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image1921.png公開年:2010年
公開国:フランス、ドイツ、イギリス
時 間:128分
監 督:ロマン・ポランスキー
出 演:ユアン・マクレガー、ピアース・ブロスナン、キム・キャトラル、オリヴィア・ウィリアムズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・ハットン、ジョン・バーンサル、デヴィッド・リントール、ロバート・パフ、ジェームズ・ベルーシ、イーライ・ウォラック 他
受 賞:【2010年/第60回ベルリン国際映画祭】銀熊賞[監督賞](ロマン・ポランスキー)
【2010年/第45回全米批評家協会賞】助演女優賞(オリヴィア・ウィリアムズ)
【2010年/第36回LA批評家協会賞】音楽賞(アレクサンドル・デスプラ)
【2010年/第23回ヨーロッパ映画賞】作品賞、監督賞(ロマン・ポランスキー)、男優賞(ユアン・マクレガー)、脚本賞(ロマン・ポランスキー、ロバート・ハリス)、音楽賞(アレクサンドル・デスプラ)、プロダクションデザイン賞(アルブレヒト・コンラート)
【2010年/第36回セザール賞】監督賞(ロマン・ポランスキー)、脚色賞(ロマン・ポランスキー、ロバート・ハリス)、音楽賞(アレクサンドル・デスプラ)、編集賞(エルヴェ・ド・ルーズ)
コピー:知りすぎた、男(ゴースト)――。

イギリスの元首相ラングの自叙伝のゴーストライターを依頼された作家。前任者が不慮の事故で亡くなってしまい、引き継ぐ人間を捜しているとのこと。特に政治に興味はあるわけでもないし、自分のこれまでの仕事とマッチしているわけでもないのに、白羽の矢が刺さったことを訝しげに感じる彼。仕事を請け負い出版社を出るとすぐに暴漢に襲われてしまい、なにやらきな臭さを感じて気乗りしなかったのだが、促されるままにラングが滞在するアメリカ東海岸の島へ向かう。彼は前任者が残した原稿や資料を推敲・整理しながら徐々に仕事を進めてったが、やがて矛盾した資料を発見し、ラングの過去に疑問を抱くようになり…というストーリー。

かろうじて、話の筋は正統派のサスペンスなのが幸い。まったくの門外漢がただ凡庸に仕事をこなしていれば何の問題もなかったのに、ラングの戦犯容疑騒動に巻き込まれ、さらに資料のちょっとした矛盾を見つけてしまったことから興味が涵養され、真実の探索を止めることができなくなってしまう。
ラングが何かを隠しているのか?それとも別の黒幕がいるのか?この戦犯容疑と自叙伝にどういう関わりがあるのか?妻やスタッフたちも関わっているのか?と、謎・謎・謎の連続で確かにおもしろい。それこそメイドのアジア人でさえ怪しく見えてくるくらいだ。

主人公はゴーストライターを依頼されるわけだけど、全編に渡って彼の名前は明かされない。まあ本当にゴーストっていう演出なわけだ。ユアン・マクレガーは主人公のキャラクターにマッチしているし、演技も文句なし。

しかし、振り返ってみると、どうもピリっとしない。
知りすぎたっていうけど、鍵になる情報はふつうにネットから入手してるし。あれだけみっちり書かれた原稿が既に存在するのに、わざわざゴーストライターを必要とするのか?まあ、適当にまとめてくれりゃあいいって言う感じで、むしろ才能のない作家をチョイスしたんだとは思うけど、けっこうスタッフが文章をまとめていたりするのを見ると、自分達でどうにでもなったような気がするし。
そんなに真実を隠したいなら、殺した前任者の資料はしっかり隠滅すりゃいいじゃないか。べつに原稿はほとんどできているんだし、そこまで丁寧に資料を残すこともなかっただろう。CIAの恐ろしさを強調しょうとしているのに、ポンコツっぷりを小出ししてどうするのか…と。

また、謎がわかったからって、何であそこで明かさないといけないのか。そしてあのオチ。ポランスキーが、「ね?アメリカって怖いでしょ?」と言ってるようなオチ。まあ、イラク戦争だってCIAのチョンボだったわけで、奴らの陰謀を誇大に表現したいのはわかるけど、ちょっとやりすぎ。興醒めするレベル。大体にして、アメリカから少女への性暴行で逮捕され、保釈中に国外に逃げて、いまも逃げ続けてる人間が、アメリカ怖いワーっていう映画つくってもさ。

ものすごい数の映画賞を貰っているけど、アメリカ嫌いがこぞって評価してる感じかな。ここまで評価されるほど、巧みな演出でもないし、ドキドキハラハラできるわけでもない。佳作ではあるが。

 

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image1905.png公開年:2011年
公開国:アメリカ
時 間:110分
監 督:ロッド・ルーリー
出 演:ジェームズ・マースデン、ケイト・ボスワース、アレキサンダー・スカルスガルド、ドミニク・パーセル、ラズ・アロンソ、ウィラ・ホランド、ジェームズ・ウッズ 他





ハリウッドで脚本家をやっているデイビッドは、女優の妻エイミーの実家のあるミシシッピーに引っ越すことに。すでにエイミーの両親は亡くなっており、実家は空き家となっていた。町は非常に閉鎖的で、インテリな空気を漂わせているデイビッドは、煙たがられる。壊れた納屋の修理を、エイミーの知り合いが監督をやっている業者に依頼したものの、音楽を流しダラダラと仕事をするばかりで、一向に作業が進む様子がない。次第に、彼らに対して、はっきりとした態度を取らない夫に対して、エイミーが不満を感じるようになり…というストーリー。

ペキンパー監督、ダスティン・ホフマン主演の『わらの犬』のリメイク。たぶんオリジナルは観たことがないと思う。

妻はどんな町かも良く知っているはず。狭い町だからそこに戻ればイヤでも元彼と接触するのはわかりそうなもんだし、ガチガチのカトリックしかいない町に、無神論者を放り込むことになれば、どうなるかわかりそうなものだ。いくら静かな田舎で執筆をするといっても、そうはいかないだろう。それでも夫を連れてきていることから、実は妻が夫をはめようとしているのではないかと疑ったくらい(でも違うんだけど)。

この話は、夫だけが精神的に孤立して追い詰められないとおもしろくない。だから、ただのレイプでは話が成立しないと思う。口では拒否しながらも、本心では望んでしまっているという状況にしないといけない。その後も妻は、こんな状況になったのもも夫はピリっとしていないせいだと言わんばかりに、一層なじるようになれば、ますます夫は追い詰められていく。レイプのことでPTSDになってフラッシュバックするような被害者になってしまっては、おもしろくない。とにかく、夫一人が孤立する状況になってこそ、堪忍袋の緒がブチ切れる流れが面白くなる。

大体にして、夫のことを妻も町の人も臆病者だというが、私から見れば普通の態度だ。いきなり腕力にうったえたり、怒鳴りつけるのは普通じゃない。だから主人公への共感はしやすいはず。
だから、夫はもっとナヨナヨしていたほうがいいんだけど、けっこうガッチリしていたりする。ちょっとキャラクターとマッチしていない。

結局、本作の場合は、荒くれ者たちが襲撃してきたので、反撃しただけである。これまでの理不尽な仕打ちに対してブチ切れたという構図になりきっていない。
これまで臆病とも思える紳士的な態度を貫いてきた主人公が、ブチ切れるきっかけは何か?が重要なのだが、本作ではそのポイントが何なのかよくわからない。結局、レイプされたことを夫を知ることはない。だから、もちろんそれがきっかけでもない。知恵遅れの男が一方的に攻められたことがきっかけでプッツリいくっていうのもおもしろかったと思うが、そうするためには、それでキレる理由が必要(親族にそういう知的障害の人がいたとかさ)。
#そういえば、知恵遅れの男は、どこにいったのかもわからないな。まさか火事の家の中か?

エグいなと思いつつも、カタルシスを感じるラストにできたと思うのだが、そうはなっていない。すっきりしない作品。そりゃ、日本未公開だわな。
#こりゃ、オリジナルを観て、お口直しをするべきかな。

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image0616.png公開年:2005年
公開国:韓国
時 間:115分
監 督:パク・チャヌク
出 演:イ・ヨンエ、チェ・ミンシク、クォン・イェヨン、オ・ダルス、キム・シフ、イ・スンシン、キム・ブソン、ラ・ミラン、ソ・ヨンジュ、キム・ジング、コ・スヒ、キム・ビョンオク、ナム・イル、カン・ヘジョン、ユ・ジテ、ソン・ガンホ、シン・ハギュン 他
ノミネート:【2005年/第18回ヨーロッパ映画賞】インターナショナル[非ヨーロッパ作品賞]
コピー:最後の復讐が、一番哀しく、美しい。

クムジャは誘拐した幼児を殺害した罪で逮捕され、その美しい容姿からマスコミを賑わせた末、13年間服役することに。服役中は、常に笑顔を絶やさず、誰にでも献身的に接し“親切なクムジャさん”と呼ばれるほど。実は彼女は、幼児殺害はしていない。とある男と幼児の誘拐までは共謀したものの、殺害したのはその男。その男に彼女の娘が人質に取られ、罪を背負うよう脅迫されていたのだ。クムジャは娘との生活を奪った男への復讐を決意。出所後、服役中に恩を売った仲間のもとを訪れ、真犯人を追い詰めるための準備を着々と進めるのだったが…というストーリー。

『復讐者に憐れみを』『オースド・ボーイ』に続くパク・チャヌクの“復讐3部作”のラスト。一番、残酷描写はライトだと思う。女性が主人公のためか、直情的な怒りにまかせた暴力というのもあまりなく、前2作とは雰囲気が異なる。
最後の殺害シーンでも、じわじわと殺していくものの、実際にどこまで何をやったのかは描写していない。想像にお任せしますということなのかもしれないが、その辺りのぼやかし方を丁度いいと感じるか、ボケていると感じるか、印象が分かれるところではある。

前半は、彼女が行おうとしている“復讐”とは何なのか?彼女の行動の根源は何なのか?という、謎解き的な要素で展開する。しかし、DVDのあらすじとか作品紹介でその謎をすっかり明かしてしまっていて、はっきりいって潰されている感じがする。

独特なノリと勢いでごまかされてしまうのだが、冷静になって考えると、ちぐはぐというか首を傾げたくなる演出は多い。例えば、ナレーションをしているのが、なんで刑務所仲間の女なのか。どういう意味があるのか…とか。
子供が人質に取られているわけだから、まず娘の安否を確認できた上で“復讐”という流れになると思う。つまり、服役中に娘が養子に出されたことが確認できた後、復讐モードに入ることができるのだと思う。そのタイミングは何時だったのか?が、よくわからない。先に刑期を終えた人に探らせたからこそ、娘が養子に出されたことを知ることができたはずだから、数人を手なずけてから、本気の復讐モードになるはずだよね。その順番がすっきりわからない。
色々、策を弄しているのはわかるのだが、あの男を拉致するために、囚人仲間と結婚させることが必須なのかもわからない。
なんで、あの北朝鮮ババアが持っていた設計書の銃じゃないといけないのか。銃に無駄な飾りをつけてなんとなく美学があるような演出をしてはいるが、どういう意図があるのかわからない…とか。

クムジャさんが計画していた内容に、彼が他にも手をかけていた…という流れで、作品の趣が変わってしまう。ある意味、リベンジャーではなく、被害者の親たちにとっては天使になる。思いもかけず、出所後に脱ぎ去った“親切なクムジャさん”という仮面を再び被ることになる。その反面、クムジャさんは自分の復讐をすることができたのか。確かに殺すことはできたが、彼女の心が平穏を得られることはなかった。
もしこれが「人を呪わば穴二つ」ということを言っているのか、人間なんて元々汚いもの…ということを言いたいのか、監督の意図が伝わってこないのが、本作はいまいち評価されない点なのかな…と。

刑法による罰は国家が社会維持のために行うものであって、被害者の復讐の代行では決して無い(日本の刑事裁判でちょっと勘違いしている人がいるが、刑事裁判は被害者やその遺族を満足させるために行っているものではない)。復讐の代行は民事裁判による金銭による賠償で行うというのが、ルールである。しかし、それで満足できない場合。仮に自分が新たな犯罪者になっても構わないので復讐したいというなら、やってもいいんじゃないか?という、割り切ったアプローチなら、それはそれでおもしろいと思う。ただ、重ねて言うが、その意図がはっきり伝わってこないのが痛い。

話は変わってしまうが、この作品を観ていると、自分が日本に生まれたことをなぜか感謝したくなる。別に日本が特段法治国家として優れているとは思わないが、大量のマスコミが押し寄せるなか、現場検証が行われるとか、裁判の量刑の方法とか、簡単に海外に養子に出せる制度とか、もう韓国に生まれなくてよかった…とすら思う。劇中の街並みの汚さを観ても、そう思えてくる。

色々文句をいったが、個人的には結構好きな作品。この押さえ気味の感じが、他の韓国映画にはない味わいになっていると思う。
#韓国人はDr.スランプを日本のアニメだと認識できているのだろうか…。

 

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image0566.png公開年:1999年
公開国:アメリカ
時 間:107分
監 督:M・ナイト・シャマラン
出 演:ブルース・ウィリス、ハーレイ・ジョエル・オスメント、トニー・コレット、オリヴィア・ウィリアムズ、トレヴァー・モーガン、ドニー・ウォールバーグ、グレン・フィッツジェラルド、ミーシャ・バートン、M・ナイト・シャマラン 他
受 賞:【1999年/第5回放送映画批評家協会賞】子役賞(ハーレイ・ジョエル・オスメント)
【2000年/第9回MTVムービー・アワード】ブレイクスルー演技賞[男優](ハーレイ・ジョエル・オスメント)
コピー:視覚 聴覚 嗅覚 味覚 触覚 しかし…“第6の感覚”それはだれも知らない

著名な児童心理学者であり精神病医であるマルコム。ある時、彼の家に10年前に患者だったビンセントという青年が押し入り、自分を判ってくれなかったと言ってマルコムを銃撃する。その1年後、リハビリを重ね何とか仕事に復帰できるまでになったが、妻との間には大きな溝が生まれ、苦悩する日々。そんな中、マルコムはビンセントの症例によく似たコールという少年を担当することに。コールは、死者が見えてしまう能力を持つため、いつも霊の姿に怯えているが、そのせいで同級生や教師から化け物呼ばわりされたいる。コールの能力のことを知らない母親の関係もギクシャクし始めていた。マルコムは、コールを治療することがビンセントへの償いになると考え、必死に治療にあたる。そんな彼の真摯な態度に、コールも徐々に心を開き、自分の秘密を打ち明けるのだった。はじめは懐疑的なマルコムだったが、ビンセントの治療記録を再検証することで、コールの言葉を信じはじめ…というストーリー。

一回目は素直にビックリ。二回目は答え合わせ。その後はまず観ないっていうのがこの作品だが、私、購入していてたまに観る作品である。
#改めて見ると的外れなコピー。単なるタイトルの説明だな。

シャマラン監督といえば、星新一的なドッキリなオチばかりがクローズアップされるけど、怖さの裏に人の愛情が隠れているのも特徴。これは『サイン』とか他の作品も同様で、シャマラン作品のすばらしさだと思う。
とにかく漂う雰囲気が秀逸。空気が片栗粉でとろみをつけたように、重々しい。終始一貫して緩やかなテンポを変えないのだが、飽きることがないのが不思議。音楽の秀逸さも一助になっているかも。

ラストのオチは巧みに隠されているから判らないのではなく、むしろ無防備なほど隠していないので、かえってわかりにくくなっていることがわかる。
でも、このラストを観て「あ~読めたわ~」「予想通りだったわ~」とか言うヤツは、ちょっと野暮だね。何度か繰り返して観るとわかると思うけど、彼がもう死んでいる可能性は確かに浮かんでくるけど、そうじゃない可能性も同じだけあり得るっていう演出なんだよ。彼が死んでいるとしか思えない…それしか浮かばないとしたら、逆に想像力が乏しいかもしれないよ。

元音声だと「everyday.」でピタッと決まるところなのだが、日本語訳だと「毎日だよ」。これが、ちょっと締まらない。意外と翻訳が難しかった作品なのかもしれない。しっくりこない和訳が多い。
素早い動きも展開もないので、字幕を追っても何かを見落とすことはないだろう。本作にかぎっては字幕でみるほうがいいかもしれない。

もう前に観たし…という人も、あえて観てみることをお薦めする。重ねるたびに“愛”の要素が強くなっていくと思う。

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image1906.png公開年:2010年
公開国:アメリカ
時 間:134分
監 督:ポール・ハギス
出 演:ラッセル・クロウ、エリザベス・バンクス、ブライアン・デネヒー、レニー・ジェームズ、オリヴィア・ワイルド、タイ・シンプキンス、ヘレン・ケアリー、リーアム・ニーソン、マイケル・ビュイエ、ジェイソン・ベギー、アイシャ・ハインズ、RZA 他




愛する妻子と共に幸せな毎日を過ごしていたる短大教授のジョン。ある朝、家に警察が突入し、殺人の容疑で妻ララを逮捕してしまう。3年後。ジョンは妻の無実を信じ、あらゆる手をつくしていたが、彼女に不利な証拠を覆すことができず、控訴の方策も尽き、有罪が確定してしまう。絶望したララは自殺未遂を図り、それを目の当たりにしたジョンは、彼女を脱獄させ、ララの人生と家族の生活を取り戻すことを決意する。ジョンは、脱獄経験者デイモンに教えを請い、生活のすべてを犠牲にして、綿密な脱獄計画を練り上げていくのだったが…というストーリー。

フランス映画のリメイクらしいが元作品は知らない。

それなりに蓋然性のある証拠が揃ってるから、逮捕されるのは仕様が無い状況。懲役20年くらってしまって、弁護士も家族もはっきり彼女が犯人だとは言わない。そりゃあ周囲の人からすれば、現実を受け止めてきちんと生活してほしいわな。
ただ、こういう冤罪は無くはないので、自分が同じ立場だったら、ゾッとするな。

YOUTUBEで発見した万能キーの作り方にならって鍵を作成。実地で試してみたら、まさかの失敗で、あやうく逮捕されかけ。あまりにストレスで吐いちゃうっていう、綿密なんだか杜撰なんだかわからんアホなおっさん。ただの短大の先生だもんな。アクション作品が多いラッセル・クロウに対する先入観のせいで、普通のおっさんが似合っていないと感じるからなのか、モタつくというか、堅苦しい印象に繋がっているかも。

実のところ妻はやったのかやってなかったのか…を、最後のボタンのくだりまではっきりさせないので、始めは妻の無実を信じて、その愛ゆえに頑張っちゃってる感じだったけど、本人も本当に妻はやってないのか?という疑いが生じていて、それを払拭するために意地になっているように見えなくもない。そういう思いを含めて、ジョンの追い詰められていく様子は、手に取るように判るので、感情移入はできる。

監督ポール・ハギスによる脚本がすごいのか、オリジナルがすごいのかは不明。でも、ちょっと紛らわしくて、疑問に感じる演出が無いわけではない。車で逃走しているとき、パトカーが迫ってきていて橋の上で追い詰められたと思ったのに、次に出てきたシーンでは、普通に走行。は?とおもって撒き戻したら、別に停められてたわけじゃねえんだ。そうか、演出というか編集に難アリなんだな。

いずれにせよ、失敗するかもしれない、成功しても3人揃っては無理なのかもしれない…と、最後まで思わせることができているんだから成功。
妻を救出し、息子に母を取り戻す。でも、最後の単なる安堵とは違うジョンの表情はなんだろうね。妻は冤罪だったかもしれないが、それを救うために自分は人を殺めてしまったことに対してか、それとも本当に妻はやっていないのかどうかの疑念のためか。『ミリオンダラー・ベイビー』に通じる、いい意味での後味の悪さってやつだった。

受賞暦は皆無だけど、良作だと思う。オリジナル作品を観て比較したい。

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image1902.png公開年:1967年
公開国:アメリカ
時 間:103分
監 督:ラリー・ピアース
出 演:トニー・ムサンテ、マーティン・シーン、ボー・ブリッジス、セルマ・リッター、ブロック・ピータース、ルビー・ディー、ドナ・ミルズ、ジャック・ギルフォード、エド・マクマホン、ダイアナ・ヴァン・ダー・ヴリス、マイク・ケリン、ジャン・スターリング、ゲイリー・メリル、ロバート・フィールズ、ロバート・バナード 他



深夜のニューヨーク。チンピラ2人組のジョーとアーティは、金欲しさに通りすがりの老人から強盗したうえ撲殺してしまう。その頃、午前2時をまわった電車には、続々と帰宅を急ぐ人が乗り合わせていた。4歳の娘を連れたサラリーマンのウィリクス夫妻。若いカップルのトニーとアリス。息子夫婦のことで言い争う老夫婦ベッカーマン夫妻。テフリンジャー1等兵とカーマッティ1等兵。高校教師パービスと夫に不満のある妻ミュリエル。アルコール依存症で妻に逃げられたダグラスと、酒場から彼を追いかけてきたゲイのケネス。夫が白人嫌いである黒人のロビンソン夫妻。そこに、ジョーとアーティが乗車し、すでに泥酔して寝込んでいた浮浪者に悪戯をしはじめ、社内に不穏な空気が流れ…というストーリー。

冒頭のならず者っぷりから、なかなかハードでスピーディな展開が期待されたが、その後は、順番に言い争う二人組が登場し、みんなが電車に乗り込んでいく。いったい何組登場するのだ?というくらい登場してくる。まだ出てくるのかよ!と、そこまでくるとお笑いコントじゃねえか…ってくらいで、酒場のゲイと黒人夫婦にあたりになると、本当に笑いがこみ上げてきた。

相当時間が経過してやっと冒頭で殺人を犯したジョーとアーティが乗車。いきなりのスルスロットル。都合よく車両のドアが壊れていたりして、浅はかな演出が鼻に付くのだが、とにかくジョーとアーティのクレイジーっぷりがヒドいのでそっちに気が集中する。

とにかく彼らの暴力は理不尽極まりない。観ている方は、イライラマックスになってくる。肩に力が入って、肩こりしてくるほど。こりゃあ『ファニーゲーム』だ。ファニーゲームが1997年製作だから、30年も前に同じアプローチの作品がアメリカには存在したわけだ。

(以下ネタバレ)
しかし、『ファニーゲーム』ほど理不尽さを追求できていない。黒人差別とか、口だけで一皮剥いてしまうとちっぽけな人物を皮肉ってみたりするとか、中途半端な要素がちりばめられる。いざ歯向かってみたらそれほど強くもなかった…という展開も、あまり面白くはない。

演出の方向性に腹が据わっていない部分はあるが、1967年当時を考えると、斬新であったことは事実。何とも釈然としない展開と後味の悪さのせいで、大ウケすることもなかったろうな…と思えるのだが、まさに“早すぎた”一作と言える。観終わった後は、虚無感と気まずさが、画面の中にも、観客の心の中にも溢れてくる。妙味あふれる作品。

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image1917.png公開年:2010年
公開国:アメリカ
時 間:97分
監 督:ランス・デイリー
出 演:オーランド・ブルーム、ライリー・キーオ、J・K・シモンズ、タラジ・P・ヘンソン、マイケル・ペーニャ 他
コピー:神の手(ゴッドハンド)による完全犯罪。




研修医のマーティンは、成功を夢見て医療の現場に入ったが、実際には失敗の連続で焦りばかりで看護師からも無能扱いされるほど。専門医を目指すためにはこれ以上の失敗は許されないと考える彼は、不安と焦りを募らせていく。そんなある日、腎盂炎で入院していたダイアンという18歳の女性の担当になる。周囲の医師や看護師が自分を軽視するのと違い、自分に信頼を寄せてくれるダイアンに、徐々に好意を抱くようになる。やがて彼女は快復し退院してしまうが、強い喪失感を覚えるマーティン。彼女の両親からお礼をしたいので家に来てほしいといわれたが、彼女は彼氏と外出し不在。彼女と会えない状況に耐えかねた彼は、再度ダイアンの家を訪れ、彼女の薬を入れ替えてしまう…というストーリー。

主演のオーランド・ブルーム自身が製作に名を連ねているんだけど、このシナリオの何が良いと思って、そこまで入れ込んだのかよく判らん。

代理ミュンヒハウゼン症候群ということか。でもその目的が、マーティンへの恋慕なのか、専門医になるためのステップとして…、なのかがいまいち判然としない。こんなに失策を繰り返していたら、専門医なんかにはとてもなれない…とマーティンは焦っているのだから、検体を交換したりするのは、彼女の症例を足がかりにして、医師としてのキャリアアップを狙ったとも捉えられる。

ダイアンには彼氏がおり、喧嘩をしただの文句をいいながらも性交渉を継続していたりするわけで、医者の顔で接していても、内面では彼女に苛立ちを感じる面はある。はじめは彼女を近くに置いておきたい…だったかもしれないが、こんなビッチなら、いっそのこと自分の仕事に都合のいいように使ってやれ…という思いも湧いた?その葛藤の前フリとして、看護師から馬鹿にされるくだりがあったということでは?

でも、彼女の死後、日記に自分が好意的に書かれていたことを知って、深く後悔する。なんでやりすぎちゃったのか…、そんなことしなくても自分のものになったのでは…と。
いやいや、単にダイアンをそばに置いておくためににエスカレートしただけだよ…なのかもしれない。いずれにせよ、このシナリオは、マーティンの心の移り変わりがうまく表現できていない。だから、おもしろくないのだ(もしかすると、シナリオじゃなくて、オーランド・ブルームの表現力が不足しているせいなのかもしれない)。

バレそうになって、青酸カリ入りの薬を渡すとか、とても綿密とは思えない手段が、火曜サスペンス劇場レベル。
実際、性的関係になったわけではなく、日記の内容はダイアンの妄想・希望みたいなものだろう。そう説明すれば全然問題はない。
慌てっぷりを表現したかったのだとは思うが、トイレに日記を流すのもよくわからない。そりゃ詰まるでしょ。さらにトイレの窓から脱走したけど、思いなおして戻ってきました…って、なにがなにやら。やっぱり、シナリオもクソだよね。

世の中には、実際に医師や看護師や介護人が虐待を重ねる事件が存在するわけで、こんな内容を見せられても、「立派な職業の人でも、怖いわねー」なんていまさら思わないし。どこを切り取っても、褒めるところがない駄作。

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image1907.png公開年:2010年
公開国:オーストリア
時 間:106分
監 督:ヴォルフガング・ムルンベルガー
出 演:モーリッツ・ブライブトロイ、ゲオルク・フリードリヒ、ウーズラ・シュトラウス、マルト・ケラー、ウーヴェ・ボーム、ウド・ザメル、ライナー・ボック、メラーブ・ニニッゼ、カール・フィッシャー、クリストフ・ルーザー、セルゲ・ファルク 他




1938年のウィーン。ユダヤ人のカウフマン家は画商を営んでいるが、ムッソリーニが所望するほどの国宝級の一品であるミケランジェロの素描を所有していた。ある日、カウフマン家の一人息子のヴィクトルは、幼いころ兄弟のように育った使用人の息子ルディと再会。懐かしさのあまりミケランジェロの素描の隠し場所を教えてしまう。しかし、実はナチス軍に入隊していたルディは、昇進を狙って軍へ密告してしまう。一家は、スイスへの亡命と引き換えに絵を引き渡すが、その約束は履行されず、絵を強奪された上にバラバラに収容所に送られてしまう。一方、ナチスはムッソリーニに絵を渡すことを条件に、条約の締結を優位な立場で進めようと画策していたが、イタリア側がつれてきた鑑定人、その絵が贋作であると見抜かれてしまう。本物を入手しなければならない状況になったが、本物の絵を隠した父は収容所で死亡していたため、息子から何とか在り処を聞き出そうとする。しかし、ヴィクトルは在り処を知らず、父が残した謎のメッセージを聞いてもさっぱりわからない。しかし、母の命を救うために、大芝居をうつことを決意する…というストーリー。

前半と後半でまるで別人が作ったのではないかと思うくらい、テイストが異なっていた。
前半は、こんなステレオタイプなナチス像は今時みないなぁ…ってくらい、悪役としてのナチスが描かれる。ナチス末端軍人の理不尽な横暴によって、ユダヤ人家族が追い詰められていくという、悪く言えば、ものすごくありきたりな内容。非情に凡庸でかなり飽き飽きしてしまった。

ちなみに、ミケランジェロの絵を軸に話は展開するが、“暗号”を巡るサスペンスではない。単に目立つ邦題がつけられただけ。ゴリゴリのサスペンスを期待して借りると、かなり拍子抜けするだろう。

後半は、突然、コミカルさとシニカルさをまとい始める。場面の切り替わりで突然輸送機が墜落しているシーンになって、急激にテンポやノリが変わって、正直、面食らった。まあ、このシフトチェンジがおもしろさに繋がっているのは事実なので、良しとはするが、こういう流れにするならば、もっと前半でもこういうノリを含めてもよかったと思う。
王子と乞食のような、入れ替わりドタバタが展開されるのだが、アーリア至上主義だったナチスに、ユダヤ人がなりかわってもわからないというところがシニカル目線なんだろう。人間なんか見た目じゃわからないくせに、差別してるんだぜ…っていう。
でも、日本人からしたら不思議だわなぁ。純粋アーリアンじゃないナチス党員がいるってことはあっただろうけど、なんとなく見た目でわかりそうな感じがするもの。まあ、小劇団の演目だと思って観ると楽しめる。

いずれにせよ、『イングロリアス・バスターズ』や本作のように、ナチスを茶化すことができるようになったことが、時代の移り変わりを感じる。そろそろユダヤは、無闇な迫害ばかりを主張しつづけるのと、墓穴を掘ることになるかもしれないと思い始めたのかな。

オチはあまりにも安易に予想がついたので、もう少しヒネっても良かったと思うのだがが、それまで、立場が入れ替わるドタバタを見せ続けられたので、逆に水戸黄門的な予定調和も、悪くはなかったかも。さすがに連合軍からナチス認定されて…というあたりで、しつこいな…と思ったものな。

小品佳作といったところか。観ても損したとは思わない。 

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image0610.png公開年:2003年
公開国:韓国
時 間:135分
監 督:カン・ウソク
出 演:アン・ソンギ、ソル・ギョング、ホ・ジュノ、チョン・ジェヨン、イム・ウォニ、カン・ソンジン、カン・シニル、イ・ジョンホン、オム・テウン 他
コピー:男達の“運命”が、切なく痛い──。




1968年1月、北朝鮮特殊工作部隊による青瓦台襲撃未遂事件が発生。韓国政府はその報復として極秘の金日成暗殺部隊の創設を決定。死刑囚ら31名を仁川沖の実尾島(シルミド)に集め、ジェヒョン隊長の下、特殊工作員とすべく過酷な訓練を開始する。684部隊と名付けられた彼らは、優秀な工作員に成長し、3年後、いよいよ実行命令が下される。しかし、その時の政府の対北政策は融和路線に転換されており、北朝鮮潜入命令は急遽撤回が告げられ…というストーリー。

追い詰められた人間が、退路を絶たれ研ぎ澄まされてく様子、直情的な表現に非常に惹きこまれた。しかし、ちょっと冷静になるとおかしなことばっかり。

死刑囚や重罪人が集められたプロットが非常におもしろかった。死刑のヤツは死なずに済むわけだし、重罪人は塀の中にいなくていいわけだし…、ん?…あれ?…重罪っていったって無期懲役とかじゃあるまいし、むしろ損してねえか?死刑囚はわかるけど、他は何かへんだな。
それに、なんで脱走した男が処刑される時、北朝鮮の歌を北朝鮮の歌を唄うのか。また、最後のバスの中でも唄ってるし。どう意味があるのかさっぱりわからない。
また、韓国軍はバスの中に人質がいるのに、容赦なく乱射してる。いくらなんでもそれはないだろ。

って調べたら(ってウィキペディアだけど)、実際は高額報酬で公募されたんだってさ。じゃあ、なんなんだよ“封印されてきた歴史”って。おまえら(韓国人)が自分の国でおこったことをすぐに忘れてるだけのことじゃねえか。馬鹿馬鹿しい自作自演(笑)。ウィキペディアには、北の歌なんか唄ってなかったし、運転手は逃げてたって書いてるわ。どうせ史実と違う内容にするんなら、整合性とれたフィクションにせえや…。
“史実”と冒頭で煽っておきながら、劇中での強姦はフィクションだとか、冒涜にもほどがあるわ。極悪人とはいえ、生きるために(国や家族のために)必死になってる彼らに共感しかけていたのに、強姦のシーンでものすごく冷めたわ。
強姦した後に刺された男と、いきがってる班長の一人とキャラがかぶって見分けつかないし。秘密がバレちゃいけないはずなのに、強姦された被害者は放置だし。

やさしかった教官がいざとなると殺す側にまわり、性格のわるいイヤな教官が実は温情的な人だった…とか、その演出に意味はあっただろうか。なんの隠喩なのか、教訓なのか、さっぱりわからん。

実際は、殺害命令自体もなかったんだろうさ。素直にその事件をモチーフにしました…程度にしておけば納得して観ることができたのに。なんで映画でメリットのない嘘吐きをするのか、理解できん。こんなに後味の悪い、というか、興味をもって調べてみて、その結果うんざりさせられた作品はないわ。

 

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imageX0055.Png公開年:2001年
公開国:アメリカ
時 間:101分
監 督:チェン・カイコー
出 演:ヘザー・グレアム、ジョセフ・ファインズ、ナターシャ・マケルホーン、イアン・ハート、キカ・マーカム、ジェイソン・ヒューズ 他
コピー:覗いてはいけない愛の果て




アメリカ人のアリスは、ロンドンでウェブデザイナーの仕事に就いており、同棲中の恋人とそれなりに幸せな日々をおくっていた。しかし、ある朝の通勤途中、見知らぬ男と目が会い、なにか惹かれるものを感じ、どうしても気になって仕方が無くなり、会社を飛び出してその男の後を追ってしまう。その男と再開すると、誘われるままに激しい情事におよぶ。一度限りと思いつつも、アリスは何度も彼の元を訪れてしまい…というストーリー。

面喰うくらいのエロシーンのラッシュでスタート。情欲に流されて結婚するなんて馬鹿な女…なんて、野暮なことは言わない。しかし、男女が異常なシチュエーションで結ばれた場合、その出会いのきっかけになった事由によって別れることになるのが常である。そういう展開が読めるので、あえてそこはハズして欲しいと願ったのだが…。

姉がいかにもな感じで登場しすぎ。それはミスリードで、別の展開があって欲しいなと、またまた願ったのだが…。
サスペンスとしてなかなか緊迫感が会って、中盤まではよくできていたのにな。のこり10分くらいで、急に畳み掛けすぎ。姉が本当にただの姉だったらおもしろくないわけで、ヒネリがないとすると時間をかけるとバレちゃうから、駆け足になった…そんなところだろうな。

『氷の微笑』とか、日本の『失楽園』とか、こういう情欲系の話は定期的に製作されるけど、本作のデキはそれほどでもないな。特に終盤がね。こんなに明らかに息切れする映画もなかなか無いよ。チェン・カイコーはせっかくのアメリカデビューでやらかしちゃったんだね。うまかったのは陰部の自然な隠し方だけだったか。

当初は激しい情事に惹かれるアリスだが、死を望むほど溺れるわけでもないし、それどころか、むしろ彼とそういうことを継続することに恐怖を抱くようになる。『キリング・ミー・ソフトリー』“やさしく殺して”って意味がさっぱりピンとこない(原作からこういうタイトルなんだけどさ…)。タイトルだけじゃなく、色々ピンとこないんだけど…。

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image0510.png公開年:2002年
公開国:アメリカ
時 間:113分
監 督:ジョージ・クルーニー
出 演:サム・ロックウェル、ドリュー・バリモア、ジョージ・クルーニー、ジュリア・ロバーツ、ルトガー・ハウアー、マギー・ギレンホール、デヴィッド・ジュリアン・ハーシュ、ジェリー・ワイントローブ、フランク・フォンテイン、ブラッド・ピット、マット・デイモン、リチャード・カインド、クリステン・ウィルソン、マイケル・セラ、ジェニファー・ホール 他
受 賞:【2003年/第53回ベルリン国際映画祭】銀熊賞[男優賞](サム・ロックウェル)
コピー:残したものは、視聴率と死体…

1960年代のアメリカ。ABC放送に臨時職員として採用されたチャックは、奇抜な企画を持ち込んで局に売り込んだが、まったく相手にされることはなかった。そんなある日、彼の前にジム・バードと名乗る謎の男が現れ、高い報酬と引き換えにCIAの秘密工作員の仕事をするように依頼する。深く考えずその教育プログラムに参加して、実際に工作員としてアメリカにとって邪魔な人物を抹殺していくチャック。すると、『デート・ゲーム』や『ザ・ゴングショー』など彼の企画したTV番組もヒットしだし、番組プロデューサーと工作員という二重生活がはじまるのだったが…というストーリー。

チャック・バリスは実在するTVプロデューサーらしい。日本でも番組が放送されていたことがあるそうだ。さすがにそんな古い時代のことは知らない。そしてこの話は、チャック・バリス本人が書いた自伝とのことだが、CIAのくだりが本当かどうかはわからない。
多分ウソだとは思うが、100%ウソだとは言い切れないのも事実で、その線を愉しむお話ということなんだろう。世の中を煙に巻くことこそ良しとするような人物による著作。

これは事実なのか虚構なのか、観客も揺れるが、主人公のチャックも揺れる。本人も境界があいまいになっていき、『ビューティフル・マインド』みたいに全部妄想でした…っていう展開になってもおかしくない流れである。
でも、それはあくまでも主人公をメディアを通して知っている場合、彼の築いた一時代を彼の番組と生きた人間なら…ではである。チャック・バリスという存在を微塵も知らなければ、丸々フィクションなのと変わらない。じゃあ、単純にフィクションとして観るとどうなのか。やはり、つまらないと感じる人が相当数いると思う。

ジョージ・クルーニーの初監督作品なんだけど、その後、彼が製作に関わっていく作品には、虚構と不条理っていう匂いがどこか漂っていて、共通点があるような気がする。ジョージ・クルーニーがチャック・バリスという人物にシンパシーを感じたんだと思うよ。

個人的な感想としては、こういう奇人のお話はきらいじゃないし、観客がメタ目線になっても掴み所を判然とさせない演出は非常に長けていると思う。観客が飽きてしまう理由は、カメラワークやカット割りの凡庸さのせいで、意外とストーリーに対してではないと思う。珍作の部類だけど、もうちょっと評価されてもいいと思う。
 

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image1877.png公開年:2010年
公開国:アメリカ
時 間:105分
監 督:ミカエル・ハフストローム
出 演:ジョン・キューザック、コン・リー、チョウ・ユンファ、フランカ・ポテンテ、ジェフリー・ディーン・モーガン、菊地凛子、ベネディクト・ウォン、ヒュー・ボネヴィル、デヴィッド・モース、渡辺謙 他
コピー:そこは、愛が命取りになる街。



1941年の上海。イギリス、アメリカ、フランスが租界(外国人居留地)を設定していたが、日中戦争勃発以降は日本軍の統制下に置かれるようになっている。アメリカ諜報員のポール・ソームズは、同僚で親友だったコナーに会うため上海へとやってきたが、コナーが殺されたことを知る。コナーが上海裏社会の大物ランティンについて調査していたことを知ったポールは、彼を殺した者、そして彼が何を探っていたのかを明らかにするため、ランティンに近づく。そこで出会ったのが、ランティンの妻アンナ、日本軍情報部のトップ・タナカ大佐、コナーの愛人で姿を消した女スミコ。そして、アンナの秘密を知ってしまったポールは、その裏の顔を知りつつも彼女に強く惹かれてしまい…というストーリー。

正直言って、つまらんかったので、いきなりで申し訳ないけど、以下、ネタバレ注意。

ヘビーな拷問からスタートするけど、執拗に一人の女性の居所を訊くという掴みから始まる。これで「お!?」って興味を惹かれる人はいるか?逆に、ショボい話なんだろうな…と大抵の人は感じるだろう。せっかく、第二次世界大戦というダイナミックな舞台なのにもったいないと思う。

ジョン・キューザックとコン・リーとのラブロマンスに軸を置くならば、そこにもっと焦点を当てればいいのに。友人の死を探っていたら、出会ったアンナを愛してしまったポール。しかしアンナは有力者の人妻。しかし彼女が地下活動に身を投じていることをスパイであるポールは知ってしまう。彼女の破滅を回避するために正体を隠すことに尽力してしまうポール…その部分だけにね。
中途半端に真珠湾攻撃の予兆を掴んで云々…みたいな、スケールのデカい話を無理やり絡めようとするから、話の軸がブレる。

結局は旦那との関係が崩れるわけでもなければ、バレるバレないに話が集約されていくわけでもないから、愛憎劇とはとても言えないし。
挙句の果てに、友人の死の謎は、大きな謎にせまったからでもなんでもなくて、スミコを巡ってのトラブルだったとか…。もうねぇ。殺したのが誰かわかったけど、復讐する気もおこらない?どうでもよくなった?それどころじゃない?このストーリーって、それを追う話だったんだけど、そんなふわっと終わって許されると思ってるのかな。親友は空気かよ。そんなことなら親友が殺されたことへの憤りなんか不要じゃないか。

ポールは、ランティンと少なからず心を通わせ、敵である田中大佐とも、スミコの処置で小さな友情のようなものを芽生えさせる。スパイだからイソップ物語のこうもりみたいなポジションになるのはわかるけど、うまいことすり抜けて流されて…と、わかったようなわかんないようなオチ。これでいいのか?

本当にシナリオがつまらない。プロットレベルでつまらない。とっちらかってるんだわシナリオが。
この脚本家(ホセイン・アミニ)って、今公開してる『スノーホワイト』の脚本もやってるんだけど、こんなんで続けて仕事貰えるんだなぁ。

アメリカが日本に対する石油の輸出を止めたこと(ABCD包囲網)に触れられていることや、南京事件のことが“何か事件があったらしい…”の程度の反応で表現されていることは、なかなか好感が持てる。3年くらい前に30万人も殺されたのに、ずいぶんのんきだよね(笑)。

そのくせ、アンナは上海を脱出したにも関わらず、自らの意思で上海に戻り抗日活動をしましたとさ…とか、まるで中国が一枚岩の中国と描かれているところに、現在の中国の哀れさがにじみ出ている。八路軍かよ、国民党側かよ、それとも単なるゲリラかよ。
中国で公開するためには、こういう表現をせざるを得ないのは、俺たちは日本に攻め込まれた被害者ですみたいな顔を永遠にし続けるしかない、現在の中共の惨めさと顕しているってことだ。
#今、中国公開を前提に製作するって、足枷以外のなにものでもないわ。

久々に注意報発令レベルのつまらなさ。
#別に菊地凛子でなくてもよかった…というか菊地凛子だと気付かないで終わる人もいるんじゃないのかね。

 

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image0949.png公開年:2001年
公開国:アメリカ
時 間:136分
監 督:キャメロン・クロウ
出 演:トム・クルーズ、ペネロペ・クルス、カート・ラッセル、キャメロン・ディアス、ジェイソン・リー、ジョニー・ガレッキ、W・アール・ブラウン、ジェニファー・アスペン、アリシア・ウィット、ノア・テイラー、ティルダ・スウィントン、マイケル・シャノン、アーマンド・シュルツ 他
ノミネート:【2001年/第74回アカデミー賞】歌曲賞(ポール・マッカートニー“Vanilla Sky”)
コピー:あなたが思う あなた自身は 幻に過ぎない…


親が築いた出版社を相続し、いまや出版界の若き実力者となったデヴィッド。マンハッタンの豪邸に住み、容姿端麗で、美人の彼女ジュリーとの関係も良好だったが、なにか物足りなさを感じている。そんなある日、親友がパーティに連れてきた恋人ソフィアに一目惚れしてしまうが、ジュリーはそのデヴィッドの心を察知する。しかし、デヴィッドはジュリーの嫉妬心などお構いなしに彼女と距離を置き、ジュリーへのアプローチを続けるのだった。苦痛がピークに達したジュリーは、自ら運転する車にデヴィッドを乗せ無理心中を図り車ごと橋から落下。ジュリーは死亡したが、デヴィッドは一命を取り留める。しかし彼の端整な顔立ちは見るも無残に崩れてしまい…というストーリー。

これまで数回観ているはずなんだけど、ラストを失念してしまったので、思わず再観してしまった。ああ、そうそう、こんなオチだったね。

クソ男の放蕩な生活→ クソ男の転落と苦悩→ クソ男の崩壊する精神。
恋愛→サイコ→SF…と、プロットの基盤部分を大きくシフトさせるという荒業をやってのけながら、どれだけパラダイムをシフトさせようとも“クソ男”のお話であることを貫き続ける。まさにクソ男の映画である。途中、役員達や弁護士による陰謀サスペンスの可能性もありえるし、どっちころがるかわからないこの危うさに、私は好感を持っている。

私が油断しまくっていただけなのだが、犬が冷凍から目覚めた番組とか、冷凍保存を薦める番組がヘビーローテされている点に引っかかれば、容易に予測できていたんだろうけど、私の脳内は完全スルーだったのね。予測可能なオチという人は多いのだが、予想できたからといって、本当にそこに持っていくかな?という疑いはずっと頭の片隅に残る。選択肢は浮かぶけど“このオチしか考えられんな”という域ではないので、個人的には許容範囲。

しかし、このSFオチを望まない人には、「なんじゃこりゃ」評価になる。さらに、オリジナルの『オープン・ユア・アイズ』は観ていないのでわからないけど、観た人のほとんどがオリジナルのほうが数段良かったとの大合唱。ペネロペもオリジナルのほうがよかったという人もいる(オリジナルでもペネロペは同じ役らしい)。油断して観ていたら、トンチンカンでついていけなかったという人もいる。結構、脱落ポイントが多くて、世の中の反応を見ると、最後まで満足して観られた人は、そう多くはなかったのかもしれない。でも、私はこの展開もオチも、嫌いじゃないんだ。

この“ストーリー”の、どこまでは妄想でどこまでが現実なのか?という境目を観客は探し続けることになる。事故後に投薬されたあたりから、ジュリーとソフィアの混同(というか脳内入れ替え)がはじまったのか?とか、いやいや元々すべて妄想で、事故だってなかったのかもしれないぞ?とかね。

で、このお話は150年間ずっと見続けている?そうならば、あの会社の人たちは150年、彼の脳内をウオッチし続けている?作中の台詞からすると、オートじゃなくって人がウォッチしてるみたいで、150年分の人件費ってどんだけだってね。彼のソフィアに対する純愛(っていうか偏愛)に目がいくけど、それもよく考えるとクレイジーなのよ。べつに好きなように記憶を操作できるのに、わざわざそんなストーリーを選択するってなぁ…。だって150年後には間違いなく、その彼女はいないんだしさ。そこまでいくと、偏愛っていくか変態の域だよね。って、否定してるように聞こえるかもしれないけど、こういう斜め上のクレイジーさ、嫌いじゃない。うん。

計算なのかどうかわからないがペネロペの垢抜けなさと美しさの分配が絶妙すぎ。本作の彼女を見て好意を持たない人間などおるまい。対してキャメロン・ディアスの無闇にビッチな役回り。ペネロペに比べてちょっと損してるかなとも思ったけど、そうでもなく、最後の殺害されるシーンの様子なんか、ああ、ビッチに見えたのは単なる先入観だったな…と思わせる、微妙な役回りをうまく演じていると感じる。『メリーに首ったけ』の彼女よりも本作のほうが魅力的。

スタイリッシュな音楽や映像なことも手伝って、それなりに気にってしまうと、たま~に再度観たくなる作品。軽くお薦め。

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image1854.png公開年:2003年
公開国:フランス
時 間:104分
監 督:クロード・シャブロル
出 演:ナタリー・バイ、ブノワ・マジメル、シュザンヌ・フロン、ベルナール・ル・コク、メラニー・ドゥーテ、トマ・シャブロル、カロリーヌ・バエル、アンリ・アタル、ジェローム・ベルタン、フランソワーズ・ベルタン 他




ナチス占領下のフランスにおいてナチスに協力したとして忌み嫌われるヴァスール家。当時、レジスタンスに身を投じていたリンの兄は、ナチスに協力的な父によって殺されてしまうが、兄を思うあまりにリンは父を殺してしまう。その優雅な生活とは裏腹にそんな悪夢の記憶を脈々と受け継ぐ一族だった。そして現在。アメリカに生活していた長男フランソワが3年ぶりに帰国することになり、義妹ミシェルはその帰国を喜ぶが、義母アンナは市長選挙に出馬し選挙戦の真っ最中であり、父ジェラールはそれを不満に思っており、ギスギスした状態が続いていた。そんな中、アンナの元にナチス協力者であったヴァスール家や、リンが犯した罪を中傷するビラが送られてきて…というストーリー。

ボードレールの『悪の華』を翻案したものか何かかと思ってレンタルしたのだが、全然関係なかったみたいだ。

さらっと観ていると、人間関係の深さがさっぱり見えてこない。アンヌは現在の夫ジェラールの兄弟と過去に結婚しており、ジェラールとは子連れで再婚。だから、フランソワとミシェルは従兄弟ってことになるんだろうが、アンヌの元夫とジェラールの元妻に関係があったような可能性も示唆されていて、もしかして兄弟かも…ってことに。でも、なんかぼんやりしていて、判りにくい。そんな基本設定を、一生懸命探りながら観なければいけないのか。もったいぶる必要がどこにあるのか。
結局、最後まぜ判然としなかったのだが、ヴァスール家の人間なのはアンナなのかジェラールなのか?アンナはリンの姪ってことか?ん~~。こんなこともはっきり描写できないなんで、どうかしてると思う。

サスペンス映画とのことだが、ずるずると家族の変な雰囲気は1時間半ほど描写され、残り15分でようやく殺人が発生する。歴史のある一家にまつわる血なまぐさい過去と性的倒錯。おどろおどろしい因縁。まるで金田一耕助シリーズの舞台になりそうな感じではあるが、残念ながら本作には金田一探偵もいなければ等々力警部もいない。金田一耕助シリーズだったら始めの10~15分くらいで巻き起こることを、1時間半かけてダラダラとやってる感じ。それを愉しめといわれても、これはなかなか難しい。

いや、リンとミシェルが運んている死体を落としそうになって、思わず笑いあっちゃう…みたいな描写で、なんとなく表現したいことはわからないでもない。『女はみんな生きている』みたいな、そんな風にしか生きられない女の性みたいなものを、一種の退廃的な空気を混ぜて表現したいんだろう。
でも、それにしたって、構成やストーリー展開の配分がクソだと思う。結局、怪文書も誰の仕業だったのか判然としないし。伏線も回収したんだか、するつもりがないんだかよくわからんし。最後もぼや~んと終わらせて、「だから何なんだよ…」って気分にならない人がいるのだろうか。

ミシェル役のメラニー・ドゥーテは、妙な魅力のある女優さんだが、それ以外に特に見所はない。少なくとも本作に“悪の華”などという仰々しいものや、それに相当するものは登場しない。これこそがフランス映画の魅力だ…というんならフランス映画なんかクソくらえだ!って言いたくなるくらい、駄作に感じた。お薦めしない。

 

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プロフィール
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クボタカユキ
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趣味:
映画(DVD)鑑賞・特撮フィギュア(食玩/ガシャポン)集め
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一日一シネマ。読んだら拍手ボタンを押してくだされ。
出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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