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image1754.png公開年:2010年
公開国:イギリス
時 間:97分
監 督:中田秀夫
出 演:アーロン・ジョンソン、イモージェン・プーツ、マシュー・ビアード、ハンナ・マリー、ダニエル・カルーヤ、ミーガン・ドッズ、ミシェル・フェアリー、ニコラス・グリーヴス、オフィリア・ラヴィボンド 他




ウィリアムが開設したインターネット上の“チャットルーム”に集まったジム、エヴァ、エミリー、モー。現実の世界を忌避し、痛みを打ち明けながら親交を深めていく。しかし、ウィリアムは、うつ病に悩むジムに対して、本性を現し始める。次第に、ウィリアムの恐ろしい企み気付き始めるメンバーたちは、彼を阻止してジムを救おうとするが…というストーリー。

一人の心を病んだ青年のチャット内での偽りの仮面に影響され、来るっていく4人の若者の姿を描いているのだが、その1人の青年のカリスマ性というかキャラが完全に立ちきっていない。

それ以上に、映像センスが無さすぎ。何これ。
この“チャットルーム”とやらは、アメーバピグみたいなサービスなのか?単なるチャットルームなら、こんな表現おかしいだろ。同板内で複数の話のコロニーができてるけど、どういう状態を指しているのかな。実際のPC上の画面でのやりとりを見せてみなさい。見せないから逆にピンとこなくなってるんだよ。

現実とチャットの中の顔がまったく同じなのも違和感があるし、途中にさしこまれるオンラインゲームの具現化がアレってのも変。廊下においてあるワインを拾う行為は、ネット上のどういう操作になるわけ?さっぱりわからん…と思って観ていたら、現実世界でワインを飲み始めていたりする。はぁ?意味わかんね。

とにかく肝心のチャットルームを具現化した映像がダサいにもほどがある。映画における映像表現が、現実よりも劣っていると、目も当てられない状況になるという悪例である。

チャット内の映像を、全部アメーバピグの画像に差し替えてみなよ。二頭身にアニメキャラでエグいやりとりやってみ。カルト的な名作になるから。芸人が凶悪犯やるのと同じで、ものすごいインパクトになる。

おまけに、音楽のダサさもハンパなくて…。中田監督はこういう作品、向いてないね。チャット部分は別の尖がったアーチストにまかせたほうがよかったと思う。駄作とはいわないけど、迷作って感じ。




負けるな日本

 

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image1369.png公開年:2008年
公開国:アメリカ
時 間:128分
監 督:リドリー・スコット
出 演:レオナルド・ディカプリオ、ラッセル・クロウ、マーク・ストロング、ゴルシフテ・ファラハニ、オスカー・アイザック、サイモン・マクバーニー、アロン・アブトゥブール、アリ・スリマン、ヴィンス・コロシモ、メーディ・ネブー、マイケル・ガストン、カイス・ネシフ、クララ・フーリ 他
コピー: どっちの嘘が、世界を救うのか。


CIAの工作員フェリスは、イスラム原理主義者テロリスト集団のリーダーを捕獲する任務のため、現在、中東に潜伏中。一方、彼の上司のホフマンは、安全なアメリカ本部から指示をするだけ。元々、反りの合わない2人は、フェリスがイラクで接触した情報提供者の扱いをめぐって対立する。その後、組織の極秘資料を手に入れるために重傷を負ったフェリスに対して、ホフマンは容赦なく次の指令を出す。より不満を募らせながらも、入手した資料にあった情報を元に、次の目的地ヨルダンに向かうフェリスだったが…というストーリー。

まあ、戦争当時は、リアルタイム感もあって、ドキドキもしただろうが、イラク戦争がCIAのいい加減な情報が元で始まったことが判っている今となっては、冷めた目で観ざるを得ない。
イスラムによるテロ対策モノなのはわかるんだけど、ディカプリオ演じる主人公のフェリスが、何を目的に動いているのかも、始めはよくわからない。ラッセル・クロウ演じる、本国でヌクヌクと仕事をしている上司役、彼の行動にものすごくイライラはするけれど、そういういい加減なCIAの姿勢を揶揄したいのかな?いずれにしても、どこに焦点を当てたいのかがよくわからず、ちょっと引き気味で鑑賞するしかない。

次第に、どうやらアル・サリームというテロリストの拠点を捜しているということがわかってくるのだが、その作戦の過程で登場するハンニという人物のポジションを理解するのが、なかなか難しい。もちろんムスリム社会も一枚岩ではなく、原理主義者を快く思わない勢力もあるし、西側とだってビジネスと割り切って付き合う人間だっている。でも、彼がCIAに協力する理由はそれだけか?逆に利用してやろうと考えているのか。
実の所、彼は重要なキーマンなんだけど、その割にはキャラが弱いんだよね。

こういう軍事モノは、フィクションの部分が多くなるのは致し方ないものだけど、それでも違和感を感じさせない展開に注力すべきだと思う。しかし、どうも私には不に落ちない流れが散見される。

例えば、作成が失敗した後に、フェリスが考え出した案。何がいい案なのかさっぱりわからない。アル・サリームは自己顕示欲のためにやっているわけじゃないから、自分以外の奴がジハードをしたって、あんな反応をするとは思えない。また、その作戦遂行のために、一人でネットを使って工作できる超人が出てきたり、仰々しい作戦のわりには、恋人が人質になったり、だんだんスケールが小さくなっていく。
こんな調子で、リアリティがイマイチだから、「考えさせられる話だなぁ…」なんてことにはならない。

緊張感のあるシチュエーションの連続ではあるのだが、2時間の映画としての山場のメリハリがなく、ダラダラした印象になってしまっている(こんなことなら、ドラマシリーズにでもして、じっくり作ったほうがいいような…)。さすがのリドリー・スコットも、お得意のディレクターズカットを作っても、どうにもならないデキ。

まあ、アメリカのシステム上の癌の一つは、CIAという組織が、大統領が変わろうが、権力を握り続けることができるということである。まぁ、日本の官僚制度も似たようなものだが、与えられている力が違うからね…。
そういう教訓は得られても、映画としての魅力は著しく低い作品。お薦めしかねる。




負けるな日本

 

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image1771.png公開年:2010年
公開国:アメリカ
時 間:197分
監 督:ブラッド・アンダーソン
出 演:ヘイデン・クリステンセン、タンディ・ニュートン、ジョン・レグイザモ、ジェイコブ・ラティモア、テイラー・グルーサイス、ジョーダン・トロヴィリォン 他
コピー: 「闇」が人類を粛清する。




ある日突然、停電時に人間が服や靴だけを残し謎の消失を遂げるという事件が、同時多発的に発生。それから3日経っても電力は復旧せず、おまけに日照時間がどんどん減っていき街が暗闇に覆われる時間が増えていった。どうやら、闇の中の何者かが人を襲っているらしい。ルークは少ない光源をたよりに、自家発電をしている一軒のバーに辿り着く。そこには外に出た母親を待つ少年ジェームスがおり、その後、自分の赤ん坊を探し続けるローズマリーが訪れる。さらに、店外の充電式の電灯の下で、怪我を負って助けを求めていたポールを救出。4人は襲い掛かってくる闇の恐怖と闘いながら、この事件の謎を解き明かそうとする…というストーリー。

1950年代SFなんじゃないかって思うくらいの直球SFなんだけど、それが逆に新鮮で、いい感じのツカミだったと思う。
人間が突然消失したのなら、その車の停止位置はおかしいんじゃねえの?…ってのはご愛嬌ということで無視しよう。服を残して消失する現象なのがわかっているのに、夫が子供をさらったと思い込むわけねえよな?という馬鹿馬鹿しさも、ご愛嬌ということで無視しよう。
ローテクでおそらく低予算なんだろうけど、よくがんばっているな…という印象(ローテクな『ミスト』って感じかな)。
助かるためには灯りが必要なんだな…ということも、さりげなく自然に説明できているし、テリングのうまい洗練されたシナリオだと思う(4人目の男が登場するあたりで、ちょっとダレてくるけど)。

しかし、ストーリーはず~っと至極単純で、残り20分っていう段階になっても、ずっと影に追われ続けるだけ。あれ?なんかおかしくね?ずっとジャブを撃ちつづけてるだけなんだけどさ。さすがにここまでくると、工夫がなさすぎじゃね?と思い始める。

ポールの死のくだり…、まあ幻覚ってことなんだろうけど、これも、わかりにくい演出。

で、結局何の謎も解明されないまま終わる。聖書バカのクソプロット。結局、そういう闇に襲われちゃった、そんな日が来たんですよ…って、カトリックのくだらねえ黙示録思想を映像にしただけで、ただそれだけで終わりでやんの。
駄作。思いつきだけで映画つくりやがって。期待して損しちゃった。お薦めしない。




負けるな日本

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image1769.png公開年:2010年
公開国:アメリカ、フランス
時 間:103分
監 督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出 演:アンジェリーナ・ジョリー、ジョニー・デップ フランク・トゥーペロ、ポール・ベタニー、ティモシー・ダルトン、スティーヴン・バーコフ、ルーファス・シーウェル、クリスチャン・デ・シーカ、アレッシオ・ボーニ、ジョヴァンニ・グイデッリ、ラウル・ボヴァ、ブルーノ・ウォルコウィッチ 他
ノミネート:【2010年/第68回ゴールデン・グローブ】作品賞[コメディ/ミュージカル]、男優賞[コメディ/ミュージカル](ジョニー・デップ)、女優賞[コメディ/ミュージカル](アンジェリーナ・ジョリー)
コピー: 華麗な旅人には、危険な謎がある。

傷心旅行でヨーロッパへやって来たアメリカ人数学教師フランク。ヴェネチアへ向かう列車の中で、美女エリーズが突然現れて同席する。彼女の美しさに一瞬で心を奪われてしまったフランクだったが、実は彼女は、警察に尾行されていた。警察は、ある指名手配反が彼女と接触するのを狙っていたのだ。しかし、彼女も目的の人物と接触するように見せかけて、捜査を撹乱しようとしていたのだった…というストーリー。

とりあえず、アンジー演じる女性が追われているのはわかるが、彼女のポジションや役割がよくわからない。かといって、そんなに興味を惹くようなワクワク感があるでもない。

一緒にいたから逮捕とか(任意同行じゃなく逮捕)。まあ、無能な警察を演出したいのはわかるけど、そんな薄い証拠で簡単にインターポールが動くかよ…とか。そうこうしているうちに、警察内部の勘違いリークで、ジョニデ演じるツーリストがピンチに…って、コントかよ、つまんねー。捜査手法や手順にあまりにもリアリティが無さすぎで、観続ける気が急速に失せていくのを感じた。
まあ、実は最後まで見れば、その動きの理由も理解できることになるんだけど、だからといって観ている側を飽きさせていい理由にはならない。私、ここで一回観るのをやめて寝た。

アンジーとジョニデを持ってきて、犯罪がらみのストーリーなのに、一切アクション展開になる気配の無さ。じゃあ恋愛展開に転がり込むのかと思いきや、そうでもない。とりあえず二人を出しておきゃ何とかなるとでも思ってるのか?
42分たってやっとやっとアクションが始まるけど、すぐにストップ。お約束の敵の弾は一切当たらない系のコメディアクションである。

散々引っ張ったあげく、59分も経過してからようやく事情説明(『ミッドナイト・ラン』に似たような内容だった)。
後半、それほど強烈にアンジーに惚れた描写を差し込めないまま、ジョニデが逆に彼女を追うという展開に。そんなエピソードがあったら…そんなにいい女なら…そりゃ彼女を追いたくもなるよ……なんてことは一切思わないから、ジョニデに全然共感できない(はぁ、このあたりで、もういい加減にしてくれよ…とさえ思えてくる)。
まあ、そこで素直に帰ったら映画にならないのは判るわけで、観ている側は、わかりきった展開を待たされる退屈極まりない感じになる。本当にダサいな、この監督と脚本家。
その後、実はアンジーは…という展開になるが、さほど驚きもなく。あと30分もあるのか…とうんざりしてくる。

最後、『カンパニー・マン』的な展開になるんだけど、つまんねーオチ。全然、「やられたー」なんて思えない。これ、ジョニデとアンジーじゃなかったら、日本未公開まちがいなしだと思う一方、この二人はミスキャストだったとも思う。久々につまらないものを観たわ。注意警報を発令しておく。




負けるな日本

 

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image1762.png公開年:2009年
公開国:アメリカ
時 間:108分
監 督:F・ゲイリー・グレイ
出 演:ジェイミー・フォックス、ジェラルド・バトラー、レスリー・ビブ、ブルース・マッギル、コルム・ミーニイ、ヴィオラ・デイヴィス、マイケル・アービー、レジーナ・ホール、グレゴリー・イッツェン、エメラルド・エンジェル・ヤング、クリスチャン・ストールティ、アニー・コーレイ、リチャード・ポートナウ、マイケル・ケリー、ジョシュ・スチュワート、ロジャー・バート 他
コピー:正義とは何か──。

妻と幼いひとり娘との幸せな家庭を築いているクライド。ある日、突然自宅に押し入った2人組の強盗に襲われ、妻と娘が惨殺され、クライド本人も重症を負わされてしまう。ほどなく、犯人のダービーとエイムスは逮捕されるが、彼らを有罪にするための証拠が捜査上の不備により法廷で採用されず、裁判での負けを恐れた検事のニックは、主犯格のダービーと司法取引をすることを決めてしまう。その結果、エイムスの死刑は確定したが、主犯のダービーは数年の禁固刑ということに。クライドは到底納得することができなかったが、どうにもならない。それから10年後、エイムスの死刑執行日。薬物によって安楽死されるはずだったが、彼は苦痛にもがき苦しみながら絶命し…というストーリー。

今年下半期に観た作品の中でトップクラスで面白かった。

ジェイミー・フォックス演じる検事ニックを主人公として物語は展開するが、観ている側は一切彼に同調も共感もせず、その同調と共感は犯人に向けられるだろう。そう、主人公がクソ人間であるだけでなく、彼が立脚する司法制度も丸ごとクソなのだ。
確かに犯人の行いは悪人のそれなのだが、こんなに応援したくなる悪人は、はじめて。珍しい作品だと思う。
シリアルキラーに興味が沸くのとはまったく異質の感情だ。悪人だけど、その行動・考え方は、まったくの“正義”。自分がクライドと同じ立場だったら、できるならば同じ行動をとりたいとすら思う。

単なる感情の話か?というと決してそうではない。クライドの行動は、狂った末の猟奇的な報復か?いやいや、全部計算ずく。司法取引の法廷でのやりとりも、全部計算ずく。個人的な復讐ではなく、司法全体に対する報復という理性に基づく復讐。その怒りの中にある“冷静な執念”に、もう、ゾクゾクしてしまった。その執念たるや、闇の『ショーシャンクの空に』って感じ。

まあ、ラストの先回りのギミックだけは、つまらないかも。多分、そこがイマイチだから、評価が低いのだろう。
でも、その最後だって、ニックはしてやったりと思ってるかもしれないけど、むしろ神々しい死に見えたな。クライドは、残念という表情をちょっとだけ浮かべて、即座に満足の表情になり受け止めている。
これまで検事として、ヘンゼルとグレーテルが小さなパンくずを捨てたのと同じように、これまで“良いこと”と思い自分が捨ててきた信念の重さと、こだわってきたくだらない“数字”の影に流された多くの涙の重さで、ニックは、残りの人生をまともな心持ちで過ごすことなんか絶対にできない。

ただ、“完全なる報復”って邦題が変なんだわ。LAW ABIDING CITIZENって法律を遵守する市民って意味だからね。私はこの原題を、むしろ法が持つ趣旨に則った行動をとっているのはクライドだよ…という意味だと捉えたね。そう、彼のほうが正常だ…とね。
原論からいえば、刑事裁判は国家が犯罪者に対する罰を決める儀式であって、被害者の報復を代行するものではない。報復の代行ではないとしても、法は社会の平穏を保障するものでなければいけないのであって、安易に司法取引をして犯罪者を社会に出すようなことは、法の趣旨に反する。本作のケースの場合、司法取引をしなければ、両方の犯人が軽微な罰にしかならない可能性があったわけだが、それでも司法取引はすべきではなかった。仮に簡単に出所したとしても、それは警察の証拠収集手続きの不備であって、犯人たちは社会の監視の目に置かれ、それと同時にクライドは、適切な手順を誤った警察組織に対して賠償請求ができただろう。本来は、そこでバランスを取るべきだったのに、クソ検事のニックは自分の成績のため、判事は惰性によって司法取引を許した。そりゃあ、クライドの怒りは“正常”だろ?

しかし、民事で賠償を求めようとしても、多くの犯罪者は人の死を償えるほどの財産を持っておらず、殺され損なのが実態。それはアメリカでも日本でも一緒だけど、まあ、それは別の話だな…。

ちなみに、この脚本を書いたカート・ウィマーって、『リベリオン』の監督・脚本の人ね(最近だと『ソルト』の脚本かな)。そう考えると、このくらいは許せるな(どういう意味かは、『リベリオン』をみるべし(笑))。
不謹慎なのは百も承知だが、ニックの家族にも、悲惨な結末が訪れる展開になったなら、『セブン』に匹敵する作品になったと思う。できることならば、バッドエンドバージョンをつくるべき。
無冠だろうが何だろうが、もっと評価されてよいはずの作品。心の底からふつふつと沸く、自分の感情に驚きを覚えるくらい新鮮だった。お薦めしたい。



負けるな日本

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image1747.png公開年:1979年
公開国:アメリカ
時 間:122分
監 督:ジェームズ・ブリッジス
出 演:ジェーン・フォンダ、ジャック・レモン、マイケル・ダグラス、ダニエル・ヴァルデス、ジム・ハンプトン、ピーター・ドゥナット、スコット・ブラディ、ウィルフォード・ブリムリー、ルイス・アークエット、リチャード・ハード、スタン・ボーマン、ジェームズ・カレン、マイケル・アライモ、ドナルド・ホットン、ポール・ラーソン、ロン・ロンバード、ニック・ペレグリーノ、カリラ・アリ 他
受 賞:【1979年/第32回カンヌ国際映画祭】男優賞(ジャック・レモン)
【1979年/第33回英国アカデミー賞】主演男優賞(ジャック・レモン)、主演女優賞(ジェーン・フォンダ)

地方テレビ局の女性リポーター・キンバリーは、硬派なニュースキャスターを志望していたのに、街中の他愛も無い日常ニュースしか担当させてもらえないことを不満に思っていた。そんな彼女に、原子力発電所の取材というのステップアップのチャンスが舞い込む。彼女はカメラマンのリチャードとともに取材をはじめるが、コントロールルームを見学している最中に、原子力発電所にトラブルが発生する。発電所側からは問題なしと発表されたが、事故当時の様子を撮影したフィルムを専門家に見せると、重大事故が発生寸前の可能性があるという見解が。一方、発電所の技師ゴデルは、過去の資料の再調査で原発の欠陥を発見。その事を知ったキンバリーは彼の協力を得て、公表しようとするのだが…というストーリー。

実際に事故に到って、“チャイナ・シンドローム”してくれるようなSFチックなお話なのか思ったら全然違った。利益のために都合の悪いことを隠蔽する企業と、心ある人たちの争い…という内容。でも決して社会派な物語ではなく、あくまで純粋なサスペンス。
本作の公開直後にたまたまスリーマイル島の事故が発生してしまい、社会問題として注目されてしまっただけ。製作側は、単なるテラー要素として原発を持ち出したのであって、社会派作品を目指したわけじゃないと思う。
悪役の企業側がわかりやすすぎるキャラなのも、その証だろう。本当に社会派作品を目指したのならば、利益以外の企業が隠蔽しなくてはいけない事情や、その老獪さ陰湿さをネチネチと表現したに違いない。所詮、隠蔽するためにチンピラを差し向けるだけのわかりやすい悪役だ。

とはいえ、伝説の巻物をめぐって攻防する冒険小説のように、機器のエックス線写真を巡ってのカーチェイスや、ゴデルが立てこもってからの緊迫感、スリルは特筆に価する。ジェーン・フォンダやマイケル・ダグラスもがんばってはいるが、ジャック・レモンの演技は数段上をいっており、ぐいぐい引き込まれる。「ゴデルさん、カメラまわってるんだから、もっとわかりやすく話せよ~!」と、まるで「志村、後ろ~!」って叫んでる子供みたいな気持ちになる。

ところが、一転、ラストはちょっと残念な感じに。TV中継にて同僚のフォローこそあったものの、せっかくのゴデルの勇気は狂人の仕業として片付けられてしまう。大体にして、フォローした同僚だって、事故がおこる前はゴデルをアホ扱いした腹立つヤツなので、なんか引っかかるしなぁ。
篭城中の緊迫感と、事後のうやむやでモヤモヤしたラストの、振幅の大きさがとっても残念な感じ。ジャック・レモンの名演技がなければ、本作の評価はせいぜい凡作どまりだったと思うな。

“チャイナ・シンドローム”っていうのは、メルトダウンすると漏れた核燃料が、地面に溶けていき中国に達しちゃうぞ!っていう、アメリカンジョークが元らしい。これはジョークであって、科学的な事実とはもちろん異なるので、それは別に良い。しかし、本作に登場する物理学者が、したり顔で“チャイナ・シンドロームがおこる”っていうところでガクっときてしまった。物理上の地球の裏側を持ち出すよりも、“竹のカーテン”共産主義中国を真反対として持ち出すのは、ジョークとしては悪くない、だけど、まじめな顔した物理学者が、重大インシデントを前にしてジョークを言うとも思えなくて、違和感アリアリ。もしかして脚本家は本気で言ってるのか?と。

それにしても、本作にでてくる反原発活動家の様子をみていると、何年たっても同じことしかしないんだな…というか。今と変わらないことがよくわかる。
死刑制度に反対だからって、小手先の抵抗で判決や執行を遅延させる自称人権弁護士と一緒ですな。こういうのは、根本問題に向き合って、時間がかかったとしてもコツコツ対応しなければ、永遠に解決しないのに。つまり、曲がりなりにも法治国家なんだから、法を変える努力をしろ!ということ。それにむかってコツコツと努力ができないなら、もっともらしいことをいうなよ!ということなのだが、自称人権弁護士さんや反原発のプロ市民の人たちには、そういう感覚がまったく欠如しているらしく…。

原発に関しては、危ないからやめるってのが、一見当たり前と思うだろうが、じゃあ、なんであぶない原発を作る必要があったのか?というところを真剣に考えないといけない。利権がどうのこうのは後からの話であって、根本はそこではないということを理解しないと。

簡単にいうと、第二次世界大戦の発生要因、それと同じことを繰り返さないための対策として原発は導入されている。どこかの国からの輸入に依存するということは、その国に首根っこを掴まれるのと同じということ。つまり産油国に生殺与奪を握られるということだ。石油による火力発電一辺倒でなければいいわけで、逆に言えば、特定国家間との関係に問題が生じても、安定供給が可能であればエネルギー源はなんでもよかったわけ。しかし、当時は核以外にそんなものは存在しなかった。いや、今でも存在しない。

どっかの社長が大々的に太陽光発電に投資するとかいっているが、そんな非効率な発電方法ではなんともならん(個人的には地熱でいけそうな気はしているが、どこまで安定的に高出力が可能かは疑問なところ)。
で、原発を導入した後に、我々が目指すべきだったことは、原子力より安全で効率的なエネルギーによる発電方法を確立すること(原発が事故をおこすまでに)。そして我々は結果としてそのレースに負けたのだ。“我々は負けた”この事実を国民全員が受け止めないと、何もはじまらない。
特に原発事故の後に「ほらみたことか」状態で、即座に反原発の側にススッと移動して言いたいことを言っている人間は、ダーティな人間である。まず、“自分も”負けたのだということをしっかり認めた上で、「で、我々はどうすべきなのか?」と議論すべきなのだ。

ちなみに、東電をはじめ日本の電力会社は、本来は次世代エネルギーに積極的に研究・投資しなければいけなかったのだが、儲けの出ている原発システムが永遠に続けばいいというスタンスになった。彼らが攻められるべき点は、新エネルギーの模索をいう絶対必須なレースを自発的にリタイアした所である(いや、根本的にそれが自分のミッションだとすら思ってもいなかっただろうけど)。
そういう意味で、本作にでてくる電力会社と一緒で、単なる利益追求団体と同じってことなんだけどさ。

等々、色々な思いが涵養される、良作である。お薦め。



負けるな日本

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image1211.png公開年:1999年(オリジナルは1984年)
公開国:アメリカ
時 間:95分
監 督:ジョエル・コーエン
出 演:フランシス・マクドーマンド、ジョン・ゲッツ、ダン・ヘダヤ、M・エメット・ウォルシュ、ダン・ヘダヤ、サム・アート・ウィリアムス 他
受 賞:【1985年/第1回インディペンデント・スピリット賞】監督賞(ジョエル・コーエン)、主演男優賞(M・エメット・ウォルシュ)
コピー:哀しいほど滑稽な殺人


テキサスの田舎町。酒場の主人マーティは、妻のアビーと従業員のレイが浮気をしているのではないかと疑い、私立探偵のフィッセルに調査を依頼する。調査の結果、妻の浮気を確信したマーティは、レイを問い詰めるが、話し合いは喧嘩別れに終わってしまう。怒りが頂点に達したマーティは、アビーとレイの殺害をフィッセルに依頼。しかし、フィッセルは現場の写真を偽造し殺害を遂行したように見せて報酬を詐取すると、事前に入手していたアビーの銃を使ってマーティを殺害してしまう。しばらくして、マーティと話をつけようとしてレイが酒場を訪れると、そこにはマーティの射殺体とアビーの銃があり…というストーリー。

彼らの初期作品にありがちな、勘違いの末のすったもんだ&そして誰もいなくなった…的な展開。タイトルの通り、アホみたいにシンプルなプロットなのに、ストーリーテリングがあまりに巧みなため、この深み。証拠隠滅がどツボにはまっていくにつれて、増して行く緊迫感。フィッセルの参戦によってそれはピークに達していく。同じ噺でも落語家の腕次第で面白くもなればつまらなくもなる、それと一緒。コーエン兄弟、デビュー作にしてコレだもの。

冒頭では、ウェルタース・オリジナルのCMみたいな解説で始まる本作(1984年の作品に画質の修正・カットの追加をしましたよ…っていう説明)。フォエバーヤングって…(笑)。ネタで差し込んでるのか、マジなのか、微妙なところがまたおもしろい(元を観たことがないので、違いもなにもわからないんだけどね)。
あたりまえなんだけど、細かい部分はしっかり作りこまれている。
妻のバッグには3発の銃弾。それを銃に装填したとして、1発目は夫、2発目は浮気相手が蹴って暴発、3,4,5発目は、埋められた夫がトリガーを引くも玉は無し。ラストで最後の1発。
つまり、12時の位置から時計回りに3発装填して、1発目は真ん中の弾で、その後右まわりだった…ってことだね。細かいな。もう一回、頭から確認のために見直しちゃったわ。

で、観なおすと気付くんだけど、どろっと重厚なのにセリフは少ない。ミルフィーユみたいに状況を重ねて重ねて、サスペンスが織りなされているのが良くわかる。うん。秀逸。文句なしにお薦め。



負けるな日本

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image1774.png公開年:1961年
公開国:日本
時 間:97分
監 督:市川崑
出 演:船越英二、岸恵子、山本富士子、宮城まり子、中村玉緒、岸田今日子、宇野良子、村井千恵子、有明マスミ、紺野ユカ、倉田マユミ、森山加代子、永井智雄、大辻伺郎、伊丹一三、佐山俊二、中川弘子、浜村純、伊東光一、夏木章、志保京助、ハナ肇とクレージーキャッツ 他



テレビプロデューサーの風は、妻帯者でありながらモテまくりで、愛人関係にある女性は10人と下らない。愛人たちは、自分以外に愛人がいることに感づいており、風の浮気性も承知しているのだが、彼のにくめない性格のためか、別れることができずにいた。本妻の双葉でさえ、そんな夫をあきらめて飲食店経営に没頭することで気を紛らしている始末。女たちは、そんなぶつけどころのない状況から、「風がポックり死んでくれれば楽になる」「いっそ誰かが風を殺してくれればいいのに…」などといいはじめる。ひょんなことから、そんな女たちの言葉が風に耳に入ると、元々気の弱い風は、女たちが自分を本気で殺そうとしているのではないかと思いはじめる。能天気な風は、なぜ女たちがそのように思うのか理解できず、妻の双葉に相談してしまい…というストーリー。

男と女の噛み合わなさという点については、人間の進化の過程で獲得した分業に伴う特質なので、どうしようもないことで、そちらの観点では面白みは無かった。しかし、打算と執着という相反する二面性を持っている得体の知れないものとしての女については、見事に表現しきっているとと思う。
「誰にでも優しいって事は、誰にも優しくないってこと」うむ、確かにそうなんだけど、これって言われても男はどうしようもないのよ、実際。

犯罪映画であり、恋愛映画であり、幽霊が出てくるコメディでもあり、シニカルな社会風刺映画でもある。風は表面上は好人物だけど、やってることは悪人といわれても仕方が無いわけで、そう意味ではピカレスク映画ともいえる。このように掴み所のない作品なのだが、ストーリー運びがものすごくウマいので、とっ散らかることなく、これらすべての要素が渾然一体となっている。さすが市川崑ってところか。

浜辺にて黒い服装の十人の女たちに囲まれる船越英二の構図は、まるでゴダール作品みたい。白黒画像が持つ緊迫感やインパクトなんかを最大限にに活用した作品といえるだろう。

常連・岸恵子が美しいアイコンでありながら微妙なくたびれ具合を演じきっているが、彼女以外の”主役”の女たちもなかなかいい感じ。中村玉緒はとってもキュートで、いつからあんなボエボエした声になったのやら。岸田今日子ですら庶民臭さを醸し出しながらも結構アリな感じで魅力的。

まあ、問題は、ラストの車炎上シーンをどう受け取るか?だろうね。これからの市子の生活を案じさせてるってことなのか。色々解釈はできると思う。
2002年に市川崑が自らの手でTVドラマにセリフリメイクしていて、ちょっとラストが異なるらしいんだけど、その違いから市川崑の意図が見えるのかも?と思ったのだが、当時は見逃しているし、いま観ようとしてもレンタルしていない模様。ぐぬぬ。

見たことのない人には、是非お薦め。同時代の日本映画には見られない魅力がある。



負けるな日本

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image0613.png公開年:2005年
公開国:アメリカ
時 間:124分
監 督:ロバート・ロドリゲス、フランク・ミラー、クエンティン・タランティーノ
出 演:ブルース・ウィリス、ミッキー・ローク、クライヴ・オーウェン、ジェシカ・アルバ、ベニチオ・デル・トロ、イライジャ・ウッド、ブリタニー・マーフィ、デヴォン青木、ジョシュ・ハートネット、ロザリオ・ドーソン、マイケル・クラーク・ダンカン、ニック・スタール、カーラ・グギーノ、マイケル・マドセン、ジェイミー・キング、アレクシス・ブレデル、ルトガー・ハウアー、パワーズ・ブース、マーリー・シェルトン、アリ・ヴァーヴィーン、ジュード・チコレッラ、トミー・フラナガン、リック・ゴメス、ニッキー・カット、マッケンジー・ヴェガ、フランク・ミラー 他
受 賞:【2006年/第15回MTVムービー・アワード】セクシー演技賞(ジェシカ・アルバ)
コピー:この街では、愛さえも闘い

――醜い顔と屈強な体格のマーヴは、ゴールディという娼婦と一夜を共にするが、目を醒ますと自分の横で彼女が殺されており、直後に警官隊が駆けつけてきた。辛くもホテルから脱出するが、ゴールディを殺し、自分を犯人にしようと陥れたやつに復讐すべく立ち上がる…。――過去に犯した罪から逃れるべく、整形して身を隠すドワイトは、新しい彼女シェリーにしつこく付きまとう男ジャッキーボーイに、制裁を加え追い返す。胸騒ぎを感じたドワイトは、ジャッキーボーイを追跡するが、昔の恋人ゲイルが仕切る娼婦街に逃げ込まれてしまう。娼婦たちは、ジャッキーボーイの下賎な振る舞いに怒り、彼を殺してしまう。しかし、娼婦街はその自治を維持するために、警察やマフィアがトラブルを起こしても、穏便に解決する契約を結んでいた。その契約を破ってしまったことで娼婦街は再び無法地帯に戻ってしまい…。――心臓の病を抱える刑事ハーティガンは引退を決めていたが、最後に連続幼女殺人犯であるロアーク・ジュニアを捕らえることを決心。隠れ家に乗り込んで、少女ナンシーの救出に成功する。しかし、相棒の刑事ボブの裏切りで瀕死の重傷を負ってしまう。その上、ロアーク・ジュニアの父親である上院議員の工作によって、連続幼女殺人犯に仕立て上げられ、8年の獄中生活を送ることに。出所したハーティガンは再びナンシーが狙われていることを知り、成長した彼女の元へ救出に向かう…というストーリー。

ビジュアル面では漫画チックな白黒にパートカラーという手法で、特徴的な作品。見て欲しい部分を強調し、それ以外を極力排除するというアプローチだが、その意図どおりの効果を得られていると思う。

ただ、肝心のシナリオには問題が。
3本の話を『パルプ・フィクション』的な、時系列ごちゃ混ぜの手法でまとめているのだが、3本の関連性が希薄。この3本が渦を巻くように集約されていくとよかったのだが、だら~んと終わる印象。シナリオの巧みさという点では、『パルプ・フィクション』には遥かに及ばない。

また、表現のエグさがいささかやりすぎ。ロドリゲスとタランティーノは、グロ表現に麻痺しちゃってて、客の受け取り方とか必然性とかを完全に無視している感じ。グロいわりに後味が悪くないので、綺麗にまとめてくれた…と勘違いしてしまいがちだが、これは目の前をパッ!パッ!と画像が通り過ぎただけで、脳に焼きついていないだけ。
それに、ショッキングなレベルのカットが頻繁に差し込まれているにも関わらず、途中で眠くなるってのは、意味を成していないってことじゃなかろうか。これは、ロドリゲス作品の悪い時のパターンかな。

シナリオがよろしくない証拠のひとつとして、最後の人は誰?って点が挙げられるだろう。ジョシュ・ハートネットなんだけど、3本の話の中に出てたっけ?あれ?あれ?となる。頭から見直して判ったのだが、プロローグに出てくる殺し屋(強盗か?)なのである。本編のストーリーに全然関係してこないから、ラストの時には全然記憶に残ってなかったわけだ。本当に、最初と最後のオチだけで本編には無関係なんだわ。見直したり解説してもらわないとわからない存在でラストを締めるってのはどうだろう。どこかに、思いあがりというか客に対する慢心がある証拠かな…と。
#これが、パルム・ドールにノミネートされてるってのが、どうも信じられなくて…。

まあ、主役は“シン・シティ”っていう犯罪都市ですよってことなのかもしれないし、燃えカスみたいなおっさんの燃えカスみたいな恋愛ストーリーって観方もできるかな。そういう好意的なバイアスで観て、良作に届くか届かないかってところだと思う。

#ジェシカアルバとデヴォン青木は光ってたな。うん。






負けるな日本

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image1753.png公開年:2011年
公開国:アメリカ、カナダ
時 間:100分
監 督:キャサリン・ハードウィック
出 演:アマンダ・サイフリッド、ゲイリー・オールドマン、ビリー・バーク、シャイロー・フェルナンデス、マックス・アイアンズ、ヴァージニア・マドセン、ルーカス・ハース、ジュリー・クリスティ、ショーナ・ケイン、マイケル・ホーガン、エイドリアン・ホームズ、コール・ヘッペル、クリスティーン・ウィリス、マイケル・シャンクス、ドン・トンプソン 他
コピー:恋をした、大人になった。


森の奥深くにある村で暮らす年頃の娘ヴァレリー。その村では、満月の夜になると村の周囲に巨大な狼が出没していたが、村人が定期的に動物の生け贄を捧げるという契約を狼と結ぶことで、なんとか平和を維持していた。ある日、ヴァレリーと裕福な家の息子ヘンリーとの縁談話が持ち上がる。ピーターと将来を誓い合っていた彼女は、知らぬ間に縁談を進めた両親に反発。ピーターとの駆け落ちを決意する。しかし、その矢先に、ヴァレリーの姉が狼に殺害されてしまう。契約を破った狼に怒った村人は、報復のために狼狩りを行い、見事に狼を仕留めるのだった。しかし、村にやって来たソロモン神父は、狼が人の姿になって村に紛れていると言う。村人達が疑心暗鬼になる中、ソロモン神父は人狼狩りを続け…というストーリー。

まるで、あの童話の赤ずきんちゃんの後日談みたいなキャッチコピーだけど、そういう話ではない。
『スリーピー・ホロウ』みたいな雰囲気で好感が持てるのだが、如何せん『トワイライト』シリーズのハードウィック監督だからなぁ…。

これは“赤ずきん”という童話をモチーフにした『トワイライト』のパラレルワールド物語なんじゃないかと思えてくる。だって、共通点が多すぎなんだもん。
一人の少女を二人のイケメンが取り合うという構図。それもヤサ男系とワイルド系というところまで一緒。
『トワイライト』がヴァンパイアだったのが、狼男モノに置き換わっただけ。
『トワイライト』の登場人物が必要以上に美しく描かれれいたのと同じで、本作も深い森の中の小村なのにみんな小ぎれい。
『トワイライト』のヒロインがヴァンパイアになるか否かを悩んでいたのと同様で、本作でも人狼になるかどうかの選択を迫られる。
等々…

好意的に観れば、自分のできることを愚直にやっていて潔いってことかもしれないけど、普通は同じことしかできないのかも…って思っちゃう。へたに『トワイライト』シリーズで当ててしまったのが、将来のキャリア的には仇になりそうな気がする。まあ、ティーン向けのサスペンス&ロマンスってことで、ターゲット層を考えるとこれでいいんだろうとは思うけどね。

ただ、それにしても、中盤のだらけ具合が眠気を誘う。正直、30分くらい眠ってしまって巻き戻したわ。若者だって相当の人数が眠ったと思う。相変わらずストーリーテリングがヘタクソな監督だわ。
終盤はだれが人狼の正体?っていうサスペンス展開で、なんとか興味を維持できていた。最後のほうになって“赤ずきん”の童話の部分もやっと挿入される。

ほんと、あと一歩なんだよね。本人の心の声で話が展開するんじゃなく。金田一耕助や『スリーピー・ホロウ』のイガボットみたいな狂言廻しがいてもおもしろかったかもしれない。
でも、決して悪い作品ではない。十分暇つぶしにはなるとは思うよ。




負けるな日本

 

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image1744.png公開年:1971年
公開国:アメリカ
時 間:89分
監 督:スティーヴン・スピルバーグ
出 演:デニス・ウィーヴァー、キャリー・ロフティン、エディ・ファイアストーン、ルー・フリッゼル、ルシル・ベンソン、ジャクリーン・スコット、アレクサンダー・ロックウッド 他
受 賞:【1973年/第1回アボリアッツ・ファンタスティック映画祭】グランプリ
コピー:40トンの殺人トラックに戦慄が走る!凄まじい迫力で追いまくられる車 500マイルのデッドヒート!かつてなき恐怖と衝撃の連続!

借金を返済してもらうために、知人のところへ車で向かうデヴィッド。その道中、ゆっくり走る1台のタンクローリーを追い越すと、そのタンク・ローリーはデヴィッドの車を煽り、追い越し、前方をふさぐ。頭にきたデヴィッドは再び追い抜き、再び抜かれないように大きく距離を開け、そのままガソリン・スタンドに入る。すると、さきほどのタンクローリーも同じスタンドに入ってきた。訝しく思いながらも、また車を走らせると、タンクローリーはまたしても執拗に煽ってきて…と言うストーリー。

カーチェイスをテーマにした作品は数あれど、なぜ追われるのか分からない不条理と心理的不安をミックスした、このテイストは他にはあるまい。悪い言い方をすれば、たった一個のアイデアを、とことん最後までしゃぶり尽くしただけ。ほんとに、単に乗用車とトラックのチェイスだけだからね。だけど、シンプルなのにこんなにおもしろいんだから、25歳のスピルバーグ恐るべし。

まあ、チェイスだけ…というのは語弊があるかな。ガソリンスタンドやスクールバスのやりとりで、どんどん追い詰められていく様子を表現するのは実に巧みだと思う。アングルの良さ、編集のウマさも、主人公の心理的不安を描く一助になっていて、しっかりと低予算をカバーしている。

結局、“敵”が誰なのか、目的は何なのかさっぱりわからない。普通ならモヤモヤするところだけど、ラストの開放感溢れる画はなんだろうね。何か隠喩があるんだろうな…とは思いつつも、どうでもよくなっちゃうくらいの爽快感がある。
日々、仕事に追われている私たちは、いつ、この爽快な風景が見られるのか。年金支給年齢がどんどん後退してきそうな気配に、定年の先にその風景があるとは思えず…(そういう隠喩なのか?いや、違うな(笑))。

まあ、とにかく低予算なのは観ればわかる。クリエイターは、まず世に出たいならば、限りなく低予算で作れる傑作を常に模索すべきなんだね。困難こそ宝。一流になりたければ、それが通過儀礼の第一関門ってことだ。逆にこれがクリアできなければ、商業芸術家は諦めたほうがいいんだわ。

飽きずに一気通貫で観れるけれど、なぜか89分以上、どっしりと観た印象も残る。傑作。未見なら是非お薦め。

#今だったら、すべて追いかけられてる主人公の妄想で、他の人にはトレーラーなんか見えてない…なんて展開になっちゃったりしてね。





負けるな日本

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image1742.png公開年:2011年
公開国:アメリカ
時 間:114分
監 督:ミカエル・ハフストローム
出 演:アンソニー・ホプキンス、コリン・オドナヒュー、アリシー・ブラガ、キアラン・ハインズ、トビー・ジョーンズ、ルトガー・ハウアー、マルタ・ガスティーニ、マリア・グラツィア・クチノッタ、アリアンナ・ヴェロネーシ、クリス・マークエット、トーレイ・デヴィート 他




家業の葬儀屋を継ぐことがいやで神学校に進んだものの、神父になりたくないマイケルは、卒業目前に司祭になることを辞退する。しかし、神学校の恩師の神父から、辞退する前にバチカンで行われているエクソシスト養成講座を受講してはどうかとを勧められ、ローマへとやって来る。悪魔憑きの存在自体に懐疑的な態度を示すマイケルは、一流のエクソシストと讃えられるルーカス神父を紹介される。ルーカス神父のもとを訪れたマイケルは、妊娠した少女の悪魔払いの現場に立ち会うことに。最初は精神的な疾患と考えていたマイケルだったが…というストーリー。

『エクソシスト』なんかを観て、異端なんじゃないの?と思っていたが、カトリック教会の中ではしっかりとした職務なんだね。まさか、そんな講座まで開かれているなんて夢にも思わなかったから、カトリックを馬鹿にしてる話なのかと、はじめは思っていたよ。でも、エンドロール前には、エクソシストという職務が厳然と存在し機能しているということが、しっかりと紹介されている。ちょっと驚き。でも、どう解釈しようが、狐憑きを払う自称霊能力者とかイタコとかと同じだし、土俗宗教のシンクレティズムの一つでしかないと思うことには、変わりなし。

本作は、エクソシストという職業、ひいてはカトリックのプロモーション以外の何者でもない。そう、“異端じゃないんだよ”というプロモーションである。その証拠に、カトリックに関わりの深い青年が、その無神論的な思考をエクソシストとの出会いとその経験により、考え方を改めるという、まさに“悔い改める”だけのストーリーである。悪魔憑きを扱った話というものは、何かの隠喩だったり、むしろ既存宗教への批判だったりと、客観的な視点を孕んでいることが多いのだが、これは単なるアピール。だから、映画としては、何も面白くない。

本作では、心理学的な考察を一切否定して、本当に悪魔憑きは存在するんだぜー…というノリで貫かれる。個人的には、医学的なケアの過程の一つとして位置付けるべきだと思うのだが、神を信じることは悪魔を信じるということだ…って、そういう扱いは、カトリックとしてもマイナスだと思うのだけどね。感覚の違いなのかな。理解できないわ。
少女をぶん殴ったルーカス神父。人間の悪事は悪魔の仕業であって、まともな神父でもこうなってしまうのですよ…って。だから、世の中の大悪人も悪魔にそそのかされているだけってこと、それこそ罪を憎んで人を憎まずです、許しましょう。そういう帰結になっちゃうけど、それは受け止められんなぁ。

カトリックの人ならば、エクソシストは本当にいるのね!と驚くのかもしれない。そしてその驚きだけで、ついていけるのかもしれない。でも、私は違うので愉しめなかったね。お薦めできず。

#こんなのに、出てるくらいなら、レクター博士、早う日本に来いや!と思うのは私だけか。





負けるな日本

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image1726.png公開年:2010年
公開国:アメリカ
時 間:93分
監 督:ニック・トムネイ
出 演:デヴィッド・ハイド・ピアース、クレイン・クロフォード、ナサニエル・パーカー、ミーガン・ペリー、ヘレン・レディ、ジョセフ・ウィル 他
コピー:この主人(ホスト)“何か”がおかしい…




銀行強盗犯のジョンは銀行強盗を犯して、警察から逃走中。ロス市街をさまよっていたが、足に重傷を負っているため、とりあえず隠れ家を見つけることに。高級住宅地の豪邸のポストに、オーストラリアに旅行中の家族からと思しきポストカードを発見し、その友人だと偽ってまんまと家に入り込んだ。家には細身の中年男性ウォーウィック一人だけ。ウォーウィックは独身で、友人を招いてのパーティの準備の真っ最中だったが、ロス到着早々に荷物を盗まれたというジョンを放ってはおけず、暖かく迎えたのだった。しかし、早々に強盗犯だということがばれてしまい、包丁をふりかざし、ウォーウィックを脅し始めるのだが…というストーリー。

TSUTAYA独占と描いてあった。『キック・アス』みたいなのもあるから、なかなか侮れないと思ってレンタルしてみたのだが、騙された私が悪いのだろう。

正直、過度な期待はしていなかったよ。前半はまあまあの展開で、ジャケットに書いてあった謳い文句の通り。始めは弱々しい立場だった家主が、クレイジーというかサイコというか、本領を発揮してチンピラ男に危害を加えていく。多重人格的な妄想患者なのも、まあ、B級作品としては悪くないとは思う。

で、問題は後半。
まず、傷の特殊メイクを施して開放する意味がわからない。かっちりしたメイク道具にどういう演出上の効果があるのか。
まあ、百歩譲って、狂ってはいるけれど、始めから一線を越えるようなレベルではなくって、やられそうになったから脅かしただけですよ…って、そう思うことにした……いやいやいやいや。じゃあ、なんでワインに薬を入れて飲ませてたんだよ。それって常習ってことを意味してるんじゃねえの?え?でも、郵便物を見て家に入ってきたのは、単なる偶然だよな。これ、常習なのか初犯なのかで、印象が全然ちがうよね。なんだかよくわからない。

で、どうやって話のケリをつけるのかと思っていたら、なぜかこの家主、刑事だっていうし。そして、都合よく「あ、さっきまで家にいやたつじゃん…」って。そんな偶然を持ってきたら、もう、話の整合性とかどうでもよくなっちゃうよね。なにこれ。
そんで、銀行強盗自体が女にだませれていて、そのお金をめぐってどうしたこうしたっていうやり取り。これ、前半のサイコパスのくだりと関連性あるわけ?で、自分の罪を隠すために同僚を家に招くって、取って付けたようなシリアルキラー風(常習じゃないんだろうから、あんま怖くないんだよね)。

シナリオの各要素のテイストがバラバラ。統一感がどうしたこうしたというレベルじゃなくって、とっ散らかりすぎ。このシナリオを書いた人、これで映画を作ろうと思った人、諸々、みんな頭がおかしいんだと思う。
この映画を作るのにお金をだした人がいるだろうに。多くの人が携わっているだろうに。なんで誰一人として注意してあげられなかったのだろう。名匠監督で注進しにくいわけでもないだろうし。
TSUTAYAもこんなのを独占レンタルしているようだと、『ファン・ボーイズ』や『キック・アス』で見る目あるなぁ…って思われたアドバンテージを全て失うことになるよ。ホント、金返せって言いたいわ。100円が惜しい。
#おっと、二日連続、このレベルはさすがにきついぞ…。



負けるな日本

 

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image1721.png公開年:1995年
公開国:アメリカ
時 間:102分
監 督:アーネ・グリムシャー
出 演:ショーン・コネリー、ローレンス・フィッシュバーン、ケイト・キャプショー、ブレア・アンダーウッド、ルビー・ディー、エド・ハリス、ネッド・ビーティ、ケヴィン・マッカーシー、クリス・サランドン、クリストファー・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン、ダニエル・J・トラヴァンティ、リズ・トレス、リン・シグペン ヴィクター・スレザック 他



白人少女を強姦の末に殺害した容疑で死刑判決を受けた黒人青年ボビー。投獄から8年経過し、執行は間近。彼は無実の罪を晴らす為、大学法学部教授のポールに一通の手紙を書き、母親にそれを託すのだった。はじめは関わりあうつもりのなかったポールだったが、妻の勧めもあり調査を開始。すると、この事件の背景に隠された秘密に気付く。そして、ポールは同じ刑務所の中に真犯人がいると主張するのだった…というストーリー。

プロットは非常に良いと思う。実にサスペンスらしいサスペンスだ。だがしかし……、である。
(以下、ネタバレだらけ)

証拠主義に拠らない立件に憤りを感じるまではよい。しかし、自白の信憑性に疑いをかけておきながら、自分が真犯人と主張するサリバンの自白をあっさりと信じてしまうポールの行動がどうにもスッキリしない。主張のとおりにナイフが見つかったって小躍りしちゃうポールに、画面蒼白のブラウンさん。そのままスルっと無罪になっちゃうのだが、ボビーから隠し場所を聞いたんじゃないのか?って、誰も指摘しないとは考えにくい。
公開当時は納得できたのかもしれないけれど、CSIやらを観すぎたせいなのか、今では通用しないギミックではなかろうか。でもまあ、そこはフィクションだから許すけど。

しかし、オチのほうはどうにも納得しがたい。はたして、脱獄してまで復讐したいと思うほどのことだろうか。今は晴れて無罪を勝ち取った身。心置きなく性癖の赴くまま、お好きな猟奇殺人を繰り返すことができるようになったのに、昔の事件でまごまごしたのが気に喰わないから検事に復讐するって、そんなリスクを負うだろうか。どう天秤にかけても、自分の異常な欲を満たす方がメリットがあるだろうに。
異常者だからといってしまえばそれまでなのだが、同じように、サリバンがなぜ両親を殺したかったのかも、説明がない。

最後のほうは、「何?何?何が何なのさ」って感じで、観ている側がきょろきょろさせれちゃう感じ。その先に腑に落ちる描写でもあればいいのだが、やっぱり“彼らは異常者だから”という説明しか見つからない。

ローレンス・フィッシュバーンをはじめ、町の人たちのイラっとさせてくれるうまい演技のおかげで、いい感じでミスリードできていたのに、この稚拙な締めくくりっぷりで、台無しである。凡作。特段、お薦めしない。



負けるな日本

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プロフィール
HN:
クボタカユキ
性別:
男性
趣味:
映画(DVD)鑑賞・特撮フィギュア(食玩/ガシャポン)集め
自己紹介:
一日一シネマ。読んだら拍手ボタンを押してくだされ。
出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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