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公開年:2012年
公開国:イタリア、フランス
時 間:115分
監 督:マッテオ・ガローネ
出 演:アニエッロ・アレーナ、ロレダーナ・シミオーリ、ナンド・パオーネ、クラウディア・ジェリーニ 他
受 賞:【2012年/第65回カンヌ国際映画祭】審査員特別グランプリ(マッテオ・ガローネ)
イタリアでは、一般の若者が共同生活をする“ビッグ・ブラザー”というリアリティ番組を大ヒット。そこからスターも生まれているほど。その番組の大ファンであるナポリで魚屋を営むルチャーノは、明るい性格でいつもお客を楽しませ、町の人気者だった。しかし、商売で得る収入はわずかで、大人数の家族を養うのは不十分。そこで、妻が営業をしているクッキングロボットを知り合いに買わせて、それをすぐに返品させて、営業歩合収入を得るという詐欺行為でなんとか暮らしていた。そんなある日、家族が街に買い物にいくと、ビッグ・ブラザーの新参加者のオーディションをしている。ルチャーノは、家族に薦められてオーディションに参加したが、なんと一次オーディションに合格してしまう。元々、親類や町の人から面白い男といわれていた彼は、すっかりその気になってしまい、有名になって金持ちになる夢を膨らませるのだった。しかし、仕事中に普段見かけない人の姿を見ると、番組スタッフが調査に来ているのでは?と思うようになり…というストーリー。
コメディかと思っていたのだが、全く違った。笑えないだけではなく、かなり悲惨な話だと思う。自分はスターになれると思い込むという設定は、デ・ニーロの『キング・オブ・コメディ』を思い出す。あっちはかなり病的だったが、こちらはかなり微妙なライン。だから、こんな感じで徐々にエスカレートするとは思ってもみなかった。かえって救いようのない狂気が漂う結果に。
プロットは別にして、本作はわかりにくい演出が多い。まず、クッキングロボットの設定が全然ピンとこない。あまりにSF的なデザインで、どうやって使うのかもわからないレベル。もしかしてこのお話は未来のお話かな?なんて思ったほど。そして、そのロボットを使ってやっている詐欺の仕組みがさっぱり見えてこない(後でネットで調べてやっとわかった)。
結局は、ヤバいことをやらざるを得ないくらい貧しいっていうことと、それを夫婦がツルんでやっているっていう設定が必要だったわけだが、別にそんなロボットを持ち出さなくてもよかったと思う。
そして、タイトルにもなっている“リアリティ”番組がいまいち見えてこなかった。始め主人公ルチャーノは、冒頭で女装していたから、なにかそういう芸を披露する番組なのかな?なんて思っていた。リアリティ番組出身のスターがライブみたいなのをやっていたから、ますますそうなのかなと。実際の放送を観ているシーンで、それが日本でいうところを“テラスハウス”的なものであることがやっとわかった(テラスハウスとやらは観たことないからよくわからんけど)。
オーディションの様子を説明していたルチャーノは、自分の生い立ちをすっかり語ってやった…的なことを言っていたが、いやいやいや、若者の男女が出る番組で、妻帯者で子持ちのおっさんが出る番組じゃないじゃん。おもしろい人だとかそんな次元じゃないじゃない。なんで出られると思ったのか…。いや、本人だけじゃなく、町の人たちもさ。
こういう、端々の演出に全然“リアリティ”がないという皮肉さよ。
番組スタッフが調査に来てるんじゃないか?と思い始めるのは理解できるのだが、ホームレスを調査員だと思い込み、さらに仕事を辞めたり、家財を投げ打って自分を良い人だと思わせようと必死になったりと、そこまでくるとすっかり狂人。主人公の目つきも明らかにイっちゃってる感じに。次第に夢と現実との区別がつかなくなった“ドン・キホーテ”の奇行は、止まらない。
まあ、その狂気を描くのが本作の狙いだから、
さて、なんで彼はそこまで“思い込む”ことができたのか。そうやって現実から目を背けたくなるような、バックボーンがあったのか? それは、もしかすると、オーディションで語ったという彼の過去に秘密があるのかもしれない。でも、それは劇中で語られることはない。みなまで語られないばかりか、匂わせてもくれないので、タダの狂人と、それに苦労する周囲の物語で終わってしまっているのが残念。
“風変わりな作品”であることは認めるが、カンヌがなにをもってこれが審査員特別グランプリに値すると考えたのか不可解。また、主演のアニエッロ・アレーナが元マフィアだったとか、そういう“場外のものめずらしさ”に注目したのかも(もう、カンヌのそういう目線はうんざりだよね)。
やっぱり、どうしても『キング・オブ・コメディ』と比較してしまうね。そして、数段落ちるという事実。
公開年:2013年
公開国:日本
時 間:105分
監 督:福田雄一
出 演:堤真一、橋本愛、生瀬勝久、山田孝之、濱田岳、水野美紀、石橋蓮司、指原莉乃、賀来賢人、ムロツヨシ、川久保拓司、秋元黎、ドナルド・アッシュ、蛭子能収、尾上寛之、小柳心、村松利史、池田成志、佐藤二朗 他
コピー:将来のことは、考えないようにしています。
42歳のバツイチ男、大黒シズオは、高校生の一人娘・鈴子、父親の志郎と3人暮らし。“本当の自分を見つける”と言い、会社を辞めてしまい、それから1ヵ月立っても、朝からゴロゴロしてゲーム三昧で、父親からは怒鳴られる毎日だった。そんなある日、本屋で立ち読みしていたシズオは、漫画家になろうと突然ひらめき、家族に宣言。書き上げては出版社に持込むのだが、当然すべてボツ。バイト先のファーストフード店では“店長”と呼ばれているが、もちろん本物の店長ではなく、新人に馬鹿にされる毎日。後輩に合コンに誘われるものの、まともの相手にすらされない。挙句の果てには、高校生の娘に2万円借りる始末。そのくせ、隙あらば幼馴染の宮田と飲みに行く。そんな中、バイト先に金髪の新人・市野沢がやてくる。やる気のない市野沢をシズオは飲みに誘うが、自分が泥酔。市野沢はシズオを家に送るハメに。ほどなく市野沢はバイトをやめるが、以降も二人の付き合いは続き…というストーリー。
マンガ原作の作品らしいが、たしかにマンガ的な演出が散見。特にそれが良くも悪くもない。『HK/変態仮面』の監督さんなのだが、この人、2013年に3本も監督してるねぇ。『THE3名様』とか『かずら』もこの人か。ちょっとシュールなコメディが得意なのかな。
原作を読んでいないので、再現度や毀損具合はわからないが、ソツなくまとまっている印象。演技陣がやたらとしっかりしているので、ユルい割には、不思議な緊迫感がある。『HK/変態仮面』でも、くだらない内容なのに、独特の空気感があったと思う。この監督の良さなのかもしれない。
男性目線だと、宮田の元妻の言い分や、娘・鈴子の所業はヒキまくり。子供が父親のところにいたいからといって、あっさりと妻が戻ってくる違和感。「そのバイトはやめなさい」「はい」で終わる狂気。狙いなのかもしれないが、頭に霧がかかったような不安を感じる。
それなりにおもしろくはあるのだが、世の中はこういう映画を求めていないような気がする。突然仕事を辞めてしまうようなダメな人間が主人公だけど、それでもなんだかんで生きているじゃない。むしろ、こんな自由に生きられるなら、そうなりたいと思っている。さらに、宮田妻の件もハッピーエンドでおさまり、娘の件も大事にもならず。市野沢もパン屋に就職。
そんな幸せだらけな状態を観て、ほっこりすることを本作に期待する人が何人いるだろう。少なくとも、宮田の元妻や娘・鈴子はもちろん、宮田のパン屋だって、もっと泥水を舐めるような内容にしたほうが良かったのではなかろうか。そこまでやった後に、一縷の未来を見せるべきかな…と。
橋本愛は中途半端なヨゴレ役だが、まあ、女優でやっていこうという心意気と捉えられなくもない。もったいない扱いな気もするが、まあ、あまり素行の良い話もきかないので、変にアイドルアイドルした仕事を押し付けるのも得策じゃないんだろう。
小品良作といいたいところだが、良作には2歩及ばずって感じ。
公開年:2000年
公開国:アメリカ
時 間:83分
監 督:ダニー・レイナー
出 演:アシュトン・カッチャー、ショーン・W・スコット チェスター、ジェニファー・ガーナー、マーラ・ソコロフ、デヴィッド・ハーマン、クリスティ・スワンソン、チャーリー・オコンネル、ロバート・クレンデニン、ハル・スパークス 他
ノミネート:【2014年/第23回MTVムービー・アワード】ブレイクスルー演技賞[男優](アシュトン・カッチャー)
ジェシーとチェスターは、目覚ると前夜の記憶がスッポリ無い。一生懸命思い出そうとするが、まったく思い出せない。何故か部屋の冷蔵庫や棚にはプリンがぎっしり詰まっているが、やはり思い出せない。とりあえずプリンを食べていると、彼らの恋人である双子のワンダとウィルマから電話が掛かってくる。えらくご立腹で、どうやら彼女たちに渡すはずのプレゼントを渡しそびれている模様。ちゃんと渡してくれたら“おスペ”を貰えるとのこと。“おスペ”が何だかよくわからないが、たぶん良いものに違いないので、急いで家を出るが、ジェシーの車が見当たらない。プレゼントは車にあるにちがいない。昨夜の記憶を辿ろうと、持っていたストリップ劇場のマッチを頼りにその店を訪れる。すると、店のストリッパーは彼らのことを知っていた。やはりこの店に来ていたのだ…と思ったら、ニューハーフの店だった。おまけに、彼らから大金を預かってそのまま逃げてしまったらしく、返却を迫られる。その場は返す約束をして逃げ出したが、次はセクシーなエイリアン集団に“装置”の在り処を問い詰められ…というストーリー。
目覚めたら記憶がなくて、前日のことを手掛かりを伝いながら思い出していくが、ドタバタがエスカレートし…というのは『ハングオーバー!』と一緒。もちろんこっちのほうが古いけど。とにかく、何だかよくわからないし、かといってのっぴきならないピンチが襲ってくるわけでもないユルユルさ。
監督が中途半端に日本好きなんだろう。他のハリウッド映画同様に、トンデモ日本が散りばめられているが、一切悪気がないというのが逆にタチが悪い。なんで壁にウルトラマンネオスのポスターが?
プリンの謎、そして大金の行方。最後まで観ても、なんで見ず知らずの若者二人に大金を預けたのか、意味不明だった。テキトーすぎるよ。
プチプチでできた服をきた宇宙オタク。「ゾルダン!」ってのが彼らの合言葉。邦題はそれなんだけど、題名にするほどの重要さは皆無。さらに本物の宇宙人美女集団が登場したと思えば、男2人の宇宙人も登場。なにやら多連続変形体っていう装置を寄こせとのこと。和訳がアホなのかもしれんけど、もう、その装置名でポケットに入っていたルービックキューブがそれなんでしょ?ってわかっちゃうのもバカバカしい。ダチョウとか思いつきだよなぁ…。
それでも、各陣営が一同に介して多連続変形体を巡ってラストバトル。記憶が無いながらも、機転(?)で宇宙を救うことに。同時にプリンの伏線も見事(?)に回収。結局、ニューハーフの金のくだりって不要なんじゃね?という所を、同じロッカーに入っていた物で強引に繋げるという、外無双ばりの荒業シナリオ。でも、結局“おスペ”がなんだかはわからんのじゃ。
こんなに幼稚でくだらない内容なのに、「すげーだろ!」って胸をはられちゃった感じ。でも、観て損したとは思わなかったなぁ。日本でも、こういうノリのアイドル映画をつくればいいのにね。アリだと思うよ。いかにもエロそうなジャケット画像だけど、そんなこともないし、意外にダレも損しない内容だと思うよ。
公開年:2011年
公開国:アメリカ
時 間:99分
監 督:リチャード・リンクレイター
出 演:ジャック・ブラック、シャーリー・マクレーン、マシュー・マコノヒー、ブレイディ・コールマン、リチャード・ロビショー、リック・ダイアル、ブランドン・スミス、ラリー・ジャック・ドットソ 他
ノミネート:【2012年/第70回ゴールデン・グローブ】男優賞[コメディ/ミュージカル](ジャック・ブラック)
【2012年/第28回インディペンデント・スピリット賞】作品賞、主演男優賞(ジャック・ブラック)
【2012年/第18回放送映画批評家協会賞】 コメディ映画賞、コメディ映画男優賞(ジャック・ブラック)、コメディ映画女優賞(シャーリー・マクレーン)
コピー:テキサスで起こった 嘘みたいな ほんとうの話
テキサス州の田舎町カーセージ。葬儀社で助手として勤務しているバーニー・ティーディは、卓越した遺体の防腐処理、賛美歌まで演奏する淀みない葬儀の進行技術、棺を売る営業力、そして何よりも遺族へきめ細かい配慮で、高い評価を得ていた。誰にも親切な彼は、奉仕活動にも献身的に参加しており、町の人気者だった。ある日、石油で莫大な財産を築いたドゥエイン・ニュージェントを担当。その莫大な資産を相続した81歳の未亡人マージョリーは、頑固で偏屈で町一番の嫌われ者。友達はおろか息子家族からも嫌われおり、財産に関する裁判までおこされる始末。そんな孤独な彼女を気の毒におもったバーニーは、葬儀が終わった後も世話を焼いていた。はじめは冷たくあしらっていたマージョリーも、次第に心を許しはじめ、相談相手として付き合うようになるが、数年後には彼女の会社の社員となり、財産の管理まで任されるようになっていた。しかし、彼女わがままさが直ったわけではなく、バーニーへの依存度と独占欲は高まる一方で、彼が友人と付き合うことすら制限するようになっていた。なんとか我慢していたが、精神的に追い詰められたバーニーあ、とうとう彼女をアルマジロ駆除用にライフルで撃ち殺してしまい…というストーリー。
タイトルに間違いはないんだけど、冒頭の防腐処理のくだりがかなり奇異で、シリアルキラーみたいに感じられてしまう。そんな作品ではない。
1996年に39歳の葬儀店員が81歳の大富豪の女性を殺害した実際の事件を映画化した作品。確かに観終わってから遠い記憶を紐解けば確かにこんな事件があった気はするが、鑑賞中は思い出せなかった。ジャック・ブラックをキャスティングしたのが秀逸。献身的でやさしいその行動は、胡散臭さ満開。爺さん婆さん連中が彼を好意的に見るのはわからないでもないが、同年代や下の世代からみれば、何か気持ち悪さを感じずにはいられない。いや、コレ完全に偏見なんだけど、実際にどこか気持ち悪さを感じてしまうのだから仕方がない。
どう考えても、富豪の婆さんを垂らしこんでいるという構図。そんなことはないと思いたいところだが、趣味の飛行機や演劇に大金を使っているのは事実だし、単なる献身とは思いがたい。
いざ殺人を犯してしまった後、車庫の冷凍庫に入れておくというずさんな手口。これが、後の裁判の争点となる。もし彼が、その気なら、遺体を処分できたのにしなかった。つまり金目当ての殺人ではなかった…という論法。おまけに、殺さなくても十分にお金は使えているのだから、殺す必要はないと。
マージョリーの死後、彼女の財産を使い続けるが、これが共益のためや、困った人のためにばかり使っているというのも、彼を弁護する材料だった。
この作品の底辺にある論調も、基本的に彼に好意的な演出が施されていると思う。全編にわたって登場する町の人々のインタビューは、すべてバーニーを擁護するものばかり。その逆は検事のみ。完全に検事が、名誉欲のために、あらゆる策を講じてバーニーを有罪にしようとしているという構図だ。すると、不思議なもので、観ている側も、自然とバーニーを応援する気持ちになってくる。
この法廷劇が、意外におもしろかった。後から冷静に考えれば、やっぱり有罪だと思う。元々家にあった害獣駆除用に銃だから、故殺かどうか微妙だっていう人もいるけど、その後の遺体を隠して、財産を私的に使った。私欲のために使わなかったというが、元々そういう公益に使いたいという欲求の持ち主だからね。十分に故殺と推定するだけの条件は揃っていると思う。でも、鑑賞中の私は、そう思っていなかった。人間っていうのは、雰囲気に騙されやすい生き物だな…と思うよ。
判決が出た後も、町の人はバーニーを擁護し続ける。実際はどうなのか知らないけれど、収監中も、料理教室を開いたり、その明るさに怖さを覚える。だからといっておかしな人間だと決め付けるのがよくないのは理解している。でも直感的にこいつは何かおかしい…という声も聞こえてくる。単なるおもしろ話のようにみせておいて、実はものすごく観客がためされているようにも思える。
実話だから、どうしようもなかったんだろうけど、冷凍じゃなくて防腐処理して保存してほしかったな…。そんなフィクションを差し込む余地がないほど、まるでフィクションな現実がそこにあったってことなんだけどね。
エンドロールで、ジャック・ブラックが収監されているご本人と面談している様子は、なかなか衝撃的。過去の実話ベースの映画で、こんなことした人いないと思う。
ものすごく楽しめた。映画賞の受賞までいたっていないけど、良作だと思う。
公開年:2013年
公開国:アメリカ
時 間:116分
監 督:マーク・フォースター
出 演:ブラッド・ピット、ミレイユ・イーノス、ジェームズ・バッジ・デール、ダニエラ・ケルテス、デヴィッド・モース、ルディ・ボーケン、ファナ・モコエナ、アビゲイル・ハーグローヴ、スターリング・ジェリンズ、ファブリツィオ・ザカリー・グイド、マシュー・フォックス 他
ノミネート:【2013年/第19回放送映画批評家協会賞】アクション映画男優賞(ブラッド・ピット)、SF/ホラー映画賞
【2014年/第23回MTVムービー・アワード】恐怖演技賞(ブラッド・ピット)
コピー:全人類に告ぐ、来たるZデーに備えよ。
元国連職員ジェリー・レインは、妻と二人の娘を学校に送るため車を走らせていた。しかし、いつもはスムーズに進むところで渋滞にはまってしまう。慌ただしく警察車両が通過し始め、人々が車を捨てて逃げ始めると、突然凶暴化した人間が出現し、他の人たちを襲い始めた。噛まれた人は同じ症状となり、また人を襲い始め、まさにゾンビ状態。なんとか逃れたジェリー一家は、人々をゾンビ化するウイルスが各地に蔓延し、このままでは世界が壊滅してしまうことを知る。家族を守るため必至に逃げる術を考えていたジェリーのところに、国連事務次長ティエリーから連絡が入り、現場への復帰を要請される。一家はティエリーが派遣したヘリに乗って、ニューヨーク沖に停泊する軍艦に向かう。しかし、艦の収容人数は限られており、民間人は地上の避難所へ移送されている最中。ティエリーは、かつて伝染病の調査や紛争地域での交渉で活躍していたジェリーを復帰させたいと考えており、復帰すれば家族を艦に留めてもよいという交換条件を出す。家族の安全のために復帰を許諾したジェリーは、若きウイルス学者や特殊部隊員らとともに、最初にゾンビの情報を発進してきた、在韓米軍基地へと向かう…というストーリー。
冒頭は、ゲンナリポイントの連打なのだが、あきらめずに観続ければ、そこそこ面白くなるので我慢しよう。あくまで、そこそこだよ。
まず、この作品がゾンビ物であることがわかったときの、「またか…」感。
「ゾンビだって??」って反応する科学者たちにセリフにゲンナリ。事実、目の前にいる調査対象の状態がゾンビ状態じゃないか。ゾンビという言葉を使ったら非科学的だとでもいうのだろうか。実に、セリフにセンスがない。科学者と現場の温度差というか、キャラ設定上の対立軸をむりやり作ろうという意図を感じ取ってしまうのだが、つまらない演出で本当にゲンナリした。
音に反応するとか、もう、その設定飽きたねぇ…。
ご立派なご託を並べる若い科学者。おそらくこの人物が鍵になるのかな…でも、ウゼーって思ったら、あっさり死ぬとか、なかなか新鮮でおもしろい(笑)。
そして何故か、在韓米軍にヒントがありそうってことで韓国に向かうのだが、韓国でゾンビウェーブとか笑わせる。別に在日米軍でもNATO軍でもいいのに。絶対に意図的。こういう映画での扱われ方って、相当嫌われている証拠だと思う。
さらに、あっさりと舞台はイスラエルに移る。嫌われているのに、蔓延っている国が舞台に選ばれているように思える。10番目の男理論とか、非常におもしろい味付け。こういうシニカルさは光っている作品だと思う。
でも、やっぱり、携帯電話が鳴ってピンチとか、幼稚な演出が散見されるのが残念。っていうか、マジメなのか、小ネタなのか、この辺でだんだんわからなくなってきた。
舞台がイスラエルに移ると、ビジュアル的な見せ場が。超高速の津波のようなゾンビウェーブ。いや、これも津波をわざと表現しているのは間違いない。これまでも走るゾンビが登場する作品はあったが、ここまでのスピード感はなかった。まさにCG技術の勝利。
さらに、ここで話のターニングポイントが登場。襲われない条件がある模様。子供?ハゲ?とかおもったのだが、普通に病気だった。
その後は、教われない条件を解明するために、研究室の中で話が展開する。館内のゾンビを掻い潜り、解明のために病原体のサンプルを取りに良くという、チェスというかロールプレイングゲームというか、静かめの流れに。けっして悪いプロットではないのだがが、多数の病原体サンプルの中から当てずっぽうで一つを選択して、一発正解っていうのが、実に興醒めした。もうちょっと、候補になる病気が絞られていれば、リアリティが増したと思うのだが。
他のゾンビ作品と同様に、意外と最後は、メリハリがなく終了してしまう。「戦いはこれからだ…」うん、どこかで観たような。
公開年:2012年
公開国:イギリス
時 間:103分
監 督:ジョー・ライト
出 演:キーラ・ナイトレイ、ジュード・ロウ、アーロン・テイラー=ジョンソン、ケリー・マクドナルド、マシュー・マクファディン、ドーナル・グリーソン、ルース・ウィルソン、アリシア・ヴィキャンデル、オリヴィア・ウィリアムズ、エミリー・ワトソン、カーラ・デルヴィーニュ、スザンヌ・ロタール、アレクサンドラ・ローチ、タニシュタ・チャテルジー、デヴィッド・ウィルモット、ルーク・ニューベリー、バフィ・デイヴィス、エロス・ヴラホス、ホリデイ・グレインジャー、アントニー・バーン、ミシェル・ドッカリー、ケネス・コラード、ヘラ・ヒルマー、ジェームズ・ノースコート 他
受 賞:【2012年/第85回アカデミー賞】衣装デザイン賞(ジャクリーン・デュラン)
【2012年/第70回ゴールデン・グローブ】音楽賞(ダリオ・マリアネッリ)
【2012年/第66回英国アカデミー賞】衣装デザイン賞(ジャクリーン・デュラン)
【2012年/第18回放送映画批評家協会賞】美術賞(Katie Spence、サラ・グリーンウッド)、衣装デザイン賞(ジャクリーン・デュラン)
コピー:時代を駆け抜けた、美しくも激しい運命の愛が、現代によみがえる――。
19世紀末の帝政ロシア。サンクト・ペテルブルクの政府高官カレーニンの妻アンナ・カレーニナは、社交界の華と謳われる美貌の持ち主。ある日、兄の浮気による不和をとりなすために、兄夫婦が住むモスクワを訪れたアンナは、若い貴族の騎兵将校ヴロンスキーと出会う。ヴロンスキーはアンナの兄嫁の妹キティと交際していたが、二人は一目見た旬かから惹かれあってしまう。一方、キティを密かに愛する地方の純朴な地主リョーヴィンは彼女に求婚するが、ヴロンスキーに恋する彼女はその申し出を断る。ショックを受けたリョーヴィンは自分の領地に戻り、農地の経営改革に没頭するのだった。その後、舞踏会で再会したアンナとヴロンスキーは、その情熱を抑えることができなくなった。もちろんヴロンスキーの心はキティから離れており、それを知ったキティは病に伏せてしまうのだったアンナは夫と一人息子の待つサンクト・ペテルブルクの戻るが、ヴロンスキーはアンナを追っていき、二人の関係は急速に深まり、やがて子供を宿すこととなる。それを知ったカレーニンは、強い失望と怒りを感じつつも、政府高官としての世間体を守るため、離婚しようとはしない。その後、アンナとヴロンスキーの関係は公然の秘密となるが、社交界のルールを侵した彼女への風当たりは強くなる一方で…というストーリー。
文豪トルストイの作品とはいえ、不倫だ愛欲だと、私の好みとはかけ離れた作品。まったく期待していなかったのだが、これが以外とするすると最後まで観進めることができた。
映像面での演出が非常に興味深い。場面転換の際、舞台装置が変化して別ステージに移動するような感じ…って、ちょっと文章で表現するのは難しいのだが、とにかく、これ良くやったなぁ…って素直に感動してしまった。『路上のソリスト』とか『ハンナ』を撮った監督さんだけど、こんなに巧みだった印象はない。
トルストイは、不貞行為に及んだアンナは当然不幸になると考えつつも、社会の規範に縛られずに生きる道を選んだ彼女をギラギラと描いた。その対比として、煌びやかながらも掟にガチガチにしばられた冷淡な社交界を描いている。さらに、その都市生活から離れ、農業と信仰と共に地に足をつけて生きるリョーヴィンの姿が並行して描かれる。理想の生活というものを提示しているが、自由に生きるアンナを100%悪いと言い切れるのか?という、問いかけがあったと思う。
しかし、本作のアンナは、あまりにもクレイジーに描かれすぎた。夫との生活は冷め切っており失望していたのはわかる。さらに世間体のために、不貞を許容する夫の変な方向性で発揮される寛容さに気が狂いそうになるのもわかる。だとしても、嫉妬や疑念を投げかけては、舌の根も乾かないうちに、真逆のことを言い始める。オペラに連れて行け!私と一緒に行動するのがはずかしいのか! ⇒ いざいってみると、社交界から総スカン&バッシング ⇒ なんでオペラなんか連れて行ったんだ!!! もう、狂人ですわ。
あまりに彼女がクレイジーに描かれすぎて、夫や社交界の冷淡さが、むしろあたりまえの反応に思えてしまうという状況。正直、後半のアンナを見ていると、もうイライラするから死ねや!って思うほどで、トルストイが考えていたであろう対立軸が崩壊している。アンナ側のエピソードが強烈すぎるものだから、リョーヴィン側のストーリーが薄く感じられてしようがないし、さほど正しいとも思えない。
でも、もしトルストイが意図したような原作の対立軸を愚直に描いたら、おそらく韓国ドラマみたいになって、クッソつまらない出来映えになったと思う。だから、このアンナの暴走と構図の瓦解は、望むところ。佳作だと思う。
で、別の角度から考察してみると、アンナのクレイジーな行動は、更年期障害以外には考えられない。人間はホルモンの虜であり、そうなってしまうと本人の意思で制御することは難しい。完全にバーサーカー状態。そんな状態の人間が発する欲求にまともに取り合っていると、周囲はもとより本人も不幸になってしまう。
とはいえ、本人もなんでこんな取り返しのつかない行動をとってしまうのだろうと、苦しんでいる。そのかすかな客観性が、彼女に最後の決断をさせるわけだ。
まあ、婦人科に通おう!(そんなオチ?)
公開年:1986年
公開国:アメリカ
時 間:113分
監 督:ジョナサン・デミ
出 演:ラニー・グリフィス、ジェフ・ダニエルズ、レイ・リオッタ、ジョン・セイルズ、ジョン・ウォーターズ、マーガレット・コリン、トレイシー・ウォルター、ダナ・プリュー、ジャック・ギルピン、ロバート・リッジリー 他
ノミネート:【1986年/第44回ゴールデン・グローブ】男優賞[コメディ/ミュージカル](ジェフ・ダニエルズ)、女優賞[コメディ/ミュージカル](メラニー・グリフィス)、助演男優賞(レイ・リオッタ)
NYのコンサルタント会社に勤務するチャールズは、若くして副社長を打診されるほどのエリートだったが、心の中に潜む“反社会欲求”故に、新聞の盗んだり、ランチを無銭飲食するなどの軽犯罪を犯すクセがある。その日も、ランチを食べた後、ドキドキしながら金を払わずに店を出たのだが、一人の女性に呼び止められる。店員に見つかったと思い言い訳をするチャールズだったが、呼び止めた女性ルルは、店員では無かった。彼女は強引にチャーリーを車に乗せて、郊外に向かう。社に戻らねばならないチャーリーは抵抗するも、ルルは彼の携帯電話を投げ捨ててしまう。ルルは途中で酒屋を強盗するなど、常軌を逸した行為を繰り返した末、モーテルにチェックイン。そのまま二人は官能的な一夜を過ごす。翌日、二人はルルの実家を訪問。チャールズはルルの夫として母親に紹介され、彼もそのように演技をする。その後、またもや夫婦としてハイスクールの同窓会に連れて行かれるのだが、なんとそこに会社の同僚のラリーと遭遇。大慌てで作ろうチャールズだったが、そこに、ルルの夫と名乗る前科者のレイが現れ、彼らにつきまとい…というストーリー。
前半は、何故ルルはチャールズを引き回しているのか?という、ひとつの謎解き話になっている。ところが、なんで黒髪ウィッグだったのか(金髪じゃ男を引っ掛けられない?途中で犯罪を犯す気マンマンだったから変装?)、それ以前になんで夫婦連れで同窓会にいかねばならなかったのか(見得? 出なくても良さそうなものだが、どうしても会いたい人がいた? そうは見えなかったな)という部分は不可解で未消化なまま、レイ・リオッタ演じる狂人が登場し、そのままサスペンスに変貌してしまう。
ルルはとある目的で、めぼしい男を物色しており、その罠にひっかかったのが、チャールズである。奔放で常軌を逸した行動を重ねるルルのペースに、色仕掛けでズルズルと引っ張られていくという“まきこまれ系”の典型的なストーリー…と思いきや、終盤になって、実は、チャールズは単に騙されていたわけでも、利用されていただけなわけでもなく…ということが見えてくるのが、予想外だった。実はチャールズは…っていう部分は、観客を驚かすほどではないのだが、地味に作品の質を変貌させたと思う。
レイからの逃避行の中、打算的に体を重ねていただけだった二人に、なにか感情の変化が現れる。両人とも結構なクズ人間で、ズケズケと言いたいことを言い合いそうななのに、二人の間に微妙な距離感と引力が生まれる。この流れが秀逸。
あとは破滅的な終末を迎えるのか、ハッピーエンドが訪れるのか、そのドキドキを演出するのにレイ・リオッタの演技は十分すぎるほど。さて、悪夢のような怒涛の数日の後、二人はどうなるのか。すこし毛色の違う愛を描かせたらジョナサン・デミはピカイチなのかも。その後、彼が監督する『羊たちの沈黙』のクラリスとレクターの間にある“愛”に通じる物が見えるような気がする。
本作もジャンル分けが難しいユニークなテイスト。好みと合わないと感じる人が多そうなんだけど、隠れた良作だと思う。
公開年:1996年
公開国:アメリカ
時 間:109分
監 督:ロバート・ロドリゲス
出 演:ハーヴェイ・カイテル、ジョージ・クルーニー、クエンティン・タランティーノ、ジュリエット・ルイス、サルマ・ハエック、フレッド・ウィリアムソン、トム・サヴィーニ、チーチ・マリン、アーネスト・リュー、ケリー・プレストン、ジョン・サクソン、ジョン・ホークス、ダニー・トレホ 他
受 賞:【1996年/第5回MTVムービー・アワード】ブレイクスルー演技賞(ジョージ・クルーニー)
脱獄した兄セスと、それを手引きした弟リチャードのゲッコー兄弟は、銀行を襲撃して女性銀行員を人質にとり、メキシコを目指して逃走中。途中でモーテルに潜伏することにしたが、セスが目を離した隙に、頭がイカレぎみのリチャードが人質を強姦した末に惨殺してしまう。新たな人質を探すハメになった二人は、同じモーテルに宿泊していた家族に目をつけ、親子3人を拉致するのだった。拉致されたのは、元牧師の父親ジェイコブ・フラー、19歳の娘ケイト、16歳の息子スコットで、新たな生活を始めるためにトレーラーハウスでニューメキシコに向かっている途中だった。ゲッコー兄弟は、親子をうまく使い、検問も国境もなんとか通過。そのまま、メキシコにいる仲間と待ち合わせをしている酒場“ティティ・ツイスター”に向かうのだったが…というストーリー。
前半は、ゲッコー兄弟の底なしの凶悪さと、彼らから逃れるためのフラー一家の静かな攻防が見ものの作品。タランティーノにハーヴェイ・カイテルだもの、いかにもな雰囲気だ。普通に考えたら、このまま犯罪者との心理戦が繰り広げられるお話だと、だれでも思う。しかし、後半でまったく別のお話になる。いや、もう別の作品をむりやりくっつけたんじゃないかと思うレベルである。
『グラインドハウス』のロバート・ロドリゲスだから、狙いなんだろうけど、それにしてもなかなかヒドい。後にも先にも、こんな構成の映画はないと思う
大蛇を巻いた踊り子の登場がその変わり目。その踊りがエド・ウッドの『死霊の盆踊り』を彷彿とさせる。まあ、たしかに、そのくらいの“大事故”が発生する予兆としてはふさわしい。
まさかまさかの展開を、ものすごいスピード感で!っていうのが、このシナリオのコンセプトか。でも、もう、まともに説明する気力が失せる(笑)。
バンパイア相手に突然活躍しはじめる、おっさん二人、だれやねん。リチャードのケイトへの執着とか、伏線回収する気なんか一切なし。投げっぱなし。
ジュリエット・ルイスはこういう下卑た作品に本当にお似合いだが、弟がキム・ジョンウンにしか見えない(笑)。
ラストで、ティティ・ツイスターが、会談ピラミッドでした…みたいな描写で終わるんだけど、だからなんやねん!!って感じ(笑)。
どうでもいい話だけど、耳目を集めるような会話をつくらせたら、世界一。お友達同士で部屋飲みしながら、観るには最高の作品だろう。でも勘違いしないでね、クソ映画だから。でもクソ映画という罵倒がホメ言葉になる作品。そして、ジャンル別けが極めて困難な作品。
#ダニー・トレホ細い。
公開年:2013年
公開国:アメリカ
時 間:109分
監 督:ニール・ブロムカンプ
出 演:マット・デイモン、ジョディ・フォスター、シャールト・コプリー、アリシー・ブラガ、ディエゴ・ルナ、ワグネル・モウラ、ウィリアム・フィクトナー、ファラン・タヒール、ブランドン・オーレ、ジョシュ・ブラッカー、エマ・トレンブレイ、ホセ・パブロ・カンティージョ 他
コピー:彼の余命は、あと5日――。
2154年。人口増加と環境破壊で荒廃が進んだ地球では、富裕層だけが400キロ上空に浮かぶスペースコロニー“エリジウム”に移住していた。エリジウムは、完全管理された清浄な環境。さらに、あらゆる病気を正確に診断し瞬時に治療してしまう医療ポッドがあり、人々は快適で安全な生活を謳歌していた。一方、地上は人口過密がさらに進み、犯罪と貧困が蔓延していた。マックスは強盗の罪で収監されていたが、心を入れ替えてロボット工場アーマダイン社での過酷な勤務を続ける毎日だった。そんなある日、マックスは工場のラインで大量の放射線を浴びる事故に遭ってしまう。余命5日と宣告された彼は、エリジウムにあるという医療ポッドで治療を受けるために、かつて付き合いのあったレジスタンス組織と接触。エリジウム行きのチケットを要求。しかし、交換条件として提示されたのは、とある作戦を遂行する工作員となることだった…というストーリー。
主人公は元犯罪者で今も自分の命のために不法行為を犯そうとしている人間。だから感情移入できないとか野暮なことは言わない。相手もクソ組織だからね。ある意味、崩壊社会であがく、虐げられた階層民による立派なレジスタンス物として成立しているとは思う。『第9地区』の監督さんなだけあって、スラムの描き方は堂に入っている。
ただ、なんでもかんでもバックボーンを丁寧に説明するのが良いわけではないのだが、本作は表現不足が目立つと感じた。
悪い舞台設定ではないのが、医療ポッドを地球の人間が使えない理由がわからないのが、非常に難点だと思う。別に貧しい人がそれを使用したからといって、上の人間がこまることなどあるのだろか。ものすごくコストがかかるからなのか。たんなる嫌がらせなのか。前者ならばそのコストについて説明が必要だし、後者ならば、上の人間は不作為を装いながらも、地球のゴミ虫みたいな人間達を滅ぼそうとしているとか、完全な選民主義思想に支配さえているといった明確な描写が欲しいところ。地上の民はなにか搾取されていたのか?奴隷的労働力として扱われているという構造が、しっかり描かれていない。
製作側からすれば、きちんと表現してるのよね?と言いたいところかもしれないが、残念ながら薄い。差別構造だけが表現されていて、そのバックボーンに深みがないから、いささか説得力にかける設定になってしまっている。
誰しも死にたくないに決まっているのだが、かといってそこまでの生への執着がどっから生まれているのか、その根源がよくわからない。元々彼が成し遂げようと思っていること(彼が犯罪組織から距離を置いている理由)があるとか、何か守ろうとしているものがあるとか、そういう設定が必要だと思う。
ストーリーの肝である、脳にあるエリジウムの再起動データ。再起動データっていうのが、もっともらしいだけで何を指しているのかよくわからなかったりする。起動時のパラメータか?起動パスワードではなさそう。まあいいや。それはそれとして、頭かからデータを抜くとき、コピーじゃなくて移動しかできない模様。そして死ぬと消えるらしい。人なんだから、不慮の事故で死ぬこともあるだろう。死んだらデータ喪失しちゃう設定らしいのだが、そんなデータをバックアップもなしに人の頭に入れておくことが、あまりにもリアリティがない(というか、設定上の欠陥としか思えない)。
なんとなくの演出なんだとは思うが、服の上から器具をつけた意味もわからない。
限定クラウドって、劇中の意図だともうクラウドじゃねえな(笑)。クラウドって言いたいだけか。
屋内に梅が咲いている意味が不明(っていうか、桜のつもりかも)。
こういう設定上の馬鹿馬鹿しさに気付かなければ非常におもしろいお話ではある。また、兵器のギミックのセンスがものすごく良い。対象にくっつけて任意のタイミングで爆発させるやつとか、電子シールドとか、本当に面白い。本気で開発したくなるレベル。
また、エリジウムの法制度が、大日本国帝国憲法ばりの欠陥構造をもっており、軍に首根っこをつかまれやすいという点もおもしろい。
ジョディ・フォスターの扱いが、ある意味痛快。純粋に演技なのか、彼女の人間性からにじみ出ているものなのかはわからないけど、クソみたいな死に方をしたことは本心で快感だった。彼女の悪役演技はすばらしい。お似合いだ。この路線で進むべき。
最後の救世主要素もいまいち薄っぺらだった。おかげで幼馴染の子供のくだりも冗長に感じてしまったほど。やっぱり、デザインや映像は最高なのに、設定やシナリオがクソで、凡作に成り下がってしまっている残念な作品。
公開年:1984年
公開国:アメリカ
時 間:92分
監 督:マイケル・ハーツ、サミュエル・ウェイル
出 演:ンドリー・マランダ、ミッチェル・コーエン、ジェニファー・バプティスト、シンディ・マニオン、ゲイリー・シュナイダー、マーク・トーグル 他
スポーツクラブに集う若者たち。体を鍛えるものもいれば、如何わしい行為に及ぶカップルもいる。そのスポーツクラブの清掃係であるメルヴィンは、ひ弱な風貌から不良グループからいじめられていたが、ロッカーで性行為をしていたカップルを目撃してしまい、逆恨みされてしまう。翌日、グラマーな美女がメルヴィンを誘惑。その美女に促されるまま暗いところに連れて行かれ、キスをすると途端に明転。美女だと思っていたキスの相手は犬で、スポーツクラブのみんながその様子をみて大笑い。大恥をかかされたメルヴィンは、その場を逃走するが、あやまって窓を突き破って落下。そこには偶然、有毒廃棄物の入ったドラム缶があり、落ちてしまう。メルヴィンは全身大火傷を負ってしまい、命からがら帰宅するも、有毒廃棄物の科学反応により醜いモンスターに変貌してしまう。しかし、同時に強大な身体能力を得た彼は、街に出て悪人たちを懲らしめて廻るのだった…というストーリー。
安っぽいのも下衆なのもグロいのも、一向に構わないのだが、すべてが半歩やりすぎていて、いかがわしさ満載である。冒頭から、子供を快楽目的でひき殺すシーンは、そこまで必要か?という設定。
随所に見られるギャグは、すべてがベタベタで、ここまでくるとわざとつまらない逆を重ねて、独特の雰囲気を作ろうとしているのではないか?とすら考えたくなる(実際は本気のギャグなんだろうけど)。
有毒廃棄物の入ったドラム缶は蓋がされていないし、荷台に固定もされもせずに運搬されている。もちろんあり得ないわけだが、そこに主人公を落とすという目的が達成されれば、細かいディテールなんぞ気にもかけない。いや、むしろ、変な小細工を感じさせるくらいなら、何もしないほうがよいという、開き直りがたまらん。
レストランの壁に日本刀の真剣が飾っていようが、不自然に思う必要ないのだ。ただ、カタナをふりまわすシーンを入れたかった、ただそれだけなのだ。犬だって子供だって容赦なく殺す。あえてハリウッド的なタブーを犯しているわけではない。特にそういう意図はなく、ただ流れで殺そうと思っただけ…だと思う。
こんな稚拙なのに、何故愉しめてしまうのか。真面目に分析すると、①イジメられっ子の復讐劇、②盲人とのラブストーリー、③わかりやすい悪の権力者との対峙、④自我を失い暴走してしまう滅びの美学…という、ストーリー上の要素が案外しっかりしているからに他ならない。でも、脚本家はそれを意図的に狙っていたようには見えなかったりする。ある意味、奇跡の一作なのかもしれない。
ノーカット無修正完全版というやつを観たのだが、同じカットが繰り返えされており、何の意味があったのか意味不明(もしかして回想のつもりかな?)
公開年:2013年
公開国:アメリカ
時 間:125分
監 督:ジェームズ・マンゴールド
出 演:ヒュー・ジャックマン、真田広之、TAO、福島リラ、ハル・ヤマノウチ、ウィル・ユン・リー、ブライアン・ティー、スヴェトラーナ・コドチェンコワ、ケン・ヤマムラ、ファムケ・ヤンセン、イアン・マッケラン、パトリック・スチュワート 他
コピー:散ることのないサムライ。
カナダでひっそりと暮らしていたウルヴァリンことローガンのもとに、第二次世界大戦時の旧友で、現在は大物実業家となっている矢志田から使者・雪緒が遣わされる。矢志田は病床にあり、命の恩人であるローガンに一目会いたいと願っているとのこと。日本を訪れ、病床の矢志田と再会したローガンだったが、矢志田は病状が急激に悪化。矢志田は、ローガンを永遠の命から解放するという言葉を残し亡くなってしまう。その後、ローガンは矢志田の葬儀に参列するが、謎の武装集団が突如襲撃し、矢志田の孫娘マリコを誘拐しようとする。それを救出したローガンは、マリコとともに西方面へ逃避行する。次第にマリコに惹かれていくローガンだったが、一方で、治癒能力が著しく衰えており、追っ手から受けた傷により死をも覚悟する…というストーリー。
前作はウルヴァリンのビギニング物だったが、本作は、一気にジーンが死んだ後のエピソードに。幻のファムケ・ヤンセンがことあるごとに出てくる。
ほぼ、不死身でものすごく長生きだということが前作で判明したわけだが、なんと第二次世界大戦では日本軍の捕虜になっていた設定。いやいや、ウルヴァリンを捕虜にできるって日本軍ってどれだけ能力が高いんだよ(笑)。無理があるわ。
さらに、長崎で被爆…というかほぼ爆心地だというのに、その治癒能力で生き残るという設定。別にいいけど、まるで軍事施設に原爆落としたみたいな演出はやめてほしいわ。
すっかりミュータント戦争のお話だということを忘れてしまった。だって敵のミュータントがなかなか出てこないんだもん。Dr. グリーンことヴァイパーが出てくるのみ。終盤、オーバーボディ(というか皮)を剥いで正体を晒すというシーンがあるのだが、仰々しく剥いだのはいいけど、坊主頭になっただけのような気が…。ミュータントとしての小物感がハンパない。
でも、タイトルから“X-MEN”がはずれているし、わきまえてはいるのかな…と。ガッツリ日本ロケを慣行し、めずらしく日本描写もマトモだし、本当の意味でのスピンオフを目指しているのだろう。悪くない方向性。上野から新幹線にのって西にいけるのか?とか、長崎は全然 長崎の雰囲気じゃなかったとか(瀬戸内海だよね)、そんな贅沢が言えるくらいに“日本”だった。
ハリウッドのスタッフに一つ助言するとすれば、看板のフォントを何でもかんでもゴシック体にするなってことかな(ほとんどそんな看板はないよ)。
とはいえ、フィクションらしさを失うほど、しっかりした描写かというとそんなことはなくて、ヤクザはみんな超人状態だし、新幹線のパンタグラフの架線はどこ?状態だし。
TAO、福島リラとほぼ無名の役者たちは効果的だったし、いい仕事をしていたが、真田広之がまたもや残念。『サンシャイン2057』同様、けっこうポイントとなる役柄なのに、なぜか扱いがショボい。いまいち一線を超えられないのは何故なんだろうね。
肝心の矢志田の目的は何か?というオチについては、シルバーサムライもさほどグっとくる要素ではなかったし、凡庸だったと思う。
ちなみに、原作設定では、“マリコ・ヤシダ”と結婚するのだが、本作では結婚までには至らない。というか、名前と国籍だけで設定もシチュエーションも全然別。これっきりのキャラなんだろう。
#やっぱり、魅力的なミュータントをもう何人か出すべきだったのかも。
で、本作終盤の一番のワクワクポイントは、エンドロール内のマグニートとプロフェッサーX。なんだかわからないが、『X-MEN:ファイナル ディシジョン』の不完全燃焼挽回してくれそうな、いい予感。期待。
公開年:1965年
公開国:アメリカ
時 間:103分
監 督:ノーマン・ジュイソン
出 演:スティーヴ・マックィーン、アン=マーグレット、カール・マルデン、エドワード・G・ロビンソン、チューズデイ・ウェルド、ジョーン・ブロンデル、ジェフ・コーリイ、リップ・トーン、ジャック・ウェストン、キャブ・キャロウェイ 他
コピー:…マックィーンからにじみ出る男の悲しみ---ジューイソンが演出する非情の世界! レイ・チャールズが歌う雨のニューオリンズ
放浪の一匹狼が挑んだ最期の大勝負! ゴールデン・トリオの魅力を結集した最高の娯楽巨編!
ニューオリンズでスタッド・ポーカーの腕前で名が知れているシンシナティ・キッド。地元では敵無しで、近隣の街に遠征しても敗け知らずで、小さな勝負に飽きがきていた。そんな中、30年以上ポーカーの名人として君臨しているランシーがニューオリンズにやってくる。キッドは、かねてからランシーと手合わせしたいと考えていた。地元の有力者シューターに頼み込んで、対決をお膳立てしてもらうキッド。一方、キッドの恋人クリスチャンは、かねてから安定した暮らしをすることを望んでいたが、キッドはそれに応えることができない。二人の間がギクシャクしたまま、一大勝負の日は近づき…というストーリー。
『ラウンダーズ』と同様のポーカーにどっぷりつかった男のお話。若いギャンブラーがチャンピオンとの対決を夢見る展開も同じだし、安定を求める彼女とうまくいかなくなる展開も一緒。
しかし、『ラウンダーズ』ほど、ストーリーに起伏はない。シンシナティ・キッドのいる街に名人が来たから、このチャンスに何とか手合わせしたい。いや、勝ちたい。ツテをつかってお願いしたら、セッティングできた。大勝負をするとなると、胡散臭い奴らが寄ってきてすったもんだがありーので、いざ勝負。これだけで、奇を衒ったエピソードはない。大体にして、私はポーカーをよく知らない。それなのに、何故か見ごたえがあるのが不思議なのだ。
キッドのこれまでのバックボーンすら語られない。『ペイルライダー』でもそうだったが、“語らず”の美学が成立しているように思える。今の作品で、主人公の背景を語らずに我慢できる監督がどれだけいるだろう。そして、それを成立させる要素として、スティーヴ・マックィーンが見ていて飽きない役者だという点が大きい。
終わり方は、アメリカン・ニューシネマ的。普通なら、挫折⇒復活という流れを描くがそれすらない。滅びの美学というか、耽美というか。じゃあ、これ以外にどういうオチがあり得るか?実に、決着の付け方が難しいシナリオだと思う。ランシーがハッタリで勝つという展開も考えるところだが、それだと強気が売りのキッドが、怖気付いておしまいという、救いようのないラストになってしまっただろう。かといって、勝ってしまってもおもしろくない。
私が脚本家だったらこんな感じにする。キッドは色んな人に貸しがあるので、この勝負を観戦していたその人たちが、キッドに金を支払いはじめる(期日前だけど)。その金と、ギャンブラーたちの思いを集めて、もう一度勝負を挑む。挑むところでおしまい。こんな感じかな。
公開年:2011年
公開国:日本
時 間:111分
監 督:森下孝三、(演出)古賀豪
出 演:吉永小百合、堺雅人、観世清和、吉岡秀隆、折笠愛、竹内順子、玄田哲章、水樹奈々、櫻井孝宏、観世三郎太、黒谷友香 他
ノミネート:【2011年/第35回日本アカデミー賞】アニメーション作品賞
コピー:…二千五百年前、インド。地上のあらゆる生き物から、誕生を祝福された男がいた──。
2500年前のインド。大小の王国が覇を競い合っていたが、カースト制度によって、奴隷に生まれたものは一生奴隷として虐げられ、苦しく貧しい生活に喘いでいた。奴隷の子チャプラも、愛する母親がいつ売られてしまうか気が気でなく、奴隷の身分を抜け出したいと考えていた。そんな中、コーサラ軍の侵略によって家族を殺されたタッタ少年と知り合う。二人はコーサラ軍の野営地を襲撃しようと考えるが、ひょんなことからチャプラは瀕死のブダイ将軍に遭遇。奴隷から抜け出すチャンスと考えたチャプラは、ブダイ将軍を担いで、コーサラ軍まで運んでいく。その後、快復したブダイ将軍に気に入られ、身分を隠して養子となるのだった。同じ頃、隣国のシャカ国では、王子が誕生し、シッダールタと名付けられる。祝賀に訪れた聖者アシタは、王子は世界の王となると予言するのだった。それから10年が経過し…というストーリー。
続編が公開されると聞き、そこまでの一作目はよかったのか?と、鑑賞。
私、手塚治虫ファンで『ブッダ』の原作は大好物なのだが、まず、いかにもアニメチックな絵柄に、いきなり萎えてしまう。こんなキランキランした絵柄の需要がどこにあるのか。海外か? いずれにせよ私は拒否反応。日本は、もうちょっと味のある絵が描けるキャラデザの人や原画マンはいないのだろうか。いわゆる“アニメ絵”が基本と思っているなら大間違い。こんなんじゃ日本のアニメ界は、完全衰退間近だぞ。
声優じゃない人たちの声にも萎えてしまった。残念ながら吉永小百合も吉岡秀隆も興醒めだったし、一番ダメなのがシッダールタの父役の観世清和という方。能楽の方らしいのだが、申し訳ないがあまりにもヘタ。
ただ、堺雅人だけがものすごくうまくて、ちょっとびっくり。でも、本作でご退場なので次作にはいないというもったいなさ。本当に器用なんだなぁ。
一方、ストーリーは原作に忠実。それも、短い時間の中うまく配分して、且つそれぞれのエピソードを毀損することなく描ききっていた感じる。終盤のポイントである成長したシッダールタの苦悩。そしてミゲーラの悲劇がうまく描けていた。一方、原作でもちょっと冗長で退屈に感じられた、妻とラーフラのくだりは、ちょうど良い感じではしょっていた。ユニークな見せ場であるタッタの特殊能力も幻想的でさえあった。海外の人には興味深く映ることだろう。
また、原作では、“生老病死”にかなりスポットが当たっていたが、それもない。西洋人がみたら老・病・死をわざわざ分けて、人間の4つの状態とすることに、違和感を覚えると考えたのだろう。妥当だと思う。それを判った上で取捨選択したのならば、この脚本家はかなり優秀。
ただ、唯一残念に感じたのは、チャプラの母親にくっついていた坊主をもうちょっと丁寧に描くべきだったと思う(動物の行動しかできなくされてしまうのだが、後々再登場するので)。
これは原作の段階からそうなのだが、欧米の作品にはまったくみられない奇抜なストーリー展開であること。神義論を頭に浮かべざるを得ない、理不尽ともいえる不幸、運命のいたずら、無常。苦悩して城から抜け出した主人公が、俗世から離れた…というところで終わってしまうところなど、普通なら不完全燃焼と捉えられるところだが、それを圧倒的な仏法説話の怒涛の潮流で押し切った感じ。
まあ、はじめから3部作くらいにする予定だったとは思うのだが、これなら次回作も観たい…と思た(とはいえ、レンタルで…だけど)。
#ブダイ将軍とチャプラの関係は、『火の鳥 黎明編』を彷彿とさせる。
公開年:1985年
公開国:アメリカ
時 間:105分
監 督:クリント・イーストウッド
出 演:クリント・イーストウッド、マイケル・モリアーティ、キャリー・スノッドグレス、シドニー・ペニー、リチャード・キール、クリストファー・ペン、リチャード・ダイサート、ダグ・マクグラス、ジョン・ラッセル、チャールズ・ハラハン、マーヴィン・J・マッキンタイア、フラン・ライアン、リチャード・ハミルトン、グレアム・ポール、ビリー・ドラゴ、テレンス・エヴァンス、ジョン・デニス・ジョンストン、ランディ・オグレスビー 他
ノミネート:【1985年/第38回カンヌ国際映画祭】パルム・ドール(クリント・イーストウッド)
コピー:…そいつは地獄の香りがした。
ゴールド・ラッシュ時代。カリフォルニアのカーボン峡谷は、他の多くの峡谷と同様にラフッド一家が経営する鉱山会社によって、
買い占められようとしていた。ハル・バレットら砂金堀りたちが、このカーボンの村に暮らしており、この渓谷の所有権を主張していたが、毎日のようにラフッド社のいやがらせに遭っていた。とうとう、家畜の牛や、バレットの婚約者の娘ミーガンが駆っていた犬までもが殺される始末。そんな中、ラフッド一家が逗留する町に一人に男が向かっていた。その町に買出しに出てきたバレットは、またもやラフッド社のいやがらせを受けるが、やってきた男に救われる。感謝したバレットは、その男を自分の家に招く。ならず者を家に入れたくないバレットの婚約者は反感を抱くが、着替えた男が牧師の姿であったことから、信心深い母娘は、彼をプリーチャー呼び歓迎するのだった。翌朝、ラフッドの息子ジョッシュが、大男の用心棒を引き連れて復讐にやってくるが、プリーチャーは軽くあしらう。どうしても早急にカーボン峡谷を採掘してしまいたいラフッドは、思わぬ敵の出現に焦りはじめ、悪徳保安官として名高いストックバーンらを雇うことに決める…というストーリー。
なんでもありのゴールド・ラッシュ時代。力こそ正義を地で行く舞台に、無骨なヒーローは良く映える。ラフッド一家に狙われているカーボン峡谷で砂金堀りをしている人々が、それほど救う価値がある人々に見えないというのもおもしろい。一応、村らしきものを形成してはいるのだが、それぞれが金で一発当てたい奴ら。誰かが見つけたら村で平等に分配するとかそういうコミュニティではなく、見つけたらそいつの物っていうだけ。ラフッド一家に1000ドルで立ち退き交渉された時も、はじめは大半の人がそれに応じる気配だった。
そこでバレットが、小物たちのあるんだか無いんだかわからないようなプライドをくすぐって、立ち上がらせちゃう。プリーチャーは、はじめ100ドルといっていたところを、危険を冒してまで1000ドルに吊り上げ交渉したのに、それを無碍にされた感じに。ここで“勝手にせえや…”と一旦手を差し伸べるのをやめるところが、またまた面白い。
先住民も出てこないし、荒くれ者同士のいざこざでもなく、地上げされるかされないかっていう経済戦争みたいな話で、西部劇としてちょっとユニークな内容かも。
プリーチャーは、悪徳連邦保安官ストックバーンのことを知っているような様子。ああ、過去になにかあったんだな…と臭わせる。牧師とはいえ、その銃の腕前は半端ないし、貸金庫に銃を預けていたところをみると、過去に何かあったんだな…、きっと昔は悪人で、牧師になる過程で壮絶な出来事があったんだろうな…なんて予想させてくれるわけだが、何と見事に彼の過去については明かされることなく終わるのだ。これもある意味、斬新。
ちなみに“ペイルライダー”とはヨハネの黙示録の4番目の騎士で、死をもたらす役割。たしかに悪人に死をもたらし、神父なので黙示録に縁のある人。
バレットの婚約者は、打算的にバレットと暮らしており、プリーチャーが登場すると、彼に色目を使いはじめる。信心深いくせに色目を使うとか、冷静に見るとなかなかのクズである。さらに、その娘も愛の告白を。これもほとんど村から出たいのと、性欲が溢れているだけという状況。もちろんプリーチャーは断るわけだが、受け入れられないとわかったら、“きっとアンタは母さんのことが好きなんだろう”とキレはじめるという…。もう、全方位的に救う必要がない感じ。半ばうんざりしているプリーチャーの顔は、すごくおもしろい。
フッドの息子ジョッシュが、デカいけどアホっぽい部下をつれているのだが、そいつが娘をレイプしようとするジョッシュらを見て激昂する。プリーチャーとその大男が目配せするシーンが印象的。おそらくその大男がそうする過去があるのだろうが、それも語られることはない。
こういう、ある意味不親切な演出が、『シェーン』のパクリみたいな内容を大人のアクション映画に昇華させているのかもしれない。プロットは単純だし、正直だから何だ…っていうようなオチなんだけど、観終わった感じはなかなか爽快。
出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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