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公開年:1995年
公開国:アメリカ
時 間:123分
監 督:ティム・ロビンス
出 演:スーザン・サランドン、ショーン・ペン、ロバート・プロスキー、レイモンド・J・バリー、R・リー・アーメイ、セリア・ウェストン、ロイス・スミス、ロバータ・マクスウェル、マーゴ・マーティンデイル、スコット・ウィルソン、ギル・ロビンス 他
受 賞:【1995年/第68回アカデミー賞】主演女優賞(スーザン・サランドン)
【1996年/第46回ベルリン国際映画祭】男優賞(ショーン・ペン)
【1995年/第11回インディペンデント・スピリット賞】主演男優賞(ショーン・ペン)
“希望の家”で働くシスター・ヘレンは、相棒が無期懲役なのに自分が死刑になる事に憤りを感じている死刑囚マシューからの手紙を受け取り、彼を信じ特赦を得ようと弁護士の協力を仰ぐが…というストーリー。
スーザン・サランドンとティム・ロビンスって夫婦なのね(内縁かな?)。一回り年齢が違うので、ちょっと結びつかなかった。不勉強。『スピード・レーサー』でスピードの母役をやったときは、とてもとても60オーバーには見えず驚いたのだが、それより13年前の本作のほうが老けて見える。メイク技術の進歩恐るべし。
死刑問題という重いテーマを扱った作品だが、ティム・ロビンスはなるべく加害者・被害者のバランスを取ろうと心がけているように見える。本当ならば、彼はバリバリのリベラル派なので、死刑反対のほうに倒したかったのだと思うのだが、自制したのかな。現在ではもっと死刑廃止について活発な議論がなされているし、日本でも今後活発に議論されると思うので、12年も前の作品だが、一つの視点として観ておいたほうがいい作品に思える。
私は、被害者・加害者のほかに、死刑を執行する側に注目した。薬物注射による死刑は、より人道的にという配慮からなされているといわれているが、それに対して殺すのに人道的も何も無いという反論がある。ただ、私は、殺される側の人道よりも、執行する側への配慮と捉えたい。それはなぜかというと、日本の場合は死刑は絞殺(首吊り)によってなされると決まっているわけだが、その踏み板をはずすボタンは数人が一斉に押しだれだかわからなくするなどという配慮こそあれ、その後、刑務官たちは絶命するまで見届けなければならず、その後の始末(みなまでは言わないが首吊りの場合は当然汚れる)をするわけである。中には精神に異常をきたすかたもいらっしゃるわけである。
死刑問題を語るといろんな価値観が交錯して、まず話がまとまらなくなるのだが、少なくとも刑務官の精神的な負担は軽減してあげたい気持ちが、私にはある。本作でも、執行官が前の日は眠れないというシーンがあるが、日本の場合はちょっとインパクトすさまじすぎる。当然、本作のように執行の様子を被害者家族が見にくるなどということは不可能だ。見せられるはずがない(『グリーンマイル』の電気椅子どころの騒ぎではない)。
本作を観て、被害者家族が死刑の様子を見られることが、なんと恐ろしいことかと思う人もいるだろうが、それは国家にやらせていることを(まあ、実際は州だが)国民として承認している証である。日本の場合は、自分にはとてもできないことを見えないところで知らない間にやらせているのだから、どっちが恐ろしいかは、微妙なところである。
ここでこれ以上、死刑論を繰り広げる気はないが、今、海外から日本に対して死刑を廃止するような圧力があるのも事実である。要するに日本が主張するような犯罪抑止力は無いのだよという論法であるが、残念ながら、それは捕鯨禁止と同じで、もっともらしい価値観の押し付けである感が否めないのが、残念なところである(断っておくが、私は死刑推進論者ではない。ただ現行法制化で、法務大臣が法に逆らって死刑執行を行わないこと自体は、三権分立の一角である行政のあるべき姿として、間違っているとは思う)。
などなど、日本の場合、ちょうど一回りくらい死刑廃止に関しては、議論の深まりが遅れているので、考えるきっかけとしては、ちょうどいい作品ではなかろうか。
#ちょっと『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』を観たくなってきた。
公開年:2000年
公開国:フランス
時 間:96分
監 督:マチュー・カソヴィッツ
出 演:ジャン・レノ、ヴァンサン・カッセル、ナディア・ファレス、ドミニク・サンダ、カリム・ベルカドラ 他
コピー:凍りついた死体。少女の謎の死。二つの事件、二人の刑事。
フランス・アルプスの大学街でバラバラに切断された裸の死体が胎児のような格好で発見され、元特殊捜査部隊のニーマンス刑事が派遣される。同じ頃、フランスの田舎町では、子供の墓が荒らされという事件が多発し、マックス駐在員が捜査にあたっていた。やがて、このふたつの事件を繋ぐ事実が浮かび上がって…というストーリー。
もう観るのは3回目くらいだと思うが、別に特別好きだからというわけではない。『羊たちの沈黙』を観た後に、理由はわからないがふと思い出したので…。
ハリウッドっぽいテイストを目指していたのだろうが、結果的にちょっとハリウッド物とは違う雰囲気。まず、カルト(というかセクト)に対する反応が過剰すぎる。これはフランス自体の特徴なのだが、他国とは比にならないくらいカルト集団に対して国家が過敏である。日本人が考えるカルトのイメージだと、過激な教義の宗教団体というイメージだと思うが、フランスではちょっと感覚が違うようで、(他にも色々定義はあるのだが)、宗教団体でなくても裁判沙汰が多かったりちょっと多額の金銭を集めたりして苦情があってもカルトにカテゴライズされることもあるようだ(ただ、程度の違いはあれ、フランスの定義が欧米では一つの指針だったりする)。
私見だが、フランス社会は、これまでなかった思想や行動様式を受け入れることが非常に苦手で、かつそれを社会問題として、過敏に反応するようだ。本作でも、警官がそんな反応をしているし、既存には存在しない(認知されていない)集団に対する、懐疑の視点がひしひしと伝わってくる。
もう一つ特徴的なのは、メインの2人が1時間たっても出会わないこと。私にはなかなか新鮮に写った。
原作はもう少し深みのある話で、オチも絞まっているいるのかもしれないが、本作にはそれはない。雰囲気を楽しむ作品である。だから、犯罪としてのトリックや動機の部分をよくよく考えると釈然としないところが残るのだが、それはさらっと流すのがよい(まあ、所々ハリウッドのノリを模倣しようとしてすべっている部分があるけれど、ご愛嬌)。是非観るべきとは言わないが、多重人格オチなんかよりは全然楽しめるので、未見の人はどうぞ。
#それにしても、1→2で、ここまでクオリティが下がった作品というのも…。
公開年:2004年
公開国:アメリカ
時 間:96分
監 督:デヴィッド・コープ
出 演:ジョニー・デップ、ジョン・タートゥーロ、マリア・ベロ、ティモシー・ハットン、チャールズ・ダットン、レン・キャリオー 他
コピー:なぜ追われる、なぜ終われない。
盗作の疑いを掛けられ、脅迫により追い詰められ苦悩する人気作家のストーリー。
監督・脚本は『スパイダーマン』そして最近では『天使と悪魔』の脚本を手がけたデイヴィッド・コープ。原作はスティーヴン・キングの小説。
TV放映があったのでついつい見てしまった。観るのは2度目。
以降ネタバレ。
実は、以前、『マシニスト』と一緒にDVDをレンタルして、『マシニスト』の次に連続で観たのだが、お気づきの人もいるかと思うが、オチが同じである。『マシニスト』の狂気と本作の狂気を比較すると、本作はかなり劣る。ジョニー・デップが悪いわけではなく、設定自体がおとなしいので刺激に欠けるのだが、連続して見なければ、こんなにがっかりすることはなかったと思う。
さらに『ファイト・クラブ』好きの私だから、こんな演出は茶番としか思えなかった。なんで、同じオチの話を映画化しようとおもったのだろう。犯人は実は私というネタなんて、一度だれかがやったら真似しようとおもうだろうか?『カンパニーマン』『マシニスト』そして本作、ちょっぴり神経を疑うよ。
製作側としては、『ミザリー』並みの作品を期待したのだろうけど、あんな煮え切らないオチではねぇ…。どうもピンと張った糸をぷつんと切って、バラバラと落としさえすれば、それでオチになると思っているのではないだろうか。この脚本家は。そんなことでは、観終わった後にカタルシスなんかおきない。ファサーっとぼやーっとした終りしかない。
もう、立派に第一線でやってる監督なのに、生意気なことをいって申し訳ないが、もうすこし、“お話”というものを勉強したほうがいい。本作は観る必要なし。まったくなし。ジョニー・デップの大ファンならどうぞ。
公開年:1990年
公開国:アメリカ
時 間:118分
監 督:ジョナサン・デミ
出 演:ジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンス、スコット・グレン、テッド・レヴィン、アンソニー・ヒールド 他
受 賞:【1991年/第64回アカデミー賞】作品賞、主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)、主演女優賞ジョディ・フォスター、監督賞(ジョナサン・デミ)、脚色賞(テッド・タリー)
【1991年/第41回ベルリン国際映画祭賞】監督賞(ジョナサン・デミ)
【1991年/第57回NY批評家協会賞】作品賞、男優賞(アンソニー・ホプキンス)、女優賞(ジョディ・フォスター)、監督賞(ジョナサン・デミ)
【1991年/第49回ゴールデン・グローブ】女優賞[ドラマ](ジョディ・フォスター)
【1991年/第45回英国アカデミー賞】主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)、主演女優賞(ジョディ・フォスター)
【1991年/第34回ブルーリボン賞】外国作品賞
若い女性の皮を剥ぐという猟奇連続殺人事件が発生し、捜査に行きづまったFBIは、元精神科医の殺人鬼ハンニバル・レクターから情報を得ようとする。訓練生ながらその任に選ばれたクラリスは獄中のレクターに接触し、レクターはクラリスが、自分の過去を話すという条件付きで、事件究明に協力するが…というストーリー。
今となっては映画やドラマにプロファイリングが登場しても何の違和感もなくなった。そういう作品を何本も観て、ふと原点に返りたくなった(もう本作は過去に数度観ているけれどね)。
原点というけれど、本作の前に同じトマス・ハリスの原作『レッド・ドラゴン』を映画化した『刑事グラハム/凍りついた欲望』があるよね?という声が聞こえてくるかもしれないが、やはり世界に多大なインパクトを与えたのは本作であり、この成功がなければ、以降、こんなにプロファイリングやシリアル・キラーが題材として扱われたかどうかは疑問なくらいである。私の好きな米ドラマのクリミナル・マインドも無かったかも。
BGMのすばらしさ、アンソニー・ホプキンス、ジョディ・フォスターの演技のすばらしさ、編集のすばらしさ、シナリオのすばらしさ(特に、レクターが脱出を試みるあたりからの、大波小波の連続攻撃には感服する)。完璧に近いデキではなかろうか。再度観て改めて実感するが、映画史に燦然と輝く一本。私に映画のベスト10を作れといわれれば、まずランクインさせるだろう。
この手の映画にはグロい表現がつきものだが、本作を今観ると、それほどグロくはない。それがまた逆に想像力を掻き立てて効果倍増だった(チラリズム理論だね)。そういうただエスカレートした表現に、さほど効果がないのだなと勉強になった。あまり意味が未見の人は少ないと思うが、そういう人がいるならば、今からレンタルショップにいって欲しい。是非・是非。
公開年:2007年
公開国:アメリカ
時 間:99分
監 督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル
出 演:ニコール・キッドマン、ダニエル・クレイグ、ジェレミー・ノーザム、ジェフリー・ライト、ジャクソン・ボンド、ヴェロニカ・カートライト、ジョセフ・ソマー、セリア・ウェストン、ロジャー・リース、エリック・ベンジャミン 他
コピー:ある朝突然、あなたの家族が、別人になっている。
眠っちゃダメ。家に帰っちゃダメ。必ず助けるから。──ママより
スペースシャトルが原因不明の事故で地球に墜落。その残骸の中には、謎の生命体が付着しており、間もなく、感情を失ったように人間の行動を変質させる謎の伝染病が発生する…というストーリー。
過去にも『ボディ・スナッチャーズ』として何度も映画かされている、1955年作の古い原作。
宇宙からやってきて菌が人間を乗っ取って感染がどんどん広がっていくなどという、使い古されたギミックをなんで2007年に…。それもニコール・キッドマンやらダニエル・クレイグをわざわざ引っ張りだしてまで。こんな映画を今、作る必要があるか?はずれ映画にありがちな、製作総指揮にたくさんの人物がクレジットされている。いやな予感がプンプンだ。
正直ハズレだな…と思って観ていたが、ところがどっこい、意外と観れたのである。
観ながら思ったが、これは古典落語だね。落語だってネタは大抵わかっているけど、噺のうまさを観にいくわけだ。本作だって、どんどん感染が広がって、大事な人もピンチになって、次第に追い詰められて、最後に助かるってストーリーは見え見えだよ。だけど、それをどう演出して、どう演じるか。これはそういう映画。
で、この監督は『es[エス]』の監督だから、複数人数に追い詰められる恐怖を描くのはお手の物でしょう。大きな仕掛けではなく、その都度その都度で、ドキッとさせたりハッとさせるのは得意だったから、本作には向いていたということだね。
小難しい映画は観たくないなときには、こういう軽いパニック映画はちょうどいい。そういうとき限定で、お薦めする。
ちょくちょく、社会主義というか共産主義批判の匂いを感じたけど、今時そんなテーマを出されてもちょっと邪魔臭さかったかな(まあ、原作にそういうテーマがあるんだろうけど)。でも、今の時代ならば“グローバルスタンダード”批判ってところなんだろうけど、うまいこと言えてないから、やっぱり邪魔。
#ニコール・キッドマンも子役もすごく綺麗。ダニエル・クレイグも007なんかよりもこういう役のほうが合ってるかもしれないね。
公開年:2001年
公開国:フランス、イタリア、ベルギー、イギリス、スロヴェニア
時 間:98分
監 督:ダニス・タノヴィッチ
出 演:ブランコ・ジュリッチ、レネ・ビトラヤツ、フイリプ・ショヴァゴヴイツチ、カトリン・カートリッジ、サイモン・キャロウ、ジョルジュ・シアティディス、サシャ・クレメール、セルジュ=アンリ・ヴァルック、ムスタファ・ナダレヴィッチ 他
受 賞:【2001年/第74回アカデミー賞】外国語映画賞
【2001年/第54回カンヌ国際映画祭】脚本賞(ダニス・タノヴィッチ)
【2001年/第27回LA批評家協会賞】外国映画賞
【2001年/第59回ゴールデン・グローブ】外国語映画賞
【2001年/第14回ヨーロッパ映画賞】脚本賞(ダニス・タノヴィッチ)
【2001年/第27回セザール賞】新人監督作品賞(ダニス・タノヴィッチ)
コピー:For Peace 平和こそすべて
ボスニア紛争を舞台に、ボスニアとセルビアの中間地帯に取り残された敵対する兵士たちの姿を描くストーリー。
典型的なシチュエーションドラマ。二人が膠着状態ってことで『ソウ』を想像してしまった(全然違うけど)。
華々しい受賞歴ではあるが、戦争映画として純粋にすばらしいのか?というと、それはちょっと違うと思うのだ。他の戦争映画(特にアメリカの戦争映画)とは、あまりにも趣が違って、それがものすごく新鮮に写ったということではなかろうか。戦争の恐ろしさを迫力ある特撮で見せるといったモノが多いと思うし、悪くいえば説教くさかったりするものだが、本作は淡々と淡々と現在の戦争の様子が表現している。
メインのキャラは全員、愛すべきキャラではなくて全然共感できない。前日に『ワグ・ザ・ドッグ』を観たからかもしれないが、登場するマスコミ連中の腹立たしさといったらない。国連なんかあんだけ金をかけて何やってんだ?とみんな思うだろう。皮肉でもなんでもない。これが事実なんだもの。
以下、ネタバレ含む。
始めに、話が進んでくと、この2人の間に友情とか芽生えるのかな?つまんねーなと思っていたが、そうならなかったことが実に素晴らしい。戦争で友情なんか芽生えるわけないし、仮に1つ友情が芽生えたって、その10000倍の憎しみが生まれているのは間違いないんだから、こういう描き方は正しい。至極真っ当な戦争映画といえるだろう。どんなドラマティックでグロテスクな悲劇を見せるよりも、本作を見せたほうが、戦争に嫌気がおきるだろう。そういう意味で高い評価なのだ。
ただ、映画としては、このノリは始めにやったもん勝ちだ。同じテイストで似たような映画をつくったってまったくウケないと思う(二番煎じだって、絶対にいわれるもの)。この着想の閃き1本でたくさん受賞できたのだ。この監督が、その後、評価の高い作品を世に送り出しているか?というと、そうでもないところが、その証拠ではなかろうか。同じような閃きが彼に再び訪れることを祈ろう。
戦争映画がお好みで無い人もいるだろうが、ちょっと他とは視点が違うので、観てはいかがだろうか。
観終わった後に、特段カタルシスがあるわけでもないのだが、逆にモヤモヤするわけでもない。心にカッサカサの空っ風が吹く感じを、味わってみてほしい(それがまた悪くないのだよ)。
公開年:1997年
公開国:アメリカ
時 間:97分
監 督:バリー・レヴィンソン
出 演:ダスティン・ホフマン、ロバート・デ・ニーロ、アン・ヘッシュ、ウディ・ハレルソン、デニス・リアリー 他
受 賞:【1998年/第48回ベルリン国際映画祭】銀熊賞(バリー・レヴィンソン)
コピー:やっちゃった。バレちゃった。
大統領はセクハラ隠しのため、ヤラセの戦争をおこした!
アメリカ大統領が執務室で少女と淫行に及ぶという衝撃的事件が発生。自称もみ消し屋のブリーンが、大衆の目を事件からそらすために、ハリウッドのプロデューサー、モッツを利用し、架空の戦争をでっちあげるが…というストーリー。
『ダイナー』『グッドモーニング,ベトナム』『レインマン』等々のレヴィンソン監督の作品である。彼の作品には、何が“アメリカ”というものを作っているのか?という視点がいつもある。本作は、アメリカを形作っているメディアの虚構っぷりを皮肉ったというところだろうか。
冒頭で、“なぜ犬は尻尾を振るのか?それは尻尾より犬が賢いから尻尾のほうが賢けりゃ尻尾が犬を振る”っていう格言なんだかアメリカンジョークなんだかよくわからない、“wag the dog(犬を振る)”っていうタイトルの説明がある。しかし、観終わっても、なにがdogでなにがtailなんだかよく判らなかった(dog=国民、tail=大統領? それともdog=大統領、tail=もみ消し屋のこと?)。
戦争映像がニュースとして流れるという衝撃を世界に与えた湾岸戦争の後のことなので、こういうアイデアが閃いたのもよく判るのだが、これが、湾岸戦争と9.11の間に作られた映画だと思うと、なにやら複雑な気分になる。
そして、閃いたアイデアだけでグイグイ進めて、最後はダスティン・ホフマンを特にヒネリも無く終わらせているのも、なんとももったいない。そして、観終わった後には、だから何?しか残らない(何が言いたかったのかと思索を巡らせていると、理由はわからないが何かイライラしてくる)。どの部分が評価されて銀熊賞なのかね(映画賞っていうのは、どういう部分に対して評価をしたのかわからないから、こまったものだよ)。
時代を先取りした映画だったんだね…とか評価される作品があるけれど、本作はまったく逆で、あっというまに時代に追い抜かされて、陳腐化した作品である。まあ、当時はこれでよかったんでしょう。
なんだかんだいって駄作だと思う。二大俳優をつかってこのザマである。観る必要なし。以降のレヴィンソン作品も、おそらく観るに値しないんだろう。残念。
公開年:2007年
公開国:アメリカ
時 間:95分
監 督:ザック・ヘルム
出 演:ダスティン・ホフマン、ナタリー・ポートマン、ジェイソン・ベイトマン、ダニエル・ゴードン、ザック・ミルズ、スティーヴ・ホイットマイア、テッド・ルジック、マイク・リアルバ 他
コピー:ようこそ、誰も見たことのない世界初の映像ワンダーランドへ!
マゴリアムおじさんのおもちゃ屋は誰も見たことのない不思議なおもちゃでいっぱい。でも、マゴリアムおじさんがモリーに店をゆずると宣言してから、おもちゃたちは反乱を起こし危機が…というストーリー。
まず、世界観と設定が掴めない。“ようこそ、誰も見たことのない世界初の映像ワンダーランドへ!”というコピーが、少しはずかしいくらい、魔法のギミックにオリジナリティを感じない。
ハリーポッターの1作目を観たときは、あの原作をよくつくったと思ったし、これは読んでいなくても面白いだろうなと思ったものだが、本作は読んでいないとつらいのかも(読んだからといって面白くなるとは思えないんだけれど…)。
私の感性が鈍いのか。木のキューブとか、話かけようとしてるサルのぬいぐるみとか、紙飛行機とか、なんでおもちゃ屋をやめなくてはいけないのかとか、やめるのになんで会計士をよばなくてはいけなかったのかとか、何かの伏線になってるのかなっていないのか、全然わからなかった。勢いのある設定・脚本だと、置いてきぼり感が逆に楽しい…って感じになるんだけど、残念ながら本作では、置いてきぼりは、ただの置いてきぼりだ。伏線をきちんと張るっていうのは基本中の基本だと思うんだけどね。
『主人公は僕だった』の脚本家が監督なんだけれども、同じセンスの人の成せる業とは思えない(『主人公は僕だった』はおもしろかったんだけどねぇ)。魔法とかを扱うモノって、ワクワクするものなんだけど、それが無いっていうのは致命的かな。
おもちゃの反乱っていったって、反乱をおこす前に、おもちゃ側のキャラが確立しきっていないので、ただガチャガチャしてるだけだしね。『チャーリーとチョコレート工場』の5分の1くらいしかワクワクしない。おそらく子供がみても30分くらいで飽きると思うな。お薦めしない。時間が短いのが救い(なんて感想を抱く時点でダメなんだけどね)。
唯一の救いは、本作のナタリー・ポートマンがかわいく撮れていることかな。華奢な肩の感じとか(好みは分かれると思うが)。
余談。主要キャラにユダヤ系が多いのは、なんでかな(原作はそうだから?)。魔法使いのくせにユダヤ系のお墓っぽいし、なんなんだろう。他意はあるのかな?
公開年:2008年
公開国:アメリカ
時 間:167分
監 督:デヴィッド・フィンチャー
出 演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィントン、ジェイソン・フレミング、イライアス・コティーズ、ジュリア・オーモンド、エル・ファニング、タラジ・P・ヘンソン、フォーン・A・チェンバーズ、ジョーアンナ・セイラー、マハーシャラルハズバズ・アリ、ジャレッド・ハリス、デヴィッド・ジェンセン、テッド・マンソン、トム・エヴェレット、フィリス・サマーヴィル、ドン・クリーチ、ジョシュア・デローシュ、リッチモンド・アークエット、ジョシュ・スチュワート、イリア・ヴォロック、ジョエル・ビソネット、チャールズ・ヘンリー・ワイソン 他
受 賞:【2008年/第81回アカデミー賞】美術賞(Victor J. Zolfo、ドナルド・グレアム・バート)、メイクアップ賞(Greg Cannom)、視覚効果賞(Steve Preeg、Craig Barron、Eric Barba、Burt Dalton)
【2008年/第62回英国アカデミー賞】美術賞(ドナルド・グレアム・バート、Victor J. Zolfo)、メイクアップ&ヘアー賞、特殊視覚効果賞(Eric Barba、Craig Barron、Edson Williams、Nathan McGuinness
80歳の老体で生まれ、歳を取るごとに若返っていく男の波瀾且つ儚い人生を、第一次大戦後から21世紀初頭に渡る現代史を背景に綴るストーリー。
まず、15秒のCMで紹介された内容で、おおまかなプロットはすべて語りつくされている。それ以上にロードムービーとして何を見せてくれるか。私の愛する『ファイト・クラブ』の監督である。タダでは終りはしないだろう。
受賞歴を見ればお分かりと思うが、視覚効果の技術には目を見張るものがある。CG全盛の現在であっても、一体どうやって撮っているのか、驚かされる。ここまでのクオリティを見せられると、もう表現できない映像はないのではないかと思わせてくれる。幼少期などは、おそらく顔と体を別々に撮って合成しているのだろうが、まったく違和感無し。すばらしい技術だ。セルビデオには、特典映像としてメイキングなどが付いているのかもしれないが、残念ながら今回はレンタル版なので無し。ちょっと見てみたい。
本作のケイト・ブランシェットはものすごく美しい。若い時期はどう表現しているのか。メイクだけでここまで若くできているのか(“特殊”メイクの領域?)。老いを重ねるデイジーも自然だし、死の床の特殊メイクも彼女と気付かないくらいのデキ。
それに対してストーリー面。なにやら、展開のしかたがフォレスト・ガンプに似ているなぁと思ったら、脚本がエリック・ロスで一緒だった(ヒロインのキャラクターも似ている)。老人が日記を読んだ(読んでもらった)かんじで、ストーリーを進める手法は、ちと古臭いか。まあ、ちょっと長いんだけど、飽きずには観れたのは、彼の力量のおかげ(としておこう)。
ベンジャミンは、デイジーと交差する年齢を通じて、「生きること」が何かを深く考えていくわけだが、さほど目新しい視点ではない。だって、最後に火の鳥が出てきて、あなたはこういう罪を犯したので、こうなっているのですよ…って、言いそうな感じなんだもの。
ドキドキでもワクワクでもいいんだけど、寝そべって観ていたら思わず身をおこしちゃうような演出が、デビット・フィンチャー作品にはあったんだけどね(“うまさ”を超えた何かが)。私の好きなデビット・フィンチャーは、もういないのかな(ゾディアックもピンとこなかったしなぁ)。凡作とはいわないが、傑作にはほど遠いだろう。やはり、仕掛けの使い尽くされた感が如何ともし難い。私は特にお薦めはしない。観るものがなければ観てください程度かな。
余談。BUTTONはボタンだと思うんだが、なんでバトンでなくてはいけないのか?なにか“ボタン”にすごく意味があるような気がするのだけれど。そのほか、ちょくちょく出てくるハチドリの表す意味がよく判らない。
公開年:1991年
公開国:日本
時 間:120分
監 督:岡本喜八
出 演:北林谷栄、風間トオル、内田勝康、西川弘志、緒形拳、神山繁、柳川国二郎、水野久美、岸部一徳、田村奈巳、松永麗子、岡本真実、奥村公延、天本英世、本田博太郎、竜雷太、嶋田久作、常田富士男、橋本功、樹木希林、松澤一之、藤木悠、上田耕一、中谷一郎、山本廉、大木正司、山藤章二、景山民夫、寺田農 他
受 賞:【1991年/第15回日本アカデミー賞】主演女優賞(北林谷栄)、監督賞(岡本喜八)、脚本賞(岡本喜八)、編集賞(鈴木晄、川島章正)
3人組の若者に誘拐された大富豪の老女が、それを逆手に若者たちを手玉にとって事件に関わる人々を翻弄するというストーリー。
まず、プロットが非常に面白い(原作の力によるところが大きいとは思う)。犯罪トリックとして細かいところを凝視すれば破綻している部分はいくつでも見つかるだろうが、すべて刀自のキャラクターで丸く収まりOKである。
最後に、戦時下に亡くなった子供達と結びつけたところや、緒形拳による謎解きでの、カットを数秒挟むだけで理解させるスマートな編集など、感心する箇所も多数。
風間トオルや西川きよしの息子の演技の拙さといったらないのだが、穿った見方かもしれないが、それでも許される役回りに配して、逆にに利用しているところがうまい(その分、がっちりと名優が固めているしね)。
お亡くなりになっている演者が多数で、さすがに18年も前の作品と感じさせるが、それはやむなし。また、冒頭とラストで使用されている、音楽・楽曲のダサさと邪魔臭さだけは気になるところ。許されるならば、音楽だけ差し替えてほしいものだが、故人であるし不可能か。それ以外は、今、観てもまったく古さを感じない名作。再編集版として特別公開したり再編集版DVDを発売しても、全然ペイできる気がする(緒方拳がお亡くなりになったときがチャンスだったかもね)。
まだ未見の人ならば、だまされたと思って観てほしい。絶対楽しめるはず。その後の日本のコメディ映画に、ここまでのクオリティのものはなかかなか無いと思う。
公開年:2001年
公開国:アメリカ
時 間:114分
監 督:ボビー・ファレリー、ピーター・ファレリー
出 演:ジャック・ブラック、グウィネス・パルトロウ、ジェイソン・アレクサンダー、ジョー・ヴィテレッリ、グウィネス・パルトロー、レネ・カービー、スーザン・ウォード、アンソニー・ロビンス、ブルース・マッギル、ナン・マーティン、ダニエル・グリーン、ブルック・バーンズ、ゼン・ゲスナー 他
コピー:嘘のようなほんとのラブ・ストーリー
父親の遺言を守り、少年時代から外見の美しい女性だけを追いかけ続けてきたハルは、偶然出会った自己啓発セミナーの講師に内面の美しい女性が美人に見える催眠術をかけられてしまう。そして、最初に出会った心の美しい女性は体重300ポンドの巨漢女性で…というストーリー。
ファレリー兄弟の作品。彼らの作品の特徴といえば、『メリーに首ったけ』をはじめ、本物の障碍者を障碍者の役で使う点。アメリカでは賛否両論あるようだが、おおむね好意的に捉えられているらしい。宗教的な部分を除けば、日米間の表現上のタブーにさほど開きはないと思っていたが、この障碍者の扱いという部分は、かなりの差があるかも…と気づいた。映画の登場人物には、当然いいキャラもいれば悪いキャラもいる。障碍者にだっていいキャラもいれば悪いキャラもいるでしょ?という、考えれば至極当たり前のことなのだが、彼らは愚直なまでに全作品に登場させている。
日本映画での障碍者の扱いは腫れ物を扱うようだし、かなり限定的にしか登場することがない(その場合も、表面上は障碍のない人と区別がつかない障碍の場合が多い)。逆に扱うときは仰々しく扱い、それらの多くは差別問題を主題にした映画である。コメディーでさらっと使うことがいまの日本映画界にできるだろうか。たとえば、本作に登場するウォルトのようなキャラクターで。
多分、できないし、やらないだろう。なぜならば、これらに対するクレーム・トラブルを面倒に思うだろうから。それは制作側だけでなく、障碍者側もその準備が十分ではないからに他ならない(アメリカのように障碍者の役者団体なんでほぼ無いだろうし、ヒステリックにクレームをつける団体も多いでしょう)。ひいては、日本では日常空間の中で障碍者がいる風景が全然“ノーマル”でないこと、つまり障碍者の社会進出がいかに進んでいないかということの表れなんだと思う。
誤解を招くといけないので断っておくが、社会進出している障碍者の数に大きなの差があるのか否かを、知った上で述べているわけではない。ただ、障碍者自身の社会進出を望む強さと、それをフォローしようという人たちの強さと、それを自然に受け止めようとする人々の心の土壌があって、それら総体のパワーが、アメリカよりも劣っているのだろうなと思うだけである。そして、それが、映画における障碍者の扱いの違いと、受け止め方の違いに繋がっているのだろうなと…。
映画批評でもなんでもないのだが、私は、障碍のある人も無い人も一緒にプレーできるオープンスポーツが生まれてて、普通にオリンピック競技になるのが、理想だと思っている。(ちょっと伝わりにくかもしれないが)そういう意味で、本作には共感できる部分がある。
話を変える。
原題は“SHALLOW HAL”。“浅はかな”ハルである。これを『愛しのローズマリー』にしちゃうのは、『メリーに首ったけ』が当たったからに他ならず、その後も彼らの作品には、こういうノリの邦題がつけられている。良いとも悪いとも思わないが、同年(未公開)の『ギリーは首ったけ』よりはマシだと思う(笑)。少なくとも、まだ知名度のイマイチだったジャック・ブラックよりは、グウィネス・パルトロウ押しのほうが、収益に繋がると考えたのはうなずける。実際、本作のグウィネスは魅力的である。
人間を量る価値観、それもだれもが無意識に発動している内なる量りの存在に気づかせてくれるという意味で、なかなか考えさせてくれるいい作品だと思う。ただ、実際問題として、人間の価値観は個々のものだという答えに帰結してしまう。そして、それは廻りの環境と折り合いつけるものなのですよ…と、ハッピーエンドという名のオブラートに、ぽやーん包んでラストにしているのだが、決して悪くはない。
あまり、この作品を見るべきと薦める人はいないと思うのだが、私はあえて薦めてみたいと思う。コメディとカテゴライズされていることもあるが、笑える人は多くないと思う。軽いドラマだと思って観て欲しい。見終わった後に、ちょっと心に引っ掛るものがあれば、薦めた甲斐はあったと思う。
#余談。このコピーって、なんか実話みたいじゃないか?そういう情報はないんだが…。もし、実話じゃないなら、サギコピーだな。
公開年:2008年
公開国:アメリカ
時 間:117分
監 督:クリント・イーストウッド
出 演:クリント・イーストウッド、ビー・ヴァン、アーニー・ハー、クリストファー・カーリー、コリー・ハードリクト、ブライアン・ヘイリー、ブライアン・ホウ、ジェラルディン・ヒューズ、ドリーマ・ウォーカー、ジョン・キャロル・リンチ、スコット・リーヴス、ブルック・チア・タオ 他
ノミネート:【2008年/第66回ゴールデン・グローブ】歌曲賞(カイル・イーストウッド[曲/詞]、クリント・イーストウッド[曲]、マイケル・スティーヴンス[曲/詞]、ジェイミー・カラム[曲]“Gran Torino”)
【2008年/第14回放送映画批評家協会賞】主演男優賞(クリント・イーストウッド)
コピー:俺は迷っていた、人生の締めくくり方を。少年は知らなかった、人生の始め方を。
急変する世の中を嘆く、孤独な人種差別主義の偏屈な老人が、隣人のアジア系移民家族と思いがけず交流を深めていくストーリー。
無冠な上に、米アカデミー賞にいたっては、ノミネートすらない。どういうことか。私は大傑作だと思うが。
まず、イーストウッド演じる偏屈老人が抱く、子供たちや隣人に対するマイナスの感情に、私とは年齢こそ違えどとてもシンパシーを感じる。社会の流れについていけていないと片付けられがちだが、そうではなく、過ちや問題が見えているのに、それについて意に介さない人々に対して、付ける薬はない…と半ばあきれているのであって、むしろニヒリストに近いかも。
昨今、外国人地方参政権付与について日本でも話題になっているので、人種差別主義者と思われると困るのだが、本作のような街の状態だったら、私もかなり苦痛に感じてしまう。アメリカにおける人種問題は、“サラダボウル”状態が理想とされる時期があったと思うが、そんなのはきれいごと。物理的な空間において、一定水準の秩序と清潔を保つためには、ある程度の共通認識を持つこととコミュニケーションが容易であることが前提であり、そのベースなくして、文化や人種の尊重など困難だということを痛感した。そういう面でも、よく考えされられる作品だ(とりあえず、今の日本が、チンピラのウヨウヨいる状態でないことはありがたい限りである。あんな状況なら、銃を所持しないと身を守れないと言うのも、思わず納得してしまう)。
主人公より印象は薄いが、特徴的に使われているのは神父だろう。事件があった後、若い神父は老人の家を訪れ、彼らを殺してやりたいという。もし老人が「さていこうか」と銃をもって家を出たなら、彼も一緒に行ったのは間違いない。しかし彼は、翌日には、そんな老人を止めようとする。一晩置いたら感情が整理できたということだ。
しかし、より年齢の若い少年は、次の日になってもその感情を抑えられず、いつ復讐にいくのかと老人を急かす。ここからはネタバレなので言わないが、要するに、人の成熟とは自分の感情とどれだけうまく付き合えるかということだといっている。感情の暴走は利己につながり、その逆は利他の行動として現れる。老人は究極の利他で人生を締めくくったわけである。
彼が重い病だったからああいう行動がとれたのかも、と考えたくもなるが、そういうタラレバの話なんか無意味に感じるくらいよくできた話。観ながら、復讐すべき!と感情を昂ぶらせた人は多いと思う。そういう人があのラストで何を思い感じるか。もう、如是我聞~から始めれば、十分高尚な仏教の説話だと思う。『最高の人生の見つけ方』も生き様を考えるという意味で共通点はあるが、トータルのデキと含蓄は雲泥の差である。イーストウッドの監督の力量は、もはや敬服の域である。ニック・シェンクという脚本家にも、今後注目していきたいと思う。
青少年が本作を観て正しく理解できるかどうかは若干疑問ではあるが、ある程度の年齢の人たち(特に子育てを経験したくらいの人たち)には、是非観てほしい作品だ。強くお薦めする。
余談。あまりいいコピーではない。なぜなら、人生の締めくくり方を明確に考え始めたのは、後半をすぎてからだし(まあ、無意識に昔から考えていたかもしれなけれど)、このコピーを読んでしまうと、オチの予想がついちゃうから。
公開年:2002年
公開国:アメリカ
時 間:93分
監 督:トミー・リー・ウォーレス
出 演:ジョン・ボン・ジョヴィ、クリスチャン・デ・ラ・フエンテ、、ナターシャ・グレグソン・ワグナー、アーリー・ジョヴァー、ダリアス・マクラリー、ディエゴ・ルナ 他
味方を亡くしたヴァンパイア・ハンターが新たな仲間と共に、女吸血鬼をはじめとするヴァンパイア一味に立ち向かう…というストーリー。
会社の人が、ジョン・カーペンターのDVD-BOXを購入したということで、未見の作品を貸してもらった。そのうちの1本。
あまり情報を持たずに観始めてしまったのだが、後から調べてみると、まず、本作は、『ヴァンパイア/最期の聖戦』というジョン・カーペンター監督作品の続編で、彼は監督ではなく製作総指揮(それも連名)であった。
ジョン・カーペンターは、自分の作品では脚本から音楽までやってしまうくらいの人なので、続編なので名前だけ出しておいただけで実際は一切製作にはノータッチだと考えていいだろう。予想だが、製作側がジョン・ボン・ジョヴィの映画をつくろうとおもって、引っ張り出されたように見える。
とはいえ、低予算職人ジョン・カーペンターのノリは引き継いでいて、CGはもちろん撮影後の特殊映像効果などは加えられていない。それが良さに見えるかチャチにみえるかは微妙なところで、1989年作品ですといわれれば納得するが2002年作品と言われると、もうちょっとどうにかならないかと思わざるを得ない感じ。
ジョン・カーペンターの脚本というのは、いくら低予算かつグロテスクであっても、その底辺には実人間社会に存在する疎外感や人の心のゆがみなどが投影されているのだが、本作はあくまで設定をいただいただけで、そういう感性は引き継いでいないようだ。まあ、続編もなにも、まず私は前作を観ていない(笑)ので、設定をちゃんといただいているのかどうかも評価できないのだが…。
だが、前作があることにも気付きもせず、というか何の違和感もなく観終わった。それはおもしろかったと言う意味ではない。深夜に放送するのも、ちょっと厳しいレベルかもしれない。むしろ深夜放送なら、逆につっこみ放題のつまらなさ満載で珍作と思われるくらいのほうがよいのだが、本作はあまりにも凡作すぎ。日本未公開なのもわかる。よって、日本語吹き替え音声はついていないのだが、またもや、それがつらいところ。結構、細かい編集が多いので、字幕を追っていると、見にくい部分がある。
ジョン・ボン・ジョヴィが大好きで仕方が無いという人以外は、観る必要はないと思う。
公開年:2005年
公開国:フランス、ベルギー
時 間:95分
監 督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出 演:ジェレミー・レニエ、デボラ・フランソワ、ジェレミー・スガール、ファブリツィオ・ロンジョーネ、 オリヴィエ・グルメ、ステファーヌ・ビソ、ミレーユ・バイィ、アンヌ・ジェラール 他
受 賞:【2005年/第58回カンヌ国際映画祭】パルム・ドール(リュック・ダルデンヌ、ジャン=ピエール・ダルデンヌ)
コピー:痛みを知ること、やさしくなること。
20歳のブルーノと18歳のソニアのカップルは、わずかの生活保護とブルーノの盗みでその日暮らしの日々。ブルーノはソニアが自分の子供を産んだとういのに父親としての自覚どころか関心さえ示そうとせず、深い考えもなしにその子供をわずかのお金で売り捌いてしまう…というストーリー。
子供ができた若いカップルの過ちを描くドラマなどと紹介されていたが、(以下ネタバレ多く含む)大きな過ちを犯すのは男のほう。前半、若い二人の行動の子供っぽさを妙に強調するので、タイトルの“ある子供”が赤ん坊のことだけでなく、この若者たちも指すダブルミーニングであることに、早々と気づいてしまった。そうなると、売った子供を取り返すまで顛末と、それを通して大人への自覚を獲得していく…的な展開が続くのかと思ってうんざりしかけていたのだが、早々に奪回。セーフ(『天国と地獄』と一緒だね)。
さて、あとはどういう話にするのやら。自滅パターンしか想像が付かなかったけど、それを覆してくれるなら、さすがパルムドールと納得しようと考えたのだが、それは叶わず。
ベルギーでは失業する若者が相当数存在し、問題になっていると何かに書かれていた。そういう社会風刺を含んでいるのは理解できるが、それを踏まえても、本作はピンとこなかった。ピンとこないのは、その状況を肌で感じていないから…ということではない。一見、男が社会から手を差し伸べられていないように見えるのだが、私には差し伸べられた手を自分で払っているようにしか見えないから。冷たい言い方をすれば、同情する気がまったくおきないのである。仮に社会状況が良くても、この男はこんなもんなんじゃないかと思えて仕方がない。
さて、自首したことが大人への一歩なのかどうか。なにか希望の臭いも感じさせる終わり方だが、よく言えば余韻を残した終わり方、悪く言えば放り投げ。なかなか人間は変われない。社会的な業の深さも感じるし、日本がそういう状況でないことを、ありがたく感じてしまう次第であった。
技術面だが、現実的な描写がすばらしく、非常に参考になる。亡霊にでもなって彼らの傍らで、その様子を眺めているような感覚になる。それは、まったくBGMがないことと、手持ちカメラでの撮影が多いことの効果かと思う。模倣する作品が出てくるかもしれない(スタッフロールが無音なんで、「あ、そういえば」って気付くよね)。
本作は、『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』を抑えてパルムドール受賞となったが、個人的な趣味としては『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』のほうが好き。本作のほうがカンヌ好みだったということなんだろうけど、根本的に私とは趣味が合わないということかな(他の出品作品もさほど秀でているとも思えないんだよね)。
楽しい作品では決して無いので、ドンパチやフザけた映画に飽きたときに観ればいいかも。観なきゃ損します、とは言いません。
出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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