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image1616.png公開年:2008年 
公開国:アメリカ
時 間:131分
監 督:キャスリン・ビグロー
出 演:ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー、ブライアン・ジェラティ、レイフ・ファインズ、ガイ・ピアース、デヴィッド・モース、エヴァンジェリン・リリー、クリスチャン・カマルゴ 他
受 賞:【2009年/第82回アカデミー賞】作品賞、監督賞(キャスリン・ビグロー)、脚本賞(マーク・ボール)、音響賞[編集](Paul N.J. Ottosson)、音響賞[調整](Paul N.J. Ottosson、Ray Beckett)、編集賞(ボブ・ムラウスキー、クリス・イニス)
【2009年/第44回全米批評家協会賞】作品賞、主演男優賞(ジェレミー・レナー)、監督賞(キャスリン・ビグロー)
【2009年/第76回NY批評家協会賞】作品賞、監督賞(キャスリン・ビグロー)
【2009年/第76回LA批評家協会賞】作品賞、監督賞(キャスリン・ビグロー)
【2009年/第63回英国アカデミー賞】作品賞、監督賞(キャスリン・ビグロー)、オリジナル脚本賞(マーク・ボール)、撮影賞(バリー・アクロイド)、編集賞(ボブ・ムラウスキー、クリス・イニス)、音響賞
【2009年/第63回放送映画批評家協会賞】作品賞、監督賞(キャスリン・ビグロー)
コピー:永遠を思わせる戦場。刹那を生きる男たち──。

2004年、イラクのバグダッド。アメリカ陸軍の爆弾処理班のリーダーが殉職したため、新たにジェームズ二等軍曹を加え、サンボーン軍曹とエルドリッジ技術兵を補佐役とした新チームが編成される。チームの任期は残り38日。任務が開始されたものの、ジェームズは通常の手順を無視して、自ら爆弾に近づいて淡々と解除作業を進めていく。サンボーンとエルドリッジは、始めは彼の行動に混乱し衝突したものの、私大に打ち解け結束を深めていく。しかし、とある任務の途中で、ジェームズは冷静さを欠い行動に走ってしまい…というストーリー。

比較的有名なガイ・ピアースが早々にいなくなり、さらに、残りはさほどメジャーな俳優がキャスティングされていないので、次に誰が死ぬのか予想がつかない。おかげで、爆弾処理の一挙手一投足に集中できて、映画であることを一瞬忘れるくらい、リアルに感じられた。このキャスティングは非常に効果的。

ただし、その緊張感も中盤の狙撃シーンまでで、後は惰性の感がある。戦場の緊張感が快感になってしまうようなDNAを持っている人間の悲しい業…っていうのも、この映画の一つのテーマだと思うけど、観ている側も一緒に慣れるちゃうのかもしれない(でも、それまでの貯金で余裕でカバーできてはいるんだけど)。
遊びが一切ない演出が続くんだけど、いつまでも息を止めているわけには行かないから、観ている側の適当なタイミングで息を吐いちゃって、そのまま集中力が削がれた状態でおしまい…みたいな、そんな印象。この緩急の無さは、監督の能力としてはマイナスポイントかも(抜くところを意図的に誘導するのも、監督の仕事だと思うんだけどね。書籍みたいに、受けての自由で、途中休憩できないんだからさ)。

個人的に気に喰わないのは、反戦どころか、戦地の兵士を賞賛してるように見えてしまう点。たぶん監督本人は、そんな政治的な意図を前面に出すつもりはなくて、ただただ、異様な緊迫感を取り続けることで、逆に戦争の不毛さを感じ取ってくれたらな…そんな視点だったに違いない。ところが、結局、戦地に赴いてる兵士賞賛の為に利用されてしまったような気がする(穿った見方かな?)
アカデミー受賞についても政府の圧力があったとか陰謀説があるみたいだけど、本当にそんなことがあったとは思わないけれど、そう思わせるだけの不自然さがあるのは事実かと…。
アメリカがお節介な世界の警察っぷりを発揮しつづける今の情勢の間はいいけれど、後々まで観続けられていくような作品だとは思えない。時事ネタ要素が非常に強くて、5年後に観ても同じように良い作品と思えるかどうかは微妙ってこと。

確かに、観ている間はリアルに思えるんだけど、様々な爆弾は何の目的で設置されたものなのかとか、後で思い返すしっくりこない部分がある。ということは、もう二度と観ないだろうな…ってことである。
逆に言えば、愉しんで観るなら今しかない作品ってことだろう。下手なアクション映画を観るくらいなら、本作をみるべし。ただし、ただのドキドキムービーと割り切って。



負けるな日本

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image0536.png公開年:2002年 
公開国:アメリカ、イギリス
時 間:133分
監 督:シェカール・カプール
出 演:ヒース・レジャー、ウェス・ベントリー、ケイト・ハドソン、ジャイモン・フンスー、マイケル・シーン、ルパート・ペンリー=ジョーンズ、クリス・マーシャル、アレック・ウェック、ティム・ピゴット=スミス 他
コピー:この羽根に誓って、必ず君のもとへ。



1884年。世界の4分の1を支配下に収め、更なる領土拡大に邁進するイギリス。将軍を父に持つハリーは若きエリート仕官。親友のジャック達からの信頼も篤く、美しいエスネとも婚約を果たし、順調な人生を送っていた。ある日、氾濫鎮圧のためにスーダンへの派兵命令が下る。この戦争の意義に疑問を感じたハリーは苦悩の末に除隊すると、部隊の仲間たちから、臆病者を意味する白い羽根が送られ、失望したエスネも彼の元を去っていく。世間の人々から臆病者のレッテルを貼られたハリーは苦悩の日々を過ごすことになるのだが…というストーリー。

ズール戦争が舞台ということだが、その戦争は1884年にはすっかり終結しているのでは…。自分が戦争に行くことになるとは思わなかった…という旨のセリフがあったが、ズール戦争は1879年開始で、その前から不穏な関係がずっと続いていたので、戦争が有り得ないなんて思うのには何か違和感を感じる。もしかして別の戦争が舞台?
まあ、よくわからないが、史実的な部分を気にしなければ楽しめないわけではないから、無視することにする。

『エリザベス』の監督なので、期待したのだが非常に欠陥のある作品。私の理解力が低すぎるのかもしれないが、何?どういうこと?という部分が多すぎる。
一度は戦争を怖れて除隊までした主人公が、仲間が戦っている戦地に行くのだが、なんでいまさら行く気になったのか、説得力があるようで無い。私には、単に恥を雪ぎたいだけにしか見えなかった。軍隊を辞めたのも自分の都合、スーダンに行こうと思ったのも臆病者を思われることが堪えられないだけ。それでは、単なる思慮の浅い、自分勝手な男である。戦争の意義に疑問を感じ苦悩の末に除隊までした…という様子には到底見えないのである(親は将軍なのだから、除隊をするということは相当なことなのに)。

そして、かなり無理で危険な手段でアフリカに行こうとするのだが、そこまでやれるなら従軍しなかったことのほうが不自然に思える。そして、スーダンで何をしてるのか??一見、外部から援助しているように見えるけど、結局羽根を返したいわけで、「俺は臆病じゃないぜ!こうやって命がけでおまえらを助けてるだろ!」ってことを見せたいのだろうか。それでは、やっぱり自分勝手なだけだ。

アブーがなんで、そこまでハリーに義理を通すのかもわからない(神の思し召しっていうだけだと都合が良すぎ)。また、ハリーが敵に混ざって馬で向かってくるシーンは、どういう流れであそこに登場できたのか、いきさつがさっぱりわからない。唐突すぎる。とにかく、行動の経緯や理由が繋がっていないように感じらる部分が多々あり、消化不良の感が残る。

映画化になるくらいなので良い原作なのだろう。何度もリメイクされている作品らしいので、根本的には絶対おもしろい作品のはず。ちょっと過去の映画化作品を探して観てみたいと思う(“四枚の羽根”というやつらしい)。まあ、ヒース・レジャーの演技自体は悪くなくて、ところどころ引き込まれるところが無いわけではないが、及第点までは到達しなかった。お薦めしない。

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image1586.png公開年:2007年 
公開国:ポーランド
時 間:122分
監 督:アンジェイ・ワイダ
出 演:マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ、マヤ・コモロフスカ、ヴワディスワフ・コヴァルスキ、アンジェイ・ヒラ、ダヌタ・ステンカ、ヤン・エングレルト、アグニェシュカ・グリンスカ、マグダレナ・チェレツカ、パヴェウ・マワシンスキ、アグニェシュカ・カヴョルスカ、アントニ・パヴリツキ、クリスティナ・ザフファトヴィチ 他
受 賞:【2008年/第21回ヨーロッパ映画賞】エクセレント賞(Magdalena Biedrzycka:衣装デザインに対して)
コピー:明日を生きていく人のために そしてあの日 銃身にさらされた 愛する人のために

1939年9月、ポーランドは密約を結んだナチス・ドイツとソ連によって攻撃さて、全土が分割占領される。政府はロンドンに脱出し亡命政府を結成するが、武装解除されたポーランド軍人や民間人は両国の捕虜となってしまう。アンナの夫であるポーランド人将校のアンジェイやその友人イェジたちはソ連の捕虜となり収容所へ。アンナと娘のニカはソ連領に取り残されたが、その後ポーランドに脱出。アンジェイの親元に非難したものの、義父はドイツ軍に逮捕され収容所で絶命。アンナとニカと義母はアンジェイの帰還を待ち続けるが、1943年4月、ドイツ軍は、ソ連領のカティンで多数のポーランド人将校の遺体を発見したと発表する…というストーリー。

昨年、カティンの森事件の被害者を追悼する式典に向かったポーランド政府専用機が墜落し、ポーランド大統領らが死亡する事故があったが、そのニュースではじめて“カティンの森事件”という単語を聞いた日本人も多かろう。
人間の歴史において、数々の惨殺事件は発生したが、その発生から事後にわたって、その経過は大変特異。そして、ポーランド民族の心に、いまだに大きな傷を残しているといえるのだが、この映画を観れば、その事件の詳細が良く判るか?と聞かれれば、否としかいいようがない。本作は、カティンの森事件のあらましを知っている人、もしくは学校で教えてもらったけど実のところ良く知らないんだよね…という人を対象にした作品。つまり、ポーランド国民、もしくはその近隣の人々を対象にした作品で、事情を知らない人は、わかりにくいと思われる。

私の理解している範囲で事件の流れを書くと…。
まず、この事件の主役はスターリン(だと思う)。共産主義陣営を拡大するには、ナチスも邪魔だし、すぐ隣で民主主義・自由主義を掲げるポーランドも邪魔。どちらも潰したいスターリンは、まずナチスと手を結びポーランドを攻撃し占領。ポーランド軍の捕虜はポーランド・ソビエト戦争時の恨みがあったので虐殺。その罪をナチスに着せて国際的に非難されるよう仕向ける(もちろんナチスは否定)。第二次世界大戦が終わってもソ連は事件の犯人であることを認めない。ご存知のとおりポーランドは共産圏でソ連の傀儡政権のような時代が続いたため、この事件は長らくタブー視され解明されることはなかった。そして、冷戦が終わった後になってようやく調査・研究が行われソ連の反抗であることが判明。最近になってスターリンの仕業だったことを、ロシアが声明するに至る。

もちろん事件自体も悲惨なのだが、この事件で一番悲惨なのは、ポーランド人が被害者であったのに、同じポーランド人がソ連に従属し、この事件を闇に葬ろうとしたことである。ソ連の恐怖に屈服し同胞を苦しめるという構図。これ以上の民族的な悲劇はないだろう。
ちなみにお隣韓国では、親日派を恨むがあまりちょっとでも日本に関係があった人は弾圧されるなど、同様に同胞を苦しめているので、似た状態かもしれない。さらにおかしなことになっているのは、本当は親日派を恨んでいるのだが、同胞を恨めとは言いにくいので、日本を恨めと教育してしまい、子供の世代は日本を恨むようになってしまった。親世代は「こんなはずではなかった。まずいことになってるな…」と思っているかもしれない。
閑話休題。

そして、事件が明らかになっても、ロシアは“ソ連のやったことだから俺らは関係ねーよ”と謝罪を拒否するという、更なるむなしさ。

で、本作は、生きるためとはいえ心を失ってまで生き残ったポーランド国民よ…という嗚咽のような作品なのだ。ポーランド国民や近隣の関係国には、観ているだけで鈍痛がするような重みを与えるのだろうが、根本的に事件のあらましを知らなければ、その響きも半減する。さらに、ソ連語、ドイツ語、ポーランド語の違いや軍服の違いなど、ピンと来ない人は、どこがどこの国に占領されているのかも混乱してしまうかもしれない(こういう私も、分割統治の線引きがピンとこなかった)。

歴史の教科書として学生に見せたくなるのだが、ちょっと勉強させないといけないだろうし、やはり他国のこと…というスタンスになってしまったら、“映画仕立ての再現フィルム”という印象で終わってしまうかもしれない。意味のある作品だとは思うけれど、お薦めは非常にしにくい作品。

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image1599.png公開年:1970年 
公開国:アメリカ
時 間:116分
監 督:ロバート・アルトマン
出 演:エリオット・グールド、ドナルド・サザーランド、トム・スケリット、ロバート・デュヴァル、サリー・ケラーマン、ジョー・アン・フラッグ、ゲイリー・バーコフ、ロジャー・ボーウェン、ルネ・オーベルジョノワ、ジョン・シャック、カール・ゴットリーブ、バッド・コート 他
受 賞:【1970年/第43回アカデミー賞】脚色賞(リング・ラードナー・Jr)
【1970年/第23回カンヌ国際映画祭】パルム・ドール(ロバート・アルトマン)
【1970年/第5回全米批評家協会賞】作品賞
【1970年/第28回ゴールデン・グローブ】作品賞[コメディ/ミュージカル]
【1970年/第24回英国アカデミー賞】国連賞
コピー:スゴイ やったぞ! アメリカ映画が生んだ新らしき傑作!
すべてがデタラメ!すべてがメチャクチャ!ブラックユーモアで描いた戦争コメディの最高傑作!

朝鮮戦争の野戦病院に3人の軍医が配属される。この医師たちは腕は良かったのだが、仕事以外では、マジメな女性将校をからかったり、軍規を無視してイタズラのし放題。野戦病院は騒ぎの連続となるのだが…というストーリー。

『今宵、フィッツジェラルド劇場で』が遺作となったアルトマンの代表作なのだが、初見(やっとレンタルショップで見つけた)。アルトマンお得意の群像劇なのだが、同じ制服のキャラクターばかりなのと、やたらと登場人物が多いのと、過去のTV放送時の部分的な日本語吹き替えと元音声が混在するパターンのDVD音声なので、声がバラバラでキャラの判別がつかなくなってしまった(見返す気なし)。

製作時期的にはベトナム戦争の真っ最中だから、戦争に嫌気がさしてますよっていうメッセージなんだろうけど、ベトナム戦争が舞台だと直球だし生々しいから、舞台を朝鮮戦争にしてみたってことかな。主人公達のモラルがないと罵られる場面があるが、戦争という狂気の中で正気を保つためには、こうやってふざけるしかない。むしろ、規律正しくできている人間こそ狂気なんだよというメッセージがこめられているんだろう。
そういう、非常にまともなメッセージがストレートに見えてくるので、まったくコメディに見えなかった。日本で、ルールを破って赤ん坊を救おうとするところなんて、まさにそう。正直、あまりコメディ映画として観られなかった。

元がTVシリーズだったためなのか、一本の映画としての構成はめちゃくちゃだと思う。普通に考えたら、米アカデミーの脚本賞を獲るレベルとは、とても思えないのだが、反戦・厭戦っていうメッセージを汲み取れれば、その評価も理解できなくはない。反戦の表現として『プラトーン』のようなものもあれば、本作のようなものもあるということ。

コメディとしては駄作だと思うけど、反戦映画としては傑作。いままで出会ったことが無いパターンの映画だったので、古い映画だけど新鮮かも。軽くお薦めしておくが、笑おうと思って借りると肩透かしをくらう人が多いと思う。

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image1587.png公開年:1986年 
公開国:アメリカ
時 間:120分
監 督:オリヴァー・ストーン
出 演:チャーリー・シーン、トム・ベレンジャー、ウィレム・デフォー、ケヴィン・ディロン、フォレスト・ウィッテカー、フランチェスコ・クイン、ジョン・C・マッギンレー、キース・デヴィッド、デイル・ダイ、ジョニー・デップ、リチャード・エドソン、ポール・サンチェス 他
受 賞:【1986年/第56回アカデミー賞】作品賞、監督賞(オリヴァー・ストーン)、音響賞(Richard Rogers、Simon Kaye、Charles "Bud" Grenzback、John "Doc" Wilkinson)、編集賞
【1987年/第37回ベルリン国際映画祭】監督賞(オリヴァー・ストーン)
【1986年/第44回ゴールデン・グローブ】作品賞[ドラマ]、助演男優賞(トム・ベレンジャー)、監督賞(オリヴァー・ストーン)
【1987年/第41回英国アカデミー賞】監督賞(オリヴァー・ストーン)、編集賞
【1986年/第2回インディペンデント・スピリット賞】作品賞、監督賞(オリヴァー・ストーン)、脚本賞(オリヴァー・ストーン)、撮影賞(ロバート・リチャードソン)
【1987年/第11回日本アカデミー賞】外国作品賞
コピー:男は、死ぬまで正体を明かせない。

1967年のベトナム。クリス・テイラーは、自分と同年代の若者が徴兵され、且つ彼らが少数民族や貧困層であるという事実に疑問を感じ、大学を中退して志願した。いきなり最前線のカンボジア国境付近のアメリカ陸軍第25歩兵師団に配属されるが、戦場の過酷さは彼の想像をはるかに超えており、配属当日に自分の選択を後悔するほどであった…というストーリー。

こんなメジャー作にもかかわらず、ハードな内容という評価に負けてこれまで回避してきた。監督自身がベトナム戦争に従軍していたためか描写は実に生々しいし、目を背けたくなるような痛ましいシーンが無いわけではなかったが、闇雲にグロいわけではないし、他人の変な評価に騙されて今まで観なかったことを残念に思うほど。結論から言えば名作である。

戦場において人々が狂気に走る様子が表現されているが、今、平和を謳歌している人達をだって、そのままベトナムに持っていかれたら…なんて考えてしまった。自分の身の回りにいるAさんはバーンズみたいになるだろうな、Bさんはラーみたいになるだろうな…なんて。

こういう映画はとても大事だと思う。あえて政治的な情勢や事情は語らないことで、純粋な戦争批判に昇華できていると思う。
どんな戦争であっても、本作に描かれたように民間人が犠牲になることを忘れてはいけないのは当然だし、とにかく、こうなる前に手を尽くさなければならないことを、後世の人に痛感させるためにも観るべき映画である。お隣の半島の情勢について、場合によっては交戦やむ無しという人もでてくると思うが、まず本作を観てから言ってみろと言いたい。

今の日本人は、仮に二次大戦時の日本軍の所業を同じ様に映画にして見せられたとしても、描写が正しくないだの、左翼思想だのと、急に目が曇って素直に受け取ることはできないに違いない。他国の様子でもいいから、戦争なんかイヤだ…と思ってくれればいいんじゃないかな…と思う。
なんで私がこんなことを言うかというと、自分の祖母が満州からの引揚者だったらしく、相当な体験をしているらしいのだが、死ぬまで一切何も語ってもらえなかったから。経験者だからといって必ずしも、下の世代に伝えられるとは限らないものなのだ。

『地獄の黙示録』よりは、数段良いデキだと思うし、実話ベースの『キリング・フィールド』よりも実話に感じる。未見の人(は少ないと思うけど)には強くお薦め。

#有名な膝をついて両手を挙げて天を仰ぐカットはウィレム・デフォーだったのだね。知らなかった(完全にチャーリー・シーンだと思っていた)。

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image0139.png公開年:2001年 
公開国:アメリカ
時 間:106分
監 督:ジョン・ムーア
出 演:オーウェン・ウィルソン、ジーン・ハックマン、ガブリエル・マクト、チャールズ・マリック・ホイットフィールド、ヨアキム・デ・アルメイダ、デヴィッド・キース、オレク・クルパ、ウラジミール・マシコフ、シェーン・ジョンソン、ジェフ・ピアソン、ローレンス・メイソン 他
コピー:生き延びることが、彼のたったひとつの武器。



アラビア海に配備された米国空母USSカールヴィンソン。兵士たちはボスニアの平和維持活動に当たっていたが、クリス大尉は偵察飛行ばかりの単調な毎日に嫌気が差し、辞表を提出する。その後、偵察飛行を命じられたクリスは、偶然、セルビア人民軍による民間人惨殺の現場に遭遇。それを撮影したためにミサイル攻撃を受け、敵陣に不時着してしまう。彼らは、事実を隠蔽するために、クリスを執拗に追跡するが…というストーリー。

ボスニア紛争モノといえば、『ノー・マンズ・ランド』を思い出すが、比べちゃいけないんだろうけど、本作のほうが単純に愉しめちゃったんだよねぇ…。

政治色はまったくなし。『ブラックホークダウン』にあった大国側の横暴を批判するような姿勢も皆無。ストーリーはとにかく単純。あら捜しをしようと思えば、誰にだって両手に余るくらい見つけられるだろう。クリスのひげが全然伸びないなーとか、戦闘機や兵器の描写が変だなーとか、そんな能力の偵察衛星なんかあるか!とか。それに、まるで米軍の兵士募集キャンペーン用の映画みたいだから、そりゃあ何一つ賞なんかとれないハズ。

でも、おもしろいのである。墜落後の市街戦や地雷の恐ろしさや、サバイバルの緊張感がものすごく伝わってくる。先日観た『キリング・フィールド』の後半と同じテイストが延々と続く。そんな感じだと思ってもらえばいい。細かいことなんか別にどうでもいい。中途半端に政治とか社会を語れば、そりゃあハナについちゃったろうけど、何にもないんだから、ひっかかりようがない。ボスニア紛争を舞台にしていながら、ここまで政治的なメッセージを排除できてるって、逆にものすごいエンターテイメントの才能なんじゃなかろうか。感心してしまう(イヤミで言ってるんじゃなくって本当に)。

たぶん、本作を「こんなの映画じゃねえ」と批判する人は、私と価値観が合わないかな。コメディばっかりのオーウェン・ウィルソンのジャケットを見て、スルーしてる方、だまされたとおもって観て是非欲しい。少しは暑さを忘れられるかも。お薦め。

#なにやら、エンドロール前のナレーションを観ると、実話ベース?と勘違いしそうになったが、フィクションだよね(まあ、何らかのモデルになったエピソードはあったんだろうけど)。

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image1221.png公開年:1984年 
公開国:アメリカ、イギリス
時 間:136分
監 督:ローランド・ジョフィ
出 演:サム・ウォーターストン、ハイン・S.ニョール、ジョン・マルコビッチ、ジュリアン・サンズ、クレイグ・T・ネルソ 他
受 賞:【1984年/第57回アカデミー賞】助演男優賞(ハイン・S・ニョール)、撮影賞(クリス・メンゲス)、編集賞(Jim Clark)
【1984年/第50回NY批評家協会賞】撮影賞(クリス・メンゲス)
【1984年/第10回LA批評家協会賞】撮影賞(クリス・メンゲス)
【1984年/第42回ゴールデン・グローブ】助演男優賞(ハイン・S・ニョール)
【1984年/第38回英国アカデミー賞】作品賞、主演男優賞(ハイン・S・ニョール、サム・ウォーターストン)、撮影賞(クリス・メンゲス)、プロダクションデザイン賞、編集賞、音響賞、新人賞(ハイン・S・ニョール)

1973年。アメリカを後楯にしたロン・ノル政権とポル・ポト率いる革命派勢力赤いクメールによるカンボジア内戦を取材するアメリカ人シドニーと現地記者のプラン。赤いクメールが台頭し、アメリカ軍は撤退を決定したため、シドニーはプラン一家をアメリカに亡命させようとするが、プランは記者としての使命を全うしようと考え、自分だけは残ることを決める。その後も取材活動を続ける二人だったが、赤いクメールによる支配が進み、記者たちも退避を余儀なくされる。しかし、カンボジア人であるプランは一緒に出国できないため、偽造パスポートを作成して亡命させようと画策するのだが…というストーリー。

実話ベースだが、あくまで記者(シドニー)の目線で書かれた書籍が原作であり、人間関係や現場の状況がどこまで正確かは微妙だろう。公開当時、赤いクメールの台頭の過程など、カンボジアの政局については、描写が不足しているという指摘があったようだが、別にそれを追ったドキュメンタリーでもあるまいし、映画としてはさほど重要ではない。大筋は間違っていないだろうし(現在70歳すぎくらいの、当時知識人といわれた共産かぶれの方々の考え方は、私にはさっぱりわからないので、そんな瑣末な指摘なんかどうでもいいのだが)。

実話ベースの話といっても様々であるが、本作のように淡々とイベントを羅列していき、主義主張をみなまで言わない手法は非常によろしい。淡々とすることで、かえって、ダイレクトに戦争のことを考えさせてくれる。映画というのは、考えの押し付けではなく、考えさせることに美徳があるのだ。それは、社会問題だろうが環境問題だろうが、はたまた娯楽作品でも同じ。笑いのツボまで手取り足取りで、ほら笑うところはここですよ…なんてのは、クズなのだ。
#改めて『オーシャンズ』がクソ映画であることを確信。

本作は、前半と後半で趣を大きく異にする。前半はかなりモタモタしているように感じられ、個人的は好きではないのだが、後半のプランの逃走過程は、不謹慎だとは思うが純粋に映画として愉しめてしまった。プランを演じているハイン・S・ニョールは演技経験のない素人だったらしいが、それが何ともいえない緊迫感に繋がっている。事実との照らし合わせとなると、突っ込みどころが多々あるんだろうけど、とにかく最後は、「よかったねえ」と素直に感じてしまい、めずらしくピュアな自分を発見してしまった(笑)。

それにしても、こういう映画が自国でつくられ、どれだけ批判があったとしても、他国のことに首を突っ込んでは後始末もできずに去っていくことを何度も何度も繰り返すアメリカ。遺伝子レベルでアホなのか。シドニーが帰国したアメリカのショットには、ワールドトレードセンターが写っている。アメリカは他国に軍を送るたびに、もっともらしい理由付けるけれど、実は単に本能で行動しているだけなんだな…、理性でどう思っても本能ゆえの行動だから抑えようが無いんだな…と。

こういうと誤解する人もいるかもしれないので、一応断っておくけど、キリングフィールドに累々と横たわる死者はアメリカとの戦争の被害者ではなくって、ポルポト政権下の労働キャンプと粛清(内ゲバ)による虐殺によるものである。原始共産主義を標榜したボルポトと毛沢東がが闊歩した後には、死屍累々である。ちなみ、色々な機関が、ほぼ100万人超が死んだと算定している。歴史上、こういう事例が多々あることを考えると、人類には“アポトーシス”プログラムがあるように思えて仕方が無い。その発動条件は何なのか。その探求こそ歴史教育・歴史研究の目的なんだろうな…と思う次第である。
今の日本の構造的に社会的弱者をつくる状況も、緩やかなアポトーシス”プログラム発動中なのかな…と思うと、ちょっと怖い。

まあ、それはそれとして、非常に重い内容なのに、見てよかったと思わせるすばらしい作品(いままで、こういうのは観たことがなかったかも)。未見の人は是非観ていただきたい。

#・マルコヴィッチはクソ人間を演じさせたらピカ一だなぁ。

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image0916.png公開年:2001年 
公開国:アメリカ
時 間:183分
監 督:マイケル・ベイ
出 演:ベン・アフレック、ジョシュ・ハートネット、ケイト・ベッキンセイル、ウィリアム・リー・スコット、グレッグ・ゾーラ、ユエン・ブレムナー、アレック・ボールドウィン、ジェームズ・キング、キャサリン・ケルナー、ジェニファー・ガーナー、ジョン・ヴォイト、キューバ・グッディング・Jr、マイケル・シャノン、コルム・フィオール、ピーター・ファース、ベス・グラント、デヴィッド・カウフマン、マコ、ケイリー=ヒロユキ・タガワ、リーランド・オーサー、トム・サイズモア、ガイ・トーリー、スコット・ウィルソン、トマス・アラナ、ウィリアム・フィクトナー、マット・デイヴィス、ジョン・ディール 他
受 賞:【2001年/第74回アカデミー賞】音響賞[編集](Christopher Boyes、George Watters II)
コピー:それは日曜日の朝だった…

1941年。幼馴染のレイフとダニーはアメリカ陸軍航空隊の戦闘機パイロット。レイフは恋人イヴリンをダニーに託し、イギリスのイーグル飛行中隊に参加しドイツ空軍と戦う。その後、ハワイ転属命令を受けたダニーとイヴリンのもとにレイフ戦死の報が届く。二人は互いの心の傷を癒すべく支えあい、いつしか結ばれるが、戦況が逼迫し始めたある日、二人の目の前に死んだはずのレイフが現われ…というストーリー。

大した内容でもなさそうなのに2枚組みという、この暴れん坊っぷりに臆していたが、やっと観る気になった。

結果から言うと、マイケルベイとジェリーブラッカイマーコンビ作品の中では、群を抜いた駄作。日本描写云々については、いまさらどうこう言うつもりはない。非常に歴史的描写にクレームが付けられた作品であることも承知しているが、所詮、娯楽作品。日本をショッカーや宇宙人扱いして、勧善懲悪ドラマにしたって、それは自由である。歪曲したことによる引っかかりを超えるだけの愉しさが提供されていれば、ある程度は許容できる。大体にしてあそこまでトンチキな日本描写なら、怒るまでもない。

エンターテイメントだから歴史を捻じ曲げる覚悟があってもよいとはおもうが、この陳腐な恋愛劇のために歴史を曲げてるのか…と思うと、実にくだらなく感じてしまう。歴史をないがしろにするだけのおもしろさは存在しないのである。
やってもいない民間人や医療施設への爆撃を描くのは反則だと思うし(若干誤爆はあったらしいが)、「日本がなぜ?」ってセリフが実にバカバカしい。日本と中国が戦争→これ以上の日本の支配力増大をよしとしないアメリカは石油・鉄の輸出を制限→日本は資源確保のために南アジアに侵攻→日本の侵攻が気にくわないアメリカ・イギリス・オランダは石油の輸出を停止→日本さらに窮して開戦…って、流れなんだから、まるで部外者面で突然奇襲を受けたなんて顔をしているのが、笑えてくる(もしかして、当時のアメリカ人は国際情勢なんかまったくわからないバカ揃いだってことを表現してるのかな)。

まあ、本土を叩かれたことのないアメリカにとって、真珠湾攻撃がトラウマなんだってことはよくわかるけれど、ドンパチになる前に、散々策を弄してのっぴきならない状況にするのは、昔も今も変わらないのね。人間の性格が変わらないように、国の性格もなかなか変わらないということか。

ダラダラな上に、韓国ドラマばりのショボいメロドラマで、見せられるのは戦闘シーンだけ。こんなレベルなので、CG盛りだくさんのドンパチ映像の物量作戦にならざるを得ず、結果として3時間越えの二枚組みDVDになってるのだが、ABCD包囲網で物量にモノを言わせてイジメていた自国への皮肉かなのかしら。
もしかして、マイケルベイとブラッカイマーは、自国アメリカへの皮肉を多分に盛り込んだつもりだったのに、一周まわって、ただのアホ映画になってしまったのかも。

いやあ、二度と観ないのは確実。私、ベン・アフレックが出てる作品で、おもしろかった映画ってみたことがないかも。もちろんお薦めしないし、確実に時間の無駄。久々に注意報を発令したい。
#本当はカテゴリを戦争にするのはイヤである。

拍手[0回]

image1483.png公開年:2008年 
公開国:イスラエル、フランス、ドイツ、アメリカ
時 間:90分
監 督:アリー・フォルマン
出 演:アリー・フォルマン 他
受 賞:【2008年/第43回全米批評家協会賞】作品賞
【2008年/第34回LA批評家協会賞】アニメーション賞
【2008年/第66回ゴールデン・グローブ】外国語映画賞
【2008年/第21回ヨーロッパ映画賞】音楽賞(マックス・リヒター)
【2008年/第14回放送映画批評家協会賞】外国語映画賞
【2008年/第34回セザール賞】外国映画賞(アリ・フォルマン)
コピー:過去が、語り始める

フォルマン監督は、再会した旧友がレバノン内戦での経験と関連すると思われる悪夢に悩まされていることを聞き、なぜか自分が戦争中のできことを思い出せないことに気付く。友人の心理学者から、記憶を取り戻すために、同時期に従軍していた戦友から話を聞くよう勧められ、彼らを訪ね歩くフォルマン。彼らと重ねた会話によって、自分の記憶に迫っていく…というストーリー。

アニメ自体のキレイさが評価されているようだが、『スキャナー・ダークリー』とさほど変わりはない。海外コミックにコンピューター彩色という手法が加われば、丁寧につくればこのような感じになるのは、当然の帰結かと。申し訳ないが、技法的に特筆して評価すべき点はない。

本作は、1982年に発生した、親イスラエル派のキリスト教マロン派の右派民兵ファラジストがパレスチナ難民を大量虐殺した事件(実話)がベースになっており、実際にアリ・フォルマンが経験したことが元になっている。そして、アリ・フォルマンが事件の記憶を喪失していたというのも事実らしい(らしいとしか言いようがない)。状況的には、ベイルート郊外のパレスチナ難民キャンプをイスラエル軍が包囲する中で行われた虐殺なので、イスラエルも一緒に虐殺したに等しい。

記憶を無くすほど凄惨な出来事であったというのは判った。で、それを映画にすることで、何を伝えたいのだろうか。
監督はあの時のことを思い出したい…と、あの時はこうだった、そこにいた、だ、とにかくべらべらしゃべり続ける。画面から目をはずしていても、とにかく状況やら感情やらべらべらとしゃべり続けるので、別に画面を見ていなくても内容は理解できる。ますます映画にする意味がわからない。

で、結局、自分もあの虐殺に関わっていたのだという(だれもが想像したとおりの)オチになる。思い出した瞬間から実写という技法も、さほどセンスがいいともいえないし、効果もない。

事件のときは、殺るか殺られるかの極限状態だったし、虐殺があまりにショックで記憶を失くしてしまったんだ。イスラエル人は、あの難民虐殺事件を悔いているんだ。この映画はその贖罪のために作ったのだ…とでもいうことだろうか。私には陳腐な言い訳にしか見えない。こんな映画をつくるくらいなら、一言“ごめんなさい”と誤ったほうがよっぽどよい。自分の先祖がやったという距離感なら、こういう手法はわからないでもない。でも当事者なんでしょ?

この映画を観たからといって、多くのイスラエルは良識のある人々なのだなぁ…と私は決して思わない。世の人は、この映画の何を賞賛しているのか。懺悔するのはよいだろう。お互い苦しみ続ける中で許すことは一つの進展になるとは思う。だけど、懺悔したからといって、今度は、逆に褒めて持ち上げなければいけないのか?そこは、そっとしておくのが、良識のある行動だと思うが、賞賛までするのはやりすぎじゃないかな。私も人を殺したら、真っ先に懺悔しよう。そうしたらみんな褒めてくれるんだよね。いつこら、こんなアホな世の中になったのか。むなしい。

監督が悔やんでいること、謝罪の気持ちがあること、については、作品の全体から読み取れというかもしれない。しかし、本作については、最後に、その気持ちを推測させるのではなく言葉で表現すべきだと思う。まだ、芸術作品にしてしまえるほど、冷静になれる事件ではない。よって、最終的に“だから何?”という言葉しか、私の心には残らなかった(なんと言われようが、そうなのだから仕方が無い)。

未だ、世の中ではこういう事件がおこっていると、気を引き締めることはできるが、それ以上の意味も効能もない。お薦めはしない。

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image1480.png公開年:2009年 
公開国:アメリカ
時 間:152分
監 督:クエンティン・タランティーノ
出 演:ブラッド・ピット、メラニー・ロラン、クリストフ・ヴァルツ、ミヒャエル・ファスベンダー、イーライ・ロス、ダイアン・クルーガー、ダニエル・ブリュール、ティル・シュヴァイガー、B・J・ノヴァク、サム・レヴァイン、ポール・ラスト、ギデオン・ブルクハルト、オマー・ドゥーム、マイケル・バコール、アウグスト・ディール、ジュリー・ドレフュス、シルヴェスター・グロート、ジャッキー・イド、ドゥニ・メノーシェ、マイク・マイヤーズ、ロッド・テイラー、マルティン・ヴトケ、リシャール・サムエル、アルンドゥト・シュヴェリング=ゾーンレイ、ザック・フォルカー・ミヒャロウスキ、ケン・デュケン、クリスチャン・ベルケル、アン=ソフィー・フランク、レア・セドゥー、ティナ・ロドリゲス、レナ・フリードリヒ、ルドガー・ピストール、ボー・スヴェンソン、エンツォ・G・カステラッリ、サミュエル・L・ジャクソン 他
受 賞:【2009年/第82回アカデミー賞】助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ)
【2009年/第62回カンヌ国際映画祭】男優賞(クリストフ・ヴァルツ)
【2009年/第44回全米批評家協会賞】助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ)
【2009年/第76回NY批評家協会賞】助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ)
【2009年/第35回LA批評家協会賞】助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ)
【2009年/第67回ゴールデン・グローブ】助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ)
【2009年/第63回英国アカデミー賞】助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ)
【2009年/第15回放送映画批評家協会賞】助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ)、アンサンブル演技賞、オリジナル脚本賞(クエンティン・タランティーノ)
コピー:名こそ、彼らの名誉(グロリアス)。

ナチス占領下のフランス。ユダヤ・ハンターの異名をとるランダ大佐に家族を皆殺しにされた娘のショシャナは、なんとか逃げ延び、映画館オーナーとしてパリに潜伏。同じ頃、レイン中尉率いるユダヤ系アメリカ人を中心とした極秘部隊“イングロリアス・バスターズ”はナチスを次々と虐殺したあげく相手の頭皮を剥ぎ取る手口で、ドイツ軍を震え上がらせていた。そんな中、ショシャナの映画館でナチスプロパガンダ映画のプレミア上映が行われることになり、当日はナチス高官だけでなくヒトラーまでが出席することに。このチャンスを逃すまいと、ショシャナ、バスターズはそれぞれが行動を開始するが…というストーリー。

ワタクシ的には、『ワルキューレ』をうけての本作…という感じ。『ワルキューレ』の致命的な欠陥に対するワタシの苦情を聞いて作られたような内容で、非常に好感を持っている。詳しく言うとネタバレになってしまうので言わないが、史実であることに捉われて面白さが減るくらいなら、ぶっ飛ばしてしまえ!史実と面白さをトレードオフにしかできないようなら、創作なんかやめてしまえ!という私の想いに、タランティーノは見事に答えてくれたようで、とてもとてもうれしい。

それにしても、公開時に行われた開始1時間で途中退場した場合は返金するというキャンペーンは、本作のテイストにマッチしていないね。おそらく日本の配給会社発信の企画だと思うけど、この作品を観てから考えた企画なのか疑いたくなる。タランティーノはOKしているわけだから作品に失礼とまで言う気はないけれど、こういうキャンペーンだとチョケた内容かと思われてしまいそう。血しぶきバンバンで『パルプフィクション』的ではあるけれど、時代がクレイジーだっただけで意外にも突飛だったり不条理な登場人物は出てこない。こんなキャンペーン不要なくらい、がっちりと腰の据わった脚本に仕上がっていると私は思う。脚本での受賞こそ放送映画批評家協会賞のみだけど、ノミネートなら米アカデミー・ゴールデングローブ・英アカデミー、さらにパルムドールと並び、その評価は至極まっとう。この上映時間を長く感じさせないだけでもたいしたものである。お薦めする。

“またユダヤ迫害ものかよ”とウンザリするところなのに、まったくそんなことすら感じさせない。これまでのタランティーノ作品とは一味違うので是非お薦めする。演出上の難点は頭皮が容易にはがれすぎなところくらい(笑)。

あまり内容とは関係ないけれど、あらためて“ユダヤ”の定義は難しいなと思った。ユダヤ教徒なのか遺伝子的なユダヤ人特性を指すのか。ユダヤ・ハンターの対象になっているのは、ユダヤ教徒を直系親族に持つ人間で、敬虔なユダヤ教徒であることは関係ないように見えるけど。まあ、あくまで集団的なイジメ構造ができあがって、その対象になっているだけなので、明確な定義なんて、あるようでないのかな…と(実のところ、理由があって迫害しているわけじゃなくって、誰かを迫害したくて後付でもっともらしい理由づけしてるだけだからね。人間の知性のおかげでわかりづらくなっているけど)。

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image1440.png公開年:2008年 
公開国:アメリカ
時 間:136分  
監 督:エドワード・ズウィック
出 演:ダニエル・クレイグ、リーヴ・シュレイバー、ジェイミー・ベル、アレクサ・ダヴァロス、アラン・コーデュナー、マーク・フォイアスタイン、トマス・アラナ、ジョディ・メイ、ケイト・フェイ、イド・ゴールドバーグ、イーベン・ヤイレ、マーティン・ハンコック、ラヴィル・イシアノフ、ジャセック・コーマン、ジョージ・マッケイ、ジョンジョ・オニール、サム・スプルエル、ミア・ワシコウスカ 他
ノミネート:【2008年/第81回アカデミー賞】作曲賞(ジェームズ・ニュートン・ハワード)
【2008年/第66回ゴールデン・グローブ】音楽賞(ジェームズ・ニュートン・ハワード)

1941年、ベラルーシはナチスに侵攻され、ナチス親衛隊と地元警察によってユダヤ人狩りが開始された。両親を殺されたビエルスキ兄弟は森の中へ逃げ込んだが、彼らの周りには同じように逃げてきたユダヤ人が次々と合流し、食料や武器を調達しながら共同体を築いていく。そして、“ビエルスキ・パルチザン”を名乗り、ナチスへの抵抗を始めるのだが…というストーリー。

実は、内容を知らずにジャケットのダニエル・クレイグとリーヴ・シュレイバーを見てアクション映画だよね?って軽い気持ちでレンタルしたのだ。そうしたらナチス物で、「またかよ…」って。世の中、石を投げればユダヤ迫害映画に当たる…そんな感じ。

実話とのことで、とても重厚な戦争ドラマだった。ユダヤ迫害物には違いないのだが、家族愛、人間の本性、共同体を維持することの困難さなど、いろいろな要素がてんこ盛り。反面、意外とアクションシーンが軽いというか、よくありがちなアクション映画然としていて、逆にうまくバランスが取れている印象(そっちまでリアルに重いと、つらくなってしまったかも)。そういう意味でダニエル・クレイグだったのは当りなのかも。

主人公は基本的に闘うことに否定的なのだが、状況的にどっぷりハマらざるを得ないのはとても理解できるし、事実として生き残った彼らを賞賛したいとは思う。でも、根底に臭っている流れに、どうもひっかかりを覚えてしまったのだ。だって、自分の国土を持たないからこういう迫害を受けるんだ、国土を得るためにはもう闘わなければいけないんだ!という声が聞こえてくるようで、これに賛同してしまったら、イスラエルの行動を承認してしまうような気がするから。
本作の評判は悪くはないし、その評価もまんざらハズレではないとは思うけれど、その点がどうも引っかかってしまい、私は没頭できなかった。

ただ、最後の最後のエンドロール直前に、モデルになった人たちが、本作のエピソードについて長らく語ろうとはしなかった…という内容のナレーションが入る。私は、本人達が辛い思い出だから語らなかったというわけではなく、その後のイスラエル建国に至るまでのベースとなる思想を良しとしていなかったから…と理解したい(のだが、本当はどうなのか、もちろん知らない。勝手に溜飲を下げているだけ)。

娯楽的な要素は皆無でストレス解消にはまったくならないということを知った上で観る分には及第点以上だと思うので、限定的にお薦めする。

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image1045.png公開年:2001年 
公開国:アメリカ
時 間:145分  
監 督:リドリー・スコット
出 演:ジョシュ・ハートネット、ユアン・マクレガー、トム・サイズモア、サム・シェパード、エリック・バナ 他
受 賞:【2001年/第74回アカデミー賞】音響賞(Myron Nettinga、Michael Minkler、Chris Munro)、編集賞(ピエトロ・スカリア)
コピー:僕たちはもう、戦う前の僕たちには戻れない


1993年、泥沼化した内戦を鎮圧するためソマリアに派兵したアメリカ。芳しくない戦況に焦りを感じたクリントン政権は、敵対するアディード政権の本拠地への奇襲作戦を決行。作戦は時間ほどで終了する予定だったが、敵の予想外の反撃により、ブラックホーク(ヘリ)が撃墜されてしまい、敵の真っ只中で兵士達は孤立してしまう。その後の救助はうまくいかず、その間に、兵士たちは必死に応戦するが、次々と相手の攻撃の前に倒れていく…というストーリー。

ベトナム戦争などとは違って、このソマリア派兵自体の意義をどうこう言う人は、さほど多くないように思える。内戦なので他国は干渉すべきでないという原論的な意見はあるだろうが、(本作の中でも説明されていたが)“虐殺”と判断され、且つその判断が国際的なコンセンサスを得ていれば(大抵、国連による非難という形になるが)、その鎮圧とその後の平和維持を目的として派兵することはさほど不自然ではない。特に一部の武装勢力が無法に他人民を抑圧・虐殺している場合などは。

ただ、“ソマリアへの派兵自体”だけを切り取って見れば、の話である。元々は、冷戦時代には、エチオピア(=ソ連が支援) VS.ソマリア(=アメリカが支援)という、世界中のどこにでも見られた代理戦争の舞台。その後の冷戦終結により両国は撤退するも、アメリカというかりそめの秩序を失ったソマリアでは、アメリカが残した武器によって氏族間の内戦が激化したわけである。そういう意味では、やらざるを得ない自分の尻拭いではある。

ただ、どうも本作は、その内戦の背景にまで遡って、問いかけをしているようには見えない。純粋な“戦争映画”として戦況を刻々と追い、戦争を舞台にした人間ドラマにスポットを当てようとはしていない(キャストはそこそこ豪華だが、戦闘中は顔も演技もよくわからないしね)。逆説的に反戦映画になっているか?というと、そうでもない。じゃあ、ケン・ローチのような客観的な視点で淡々と描かれているか?というと、そうでもない。“アメリカ万歳映画”と見る向きもあるが、たしかにベトナムの時のように、苦労して自国に戻ってみたら人でなしと言われるような状況は避けたいペンタゴンとしては都合がいいだろう(同胞のためにこんだけ苦労してるんだからさ~ってね)。でも、作戦自体が成功しているわけではないので、完全に肯定的とはいえないだろう。実際、この作戦で、アメリカ人の犠牲者は19人で、ソマリア人は1000人以上。まず、これって“作戦”だけど“戦争”か?って気にもなる。このなんともいえないモヤモヤを、とりあえず脇に置いて観ると、やっぱり激しい戦闘シーンだけが残滓となる。結局、私にはよくわからない映画ということなんだなぁ。

先頭シーンは大変秀逸で迫力満点ではある。だけど、『プライベートライアン』に劣るとは思わないが、特段、それを超えたとは思えない。人間ドラマが希薄だったり反戦アピール作品ではないところを、高く評価する人が結構いるのだが、「こういう映画をまっていた!」とかまでいわれると、引いてしまう。古臭いのかもしれないが、私は戦争映画は(表現がストレートでなくても)反戦映画であってほしいと思う。そういう評価をする人とは、友達になれそうもない…とすら思うのだが、皆さんはどうかな。個人的にはお薦めしない。

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image1443.png公開年:2002年 
公開国:アメリカ
時 間:143分  
監 督:ジョージ・ルーカス
出 演:ユアン・マクレガー、ナタリー・ポートマン、ヘイデン・クリステンセン、イアン・マクディアミッド、ペルニラ・アウグスト、アンソニー・ダニエルズ、サミュエル・L・ジャクソン、クリストファー・リー、ジミー・スミッツ、ケニー・ベイカー、テムエラ・モリソン、ダニエル・ローガン、ジャック・トンプソン、オリヴァー・フォード・デイヴィス、ローズ・バーン、アーメッド・ベスト、フランク・オズ 他


第二次大戦末期、劣勢に立たされ始めたドイツ。純粋に祖国を愛するが故にヒトラー独裁政権へ反感を抱いていたシュタウフェンベルク大佐は、アフリカ戦線において瀕死の重傷を負いながらも生還。彼は、やがて軍内部で秘密裏に活動しているレジスタンスたちの会合に参加するようになるが、ある日ワーグナーの“ワルキューレの騎行”を聞いて、国内の捕虜や奴隷がクーデターを反乱を起こした際に予備軍によって鎮圧する“ワルキューレ作戦”を利用して、ナチス政権を転覆させることを思いつく。綿密に計画を練り、暗殺の実行役も任され、ついに敢行する日がやって来るのだが…というストーリー。

『SWⅠ』のときにもグチッたのだが、根本的な問題があるので、面白くならない作品。ヒトラーおよびナチスの顛末は有名すぎるわけで、本作で語られる暗殺計画が成功しないことは、よほど歴史に暗い人でない限り、観終わる前から明々白々(歴史関係の書籍では「ヴァルキューレ」作戦と書かれることが多いですな)。その他にもいくつか暗殺遂行はあったらしいが、ヒトラーが暗殺で重症を追った事実すらない。暗殺計画や遂行のために薄氷を踏むようなシーンを、どれだけ織り交ぜようとも、最終的にはうまくいかないのである。

史実をベースにした話は数あれど、事実をなぞるだけで映画として成立させるためには、その事実が「へえ」なのか「ふうん」なのかで大きく違ってくる。要するに、素人でも「へえ」って感じるほど面白い事件なのか、そんなことがあったんですね「ふうん」で終わるような事件なのかってことである。あまり明るみにでてこなかった「ヴァルキューレ」作戦の詳細が紹介されて、ワクワウしてくるのなんてよっぽど歴史に興味のある人だけで、失敗した暗殺のことなんて、一般的には所詮「ふうん」なのである。

だから、暗殺のプロセスだけでなく、別のストーリーの軸を設けなければいけないところなのだが、それが無い。作中の暗殺計画よろしく、映画制作の目論見もずさん…なんて、しゃれにもならない。

さらに、暗殺側の軍人の台詞やナレーションで、ドイツ国民すべてがナチスなわけではないという趣旨のことが繰り返されるのだが、ドイツ国民はむしろ被害者なんだよ…といいたいのだろうか。もしや、本作はドイツ国民擁護のためにつくられたのか?私には、どうも的外れに見え、空々しい気がして仕方が無い。その考え方って民主主義崩壊のプロセスがどうだったのかを直視しようとしない人間の目線だと思うので、いささか不快である。
『麦の穂をゆらす風』のケン・ローチのように愚直なまでに中立な目線でつくられたならば、逆に鑑賞者が自発的に暗殺遂行者たちの勇気に共感し、すこしは英雄視できたもしれないのだが、作品の方から、英雄視しろと押し付けられているように感じられ、私は興ざめした。

ネット上では「さすがブライアン・シンガー」と評価する人が結構いるので、一瞬躊躇してしまうのだが、私の感覚に忠実になって言えば、お薦めはできない。駄作ではないが凡作中の凡作というのが精一杯。

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image0431.png公開年:2006年 
公開国:イギリス、アイルランド、ドイツ、イタリア、スペイン
時 間:126分  
監 督:ケン・ローチ
出 演:キリアン・マーフィー、ポードリック・ディレーニー、リーアム・カニンガム、オーラ・フィッツジェラルド、メアリー・オリオーダン 他
受 賞:【2006年/第59回カンヌ国際映画祭】パルム・ドール(ケン・ローチ)
【2006年/第19回ヨーロッパ映画賞】撮影賞(バリー・アクロイド)
コピー:愛するものを奪われる悲劇を、なぜ人は繰り返すのだろう


1920年。イギリスに支配され続けてきたアイルランドに独立の気運が高まる。医師を目指していたデミアンは、その道を諦め、兄テディと共に独立を目指す戦いに身を投じ、イギリス軍との戦闘の末、両国の間で講和条約が締結されるまでに至った。しかし、完全な独立とは遠い条約の内容を巡ってアイルランド内に賛成派と反対派の対立が生まれ、内戦に発展。デミアンも兄テディと敵味方に分かれて戦うことになる…というストーリー。

邦題と引きで見たパッケージのイメージで、さわやかで牧歌的な映画だと思い込んでいたが、まるで真逆の内容。

イスラム教圏の実情と同じくらいIRAについてもアイルランドの独立戦争と内戦の悲劇については、よく知らない。そういう日本人は多かろう。サッカーW杯シーズンになると、必ずなんでイギリスは4カ国に別れて参加してるの?という質問があるが、まあ、その背景の説明というか経緯がいくらか解る映画である。

救いもないしユーモアもないし、はっきり行ってしまうと何一つ楽しめる要素はないのだが、元々そういう目的で作られた映画ではない。むしろ意識的に排除し、紛争のいきさつを限りなく思想的に中立な視点に立って表現することに執心していることがよくわかる。パルム・ドール受賞の理由の一部がそこにあることは間違いない。

このような泥沼の内戦について理解というか共感をするのは、日本人にとってはむずかしそう。日本と朝鮮半島に置き換えるのとは、また少し違う。私も正直なところピンときていなくて、感情移入することはできなかった。しかし、繰り広げられる条約受け入れの論議や教会での言い争いの緊迫感は、否応なしに観ている側を緊張させる。この技量こそケン・ローチが評価される点だろう。

一つ、本作を観て教訓にできることは、かけ離れた異文化(欧米とイスラム圏のような)同士の争いは確かにはげしいが、終りの見えない過酷で悲惨な状況になるのは、他から見ればほぼ近似のような差の間で生じるということだ(もちろん当事者同士は近似であるとは微塵も思っていないのだが)。日本と韓国もその一例かもしれないが、イングランドとアイルランドはよりそういう状態なのだろう。これは国レベルだけではなく、日常生活の人間関係においてもよく見られること。お気づきでない人は、周りを見渡すといい。異様に犬猿の仲といわれる人同士は、実は似たもので、諍いの原因は取るに足りないことであることが多いはずだ。むしろ圧倒的な違いがある場合は、軋轢回避のための恒常的な牽制が生まれて、表立って争うことはないのだ。

とりあえず、本作を観てIRAの生まれた経緯については勉強になったと言っておくが、大英帝国連合の四カ国は永遠に統合されることはないだろうな…と痛感するし、もしイギリス(GBね)がEUに深く組みするようになったら(ユーロ圏にまでなるようなことがあったら)、それは、GBという枠組みが終わることを意味するような気がするのである。

政治的思想に中立なだけでなく、社会問題提起と芸術性の中立という立場で、映画はどういう姿勢でつくられるべきかという、教材的な意味で非常に評価できるが、娯楽としての映画ではないので、それを覚悟して観て欲しい。非日常に浸ることや、ストレス解消のために映画を観る私にとっては、いささか辛い作品だったと言っておこう。

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クボタカユキ
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