、安彦良和
出 演:古谷徹、鈴置洋孝、飯塚昭三、古川登志夫、鈴木清信、白石冬美、井上瑤、鵜飼るみ子、池田秀一、森功至、藤本譲、小山茉美、田中崇、長堀芳夫、広瀬正志、中谷ゆみ、清川元夢、戸田恵子、政宗一成、曽我部和行、石森達幸、塩屋翼、島田敏、塩沢兼人、上田みゆき、緑川稔、水鳥鉄夫、緒方賢一、岩本紀昭、田中康郎、寺田誠、鈴木誠一、滝雅也、戸谷公次、二又一成、佐藤政治、龍田直樹、金沢寿一、沢木郁也、もりしげき、片岡富枝、加川三起、鈴木れい子、門谷美佐、高木早苗、永井一郎 他
スペースコロニー・サイド3は“ジオン公国”を名乗り、地球連邦政府に対して独立戦争を挑む。彼らの“ザク”に対抗するために、地球連邦側もモビルスーツを開発し、サイド7で性能テストを行っていたが、その動きを察知したジオンは、スパイを送り込む。功を焦った兵士の襲撃により、サイド7は瞬く間に戦場へと変わるが、ホワイトベースへの避難中に偶然ガンダム”の機体と説明書を見つけたアムロ・レイ少年は、混乱の中、ガンダムを起動させ、苦戦しながらもを敵を撃退する。多くの兵士が戦死したため、アムロはなし崩し的にガンダムのパイロットを続けることになるが…というストーリー。
まずはじめに断っておくが、今回観たのは、“特別版”というものである。観た…というよりも観てしまったというほうが正しい。これは、劇場公開時の音声(音楽・効果音・声優)を変えた版が存在する。いや、現在、レンタルされているのはこの版しかない模様(詳しい事情は調べてね)。ガンダムファンならご存知かもしれないが、知らない方に注釈すると、この版はすこぶる評判が悪いのだ。
皮肉なことだが、音というのは記憶と密接に絡み合ってるんだなぁ…ということが体感できてしまう。
あたらしいSEになっているな…くらいは感じるだろうなとおもっていたが、実際に見てみると、脳はそれ以上の違和感を感じて、アラームを発生して止まない。過去に2度くらいみただけだと思うのだが、こんなに“違う!”と感じるとは、自分でも驚きだった。
よく匂いと記憶は密接だ…ということはきくけれど、音も思っているより重要なのだな、、と。それにしても、長らくDVD化されなかった劇場版ガンダムに、世のファンが期待するのは、現在の技術レベルになっていることではなく、当時の空気感を感じることだと思うのだが、なんでこんなことをしちゃうかな(というか、なんでこれを世に出そうと思ったかな)と、本気で思う。非常に中途半端なデキで、珍作といってもいいかもしれない。
で、このDVDの版の苦情を言いたいわけではないので、ここでやめて、内容のコメントに入る。
ほぼ、TV放送を編集しなおしている内容なのだが、ダイジェスト版になっておらず、しっかり少年の成長物語になっていることに感心。散々言われつくしているが、あえて言おう。ロボットアニメといって忌避するなかれ。見落とされがちだか、戦争によって人口の半分(それも働き盛りの人間)が死んでいるという、特殊な状況設定の中で、少年少女たちが戦争を続けなければいけないという内容は、ロボットが登場しなくても十分興味深い設定である。生き残った大人たちがクソみたいなヤツラばっかりだったり、登場人物が話している内容がちょっとズレている気はするのだが、そういう異様な設定の上でのことと思えば、十分成立しているのだ。
今回は、男の子向けのロボットアニメなんか見ないわよ…という、女性の方々に向けてコメントする。だまされたとおもって観てごらんなさい。なぜ、この作品が日本で語り継がれているかが、きっとわかるだろう。逆に大人になって観ることに意味があるような気がする。
で、もう一ついいたいことは(実は今回観た理由はこっちだったりする)、世に、色々なTVアニメや特撮番組があると思うが、このように2時間映画3本くらいに、再編集してレンタルすることはできないものかなぁ…と。版権の問題とかいろいろあると思うのだが、昨今の不景気で派手にアニメを制作するのも少なくなってきていると思うので、マニア以外の新たなファン獲得という意味でも、こういう再編集作品って、増えないものだろうか…、この手法で、ダンバインとかバイファムとかのOVAを作っておもしろくできないものかねという、妄想のような企画を考えていたら、思わず手に取っていた…ということである。
#実は、公開版は販売のみされていて、購入した知り合いから見せてもらったことがある。そちらは、いうまでもなくばっちりである。
公開年:1979年
公開国:日本
時 間:100分
監 督:宮崎駿
出 演:山田康雄、小林清志、増山江威子、納谷悟郎、島本須美、石田太郎、宮内幸平、永井一郎、山岡葉子、常泉忠通、梓欽造、平林尚三、寺島幹夫、野島昭生、鎌田順吉、阪脩、松岡重治 他
コピー:生きては還れぬ謎の古城でついにめぐり逢った最強の敵!
ヨーロッパの小国カリオストロ公国へやって来たルパンは、悪漢に追われる少女クラリスを助けようとするが、結局、彼女は連れ去られてしまう。クラリスはカリオストロ大公家のひとり娘だったが、強引に結婚を迫るカリオストロ伯爵によって城に幽閉されているのだ。ルパンは既に城内に忍び込んでいた不二子の手引きで城に潜入し、クラリス救出を試みるのだが…というストーリー。
いわずと知れた日本アニメの金字塔だけど、私は手放しで賞賛するほど好きってわけではない。なーんていいながら、今まで7・8回は観ているけれどね。この前、『ルパンVS複製人間』を見て、実に“ルパンらしい”作品だと思ったわけだが、逆に一般的に名作といわれている本作のどの辺がルパンらしくないのかな…と考えて、なんとなく観てみた(ルパン随一の作品という人が多いけれど、ルパンはその後の作品のデキが悪すぎて、比較できるものがないんだけどね)。
まあ、そんなことは確かめなくても判るでしょってツッコまれると思うんだけど、結局、宮崎駿色が強すぎるってことだよね。今回はいつもとは違って、客観的に“いい所”がどこか確認しながら見てみようと思う。
まず、風景のカット割り。彼の心に残った風景がふんだんに盛り込まれているのだろうけれど、なかなかアニメの背景カットで、「いいなぁ、この風景」って思うことって少ない。他の宮崎作品も背景には力が注がれているけれど、非現実的だったり影が強かったりすることが多い。対して本作は明るい牧歌的な風景で、むしろ『アルプスの少女ハイジ』的で、実にほっとする。
次は、だれもが指摘するところだけど、非現実的ながら躍動感バリバリの動作。ほぼ『未来少年コナン』と同じ。単に現実離れしているというだけならば『ルパンVS複製人間』だってそうなのだが、ディズニーの『バンビ』が実際のバンビの動きを研究したのとは違い、こちらはまるで夢の中で動いているような浮揚感。本作のほうがよっぽどファンタジーだと思うのだ。ディズニーとも手塚アニメとも違うアプローチは実に白眉だと思う。
じゃあ、その動きが宮崎アニメがパイオニアか?というと、ある部分でその答えに気付く。それは城のデザイン。宮崎駿が若いころ感銘をうけたというフランスアニメ『やぶにらみの暴君』がモデルなのだ(今、日本では『王と鳥』というタイトルでリリースされている。前にレンタルして観た)。で、キャラの動きにも、結構共通点が多いことに、今回改めて気付いた。
それから、昨今のアニメや日本映画では“本当にオチを考えてつくってるのか?”って言うようなのが散見されるけど、本作はしかりう終わっていること。当たり前のことのようで、これすらできていない作品ばかりになっていることは忌忌しきことである。
ただ、これだけいいことを並べたが、もう、これを宮崎アニメとして観ることはもうないだろうなと、悲しくなるi一面ある。実は、私の中で宮崎駿が終わった境目がある。それは『千と千尋の神隠し』の電車に乗って銭婆のところへいくシーン。具体的に何がどうだとはっきりいえないのだが、あそこを境に私がよいと感じていた宮崎駿は失せてしまったと感じている(なにか、味が失せたよう。もしかすると彼の灰汁みたいなものが抜けてしまった瞬間かもしれない)。とにかく、それ以降、私の琴線に触れる宮崎アニメは皆無である。
取り留めなく書いてしまったが、ルパンらしさには欠けていても、全世界の映画の中で、ほっとする感じと躍動感と小粋な感じがここまで綺麗に渾然一体となった作品はないと思う。わざわざお薦めする必要もないと思うが、いまいち物事がうまく行っていない時なんかには、観返してみるとさっぱり気分転換ができるいい映画だと覆う。2年に一度は観なおしてしまう作品。
#ラストの銭形のセリフは名セリフといわれているけれど、私の中では、「とんでもないものをみつけてしまった~。どうしよう~」がお気に入り。
公開年:2009年
公開国:日本
時 間:115分
監 督:細田守
出 演:神木隆之介、桜庭ななみ、谷村美月、斎藤歩、横川貴大、信澤三恵子、谷川清美、桐本琢也、佐々木睦、玉川紗己子、永井一郎、山像かおり、小林隆、田村たがめ、清水優、中村正、田中要次、金沢映子、中村橋弥、高久ちぐさ、板倉光隆、仲里依紗、安達直人、諸星すみれ、今井悠貴、太田力斗、皆川陽菜乃、富司純子 他
受 賞:【2009年/第33回日本アカデミー賞】最優秀アニメーション作品賞
コピー:「つながり」こそが、ボクらの武器
仮想世界OZが日常生活に深く浸透している近未来。健二は天才的な数学の才能の持ち主だが、内気な高校2年生。彼は憧れの先輩、夏希から夏休みのバイトを頼まれ、彼女の田舎、長野県に訪れる。そこでは、夏希の曾祖母で一族の長・栄の90歳の誕生日の祝いが、陣内家一族が集まり盛大に行われていた。その席で健二は夏希のフィアンセのフリをする、というバイトの内容を知ることに。そんな役割に困惑する中、その夜健二は謎の数字が書かれたメールを受信し解読を試みるのだが…というストーリー。
原田知世主演作の『時をかける少女』は、当時、原田知世のファンだったせいもあって、何度か見いて、劇中のセリフもけっこう覚えていたくらい。なので、当然、細田監督の前作『時をかける少女』も観た。若干女の子向けだったのだが、なんとも独特の質感に、とても感心したのを覚えている。
結果からいうと、前作以上に楽しめたのだが、それ以上に、本作に対するネット上の批判がバカバカしくて腹立たしく思っている。
例えば、クライアント側にスパコン使うのは変とか、暗号が手計算で解読できるわけがないとか、非常時になんで婆さんの電話は普通に繋がるのかとか、アバターを倒せばシステムの侵入者を退治したことになる意味がわからないとか。私も設定の詰めの甘さには厳しい方だが、そんなレベルのこといったら、世の中の物語なんかほとんど成立しないじゃないか。そういう整合性が取れていなければ興ざめするならば、ドキュメンタリー映画でも観ていればいいのだ。そんなくだらない批評は聞いていて不快である。
本作は“アニメファン”向けに作った映画ではなく、“映画ファン”向けにつくった映画。アニメ作品として面白いのではなく、純粋に映画としておもしろいと私は思う。従来のアニメ作品において編集作業は、時間あわせのために大まかなシーンカットが仕事だったと思うが、本作については(観た限りの印象だが)、実写映画のように作品全体の流れを作る仕事をしっかりしていると感じる。侘助が登場するまでの内容なんて、おおむね読めるのだから、ヘタな編集をすればイライラしてしまったに違いないのに、しっかり観ている側を惹きつけていた。
#侘助が、自分は開発しただけで責任はない…なんてセリフは、Winnyの開発者を揶揄してるのかしら。
日本アカデミー賞/最優秀アニメーション作品賞というのは当然だと思うが、アニメだからといって安易な賞を与えていないだろうか。普通に作品賞にノミネートされるべきレベルだろうに。みなまでは言わないが、本作より劣る作品がノミネートされているように、見受けられたと思うのだが。
#まあ、『しゃべれども、しゃべれども』がノミネートすらされていなかった賞だからね。私のセンスとは合わない賞なんだろう。
ブルーレイがかなり売れているみたい。確かに買って置きたい気持ちはよくわかる。1年に一回観返したくなるれべるの作品が誕生したのかも。今回の鑑賞は非常に満足。私の家族も満足だった模様。私が薦めなくても充分、皆さん観ていると思うのだが、普段アニメをみない人に、是非お薦めする。ご家族でどうぞ。
ラストのアメリカを揶揄した感じも大好き(アメリカは不快に思うだろうけど、知ったこっちゃない)。
#唯一、コピーがズレていてダサいけれど…。
公開国:日本
時 間:102分
監 督:吉川惣司
出 演:山田康雄、小林清志、増山江威子、井上真樹夫、納谷悟郎、大平透、富田耕生、柴田秀勝、飯塚昭三、村越伊知郎、嶋俊介、宮下勝、西村晃、三波春夫、赤塚不二夫、梶原一騎 他
不二子に頼まれ、ピラミッドから“賢者の石”を盗み出したルパン。不二子はその石の入手をマモーと名乗る男から依頼されていたのだが、マモーはルパンを使って不老不死に関する品物を集めていた。しかし、ルパンが渡した石は偽物だったため、マモーに狙われることとなる…とうストーリー。
もう、何度も何度も観ているが、ここのところ残念な作品続きでウンザリだったので、確実に気分転換できること請け合いの本作に手が伸びた。
これぞ正にルパン三世!という作品。アバンギャルドなストーリー展開に、お洒落なデザイン。冷戦時代の怪しい時代の空気感を表現していながら、普遍的なテーマを扱っているので、30年以上前の作品にもかかわらず、色あせない魅力。日本アニメのすばらしさは、ここにある。
つまらない映画ばかりでウンザリしたら、皆さんもこれに戻るといいよ。なんか理由はわからないけど、安心しちゃった。
『カリオストロの城』も名作だろうが、本作のほうが、ルパンらしいのはもちろん、映画としては上だと私は思っている。
三作目の『風魔一族の陰謀』からどんどんとクオリティが急降下して、ここ数年のTVスペシャルなど観る価値もないのだが、ちょっと前にリリースされたオリジナルビデオの『ルパン三世 GREEN vs RED』がなかなか面白かったことを受けて、提案させていただきたい。
ルパン三世は、今の声優陣によるシリーズは続けるのはかまわないとして、それとは別に、新声優でかつ本作のテイストに近い原点回帰の新シリーズを製作してほしい。もう、現声優の皆様も声に年齢を感じるようになって非常に聞いていてツライものがあるので、ここはあえてドラスティックに新シリーズに踏み出すべきである…と。日テレがダメなら他局でもいいじゃないか。
#別に栗田貫一で引っ張ってまで、現声優陣にこだわる必要はないだろうに。
出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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