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image1694.png公開年:2010年
公開国:日本
時 間:133分
監 督:トラン・アン・ユン
出 演:松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子、高良健吾、霧島れいか、初音映莉子、柄本時生、糸井重里、細野晴臣、高橋幸宏、玉山鉄二 他
受 賞:【2010年/第20回日本映画プロフェッショナル大賞】新人奨励賞(水原希子)
コピー:深く愛すること。強く生きること。



親友キズキが突然自殺をしてしまい、深い悲しみに暮れるワタナベ。その悲しみから立ち直れないまま東京の大学に進学し、神戸から離れる。ある日、ワタナベはキズキの恋人だった直子と東京で偶然に再会し、そのまま交流を持つようになる。キズキを失った哀しみを共有する二人の心は徐々に近づいていったが、それに比例するように、直子は精神の状態を崩していく。やがてその症状は加速し、ついに直子は京都の療養所に入所することになってしまう。直子との面会が認められず疎遠になるなか、ワタナベは同じ大学の生徒で明るく積極的な緑という女性と出会う。直子とは正反対の性格の緑と交流を重ねつつ、一方で直子の症状が心配でしょうがないワタナベ。ある日、ようやく直子との面会が許され、京都へと向かうワタナベだったが…というストーリ-。

原作は読んだことが無い。それどころか村上春樹の作品を一作たりとも読んだことが無い。なので、本作のデキの良い部分が、原作のおかげなのかトラン・アン・ユン監督のおかげなのかは判断はつかない。

味のある雰囲気と、遅れて去来する独特な余韻の心地よさがすばらしい。ヨーロッパとアジアの風が融合したような空気感が画面から溢れてくる。フランス在住のベトナム人監督だから…って言ってしまうのは簡単だけど、だから出せるというものでもなかろう。
画角の切り取り方にセンスを感じるし、大胆ともいえる割り切った編集が大変よろしい。説明的な部分や煩わしく感じさせる部分は極力排除できており、ものすごくセンスを感じる。この編集をやっているのがマリオ・バティステルとクレジットされている人。日本人ではないようだが、詳細なプロフィールは不明。ちょっと覚えておきたい。

時代は1960年代後半。世界中の空気が核実験由来の放射性物質で溢れていた時代。だからその時代の人は少しクレイジーなの?だから団塊の世代の半分は救いようの無いアホなの?…という冗談はさておき。今よりも、「こうある“べき”」というもっともらしい理屈があれば、暴力が正当化される時代で(暴力といってもフィジカル面だけにあらず)、まあ、はっきりいって何か狂っているように見える時代。そしてその狂った様子になにか魅力を感じなくも無い時代。
まあ、金があれば何でもできると言い放っていたポンコツが時代の寵児なっていた頃よりは、はるかに味のある時代だったのかもしれない。

まあ、心理学的というか生態学的というか、幼少から兄弟のように育った男女が性的に結ばれない例はけっこうあるし、満たされない状態(または満たしてあげることができなかった状態)から、さらに過度な喪失感や、自分に理由があるようなないようなショックな出来事が重なれば、整理ができずに精神を病んでしまうのは、当然の帰結。
トラウマにならないように転地して生活するのはいい手立てだったのに、思い出させるような人間と接触してしまえば、揺り戻しで症状が悪化するのも自然。理詰めで考えれば、ワタナベと直子は距離を置くべきなのだが、やめられない止まらない。若さゆえ、愛ゆえ、人間ゆえ、ああ人の業の深さよ。しかも、それが他者への共感という、人間として絶対に持つべき要素に端を発しているところが、せつない。

もうここまでくると、ワタナベと直子の間にあるものが、愛なのかどうかも怪しくなってくる。いや、それを通り越して愛って何なのか。きっと原作は、そういうことを読者に考えさせるから、評価されているんだろうね(とかいいつつ、原作を読む気がない。ここまで読書しない私もどうかと思うけど)。

本作に対する私の満足度は高い。日本人監督だったら、原作をレイプしたとブーイングがおこったのではないかとゾッとするが、そんな心配ご無用の仕上がり。誰がトラン・アン・ユンをつれてきたのかは知らないけど、その人がMVP。お薦め。

菊地凛子の女子大生って無理がありすぎ…って思ったけれど、病んだキャラクターとしては、グッジョブだった。この人、『バベル』でもそうだったけど“病んだ女”のアイコンになりつつあるな。だって普通の役だとパッとしないんだもの。
一方、一部で評価の高い水原希子。個人的には、つたないにもほどがある印象。日本人監督だったらもう少し演技を付けてしまっただろうけど、逆に若さゆえの脆さの表現には繋がっていて、怪我の功名くさい部分が大きい。評価は次回作という所か。




負けるな日本

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image1361.png公開年:2008年 
公開国:日本
時 間:133分
監 督:瀧本智行
出 演:松田翔太、塚本高史、成海璃子、山田孝之、柄本明、劇団ひとり、金井勇太、佐野和真、井川遥、笹野高史、塩見三省、風吹ジュン 他
受 賞:【2008年/第32回日本アカデミー賞】新人俳優賞(松田翔太)
コピー:人生最期の24時間。あなたは誰のために生きますか?



全国民が子供の頃に体内に特殊なカプセルを埋め込まれ、1000人に1人が18~24歳の設定された日時に自動的に死を迎える制度、、“国家繁栄維持法”。該当者は、いくつかの特典が付与され、24時間後の死亡を通告される。それは、死の恐怖により国民がより生命の大切さを意識することで、国家の繁栄に繋げることを企図した法律である。藤本賢吾は政府発行の死亡予告証“イキガミ”を本人に配達する厚生保健省の職員だったが、イキガミを渡された若者たちの最期の24時間を見ることで、心の中に葛藤が生じ…というストーリー。

簡単に言っちゃうとドリフのコント「こんな○○があったら…」みたいなもの。ただ笑えないコントだけど。そして『バトルロワイアル』の亜種である。『バトルイロワイアル』は“BR法”という法があっただけだが、本作の場合は、あらかじめ定められた日時に死亡するというSF的なナノテクノロジーを前提にないと成立しない。ましてや秒単位まで正確に発動するという技術(どうやったら秒単位でピタっと殺せるのか、SF的発想を駆使しても、思いつかない)。おまけに18~24才の間に無作為に死亡することが24時間前に伝えられるわけで、とても重要な職種についていれば社会的に大変なことになるし、旅行にいっていれば伝えられないわけで、運用面でも問題が生じることが容易に想像できる。また、1000分の1という相当な高確率なので、頭の片隅に死ぬかもしれないという思いが常にある状態で、若者がマトモに働くとは考えにくく、主張されているような“生”を意識したまともな社会が実現するとは思えない。とてつもなく荒唐無稽。荒唐無稽に荒唐無稽を3回くらい重ねたくらいマンガ。

いや、私は荒唐無稽がいけないといっているわけではない。むしろ大歓迎。ちょっと無理な設定であっても、マンガだもの、全然OKである。では、何が気に喰わないのか。荒唐無稽な設定を一生懸命“リアル”に見せようとする、本作の製作姿勢が気に喰わないのである。あのマンガをよくまとめたねという評価もあるのだが、私はそうは思わない。リアルに見せよう見せようと説明をすればするほど、陳腐でつまらないものになっていると思う。とことんマンガであるべきだと私は思うのだ。

では、どうすればよいのか?私ならビジュアル的にブっとんだ演出をしただろう。例えば『スキャナー・ダークリー』のような手法。普通にアニメ化しただけならきっとつまらないはずで、実験的な映像表現で、そのムチャな設定が気にならない表現に邁進したと思う(簡単にいうと、観客の目をそらしたい)。そうすることで、繰り広げられる“生命”への執着により焦点が当たるだろう。
だって、原作を読んだことの無い人からすれば、こういう荒唐無稽な話ではじまっておきながら、生命賛歌になるとは想像し難いもの。なんか肩透かし喰った感じになっちゃうでしょ。1800円払って観終わった人のモヤモヤ感が容易に想像できるよ。

別の話。
『リアル鬼ごっこ』のときにもいったが、 柄本明はこういう作品に合わない。笹野高史が端役なのにいい演技をしていることもあって、柄本明ってもしかしてポンコツ役者なんじゃないの?と思えてしまう。ストーリー的にも、この法制度を転覆するような展開はないのだから、わざわざスポットを当てる必要のないキャラ。そこに、わざわざ柄本明をもってくる必要もない。

また、シナリオが3本のエピソードの単なるオムニバスに見え、且つ増長に感じるのは、原作者が脚本に加わっているからだろう。思いの強さが、思い切った編集を阻害している。スティーヴン・キングと同じ弊害が発生したと予想する。原作の評判が良かったので、各社の取り合いになっちゃって、原作者を上げ膳据え膳で扱って、自由にさせすぎちゃったってところかも。餅は餅屋に任せないといけないという悪例だろうな。簡単にいってしまうと、マンガを読めばいいと思うし、そっちのほうがおもしろいと思うので、このデキではわざわざ観る意味を見つけることができない。おもしろくできる素材だったのに、非常に残念。






負けるな日本

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image1228.png公開年:1957年 
公開国:日本
時 間:125分
監 督:黒澤明
出 演:中村鴈治郎、山田五十鈴、香川京子、上田吉二郎、三船敏郎、東野英治郎、三好栄子、根岸明美、清川虹子、三井弘次、藤原釜足、千秋実、田中春男、左卜全、藤木悠、渡辺篤、藤田山 他




陽も当たらず荒れ果てた棟割長屋に、人間らしい生活をすることを諦めた、長屋と同じようにボロボロな人間達が住んでいる。病気で余命いくばくもない妻を抱え始終恨み節ばかり言っている鋳掛屋。本当かどうかもわからない過去の悲恋話で涙する夜鷹の女。わずかなお金をすべて博打につぎこみ斜に世の中を眺める男。アル中でろれつの廻らない元役者。元は御家人だと吹聴する“殿様”とあだ名される男。男気はあるものの泥棒で日銭を稼ぐ捨吉。彼らはみじめさを通り越し、達観したような諦めを醸し出していた。ある日、そんな長屋にお遍路の嘉平老人がやってきて、彼らに色々と声をかけていくのだった…というストーリー。

読んだことはないのだが、ゴリーキーの『どん底』が原作ということで、実にに社会主義的視点に溢れている。溢れすぎていて鼻につくほどだが、多種なキャラたちのありあまる人間臭さで、中和されている感じ。
貧困長屋を舞台にしてグランドホテル形式的に展開していくんだけど、他の黒沢作品にあるようなダイナミックな主筋はない。それがかえって新鮮。

お遍路の格好した左卜全演じる嘉平が、長屋(っていうか共同生活場みたいだけど)に住む人々に色々と声をかけて、ちょっとだけ人々の考え方を変えて希望を与えていく。でも、最終的には誰一人幸せにならないってのがとても気に入った。

ゴーリキーが生きた時代のソ連が標榜している、資本主義の末路みたいなものが、一周まわって今の世の中に通じるものとして表出したような、一種の奇跡を感じてしまう。ゴーリキーとしては社会主義的観点で宗教批判しただけかもしれないが、現在としては観方が少し異なってくるか。現実から目を背けてその場を安心したとしても、その先には何も無い…理詰めで考えれば重いテーゼなんだけど、現実社会を生きていくうえで、思い通りにならないことや、理不尽な場面には少なからず遭遇するわけで、それに向き合ったからって絶望的になって“世の中が悪い”って言われてもね…。
やっぱり、戦後の学生運動や社会主義運動は、思想が若いというか夢想の域を出ていないのかな。目先の苦難や問題を愚直に解決していくしかなくて、それをコツコツやっていくのは非常につらく根気のいること。だけど、政府が悪い企業が悪いっていく、もっともらしいけど簡単な答えに喰いついちゃった、“逃げた”人種だと私は思う。
そして、そういう考えを持って学生運動やっていた世代がつらっと転向して、日本の経済界を牛耳ってたりするんだけどね。そういう人たちが、これから発揮しはじめる“老害”が怖いなぁ(って、元学生運動の闘士的な人が、もっともらしいことを吹聴しはじめてたりするんだけどね)。

作品的な話の戻る。落語みたいにスパン!と落として、余韻を残す。ダラダラとスタッフロールを流すのを嫌うセンスが、今の監督たちに欲しいね。
「どんな悪党でも誰かに好かれている。それもいなくなったらおしまいってこと」なんてセリフは、現代社会では重く響きますな。

ワタクシ的には数ある黒澤作品の中では、かなり上位かと。『七人の侍』やらそういうメジャーどころに目がいってしまうけれど、今こと観るべき作品かもしれない。お薦め。





負けるな日本

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image1465.png公開年:2008年 
公開国:日本
時 間:121分
監 督:タナダユキ
出 演:蒼井優、森山未來、ピエール瀧、竹財輝之助、齋藤隆成、笹野高史、嶋田久作、モロ師岡、石田太郎、キムラ緑子、矢島健一、斎藤歩、堀部圭亮、平岩紙、江口のりこ、悠城早矢、弓削智久、佐々木すみ江 他
コピー:百万円貯まったら、この家を出て行きます。



短大を卒業したが就職できずにバイト生活を送る21歳の佐藤鈴子。バイト仲間とのルームシェアにまつわるトラブルから警察沙汰になってしまい、最終的に罰金刑と受けてしまう。一旦実家に戻ったものの居場所がなく、「百万円貯まったら一人で生きていく」と宣言。複数のバイトの末に家を出て、その後も見知らぬ土地で同じようなバイト生活を繰り返していく鈴子だった…というストーリー。

実は、冒頭の20分で、6回観るのを中断した。
なし崩しで3人でルームシェアするくだりが、つまらない展開でうんざりしてアウト。
いざ暮らし始めると男だけで…って展開がくだらなくてアウト。
猫を拾って、捨てられるくだりが、回りくどくてアウト。
警察の取調べの刑事のセリフも演技も言っている内容もくだらなくて、さらに、大して演出上の効果もないのに、蒼井優に「やっときゃよかった」って言わせる演出が、寒気がしてアウト(結局、キャラ付けとしても生きていない)。
そして、初犯で民事的にも大した被害がないのに、立件されて実刑になるリアリティのなさにアウト。

絶対、なにか光るものがある!と感じてレンタルしてるのに、何なの、この冒頭20分の仕打ちは。もっとすっきりさらっと転落しなさいよ。別に転落する様子を見せたいわけじゃないんでしょ?タイトルのとおり“百万円”に早く流し込みたいんでしょ?もうグダグダグダグダと。伏線なんだかそうでないんだかよくわからない無駄なセットアップが多い。実に損。

ところが、本題の流浪のバイト生活に展開したあとはうって変わっておもしろい。この内容なら20歳代後半から30歳代前半の女性は、かなりシンパシーを感じてうらやましく感じた人が多いと思うよ。ちゃぶ台のひっくり返し方(要するに辞め時)が、意外とスカっと共感できる。
#原作の力なのかなぁ…
もう少し短いサイクルにして、もう一つバイト先をいれても良かったんじゃない?あの冒頭のグダグダをシェイプしてさ。そうすりゃもっとすんなりと入れただろうに。

終盤は、恋愛の流れと、弟の流れの二本を徐々にからめていくという、シナリオのセオリーをはずしていない点が好感が持てる。弟の手紙で、自分の逃げっぷりがよくないことを痛感したからって、じゃあ逃げるのをやめる!ってならずに、とりあえず今までどおり逃げるのもいい感じ。

しかし、残念ながら、最後に馬脚を出しちゃった。
お金を用意する時間があったってことは、辞めるってわかってからある程度時間があったわけでしょ。
普通なら、そこで、実は越えないように…って告白するでしょ。
もしくは、大枚を耳を揃えてすぐに返却できた時点で、もしかして…って思うでしょ。
当然、観ている側も気付くでしょ。読めたらちょっと興醒めするでしょ。

あぁ、説教しちゃたよ。

それになんか端はしで、蒼井優にボソっと決めセリフ的なことを言わせてるけど、全然効いてないよ。だから“苦虫”がなんだかピンとこないのよ。
ブラッシュアップ!捨てられるところは捨てないと!こんなことじゃ、TVドラマの仕事はきても映画の仕事はこなくなっちゃうよ(余計なお世話か…)。

#桃を皮ごと喰うほど、農家になじんでたかねぇ…。そういう演出があったようには見えないけど。やっぱりこの監督、描写が甘くないかねぇ。




負けるな日本

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image1572.png公開年:2010年 
公開国:日本
時 間:120分
監 督:李闘士男
出 演:岡村隆史、松雪泰子、吉沢悠、伊藤明賢、赤堀雅秋、児玉絹世、比嘉奈菜子、金城琉斗、福田加奈子、國村隼、長澤まさみ、渡部篤郎、原田美枝子 他
コピー:愛は大きく。夢はまっすぐ。




縄の海を愛する男・金城健司は、本土で仕事に失敗して故郷に戻ってくる。幼馴染の由莉とは本土でも一緒で、戻ったついでに結婚をすることに。最初は母に結婚を大反対されたものの、始めたバーが成功して軌道に乗ったため、晴れて結婚が認められる。その後、二人の子供に恵まれ、支店も増え、本土時代の借金も返済し、すべてが順調に思えた矢先、健司は突然、店をすべてたたむと宣言。昔の美しい珊瑚の海を復活させるために、珊瑚の養殖をするといい出す…というストーリー。

李監督作品ははじめてみたが、いただけない点が4点ある。

コミカル表現のつもりかもしれないが、母親がマンガのようにありえないくらい健司を殴るギミックや、アニメのような擬音は、スベっていて全然効果的じゃない。クスっともできない。長澤まさみなんかも、何のフリにもなっておらず生きていない。プロモーション的な効果も皆無に近い。

國村隼が絶対いい人の役なのが、出た瞬間にわかる。また健司をだました人も顔をみただけで悪い人だとわかる。渡部篤郎がたぶん役立たずなのもすぐにわかる。キャスティングで展開わかるのはアウトである。

沖縄の海を守らなければ!という思いを感じたいのだが、肝心の沖縄の海が美しく撮れていない。もっと環境ビデオくらいのクオリティの映像を見せないのいけないのでは?そこ予算の25%くらい投入してもよいくらいだ。

練りの甘いセリフが散見される。代表的なのは、産卵を確認するための海の死シーンだろう。船上で由莉が「健ちゃんは潜りすぎて鼓膜が破れているからよろしくね」と言う。普通、そんなお願いは、船にのる前にされているはずだろう。せめて、別の船の人が「あれ?健ちゃん潜らないの?」なんて聞いてきて、「潜りすぎて鼓膜が破れてるのよー」って言う…とか、差し込みたいならそういう演出でしょ。李監督、まだまだよのぉ。

実は、本作は悪い映画ではない。さらっとはしているが、けっこう感動できる。世の中はバカが動かしてるなぁ!って思えるもの。上記4点を克服して、再編集版としてぜひ再販すべきだ。冒頭の20分を我慢して乗り切ろう。そうすれば、なかなか愉しめる沖縄が待っている。お薦めするほどじゃないけれど。

#沖縄の人こそ沖縄の海を大事にしていない…という感じ見えなくもなくて、なんか沖縄っていいなぁ…って思えないのも、なんかひっかかるけど、それは仕様が無いか。






負けるな日本

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image1630.png公開年:2010年 
公開国:日本
時 間:108分
監 督:中村義洋
出 演:錦戸亮、ともさかりえ、今野浩喜、佐藤仁美、鈴木福、忽那汐里、堀部圭亮、中村有志、井上順 他
コピー:人生はケーキほど甘くないでござる。



シングルマザーのひろ子は息子・友也を抱え、子育てと仕事の両立に追われる生活。ある日突然、武士の格好をした青年が表れる。ひょんなことから、彼女の家に居候することに。その青年は、木島安兵衛という180年前からタイムスリップしてきた本物の武士だった。やがて安兵衛は、居候のお礼にと家事一切を引き受けはじめ、そんな安兵衛を友也は父親のように慕い、ひろ子も仕事に打ち込むことができて、万事OK。安兵衛は家事の傍ら、お菓子つくりに目覚め、ママ友の間で話題になり…というストーリー。

江戸時代の武士が現代にタイムスリップして、母子家庭の家に転がり込む。そしてなぜだかパテシェ修行を…っていう基本プロットは悪くない。こういうタイムスリップネタは、ハリウッドでも散見されるので、新規性こそないけれど、使い古されているというわけではない。

でも、このシナリオはアウトだ。ストーリーとか展開の仕方に問題があるわけではなく、純粋にシナリオのテクニックとしてダメだろう。

突然出現する武士を簡単に受け入れすぎる。不審者として通報するなり対処するのが普通。なしくずし的に受け入れざるを得なくなるような状況をつくるとか、もっと工夫すべきだろう。
さらに、現代のことを何から何まで知らない武士なのに、簡単に現代を理解できてしまいすぎる。貨幣システムから流通システムまで、根本的な素養が身についていないのだから、一緒に行動して覚えるとか、散々苦労するとか、そういうシーンをつくれるはず(子供の手ほどきで覚えていく…なんていうおいしいシーンをつくれただろうに)。
家事をしはじめてから結構な時間が経過していることを、月代の毛が生えてきたことで表現したいらしいのだが、月代をまったくアップにしないから、どれだけ時間がたったのかピンとこない。
母親が子供を捜してをいうセリフがひどい。「あの子、見つけて“あげて”」だって。「あの子、見つけて」だろ。なんだよ“あげて”って。そんなこと言うわけないだろ。
会社の後輩が、一回かばっただけで、そこまでひろ子を尊敬するのがリアリティが無さ過ぎる。その後、また定時退社するようになったのに…。
眠っていたにせよ、生きた子供がダンボールに入っていることに気付かないわけがない。
ぶつかりそうになった車から、チンピラが出てくるのが遅すぎる。子供救出のひとくだりが終わってから、ちょうどいいタイミングで出てくるわけないだろ。バカらしい。

あーーーーー、もう、とにかくディテールの荒さにもほどがある。こんなシナリオが、複数のプロの推敲やチェックを通過して、最終的に劇場にかけられるなんて、日本映画ってどうなっちゃってるのだろう。

私でもシナリオライターになれるかもしれない。すごく自信が出てきた。よし!俺はシナリオライターになる!なんて、こんな素人が、まじめにそう思えてしまうほど、テクニック不足なシナリオ。
薦めるとか薦めないとか、そういう次元じゃないかも。

#あまりいいたくないけど、ともさかりえは噛み合わせをなんとかしたほうがいい。悪い女優さんじゃないんだから、すこしお金をかけましょう。もったいない。




負けるな日本

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image1580.png公開年:2010年 
公開国:日本
時 間:134分
監 督:井筒和幸
出 演:後藤淳平、福徳秀介、ちすん、米原幸佑、桜木涼介、林剛史、阿部亮平、石井あみ、永田彬、結城しのぶ、大森博史、太田美恵、水澤紳吾、千葉ペイトン、黒柳康平、ジェントル、落合扶樹、松永隼、巨勢竜也、飯島洋一、筒井真理子、木下ほうか、升毅、光石研 他
コピー:彼らの暴走は止まらない!青春★バイオレンス★エンターテインメント!!
敗者復活戦、ねぇのかよ?…もう一度生き直させてくれよ!

両親にお金を出してもらいお笑い芸人の養成所を卒業したものの、芸人の仕事がないのはもちろん、芸を磨くわけでもなく、不真面目にバイトを転々とするだけの青年ユウキは、偶然出会った元相方の先輩・剛志に誘われてヒーローショーのバイトを始める。ある日、同じショー仲間のノボルという青年がが剛志の彼女を寝取ったことで、2人はショーの最中に大乱闘。その後も怒りの収まらない剛志は、知り合いのチンピラにノボルを痛めつけるよう依頼。暴行されたうえに金銭を揺すられたノボルは、仲間のツテでかつて不良としてならした元自衛官の勇気に助っ人を依頼する。ノボル陣営は剛志たちチンピラに、金の受け渡し場所を勝浦と指定して呼び出し待ち伏せし…というストーリー。

そこそこ売れっ子の若手芸人ジャルジャルをフィーチャーし、製作によしもとも巻き込んで、色々なプロモーションをしたものの、映画の内容がジャルジャルのファン層の好みとはほど遠く。そのためか、結局公開後はさほど話題になることも無く。

しかし、ジャルさんたちのキャスティングも演技も悪くなく、映画自体も井筒監督らしさ満開。それこそスコセッシばりの展開で、レイ・リオッタとかジョー・ペシとか、そういうキャラクターが頭のどこかにいる感じ。銃が出てこないから派手さはないけど、バイオレンス具合も似ていると思う。悪くないね…と言いたいところだけれど、如何せん日本のスケールの小ささよ。

じゃあ、スケールが小さいなら身近な出来事に感じるか?っていうと、繰り広げられる出来事や登場人物は、同じ空間ですれちがっても決して気付かないような感じ。そこらへんの市井の出来事っちゃあそうなんだけど、まるで別次元のよう。この距離感は狙いなのか否か、よくわからない。

最後の終わらせ方は、それこそ、ニューシネマって感じで、私は好きだけど、この空気感をいいと感じる人(うけとめられる人)は決して多くないだろう。興行的な成功と自分の感性の曲げられない部分の折り合いっていうのは難しいんだな…と強く感じてしまう。でも、古いスコセッシ作品が好きならば、ちょっと試しに観てみてはどうだろう。決して爆発的におもしろいわけではないけれど、私なんかが言うのはおこがましいけれど、作り手の意図がよく伝わってくる、悪くない作品だと思う。軽くお薦め。

#まあ、お笑い養成所だギャルゲーだと、ちょっと若者サブカルチャーを軽く扱った部分のピントがずれてるような気はするけど。

 

 

負けるな日本。

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image1397.png公開年:2008年 
公開国:日本
時 間:105分
監 督:池田敏春
出 演:八嶋智人、佐藤江梨子、赤井英和、渋谷天外、山田スミ子、和泉妃夏、鍋島浩、別府あゆみ、要冷蔵、芝本正、轟太郎、橋野香菜、海原はるか、海原かなた、佐藤浩市 他
コピー:女は男の一途さに惚れ、男は女の乳房に恋した──。可笑しくて、泣けて、心温まる“日本一純情”な恋物語。


マジメでおとなしい性格の中学教師・寺田は、酒も飲めないにもかかわらず、ホステスの一代を目当てに、大阪・北新地のクラブへ通い詰めていた。酒も飲めない寺田のお目当ては、ホステスの一代。両親からは強く見合いを勧められるが、一代を思うが故に、すべて断り続けていた。とうとう、寺田は心を決めてプロポーズを敢行すると、思いもよらず一代はあっさりと受け入れてくれる。早々に実家を出て、一代との生活を始める寺田。しかし、これまで女性と付き合ったことのない寺田は、一代の過去の男関係に想いを巡らせ、嫉妬をしてしまうのだった…というストーリー。

公開時から一代がどういう結末になるのかは、紹介されていたので判っており、普通に考えるとオチが見えている作品なんて観る必要なんかない…と考えてしまいそう。でも、もう明らかすぎるほどのベタベタなお涙頂戴ストーリーで、新規性の高い物語を見せたいわけじゃないのははっきりしている。むしろ、そりゃあ泣けるさぁ…ズルいわぁ…っていう、浪花節的な感じで勝負。泣かせてもらおうじゃありませんか!ってあえて踏み込んでみたくなるときも、こんな私にもありますわな。
とはいえ、『キューティーハニー』や『腑抜けども、悲しみの愛を見せろの佐藤江梨子の演技を考えると、トホホな内容になる可能性は高く、劇場公開はもとよりDVDレンタルすら今の今まで後回しになっていた。

実際に観てみると、佐藤江梨子の演技は全然問題なかった。むしろ、謎の多い嘘っぽいキャラクターが、その稚拙な演技にマッチしていて、キャスティングの妙って感じ。早々に弱りはじめて、気丈に振舞う役柄なので、さほど高度な演技も必要としていない。関西で生活していたこともあるので、大阪弁もさほど変ではない。この一番の懸念事項がクリアされたのだから、あとはどっぷり泣かせてもらいましょうや!

…と、そうなるハズだったが、全然、そうはならなかった。何故か。別のほかの役者の演技がダメだったわけではない。

実のところ、この話は正味60分程度で充分な内容なのだ。それでは劇場にかけられないので、色々加えて上映時間を長くしたものと思われる。その加えた部分が冗長で冗長で。一連の“競馬”の件が、あまりに無理がありすぎる。佐藤浩市と出会うのは許せるとしても、彼が本当に探していた男だというのは…。ひょんなことからそんな男と出会ってしまいました…ということだと思っていたのに。さらにその後、寺田に知られないように一代と接触していたってのも変な感じ。病床で連絡取り合っていたってことでしょ。それに自殺を防ぎたいならポリタンクを処分するか、ポリタンクがなければ別の手段をとるかもしれないとして中身を替えたとしても水でしょ。酢ってなんだよ(おもしろくもなんともない)。
色々な民間療法を試そうとするのは良しとしても、ツボ買うために借金を重ねたり、学校の金にまで手を出すのはやりすぎ。もう手術しないとアウトだって宣告された状況で、傍で看病しないなんてありえないでしょ。クレイジーすぎて何一つ共感できなくしてしまった。
それに、胸を残さないといけないと思うそこまでの動機付けが薄すぎる。どう考えてもあのシチュエーションなら手術するのが普通。一代が死んでしまったことよりも、手術すれば救えたかもしれないという後悔に苛まれてあたりまえだと思うし。最後は単にいなくなった喪失感で自殺しようとしただけにしか見えない。もう、人としての道をはずしてるんだもの。クレイジー。クレイジー。クレイジー。

泣けるか!

120%泣ける状態だったので、微塵も泣かせないとは、この監督の才能はものすごい。人情とか心の機微とか、根本的にわかってないのだと思う。二度と人間の感情が重要になる作品に携わってはいけない。こんなにハードルの低い期待すら裏切ってくれるなんて、もちろんお薦めするはずがない。

拍手[0回]

image1298.png公開年:2008年 
公開国:日本
時 間:121分
監 督:小泉徳宏
出 演:佐藤隆太、サエコ、向井理、仲里依紗、川岡大次郎、瀬川亮、西田征史、中谷竜、小椋毅、久保麻衣子、 フジタ“Jr”ハヤト、宮川大輔、泉谷しげる 他
コピー:青春☆ガチンコグラフィティー。




大学生の五十嵐は、事故で頭を打ったために一晩眠るとその日の記憶が消失してしまう障碍を負ってしまった。そんな彼が、かねてから憧れていた学生プロレスに入部するが、事情を知らない部員達は快く迎え入れる。日々、プロレスの練習を繰り返し、商店街でのデビュー戦の日をむかえるが、段取りをまったく覚えられていない五十嵐はガチンコ・ファイトをしてしまう。しかし、逆にそのガチンコぶりがウケて人気者となってしまい…というストーリー。

完全に構成に失敗している作品。宣伝の段階で、記憶障碍をもった主人公であることが吹聴されているので(DVDのパッケージにも書いてる)、観る前から主人公の状態は100%わかっているにも関わらず、冒頭から40分、“なんかこの主人公の様子が変だぞ?どういうことなのかな?”って感じさせようとする演出が続く。鬱陶しくてしょうがない。
40分経過した頃に、主人公が目覚めて、部屋にはった貼り紙を見て、日記を読み返し自分の状況を知る…というシーンが出てくるのが、そこで「ああ、そういうことか!」なんて客は誰もいない。始めっからそこからスタートすべきだった。

ちょっと想像するだけで、ものすごい苦労に違いないことは判るので、①毎朝、同じ衝撃を受けて、それを受け止め、必至に読み返す、②誤魔化す事に苦労をする様子を見せる、③バレないかどうかハラハラさせる、という線で始めから流したほうがスッキリする。そうしたほうがかなり盛り上がったに違いない。元は舞台劇だったらしいのだが、その時は宣伝の仕方も違ったろうし、舞台のリアルな勢いやノリもあるだろうから、問題なかったと思うが、映画にする段階で変更を行うべきだった。

しかし、変更した後を想像すると、さすがにいくらなんでも、そんな障碍を持ちながら学生生活を送れるわけがない…という点がネックになる。まず、主人公はそんな障碍を抱えながら在学できるのか?日々の授業やテストを乗り切れるわけがなく、そのまま通わせている家族の振る舞いも有り得ない。じゃあ、五十嵐はどうやってキャンパスライフを送っているのだ?
なんとか学業の面も、これまでの知識と、テストも一夜漬けで乗り切っているのだ!とするならば、その努力シーンは壮絶なものになるだろう。でも、そっちの方がスゴイことになってしまい、学生プロレスの件がかすんでしまう。また、さすがに単独で行うには無理があるので、事情を知っている協力者が必要だろう。しかし、それでも家族が大学に通わせ続けるのには、無理があるかな。
休学中っていうパターンはどうか?いや、それはさすがに他の学生が気付くのでダメ。
では、夏休みに入る前に事故に会い、今は夏休みで授業はない…という設定。家族もまだどうしてよいのか動揺しているさなかで、障碍の経過を見守っているのだ…、これならどうだろう。高校は授業があって大学はまだ夏休みなので(北海道の高校の夏休みは短いからね)矛盾も少ないし、他の学生が気付かないのも、わからないではない。本人ももう学校を辞めるしかないとわかっていて、最後の思い出作りをしているんだ…と。

まあ、何度も告白してしまうシーンとか、父親に思いを語るシーンとか、グっとくるシーンはいくつかあるので、映画にしようと思いついたのは判るけど、それならしっかりツメて欲しい。素人に「自分がやったら、もうちょっとうまく作れる!」って思わせるのって、どうなんだろうね。とにかく、実際にこういう障碍を持ち苦労されている人は存在するので、真剣にやって欲しかったな。

『うた魂♪』とは違って、しっかり北海道でロケはしている模様。あっちにいったりこっちにいったりして、知ってる人には違和感があるのはご愛嬌か。よく見えなかったけど、麻生発のバスに乗ってるようなので、小樽方向までの中間地点に家があると思うのだが、じゃあ、大学に向かうバスの中で寝たからといって、海にたどり着くことはないでしょう…とか、まあ、北海道の地理がピンときてる人には、パラレルワールド状態だね(笑)。

他のドラマでの演技に比べて、宮川大輔のデキがものすごく悪いとか、北海道の学生プロレスラーごときがプロレス誌にカラーで載ることなんかねえ!とか、サエコの魅力がどんどん軽減し、それに反比例するように仲里依紗の魅力が上がっていくという、その後の彼女らを予言しているような作品だとか、その他にも言いたいことは満載だけど、このへんでいいか。

皆様の人生の貴重な二時間を、この作品で費やせとは、口が裂けても言えないので、お薦めしない。

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image1350.png公開年:2008年 
公開国:日本
時 間:105分
監 督:中島哲也
出 演:役所広司、アヤカ・ウィルソン、妻夫木聡、土屋アンナ、阿部サダヲ、加瀬亮、小池栄子、劇団ひとり、山内圭哉、國村隼、上川隆也、貫地谷しほり、彦摩呂、後藤ひろひと、林家ペー、林家パー子、ゆうたろう、松本さゆき、デヴィ・スカルノ、クリスチャン・ラッセン、木村カエラ 他
受 賞:【2008年/第32回日本アカデミー賞】美術賞(桑島十和子)、新人俳優賞(アヤカ・ウィルソン)
コピー:子どもが大人に、読んであげたい物語

変人ばかりが入院するとある病院。特に、“お前が私を知っているだけで腹が立つ”と傍若無人な振る舞いを繰り返す偏屈な老人・大貫は院内全員から嫌われていた。ある日、毎日同じ絵本を読んでいる少女パコに対して、紛失した純金のライターをパコが盗んだと誤解して頬を引っ叩き、泣かせてしまう。しかし翌日、パコは大貫のことを覚えおらずケロっとしている。実は、彼女は交通事故の後遺症で記憶が1日しかもたず、しかもその事故で両親を失ったことも知らず、毎朝枕元にある絵本をママからの誕生日プレゼントと思い込んでいたのだ。それを知り、さすがに落ち込む大貫だったのだが、何故かパコは、大貫が自分の頬に触れたことがだけは覚えており…というストーリー。

『下妻物語』『嫌われ松子の一生』と、個人的にかなり好意的だったのだが、本作は趣味に合わない。ビジュアル的な中島監督色は、出そうとしなくても出てるくらいがちょうどよいのに、意識して全開にすると、こんなに陳腐に見えるのかと呆れるというかがっかりというか。ティム・バートン作品に似ていると思われることだけは絶対に避けなければいけないハズなのだが、音楽までチャリチョコに似てしまうという、この愚作さ。観ている側に感じさせたらアウトで、この点だけでも失敗だといってよい。

また、色の付いてる役者が出すぎ。全体のトーンの統一感を損ねている(そう意味では、自分の色を消すことを意識しているように見える小池栄子は“判ってる”のかも)。
#アヤカ・ウィルソンだけは無条件にかわいらしい。他の子役のように変な成長をせずに、このまま大きくなってくれることを神に祈るほか無い。

また、もっと、シナリオに注力すべきだったろう。こんなに短い作品なのに、パコの病状が判明して話が動き始めるまでが長く感じるということは、根本的に内容が薄いということ。楽しくも悲しくもない薄っぺらな感じは、この膨らませた部分のせいだと思う。80分くらいにシュリンクすれば、サラっと感が逆にいい効果を生んだかもしれない。

消防士の放水の部分など、伏線の張り方が稚拙すぎて観ている側の感情が揺れないのだが、同様のシナリオ上の拙攻が多い。最後の絵本からカエルが飛び出す演出も、わけがわからない。私には「失敗しちゃいました」と匙を投げたか、「横から口を出す奴がいっぱいいて私の思い通りになりませんでした。イライラします」っていうメッセージに聞こえたんだけど、気のせいかな。
ネット上での評価も真っ二つに分かれているのだが、褒めている人のここが良いっていうポイントは、私にはさっぱりピンとこない。涙が止まらなかったという絶賛意見も散見されるのだが、ここまで世の人たちと自分のセンスがズレているのかと、不安になってしまう。
ただ、本作はある意味、人を測る物差しになると思う。『下妻物語』『嫌われ松子の一生』は好きだが『パコと魔法の絵本』はイマイチ…っていう人と、その逆っていう人がいる。私は前者。申し訳ないが、後者の人と私のセンスは合わない。それだけ。

中島監督がこういうテイストの作品を本気で作りたかったのか。私は疑問に思っている。廻りの期待に答えただけじゃないかなと。で、答えてはみたもの、結局こういう中途半端というか薄っぺらな高評価しか得られなかった。彼は満足しないと思うので、今後、彼はこの路線からはあえて忌避すると予測する。幸いなのは興行的には成功したということ。本作のことは忘れて次作に望んでいただきたい。という意味で『告白』には期待する(期待してるとか言うくせに、劇場では観なかったけどね)。

世の中の評価はどうか知らんけど、私はお薦めしない。凡作だと思う。最後は時間を無駄にしたなって気すらした。

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image1032.png公開年:2007年 
公開国:日本
時 間:112分
監 督:吉田大八
出 演:佐藤江梨子、佐津川愛美、永作博美、永瀬正敏、山本浩司 他
受 賞:【2007年/第50回ブルーリボン賞】助演女優賞(永作博美)
 【2007年/第17回日本映画プロフェッショナル大賞】新人監督賞(吉田大八)、ベスト10(第8位)
コピー:「あたしは特別。絶対に人とは違う。」「やっぱお姉ちゃんは、最高に面白いよ。」


携帯の電波も届かない北陸の山間部の小さな村に、両親の訃報を受け、和合家の長女・澄伽が帰郷する。彼女は4年前に女優を目指して上京したが、まったく芽が出ずに今に至る。元々演技の才能などまったくないのだが、昔、妹の清深が自分を題材にしたマンガを投稿して騒動になったせいで、今でも演技に集中できないのが原因だと、逆恨みし続けている。清深はそんな姉の帰郷に怯えていたが、ひそかにある考えを巡らせていた…というストーリー。

『クヒオ大佐』でかなりげんなりさせられたので、この監督の作品を観るのは止めようと思ったのだが、観始めてしまった以上、しょうがない。最後まで付き合うことに。

冒頭から半ばくらいまで、5分先の予測が容易につく演出で相当イライラが募ったのだが、永作博美の演技でなんとなく救われている感じ。いやいや、元は舞台劇だそうだが、ストーリー自体はなかなかおもしろいのだよ。これを舞台で観たらさぞ愉しめただろうなと思う。

佐藤江梨子の演技についてはウマいとかハマっているとか、そういう次元ではなくて、ポンコツ女優って役柄なんだから、それこそヘタクソな演技をしてるほうがマッチするわけで、評価の埒外にいるので言及しない。簡単にいってしまうとどうでもいい。それよりも、永作博美と一緒に本作をがっちり支えなければいけない永瀬正敏が、ピリっとしないのがなんともいただけない。永作博美に負けないように演技のバリエーションを発揮してほしい所なのだが、競艇のCMとたいして変わらない演技で…。決してつまらない役じゃないんだから、実にもったいない。

しかし、永作博美の演技に文句はないものの、演出というかキャラ設定がいまいちピンとこない。あの気色悪い人形の件はどういう意図なのだろう。あのキャラ付けは必要なのだろうか。申し訳ないがさっぱり理解できなかった。
また、ラストあたりに、佐藤江梨子がビデオを見るのだが、あの流れでなんでビデオを見ようと思い立つのだろう。理解できない。さらに、あのラストのバスのシーン。はたして、原作も、最後はあんな感じなんだろか。あの取ってつけたような和解したんだかなんだかよくわからない展開。私には蛇足に見えるし、映画の良さを打ち消しかねない危うい演出に見えるのだが…。バスに乗る前までで終わっていんじゃないのかねえ。バイト先もすぐに読めちゃったしなぁ…。読めた上での何かが欲しいんだけど(求めすぎか…)。前半のモタモタと最後の蛇足をとっぱらって90分にまとめたら、ものすごくおもしろくなる気がするんだけど、どう思う?

観ないと損っていうことはないけど、根本的なテーマというか着眼点には、ものすごく光るものを感じる作品。とりあえず、舞台をそのまま録画したものを見てみたいんだけど、そんなものないんだろうなぁ。あ、本作の監督の仕事については、佐藤江梨子と同様で良いとか悪いとかそういう評価の埒外にいると思う。どうでもいい。

#『クヒオ大佐』で、悪印象ができちゃったからなぁ…。

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image1345.png公開年:2008年 
公開国:日本
時 間:131分
監 督:滝田洋二郎
出 演:本木雅弘、広末涼子、山崎努、余貴美子、吉行和子、笹野高史、杉本哲太、峰岸徹、山田辰夫、橘ユキコ 他
受 賞:【2008年/第81回アカデミー賞】外国語映画賞
【2008年/第32回日本アカデミー賞】作品賞、主演男優賞(本木雅弘)、助演男優賞(山崎努)、助演女優賞(余貴美子)、監督賞(滝田洋二郎)、脚本賞(小山薫堂)、撮影賞(浜田毅)、照明賞(高屋齋)、録音賞(尾崎聡、小野寺修)、編集賞(川島章正)
【2008年/第51回ブルーリボン賞】主演男優賞(本木雅弘)
コピー:キレイになって、逝ってらっしゃい。

チェロ奏者を目指していた大悟だったが、せっかく入団した楽団があっというまに解散してしまう。自分の実力では次の楽団が見つかる可能性は低く、チェロで食べていくという夢は諦めざるを得ない。意を決して、妻を伴い故郷の山形へ帰ることに。さっそく職探しを始めると、“旅のお手伝い”という求人広告を発見。さっそく面接に行くと、旅行代理店だと思ったその会社は、人生の旅立ちをお手伝いする“納棺師”の会社だった。そこの社長に強引に採用されてしまった大悟だったが、仕事の内容を妻に言い出せないまま、見習いとして働き始め…というストーリー。

『サマー・ウォーズ』が米アカデミー賞の審査対象に、なんてニュースが。自分がベタ褒めした作品が評価されるとやはりうれしいものだね。まあ、まだアメリカでは未公開だし、実際ノミネートされるかは微妙だから、細田監督もウカれたコメントはしてないみたい(まあ、正しい反応)。で、米アカデミー賞繋がりっていうか、『サマー・ウォーズ』も続け!って意味で『おくりびと』をチョイス。もうすでに地上派放送済なのだが、まだ未見だったので、いまさらながらの鑑賞である。

もっと、説教くさいというか、芸術的というか堅苦しい内容を予測していたのだけれど、案外軽くて好みの感じだった。まあ、人の死というのは悲しいものだから、さすがの私も所々泣けてしまったよ。昼休みに会社で観ていたから、涙を隠するの大変だったわ。
『陰日向に咲く』のオレオレ詐欺の件の着眼点がすばらしいと、昨日書いたが、本作の納棺師に着目した慧眼に比べたら、ハナクソみたいなもんだった。このテーマを見つけた時点で既に65点は獲得できていると思う。本木雅弘はチェロの運指までしっかり演技していて、よくがんばっているなと(ちょっと筋骨隆々なのには違和感があるけど、仕方ないか)。その他の演者さんたちも映画の雰囲気を壊さないいい演技をしていると思う。一人を除いては。
個人的にどうも広末涼子の演技が気に喰わない。演技っていうか“なりきり厨”が調子こいてるレベルにしか見えないのだが。評価する人は良い評価をしているだが、どうも私にはわからない。アカデミー受賞の時に、なんでおまえがアメリカにいってるんだ…と思ったものだが、実際に観てみると一層そう思う。一人でこの映画のレベルを下げていると思うね。ファンの人にはもうしわけないけどダメなものはダメだね。

まあ、文句を言いついでに、ストーリー的な苦言をちょっとだけすると、納棺師の仕事について、頭ごなしに先入観だけで「けがらわしい」なんていうかね。広末涼子だけでなく杉本哲太の役もそんな感じだったし、主人公もなにか引っかかってる様子。私が『CSI』とかマンガの『きらきらひかる』とか見慣れてるせいだから、なんとも感じない?いやあ、一般的にも大変な仕事だとは思われこそすれ、忌み嫌われることはないでしょ。むしろ尊敬されない?田舎はそうじゃないの?なんか、その反応が逆にリアリティを削いでる気が、私にはするんだけど、皆様はどう思う?

まあ、海外では、全部ひっくるめてエキゾチックジャパンなんだろうから、もちろん気にならなかっただろうし、逆にラッキー要素だったんだろう。
ベテラン監督らしい、ソツの無いまとめっぷりだと思うが、贅沢を言えば、もうちょっとシニカルな笑い要素が多ければ最高だったと思う。未見の人は先入観をとっぱらって観てほしい。お薦め。

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image0183.png公開年:2008年 
公開国:日本
時 間:129分
監 督:平川雄一朗
出 演:岡田准一、宮崎あおい、伊藤淳史、平山あや、緒川たまき、本田博太郎、北見敏之、山本龍二、根岸季衣、生田智子、堀部圭亮、池内万作、戸田昌宏、近藤公園、平岩紙、諏訪雅、浜田学、増本庄一郎、岩田丸、木幡竜、松岡恵望子、鈴木アキノフ、菅谷大介、佐野夏芽、澤純子、西田敏行、塚本高史、三浦友和 他
コピー:ひとりじゃない。


パチンコがやめられず借金まみれになり、挙句の果てにオレオレ詐欺に手を染める若者・シンヤ。若いこと売れない芸人に恋をした母の足跡を辿る寿子。25歳の崖っぷちアイドルを頑なに応援するオタク青年のゆうすけ。カリスマ・ホームレス“モーゼ”に心酔し、エリートサラリーマン人生を投げ出して自分もホームレスになったリュウタロウ。不思議な縁に導かれるように彼らの人生は次第に交錯していく…というストーリー。

“処女作にしてはウマすぎる”という、原作に対する評価を聞いたことがある。原作は未読だが、その評価は妥当なんだろうな…と思う。わたしには、そうそう書けそうもない。才能あるんでしょうな。ただ、好みではない。それに尽きる。

オレオレ詐欺犯と相手の心が通い合ってしまったら…という、その思いつきを、ただ一生懸命膨らましただけという気もするが、そのアイデア一本だけで充分すばらしい思いつきだと、評価してあげたいくらい。正直、不覚にもウルっときてしまったからなぁ。でも、逆にそれ以外の部分がポンコツにしか見えなかったのも事実。やみくもに各キャラを繋げすぎな部分には辟易してしまうし、アイドルオタクの部分だけ繋がりが薄いというアンバランスさが、なんとも気持ち悪い。
読んでいないのでわからんが、こういうディテールは原作に忠実なのかな。もしそうなら、映画というのは必ずしも原作に忠実に表現することはないのにな…と監督には忠告したい。本ではリアルに感じられても、いざ映像にしてみるとちょっと変なんてことは、よくあること。そこは躊躇なく演出を変える心構えがあってしかるべきなのだが、どうも、この監督の仕事からは、自分の作品をしっかり作ろうという気概が伝わってこない。どう贔屓目に見ても、“ちょっといい話”程度の域を出ることはないかな。

それ以前に、冒頭の借金まみれのくだりだが、身近にそういう人間がいたので、正視できないくらいイヤな感じに襲われた。なにが不快って、借金しちゃうってことも状況によってはあるよね…みたいな描写がイライラする。ギャンブル癖というのは依存症、病気だから。ちょっとでも格好よくみせようなんて空気を感じさせただけで、ワタクシ的にはアウトだね。スタッフも原作者も、そこそこ健全な家庭でお育ちの方々なんじゃないすかね…、少しでも経験していれば絶対にこんな表現はしないだろうな…、なんて思いながら観ていた。#パチンコはじめたところで、DVDの電源、一回切ったもんな。

まあ、個人的には、別のところに目がいっていた。それは、子供が持っていた黄色い傘は飛ぶシーン。じつは、私、以前浅草橋に住んでいたことがあって、あの場所は強く記憶に残っているのである。あそこを通ってよく秋葉原に行ったものである。いい思い出もイヤな思い出もいっぺんに湧き上がってきて鳥肌がたった。行った事があるシーンが映画に出てくると、ゾワっとくるなあ。そういう意味で、個人的に印象に残る作品なのだが、あくまで個人的な事情なので、皆様に勧めることはない。さほどおもしろくはないのよ。

#緒川たまきを久々にみた。相変わらずお綺麗で。

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image1487.png公開年:2009年 
公開国:日本
時 間:120分
監 督:横浜聡子
出 演:松山ケンイチ、麻生久美子、ノゾエ征爾、ARATA、齋藤咲良、竹谷円花、米田佑太、中沢青六、キタキマユ、野嵜好美、乗田夏子、宇野祥平、小野寺陸、藤田弓子、原田芳雄、渡辺美佐子 他
コピー:脳みそなくても心臓止まってもぼくの恋は死なない



青森で野菜を作りながら暮らす青年・陽人。ある日、野菜を売りに行った幼稚園で、東京から来た町子先生と出会い一目惚れ。陽人は相手の気持ちも考えずに付きまとい続け、そんな彼に町子はすっかり困惑してしまう。そんな彼女がなぜ青森に来たのかというと、事故で死んだ元カレの首がいまだに見つからないため、カミサマと呼ばれる占い師に在り処を聞こうとしたからだったが、もちろん在り処はわかるはずもない。陽人のつきまといが続く中、とある事件でいつもより落ち着いた陽人を見て、町子が「今のほうがいいかも」といったことがきっかけで、彼はとんでもないことを思いつく…というストーリー。

週刊モーニングの真ん中より後ろのほうで連載してるマンガみたいなテイスト。それも6週くらいでおしまいになっちゃうような。だから、作品としてNGでも反則でもないんだけど、“そういう作品もがあっても別にいいけど…”の域を出ていないように思える。やろうと思えば、一人でシコシコ書き上げることができるマンガなら、個人の発想のまま突っ走ってこういう仕上がりになるのは理解できるんだけど、映画の場合はどうなんだろう。明確にこのラインを狙ったのか、やってるうちに偶然的にこうなったのか…、よくわからないけど、映画製作ってずいぶん気安くなったものだなぁ…って、感じてしまった。

全編津軽弁という、配給側にしたら臆するような演出だけど、幸い(?)なことに、ワタクシの親が東北出身なもので、ほぼ理解できた。東北弁に縁のない人が、どの程度理解できたのか興味がある。しかし、本場の東北弁はこんなものじゃなくて、まず外部の人間には聞き取り不能。本作のはとてもとてもライトなのだが、もっとネイティブだったら「冒険したなぁ…」って評価するところなんだけど、逆にひよったんじゃね?って、感じてしまった。

軽度の知的障害者という設定らしいので迂闊な表現ができなかったのは理解したいが、現実と内面世界の境界にいる陽人の世界観をどこまで表現できるかが勝負だったと思う。横尾忠則の絵画に通じるくらいのところまでいってほしいと思うのは、私のハードルが高すぎるのか(注;ああいう絵画的表現をしろといっているのではない)。中盤あたりまではなんとかついていけたが、後半になると、「これ、どうやって終わらせるつもりかねぇ…」ってことをしか、着目点がなくなってしまう。おそらく、共感というか理解できるキャラが誰一人いないというのが大きいかもしれない(注:役者のデキが悪いといっているのではない。キャラ設定が薄っぺらという意味)。

ただ、キャスティングでも、意外とひねりのない部分があって、青森 → イタコ →憑依 → 憑依する俳優 (って評されてる) → 松ケン → 青森 … って無間ループの発想ってわからなくもないけど、そういう浅い想像でキャスティングとか舞台が閃いたんでしょ?思われたらちょっとこっぱずかしいので、これはやめよう…って私なら思う。とはいえ、松山ケンイチじゃないと成立していないわけで、いろんな意味で八方塞りなのだ。私なら、とりあえずリセットしてもう一回考え直そう…って思うだろうな。先日、日本映画は香川照之に頼りすぎだって書いたと思うが、松山ケンイチと麻生久美子にも頼りすぎである。ただ、一つ関心したのは、声でARATAとわかったこと(配役はあらかじめ見ていなかった)。持って生まれた声がいかに人の印象を決めているか。そしてARATAが売れっ子な理由がわかった瞬間。

別に観ても観なくても、皆さんの人生には何の影響も与えないと思われる。人に影響を与えないということは芸術ではないともいえるわけで…、いや、きっと世の中には、これに芸術性を感じる感性の高い人がいらっしゃるんでしょう。私がニブいんです。そういうことで。私はお薦めしない。

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プロフィール
HN:
クボタカユキ
性別:
男性
趣味:
映画(DVD)鑑賞・特撮フィギュア(食玩/ガシャポン)集め
自己紹介:
一日一シネマ。読んだら拍手ボタンを押してくだされ。
出張とか入ると、投稿は遅れてしまいますわ。
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